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 窓辺で刺繍を。

 そんな、貴族の子女がやるようなたしなみをルースに強要する兄は、どれほどルースのことを知らないのか。

 それとも、知った上での嫌がらせか。

「……何がいいのだか」

 数針を刺して止まった白い布を嘲るように、ルースは嗤った。

 窓辺から差し込む秋の日差しは、森林に囲まれたこの屋敷を弱々しく照らしていた。


「……もう、五年……」

 昼日中の太陽を仰ぎ見るようにして、ルースは呟いた。

 太陽が沈み、細い月が覆い被さる木々の隙間から覗く夏の夜。

 あの夜、ルースは両親を悼み、初めての恋に落ちたのだった。






 その夜、ルースは夜を駆けていた。

 猫の目のような細い月は、しかしルースの行方を遮ることはない。

 母から受け継いだ森の民の力は、いつでも森を、ルースの味方につけていた。

 お気に入りの、母の胎内のようにさえ思う木立に行くはずだった。

 その足が、ふと気まぐれを起こした。

 いつもは行かない、崖に向かっていた。

 そこに何があるのか、誰がいるのかも知らずに。


「――だれ」

 崖から滑り落ちでもしたように、男が倒れていた。

 五感が、その男の現状を正しく伝えた。

 鼻をつく鉄錆びた臭い、遙か上方でいななく馬の声、それらに紛れるような荒い呼吸。

 

「お前は……誰だ……?」

 荒い呼吸の下から、男の目がルースを見上げた。

「……おうさま……?」

 夜目の利くルースにとって、男は絵物語に聞く国王のようだった。

 威厳のような、気迫のようなものを纏い、弱みを見せまいと反撃の機会を窺っていた。


 庇う体の動きから、鉄錆びた臭いの元凶が腹にあることを察した。

「……おうさま。

 助かりたい? 死にたい?」

 助けた方がいいのか、助けない方がいいのかこの時のルースには分からなかった。

 男の眼差しは戦いを放棄などしていなかったのに、ルースは助けていいのか分からなかった。

 どこかで感じていたのかもしれなかった。

 男の行く手に、幾重にも広がる闘争の臭いを。

 楽にさせるには、傷を治すよりも死なせてやった方がいいのではないかとさえ思えた。


「不要だ。

 子供は早く、帰れ」

 傷を庇いながら立ち上がるその姿は、傷ついた獅子のようだった。

「子供じゃない。

 十三だからもう、大人」

 森の民でなければ、夜闇は苦痛だろうと思って火を灯した。


「生きたいなら、手当してやれる。

 不要?」

 闇の中に灯されて火に、男は眩しそうに目を眇めた。

 そしてルースを見た後、苦痛に歪む顔を綺麗に隠して大らかに笑った。


「どうした? 

 お前の方が、泣きそう、じゃないか」

 血まみれの姿で、両親を喪ったばかりの子供を案じて笑うその姿。

「ばかじゃないの?」

 頬を伝う濡れた感触をことさら意に留めず、ルースは歪んだ笑いを見せた。


 いつ恋に落ちたのかと聞かれれば、きっとあの時だとルースは答えただろう。

 あの時、腹を抉る傷を隠して子供を案じたその姿に、心を奪われたのだ、と。





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