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はるまげ☆どーたー  作者: 葵・悠陽
グリモワール第1巻
1/33

悪魔が来りて舞い踊る

新作です。

非日常系異種族間ファミリードラマになる予定。


「いやああああああ!!ママぁ~~!!だっこおおおおお!!」


「もうっ!まーくんったらいい加減にしなさい!

もうお兄ちゃんなんだから歩けるでしょっ?」


「やあああああああ!!ちーちゃんばっかりずるい!

ぼくもだっこおおおおおお!!!」


初夏のじんわりと暑い日差しの中、子供の泣き声が風に乗って響き渡る。

買い物袋を右手に、左手に幼い娘を抱いた母親が

座りこんで動かずに泣きわめく少年を困り果てた様子で宥める。


少年は母親に甘えたくて仕方がないのだろう。

弟妹が出来るとまだ親に甘え足りない幼い兄姉が

反発から幼児化してしまうという現象と思われる。

母親が妹を贔屓しているように見えて駄々をこねているわけだ。

幼児の我儘と言えばそれまでであるが、母親に抱っこされる幼女は幼女で

泣きわめく少年など素知らぬ顔。

この場所は私のモノよっ!とばかりにがっちりと母親にしがみついている。


件の騒ぎの場所は店舗入口前の横断歩道。

パチンコ屋と共用されている立体駐車場のスロープ前を横切る歩道であり、

先ほどからも何台もの車が行き来している中々に危険な場所だ。

そんな場所故に来客誘導員として警備員が雇われ、配置されている。

今この瞬間も往来する人や車を適時誘導しつつ

先ほどから騒がしいお子様を生暖かく見守り、

万が一飛び出したりしないように監視…。

お客様が車と接触事故を起こさぬように安全を維持する。

それが委託警備員たる俺のお仕事である。


千場市梅見川区幕曳にある大型ディスカウントストア

「激安の殿堂マイキー・オルテ」

その駐車場誘導員として派遣されてから早2年。


俺、日崎実利ひざきみのりは今年で42になる独身のおっさんだ。



「ままあああああ!だっこおおおおお!

うええええええええん!」


「ああもうっ!恥かしいでしょっ!?

うぅ~…仕方ないわねっ…」


うんしょ、と気合を入れた母親は泣きわめく息子を

無理な態勢で強引に抱き上げる。

買い物袋をぶら下げた上に既に娘を抱きかかえ、そこに加えて息子、である。

当然の様に不自然な形で抱き上げる羽目になり。。


「痛い!痛いよぉ!おてて痛いいいい!!」


しっかり抱え込めている妹君とは違い脇に抱えられるような形になった少年は

自重で母親の腕から抜け落ちかけ、バンザイするような格好になっていた。

痛い痛いと訴えるも抱える母親も必死だ。


「それくらい我慢しなさいっ!お騒がせしてすみません…」


ぴしゃりと強くそう言って、折角のお淑やかな雰囲気が台無しな形相で

うんしょ、うんしょと息子を引きずる様に横断歩道を渡っていく。

きっちりとたかが警備員にも詫びを入れていくところは

いいお母さんなんだなぁ、と思わせる。

子供をヒステリックに怒鳴りつけたり暴力をふるう親が多い昨今、

こういう親御さんは応援してあげたくなるね。


「いえいえ、お車にお気をつけてどうぞ~」


苦笑いを浮かべつつ、念願かなって抱っこ?された少年を引きずる様に抱える母親を

車の往来から防護しつつ横断歩道を誘導する。

周囲に申し訳ない、申し訳ないと頭を下げながら急ぎ足で進む母親は

程なく立体駐車場の中へ消えていった。


店舗に向けて東京湾からの海風が吹き荒れ、空には雲一つなく。

今日も店舗の駐車場はたくさんのお客様が往来し、

様々な寸劇ドラマが眼前で繰り広げられる。


「あぁ、今日も平和だなぁ…」


制帽裏に仕込んだタオルで汗をふきふき

腰にぶら下げたペットボトルから水分補給。

退屈だけれど平穏な日々を、俺は今日も労働によって消費していく…。




                  ◆


「さるびあ警備です~、本日の業務終了しましたのでサインください」


「お疲れ様です」


終業時間になり店舗の事務所で退勤のサインをもらう。

今日は社員さんの岡島さんがいてくれたのですぐにもらえた。

たまに誰も居なくて探し回る羽目になるのが難点だ。


「では次回もよろしくお願いします。

明日は自分休日ですので別の者がきますので」


「あ~、いつものおじいさん?

あの人突っ立ってるだけだから困るんだよねぇ、別の人いないの?」


「あはは、会社には言っときます」


乾いた笑いを浮かべつつ、無難な答えを岡島さんに返し、そそくさと退勤する。

うちの会社は県下一人は居るくせに、運営が下手過ぎて人手不足なのだ。

おかげでろくに仕事ができない人材も登用してしまい顧客クレームが耐えない。

俺自身仕事ができると胸を張れるほどでもない人材だというのに、

そんな俺でも社内では「まともな方」だというのだから恐ろしい。


ま、所詮はバイトだし?

社員ってわけでもないから自分の評価が下がらなければ問題ないかな。

そんなわけで余計な波風を立てないように、おとなしく毎日を頑張っている。

週6日決まった時間、場所で勤務できる勤務地というのは

雑踏警備、通称2号警備においては結構貴重なのだ。

あっちの工事、こっちのイベントと色んなところを振り回されるのも

楽しいと言えば楽しいが、交通費や収入面での不安定さがどうしても課題になる。

以前別の警備会社にいた時は交通費自分持ちで、

千場市内に住んでるのに遥か東京の品川にある作業現場まで

「常駐で通え」と命令されたこともあるんだよな。

もちろん指示出した奴と大喧嘩になったが。

東京から千場に来る連中には内緒で交通費出してるのに逆は出さないとか

断るに決まってるじゃんね?


「マイキー・オルテ幕曳店」は自宅から自転車で約20分。

通勤には程よい距離で、設定給も悪くない。

紹介してくれた担当者にはほんと感謝している。


「んじゃ、帰りますかね~」


駐輪場に止めてあるMy自転車にまたがり、ペダルをこぎ出す。

国道14号をそのまま千場市内方面に。

夜風を楽しみながら家路を急ぐ。


夕方は若干強かった風も、深夜には穏やかなものになり

初夏の夜、通勤とはいえサイクリング気分で走るにはちょうどいい気候だ。

国道14号は幕曳インターから千場方面にかけては綺麗に舗装されており、

夜間自転車で走ってもあまり危険はない。

行きは昼間の交通量を鑑みて裏道を使っているが

帰りはもっぱら国道使用だ。

広い道を路側帯よりとはいえ暢気に走れるのは気持ちがいいね。


「うーん、月はなくとも我が目に星灯りは見えず、ちょっと切なす」


何となく空を見上げながらペダルを漕いでいると詩人な気分になったので

石川啄木風味でぼそっと呟いてみる。

どこら辺が啄木風味なのかは自分でも分からないが。

独り言とか危ない奴だと思わなくもないが、人生の半分は既に独り身だ。

応える人がいないと分かっていても何となくで呟いて…


「そうですねぇ、都会は空気が悪いですから」

「どぅわあああああああ!?」


突然、耳元に囁かれたあるはずのない返事。

自転車で走行中にいきなり耳元で呟かれたら誰だって驚く。

反射的に叫んでしまっても仕方がないと思う。

転倒しなかっただけでも褒めてもらいたい。


「な…なななななな!?」


よろめく車体を必死で立て直し、慌てて急停止する。

振り返ると、真後ろに大きな「人影」があった。

身長は2m越えていそうな巨体。

針金のように細く長い手足と妙に張った肩。

ニヤァ~、とでも表現するのがふさわしい三日月のような笑みを浮かべた

不気味で怪しい男だった。

何より特徴的だったのは、まるで猫の様に闇に輝く目。

丸メガネの下で不気味に輝くその目は、ネコ科の猛獣を思わせる。


「いやはや、驚かせてしまったようで申し訳ございません!

え~、日崎、実利様…でよろしいでしょうか?

少々お話しがございまして、お探ししていたのですよ!」


何の害意もありません!とばかりに胡散臭いほどに朗らかに

大男は猫なで声でそのような事を言う。

あまりに不気味、あまりに不審。

どう見ても関わってはいけない、そう思いながらも

逃げ出すという選択肢をどうしても選べなかった。

この時の俺は生まれて初めて感じる類のある種の諦観に襲われていた。

平和なこの国では多くの人が一生無縁であるはずの感覚。


……こいつに背を向けた瞬間、殺される。


つい先ほどまで当たり前に繰り返していた筈の「普通の日常」が、

この瞬間音を立てて崩れていく…。

それはきっと、こういう時に感じるのだなと、思い知らされた気分だった。


                  ◆


道端では何ですので、と男に連れられるまま近くの公園に移動する。

向かった先は「ムトー・セイカドー幕曳店」前交差点に面した児童公園。

夜間でもそれなりの交通量がある交差点であるので、

最悪逃げの一手を打つに都合がいいと内心で考えて、だ。

悟られているかもしれないが。


大体、こんな大男が耳元で声をかけてくるまで

その存在にすら気付けなかったなど、普通におかしい。

こちらは警戒心むき出しで相対しているのに素知らぬ顔だし、

気味が悪いことこの上ない。


加えてこいつが放つ、「絶対に逃がさん」的な殺気がこもったオーラ。

俺は一般人だ。

その一般人の俺が「逃げたら殺されるんじゃね?」と感じてしまえるような

そんな濃密な殺気を放てるのだから、絶対にまともな人種ではない。

この手の手合いに絡まれるようなことしたっけなぁ?と

さっきから結構必死で考えているのだが一向に思い当たる節がない。


そんなこちらの困惑を知ってか知らずか、大男は公園にはいると


「え~、それでは改めまして自己紹介をば…」


と、腰も低く一枚の名刺を差し出してきた。


そこには金の箔入りの複雑な文様(どこか魔法陣っぽい)と、

彼の名前やら何やらが記載されていた。




<株式会社 オセ・コーポレーション>

代表取締役

   尾瀬 治嗣 (おせ なおつぐ)


TEL090-xxxx-xxxx

FAX03-xxxx-xxxx




ぱっと見はありきたりなその名前。

だが、目の前の人物の不気味さと会社名が、何故か気にかかる。

『オセ』…その名称を見て脳裏に浮かんだ随分昔に遊んだゲームの知識が

ついポロリと口からこぼれる。


「地獄の総統……」


「おや?ご存知でしたかっ!

いやー、自分では結構マイナーな方だと思っていたのですが

日崎様は意外に博識なのですな!

お恥ずかしい限りですが、仲間内ではそんな二つ名でも呼ばれておりまして」


こちらの呟きにさも驚きましたと言った様子で大仰に振舞う自称『オセ』

…こいつが何を言っているのかが分からない、いや、理解したくない。

普通に仕事から帰る最中だぞ?

別に何か、特別な事をしたわけでも居合わせたわけでもないのに、

この不審者は、一体何を言っているんだ?

そんな困惑に囚われつつも、確認するように俺は問う。


悪魔(・・)、なのか…?」


「はい、その通りにございます」


周囲の照明の灯りが、一気に暗くなったような気がした。


悪魔、悪魔、悪魔!


ないわぁ~!これはないわぁ~!!

なんだそのファンタジーな生き物はっ!?

俺は夢でも見てるのか?

帰る最中に、自転車に乗ったまま寝てるのか?

それとももう家に帰ってベットの中だったりするのか?

そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。

ヤバい、これは何かマズい、夢ならさっさと目を覚まさないとヤバい!


そんな焦燥に駆られるも身体はピクリとも動かない。


こちらの焦りを知ってか知らずか目の前の『オセ』は相変わらずの猫なで声で


「実は、日崎様にたってのお願いがございまして、

本日は夜分に申し訳なく思いましたものの、失礼させていただいたのです」


そう言うと、パチン!と高らかに指を鳴らした。



突然、スポットライトを浴びたかのようにまばゆい光が降り注ぐ。

光は『オセ』を照らし、光の中彼はピンと背筋を伸ばして両手を広げる。


「 It's Show Time!!」


どこからか軽快な音楽が流れだし、「オセ」の背後から人影が飛び出してくる。

一つ、二つ……全部で5つ。

それらの人影にもスポットライトのような光が降り注ぎ、

光の中、それらの影がセクシーな5人のチアガールだということが分かる。

ポンポンを両手にけしからんお胸をプルンプルンと揺らして素早く整列。


彼女たち+『オセ』は一斉にポーズをとると揃ってステップを踏み始め

呆気にとられる俺を観客に唐突に歌い、踊り出した…。


「あれこれしたい、でもできない」

「時間が足りない?余裕がない?」

「願いはたくさんあるけれど~♪」

「どれもなかなか叶わない」

「「「こまったときの!」」」

「「神頼み~♪」」

「でも神はいつでも無視ばっかり!」

「「「「「Oh!Jesus!!」」」」」


チアガールたちのセクシーなダンスをバックに、

「オセ」は華麗なステップでタップダンスを披露する。

どことなくかのメジャーな通販番組を彷彿させるような軽快なダンスだ。


「そんなあなたのパートナー♪困ったあなたのパートナー♪」

「電話一本即召喚!」

「迅速丁寧親切安心♪」

「どんな小さな願いでも♪」

「明朗会計即査定!」

「あなたの欲望叶えたい~♪」

「ためらう背中をそっとひと押し」

「オ・セ♪」「オ・セ♪」

「「「「「コ~ポレ~ショ~ン!!」」」」」


オセッ!!という掛け声とともに全員一斉にポーズを決める!

やり遂げたぜ…ドヤっ!という空気を漂わせて。


……………え、何、これ……何なの?


ただでさえ悪魔とか意味わからないのに

いきなり人?は増えるし歌うし踊るし…。

ダメ押しとばかりにこんな訳わからんものを俺に見せて、

どうしろと。



ビシッとポーズを決める彼らを前にして、俺にできる事は




顔を引きつらせて呆然と眺めることくらいだった。





次回は明日掲載ですよー

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