決断
金髪の男からは、赤い瓶を。
緑目の男からは、黒い瓶をルースは渡された。
「私が準備するから。
貴女方は他の仕事をしていてちょうだい」
腐敗した王朝を倒した、かつての反乱軍。
その上層部の一角を占める彼女に、逆らえる侍女はいなかった。
ルースは、未練がましく懐にしまっていた赤い瓶を、服の上からそっと撫でて苦笑した。
「……馬鹿ね」
撫でる手つきは、割れんばかりに瓶を握りしめる動きに変わった。
かつての王宮は侍女の控え室さえ美しく。
白い壁に美しい木目を、虚ろな眼差しで睨めつけた。
「本当に……なんて愚かな」
懐から、黒い瓶を取り出した。
侍女達が完璧に淹れてのけた、二人分の茶。
その片方に、慎重に黒い瓶の中身を数滴落とした。
柔らかな湯気に乗って、ルースの鼻に酸っぱいような刺激のある臭いが微かに漂った。
味も、その通りの酸味があるはずだ。
ルースは、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべ、トレイを持ち上げた。
「……さぁ、終わらせましょう」
隣室に、この茶を運ぶべき貴人がいる。
反乱軍の長であり、今は新たに建国した国の新王である男と、旧王朝の王女。
この国を、これ以上かき回さぬために、結ばれるべき二人。
片や成り上がりの無骨な武人と、腐敗した王朝の粋を尽くした豪奢な王女。
それなのにこの上なく似合って見えるのは、二人の間に生まれた『何か』 を痛烈にルースに感じさせた。
「愛する貴方に、これ以上ない贈り物を」
歌うように口ずさんだルースは、軽やかな足取りで隣室の扉を開いた。
――破滅への扉を。
ルースが供した、王女への茶は飲まれることなく叩き落とされた。
「――なんだ……なんなんだこれはっ?!」
恋した男の激昂を、ルースは瞬きさえ抑えてただ見つめた。
「ルースッ、なんのつもりだこれは?!」
王女を庇うようにルースの前に立ちふさがり、詰問する男。
距離は近いのに、触れあうことのない距離が、何故かルースには切なく感じた。
(最後、だから……)
最後だからほんの僅かな接触でも、と願う自分に気づいて笑みが浮かんだ。
どこまでも、ルースの愛は自分勝手で誰も幸せにしない。
そんなことはとっくに分かっていたから……だから、黒い瓶を選んだのだ。
「旧王朝の王女……そんな存在は、貴方の汚点にしかなりません」
自分の欲望に、綺麗に蓋をしてルースは用意してきた言葉を羅列した。
「楽に逝ける薬を用意しましたのに」
「ルースッ!!」
怒りの表情でさえ、反乱軍の長であった頃とは違い、王となった今ではどこまでも『国王』 らしい。
そう感じるのは、男が変わったからなのか、ルースが変わったからなのか。
「陛下、王女殿下をお連れください。
ルースはこちらで処理しておきましょう」
反乱軍の軍師であった男が、今では宰相の座を戴く男が、王とルースの間に割って入った。
(あぁ……)
もう、この距離は終わった。
これから先はただ、離れていくだけの距離だ。
それを思ってルースの唇から、儚い吐息が零れた。
誰に気づかれることもなく消えた、吐息だった。




