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指示


 兄が喜び勇んでルースの部屋を訪問した時、やはりルースは期待してしまっていた。

「お前に客だ。

 粗相のないようにするのだぞ」

 もったいぶって指図したその男は、ルースが泣きながら駆けたその夜に、ルースの両親の火葬を済ませてしまっていた。

 本来なら石造りの廟室に安置すべきその亡骸を、空に葬り去った。

 そんな男から聞かされる言葉に歓喜を覚えるルースは、やはり罰されて当然でもあった。


「――元気そうで何よりです、ルース」

 ルースは嗤ってみせた、つもりだった。

 客人が想い人であるかもしれないなど、一瞬でも思った自分をあざ笑って消したつもりだった。

「なんの用? 忙しいんじゃないの、宰相様」

 宰相のカーティスを皮肉ったつもりだったが、カーティスはつまらなさそうな、口元だけの笑いを浮かべてみせた。

「忙しいですよ? だから、用件のみを。

 ――ここ(エイデン伯爵領)から脱出なさい。

 あの男が貴女を利用する前に」


「……命令?」

 カーティスはほんの少しだけ緑の目を細めた。

 彼が目を細めると、思いもかけぬほど柔らかな表情になる。

 それを久しぶりにルースは思い出していた。

「いいえ。

 依頼、ですね。

 貴女はこれ以上ないほどうまくことを運んでくれました。

 あの男からも違うものを渡されたのでしょう?

 よく、私からの物を選んでくれました」


 カーティスから渡された、黒い瓶を思った。

 あの瓶を選んだ自分の葛藤を、知っているかのように評価してのけるこの男が心底煩わしい。

 けれど、この男とも死線を同じくした。

 森の中ではなんの能力も発揮できない軟弱な男は、平原の決戦で見事に勝利をもたらしてみせたのだ。

 森の中、深い夜の闇に幾度も転び、松明の光に頼るしかなかった優男は、ルースの力を素直に認めるだけの柔軟性があった。


『そんな水飲んだら死ぬよ?』

 沼の水を飲もうとする、森のことを何も知らない男だった。

『ルースに別働隊を指揮させましょう。

 あの深い森から攻撃されたら、敵方をどれだけ攪乱できることか』

 頼りないはずの優男が、軍を指揮して勝利に導いた。

 男の予想はことごとく当たっていた。


 大切な仲間だった。

 ルースの焦げるような恋情をいち早く見抜いた男でもあった。

『陛下の周りから、有害なものを全て取り除きたいのでしょう?

 妹のように可愛がっている貴女を陛下が遠ざける、もっともな理由が欲しいのでしょう?』

 誘惑の歌を歌う魔女のように、禍々しい小瓶を差し出した。

 ルースは、手を伸ばした。


「――脱出して、どこに行けばいい? 大陸?」

 結局、ルースはカーティスの指示を聞くしかないのだ。

 愛おしい男をルース(自分)から守るためにも。

「大陸はやめてください」

 男は顔を顰めた。


 国王が課した、ルースへの罰を放棄して逃亡する。

 ルースの監督を課せられていたエイデン伯爵は面目を失うだろう。

 革命の功労者の身内というだけで王権に食い込もうとするエイデン伯爵を牽制するのに、適当な失点でもあった。

 ルースが国王の下に戻る可能性が、確実に潰されていく。

 彼から遠ざかろうと考えたルースの予想していたより遥かに早い勢いで、濁流に呑まれたように遠ざかっていく距離。


 美しく貴重な物を汚して穢して壊すような快楽が、ルースを満たしていた。



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