~葵の独白編 その3~
ちょっぴり間が空いてしまいましたが…再び葵君サイドのお話。
彼女との飲み会から1週間が過ぎた。
飲み会の後、期日が迫っていた俺の仕事が一段落つき、ようやく一般人レベルの生活に戻ることができた。睡眠時間と食事の確保がここまで人を回復させるとは…そんなことをしみじみと噛みしめる毎日だ。
彼女とはエレベーターで会うと会釈を済ませるだけの、飲み会前の元の関係に戻っていた。
俺としては、会釈以外に何か彼女と話をしようと機会を狙っているのだが…なかなか2人きりになれない。顔を合わせることができるだけに、話ができないことに対してもどがしさが募る。連絡先も知ってはいるから、連絡はできる。ただ、きっかけがなくて連絡する事に対して妙にハードルが上がってしまっている。
俺がまた、彼女が声を掛けてくれた時みたいに体力の限界を迎えたら、彼女は再び俺に対して声を掛けてくれるのだろうか…
同じ部署の女性陣は、相も変わらず仕事よりも世間話に夢中だ。
○○さんの彼氏を見た、△△のパンケーキが美味しい、今期のドラマは□□が面白い、俳優の××がカッコいい、仕事が終わったらどこで買い物をする…などなど。女性はどうしてこうも次から次へと話題が尽きないのだろう。1つの話題が終わって静かになるのかと思えば、違う人が新たな話題を次から次へと矢継ぎ早に提示していく。女性のコミュニケーション能力の高さは認めるし尊敬もする。だがしかし、今現在、そのコミュニケーション能力はこの職場において一切必要がない。
口よりも手を動かせ、手を。
せめて男がこの部署に俺以外に1人でもいてくれたら、もう少し居心地も良いのだが…。女性陣が楽しく談笑する様子を横目に見て、時折話題を振ってくる彼女たちを交わしながらそんなことを考えつつ、俺はパソコンと向き合い、次のプレゼンの資料作成に勤しんでいた。
しかし、資料を作り始めて早2時間弱。単調な作業にいよいよ嫌気がさしてきた。俺のパソコン画面は、女性陣の視界の死角にある。俺はおもむろにネットニュースを漁り始めた。
職場の女性陣が話していたドラマや俳優のエンタメ情報がところせましと並んでいる。政治経済からエンタメまで一通り目を通したが、特にこれといって目を引く話題も見当たらず、早々に離脱した。世間話だけで2時間そこそこ楽しく時間を潰せるのは、ある意味凄い才能なのかも知れないと妙に感心してしまった。
俺は気分を切り替えるために、自販機へと向かった。
俺の所属する部署の階に自販機は設置されておらず、買いに行こうと思うと上の階か下の階か、どちらかに移動しなければならない。通勤時間にはよく使うエレベーターは、お昼時ということもあり混雑していたので、俺は螺旋階段を上り、自販機に向かった。最近運動をしていないからか、軽く上っただけで息が上がっている。通勤するのにも大して歩かずに済むような場所に家を構えていて、社会人になってからというものすっかり運動する機会を失ってしまった。そろそろジョギングくらい日課に加えたほうが良いのかも知れない。
体力の衰えを憂いながら階段を上ると、いつもの自販機が俺を待ち構えていた。迷うことなくブラックコーヒーを購入する。ここ数年でコンビニのコーヒーも市民権を得ているようだが、俺は缶コーヒーの程よいサイズ感と冷え具合、独特なブラックコーヒーの味を求めて、つい同じものに手を延ばしてしまう。缶コーヒーのブラックコーヒーの味は、正直圧倒的に美味しい訳でもない。ただ、あの何とも言えないブラックコーヒーの味が妙に愛着が湧いてしまっている。もはや中毒なのではないだろうか…
そういえば、彼女が入社した頃も、この自販機によく来ていたな。
俺は決まってブラックコーヒー、彼女はいつも違う種類の飲み物を選んでいたっけ。ある時はストレートティー、またある時はオレンジジュース、更にある時はカフェオレ。甘いものしか飲めないのかと思いきや、ブラックコーヒーを購入するときもあり…コーンポタージュやミルクセーキ、栄養ドリンクなど、彼女の選ぶ飲み物は多岐に渡っていた。
一度だけ彼女に、「樫野は何で、毎回違うものを選ぶの?」と聞いたことがある。
「うーーーーん…どうしてでしょうね。私がその時に本当に飲みたいものを選んでいったら、自分でも不思議なほど毎回違うものを選んでるんだとは思うんですけど…
というか寧ろ、前島さんはどうしていつもブラックコーヒーしか飲まないんですか?」と逆に質問されてしまった。
しかし、その時の俺は、今みたいにブラックコーヒーを常々選ぶ理由なんて考えたこともなかったから、
「何でだろうな?俺にもわかんないわ。」とあっさり答えてしまった。
今の彼女は、一体どんな飲み物を選ぶのだろうか。ふとそんなことを考えた。
無性に彼女と会って、話がしたくなった。
私もどちらかというと葵君タイプなので、ハマると同じ飲み物ばかり選んでしまいます。
読者の皆さんはどうですか…?