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はるまげ☆どーたー  作者: 葵・悠陽
グリモワール第1巻
2/33

悪魔が絶賛婚活中だとか

深夜の公園で怪しい大男とセクシーチアガールが5人、固まっていた。


彼等の目の前には中年の男が一人。


両者の前には重く気まずい沈黙が横たわっている。


どちらも動けない。

動きたくても動けない。


大男の側はキメポーズのまま。

中年男は唖然とした顔のまま。


これが漫画か何かなら互いに滝のような汗のエフェクトまみれだ。

実際内心ではどちらもそんな状態だったりするが。


大男…『地獄の総統・オセ』を自称する男は


(くっ…我らが「オセ・コーポレーション」自慢の「一押し!オセCo.!」が

こうも無反応とは!他の契約者様達からは確実な笑いと安心感をゲットできた

我が社の安定の広告舞踊だというのにっ!

…このいたたまれない空気、どうしたものか…)


と作戦の失敗を意外と感じつつ想定外の事態に困惑し。


中年の男、日崎実利の方はと言えば


(うっわぁ…呆気に取られて反応する機会を逃した…。

っていうか、何、これ?鷹富士ダンサーズ?

ジャパンネッツタカダ?こいつら悪魔なんだよね?

意味わかんねえぞ!?

なにか?涙でも流しながら「ブラボオオオオ!!」とでも叫べばよかったのか!?)


とどう反応すればよかったのかで悩んでいた。

まぁ至極まっとうな反応である。


いくら美人でセクシーなバックダンサー付きのダンスでも、

たとえそれが独身男の視線を釘づけにしてしまうほどのエロい体つきのレディでも!

いきなり夜の公園で歌って踊ってなどやらかせばただの変人だ。

普通に警戒心の方が先に立って豊か過ぎるエロオパイの揺れや

艶かしく見事な脚線美を堪能する余裕など生まれない。


こんな状況を当たり前に受け入れ平然としていられるのは、

基本的に頭のネジがちょっとおかしい連中なのである。

そういう意味では『オセ』はPRのタイミングを誤ったと言えるのだが

本人はまったくもって気付いていない。

本人曰く『悪魔』なので。

『悪魔』に常識を求める時点でおかしな話である。


あまりに気まずい空気は、その後5分ほど続いた。






                   ◆


「……はい!それでは我が社の具体的なご紹介に移らせていただきますねぇ~」


「お、おう?」


パンパン、と手を叩いて『オセ』は何事もなかったかのように

務めて冷静な素振りで背筋を正した。

チアガール達は即座に『オセ』の背後に回り込むとスゥ~、と消えてしまう。

どうやら先ほどの一連の狂騒は「なかったこと」にしたいようだ。

『オセ』の態度から何となくそれを察した実利も同調する。


先方が「見なかったことにしてね?」と暗に言っているのだから

反応に困る身としてはその意を酌まない理由はない。


かけた丸メガネをクイッと持ち上げ、大仰なポーズで静かに語り出す『オセ』


「え~、今回日崎様にお時間いただきましたのは、

ちょっとした『お願い』があるからでございます」


「……お願い?

願いを叶えます、とかじゃなくて?」


「はい、普段我が社は人々の欲望…願いを叶えるのを生業にしているのですが

ここ最近はちょっとそうも言っていられない状況でございまして…」


彼はそう言うと腰の後ろに手をまわし、夜空を見上げながら言いずらそうに


「実は、婚活中なのです」


「………は?」


「婚活中なのです」


大事なことを2度言った。


「…………誰が?」


「悪魔業界全体が、ですよ」


そりゃあ困惑しますよねぇ、と言う感じで『オセ』は苦笑いを浮かべる。


「悪魔が婚活?意味わかんないんだけど。

俺になんの関係があるわけ?」


悪魔が婚活とか、意味不明な上に結婚詐欺系な匂いしかしない。

目の前のこの大男がただの人間じゃなさそうだというのは

無理やりにでも納得せざるを得ないとしても、婚活?

俺に結婚の斡旋でもするのか?


確かに俺は結婚願望はある方だ。

ある方、というよりも無茶苦茶結婚したい派の人間だ。

ただ、付き合った女性が結婚を嫌う人ばっかりだった為婚期を逃したクチでさ?

だからと言って今更結婚できるとは思っていないので

今更自分からする婚活に興味はない。

なら、誰か俺の知人を紹介しろとかいう話だろうか?

確かに「マイキー・オルテ」の店員さんには適齢の人は多いが

仲人出来るほど俺は親しくはしていない。


「あぁ、勘違いしないでいただきたいのですが、

何も私が嫁を探しているという事ではなく…

日崎様、貴方に是非当社が斡旋する悪魔じょせいを娶っていただ」

「断る」

「き…って、返事はやっ!

は、話くらいは聞いてくださいよっ!?」


話が本気で結婚詐欺っぽくなってきたのでばっさり切り捨てる。

ついでに内容は把握したので逃げの一手だと『オセ』に背を向け…


「では無為に死んでも構わない……そう判断してもよろしいのですかな?」

「ぐっ…!」


背筋の凍るような殺気が叩きつけられ、足がすくむ。

コツ、コツと靴音が背後に近づき、耳元で『オセ』が囁く。


「どの道この話を受けないなら日崎様もあと10年少々でお亡くなりになります。

ですのでこの場でその魂、狩っても良いのですが?」


言外に「いつでも殺せる、見逃してやってんだぞ?」という

ニュアンスを含みつつかけられた言葉。

だがそこに含まれている10年少々、というのはどういう意味だ?

俺の寿命はその程度、という意味なのか?

それとも…


「……どういう意味だ?」


「ふぅ、やっと話を聞いていただけるようですな、結構。

まぁ端的に言えばそう遠くない未来に人類の99%は死滅します。

……第2次ハルマゲドン、で」


「はぃ??」


「ですから、ハルマゲドンで人類滅亡です。

貴方も例外ではなく、ハイ」


「…………ハルマゲドン、って、聖書の?

天使と悪魔が最終戦争的なアレ?マジで?」


「ええ、そのアレです」


悪魔、婚活の後にハルマゲドンで人類99%死滅ときたよ!

信じがたいけれど、さっきからこの男がやらかしている「色々」が、

超常現象的な何かなのは流石に目の前で見せられているので信ぜざるを得ない。

目の前でチアガール5人も出たり消えたりされた段階で

手品の線はすでに消えたので。

となれば、ハルマゲドンの話も冗談ではないのだろう。

だが、ハルマゲドンと婚活に何の関係があるのかが分からない。


「え、えっとぉ?

……まてまてまてまて」


「混乱されますよねぇ、分かります。

ですが来るべき神と我ら悪魔陣営の戦いの日は近く、

その為の兵力増強として、悪魔も天使も『肉体』を求めているのですよ」


「……肉体を?」


「そうです。

我々は本来肉体を持たぬ精神体です。

そのままでも力を発揮する事は可能ですが、

この物質界においてはやはり自身の肉体を持つことこそが

己の力を最大限に振るう為の唯一無二の方法でして。

召喚され、生贄を媒介にこの物質世界に顕現することも可能ですが

その場合生贄との相性で出しうる力が左右されてしまいます。

故に、女性悪魔の子宮に高位悪魔の魂を仕込み、

神に仇為す罪人の精を以て妊娠させる。

それにより、高位悪魔がこの世界の住人として安定した力を得て

顕現できるようになるのです。

これを『受肉』といいます。

日崎様…貴方には是非、我らが同胞の『父』となっていただきたいのですよ」


これから天使と戦争するから、その為に力を貸せ、

いい女をあてがってやるから精を寄こせ、

「悪魔の子」の為、種馬になれ。


要は、そういう「お願い」だった。


……じ、人権無視とか詐欺よりひどい話じゃねえか……!


そんな怒りに駆られ、


「てめっ、ふざけ」

「ふざけているわけではないのですよ」


振り返り、怒鳴りつけようとした俺に突き付けられる掌。

薄闇の中、『オセ』は静かに語る。


「我々とてこの社会に溶け込むように生きているものです。

出来れば『人』とは穏便に、可能な限り接触も避け

巻き込むような真似はしないように努めているのです。

実際問題として、新聞、ニュースで我ら悪魔や天使共の報道を

目にしたことはありますか?

無いでしょう?

人は異物を嫌いますからな。

手品や冗談で済む程度のオカルトならともかく、本物ともなれば

全力で消しにかかる。

かつて、その辺を甘く見て滅びに瀕した

竜族の阿呆の轍は踏む気はないのです。

そんな我々がこうして一般人である貴方達を含め、

表の世界を巻き込んで動く……その意味の重さを、察していただきたい」


ふざけてはいない、真剣に頼んでいるのだと。

本来は巻き込む気はなかったのだと、悪魔は訴える。

悪魔の言う事だからどこまで本当かなど分からないが。

それでも、だからこそ、こいつは俺に「NO」という選択肢を

与える気がないのだろう。

巻き込みたくはない、だが意図して巻き込んだ以上は

話を聞いた相手を逃がす気はない。

頼んでいると言いつつ、実際はただの「脅し」


NOというなら殺す


………そういうことだ。


「……あのさぁ、そういうのってお願いって言わなくね?」


「ははは、よく言われます。

ですが、相応にお礼はご用意しておりますよ?

とりあえずは『ハルマゲドン後の命の保証』とか」


「1%の枠って、あんたらが負けたら意味なくね?」


「その為にわざわざ『72柱』の魔神たる私めなどが

根回しに東奔西走しているわけで。

その他にも、『生活の保障』も充実しておりますよ?

具体的に言いますと一生豪遊して暮らせる程度には」


もうすぐ世界が滅びますと言われて

一生遊んで暮らせるもくそもないと思う。

あまり嬉しそうではない俺の顔を見て

『オセ』は困惑が隠せないようだ。

でも考えてみてほしい。

相手に無茶ぶりしておいて「福利厚生と命の安全バッチリですよ!」とか

オプションとしては当然の配慮ではなかろうか?

お願いしてるのはこっちではないのだから

そのくらいの事は言わずとも察してもらいたい。

そんなこちらの考えを知ってか知らずか

彼にとっての切り札であろう一手を打ってくる。


話に乗り気じゃない俺が、嫌でも喰いつかされたもの。

男だったら、いや、性別逆のパターンでも、

結婚を望む多くの「独身」なら

喰いつかざるを得ないもの…。


「えー、あと日崎様に担当していただきたい『嫁』ですが、

お好みで容姿、性格、性癖等を召喚時に設定できますので。

下級魔族ではありますが『淫魔』ですので、

それはもうエロエロし放題」

「お好みで!?何でそういう話を先にしないかな!かな!?」

「ですよ…って、ちょ、顔近い!顔近いですっ!

……ったく、なんですか、きちんと私めは説明しましたよ?

『婚活』ですって。

男性が『淫魔』大好きなのは有名ですからねぇ、特に日本人は。

欧米のような十字教圏だと彼女らは凄まじく嫌厭されるので、

『淫魔』達も日本人に好意的な者は多いんですよ。

『旦那にするなら日本人がいい!』という声に押されて

私めがわざわざ出張っているわけでして…って、聞いてます?」


オセの奴が俺の目の前で手を振っているが、そんなことは知らん。


「理想の嫁」…!


素晴らしい。

実に素晴らしい。


種馬になれ、精子を差し出せ、というだけの話かと思っていた。

とりあえず美人悪魔をあてがってやるからそれで勘弁な?てきな。

そういう上から目線的な、いい女(男)を恵んでやんよ!的な婚活ならば

ふざけんな!という話だ。


だが……だが、しかし、だ!

ラノベや2次元でしかありえない「理想嫁」が、リアルでゲットできるだと?

しかもお付き合いの手間もなく、浮気される心配もなく、

俺の好みを体現しつつ理想に殉じてくれる嫁が、好感度MAXで?

脳裏に浮かぶのは、これまでお付き合いしてきた女性の、冷たい目線。


(あたし子供とかマジ嫌いなんだよね、産むとか冗談じゃないし)

(あの、実利さん、言いにくいんですが私、結婚前提はちょっと…)

(あんた、良い人だけどさぁ、あくまで友達なんだわ)

(……先輩、先輩は正直、重いです)

(なによ!あんただって私の身体目当てだったんでしょ?ならいいじゃない)


誰もかれも、噛み合わなかった。

俺が馬鹿だったのは否定しないけど、それでも…。


俺は、「家族」が欲しかった。

生きがいにできる存在が、守りたい誰かが、傍にいてほしかった。

苦しい時、辛い時、支えてくれる誰かにいてほしかった。

それが「愛する誰か」であればどれだけ幸せだろう?

自分を「愛してくれる誰か」であればどれだけ幸せだろう?


自分と、妻と、子供と。

顔も分からないシルエットの妻と子供と、

ちょっと恥ずかしそうな、だが幸せそうな自分が並んで笑っている姿。

脳裏に浮かぶ理想の生活。

所詮夢でしかないと半ばあきらめていた「暖かな家庭」


孤独に震える生活を、もう送らなくてもいい。

望んで孤独になったわけじゃない。

様々なすれ違い、選択のミスの積み重ね。

自分の愚かさの結果が招いた孤独だからこそ、耐えがたい。

そんな一人暗闇で泣き叫ぶ苦しみとは無縁になれる…。


これは「悪魔の誘惑」だ。

この申し出を受けさえすれば「幸せな家庭」を掴む機会が得られるのか?

たとえ寄り添う存在が「悪魔」であっても、

俺をこの終わることの無い孤独感から救ってくれるというのなら。

諦めていた「理想」を体現してくれるというのなら、

悪魔に魂を売るだけの価値はあるんじゃないか?


本気で、そう思った。


「よし、OK契約しようそうしよう

ほれさっさと俺の理想の嫁を用意するんだ

さあさあ時間がもったいないじゃないかチミィ~」


がしっとオセの突き出していた腕を掴み取り(もちろん両手で)、

ずずいと迫る俺にかなりドン引きしたご様子。


「ウ、ウザッ!

手のひら返しにも程度があるんじゃないですかっ!?

そ、それにしても………意外ですねぇ?

最近の男性は結構お一人の時間を大事にされるので

家庭を持つ、子供を作るという事に忌避感を抱いているものですが。

そのせいで引きこもりやニートの方になかなかご協力いただけずに

結構苦労していたのですけれど、まさか『理想の』という部分に

喰いつかれるとは思いませんでしたよ。

まぁ、最初はエロエロな部分に喰いついたのかと思いましたが」


うん、自分でもタイミング的にそんな気はしてた。

エロは重要だけど、全てではないぜ!


「少子高齢化社会だから子供産みたくないなんてアホな話、

本来なら政策的社会的にも論外なんだけどな。

他の男は知らんけど俺は結婚したかったし子供は欲しかったんだよ。

付き合った人はみんな子供嫌いで結婚も嫌な人ばっかりだったから

完全に婚期逃したんだけど。

悪魔の婚活って言うから普通は結婚詐欺だと思うだろ?

まず『有り得ない』しさ?」


俺の言葉に『オセ』も納得がいったらしい。

満足げに頷いて、こちらの気が変わる前にとばかりに

虚空からビジネスバックを引っ張り出し

中から何枚かの書類とペン、下敷き用のボードを取り出す。

トラえもんの謎ポケットみたいでいいなあ、今の。


「それではご納得いただけたようですので、

こちらの書類にサインを頂けますか?

契約内容その他諸々記載されておりますので、よく読んだ上で…って、

あー、日崎様は悪魔文字読めませんね。

一応こちらが内容の日本語訳です、はい。

で、担当の『淫魔』との契約書はこちらになります。

こちらにもサインを…っと、その前に」


『オセ』がごそごそと胸ポケットから何か小袋の様なものを取り出した。


「それは?」


「『上位悪魔』の魂を封じてある『魂の魔石(ソウル・ジェム)』でございます。

これに日崎様の血を吸わせ、淫魔召喚時に用いることで

召喚された淫魔の子宮に『魂の魔石(ソウル・ジェム)』が埋め込まれることになります。

そうして妊娠時に魂を定着させるわけですな。

お好きな魂をお選びください。

ピンときたもので結構でございますよ?」


ボードの上に転がった宝石は6つ。

薄闇の中に輝くそれらの宝石の中で、ひと際目を引いたものがあった。

血のように輝くルビーの様な、小さな紅い宝石。

まるで燃え盛る炎を内包しているかのようなそれが、俺の目を釘付けにする。


「じゃあこれを」


何の躊躇いもなく、他の宝石には目もくれず、

俺はその宝石を選ぶ。


「ほう、こちらですか。

それでは左手をお出しいただけますか?

はい、結構です。

では失礼しまして…」


『オセ』の腕が闇に翻る。

突き出した手のひらに、ほんの一瞬軽い痛みが走り

ぬらり、と溢れてくる血の感触。


「ささ、それではその手で魂をお掴みください。

そのまま召喚儀式へと移りますので」


促されるままに宝石を掴んだ瞬間だった。


(……パ、………パパ、今、助けるね)


「え?」


頭に響く、誰かの声。


聞き覚えのないその声は、俺を「パパ」と呼び……







次の瞬間、世界が炎に飲まれた。




次回は明日っ!

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