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1話

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現実がゲームみたいだったら、どれだけ良いか。このつまらない現実で剣と魔法が振るえたらどれだけ良いか。そんなことを中学生の頃から好きあらば考えていた。

そんな自分を引っぱたいてやりたい。

どつき回してやりたい。

説教してやりたい。

現実はつまらなくて、退屈で、平凡で良いんだと。剣と魔法なんて、ゲームの中だけで充分なんだ、と。




「――のニュースです。本日、カスタム社による最新作のゲーム「マジック&ブレイド」の先行体験が行われました。このゲームは発表当初より―――」


今日は休日。日曜日だ。しかし毎日が日曜日の俺にとってはそんなことはどうでも良い。今大切なのは、このサウナのような熱気が篭る自室をどのように冷すか、ただそれだけである。八月のド真ん中。学生共が休みを謳歌するというだけでも反吐が出るほど腹が立つのに、このクソ暑さである。神が職無し貧乏ニートを根絶する為にわざと地球を温暖化しているのでは無いだろうかと疑って数日が過ぎた。

つまらないニュースを垂れ流すテレビを消し、扇風機も消す。エアコンは無い。そんなものは、無い。都会の癖に蝉の声が濁流のように流れ込んで来る窓を締め、カップ麺の残骸やらビールの空き缶やらを踏まないよう気をつけながら、玄関へ向かう。こんなに蒸し暑い日は、コンビニへ向かうに限る。キンキンに冷えた店内。無料で読める雑誌。可愛い店員にエロ本を会計してもらえるあそこは乾涸びた大都会のオアシスだ。

まともな服を持って無いので、サラリーマン時代の遺物である真新しいスーツに身を通す。……すげぇ暑い。社畜の諸君はこれを着こなし、太陽光線が降り注ぐ中、ヘコヘコ頭を下げながら営業をしているのか。本当にご苦労様です。

久しぶりに全国のサラリーマンに感謝をして、黄ばんだ壁面が目立つボロアパートから外へ出る。


ボロアパートと言えど都会の一等地、秋葉原に居を構えているのだ。家賃はそれなりに掛かる。そろそろバイトをしなくちゃなぁ…などと暑さのせいでやられた頭で考えていたら、お目当てのコンビニについた。自動ドアが開いた瞬間からそこは砂漠から冷泉へとメタモルフォーゼする。最ッ高だね。冷房。店内に入ると同時に素早く笑顔を作り、可愛いバイトちゃんへ爽やかに挨拶をする。彼女の笑みが若干引き攣ったような気がするが、気の所為である。今日は「ザ・マニアック!!〜淫ら!女子○生のナイショの痴態編〜」を手渡そう。俺はそのまま直角に左へ華麗に曲がる。目指すは、そう、立ち読みコーナーもとい雑誌コーナーである。毎週販売されている漫画雑誌の前に素早く立ち、他の立ち読みスト達を牽制する。俺は伊達に小学生の頃から立ち読みをしていないのだ。このくらいのスキルは身に付けて当然である。そしてゆっくりと…堂々と……立ち読みッ!!この漫画雑誌は他のコンビニでは袋詰めされているので、非常に助かっている。


そんなこんなで周り一帯の雑誌をイナゴのように読み漁っていると、ガシュゴン!という奇妙な音が店外から聞こえてきた。なんだ自動車事故でもあったのかと読んでいた興味も無いファッション系雑誌から目を離し、外から丸見えのガラス張りの壁面越しに外を覗く。事故ならば駆け付け、野次馬として場を盛り上げねばなるまい。そして「事故なうww」とかいう不謹慎なツイートをあげるのだ。


簡単に説明すると、それは自動車事故だった。小さなバンがなにかにぶつかり、正面がぐしゃりと醜く潰れている。公道でスピードが出ていなかったので、幸いにも怪我人は居らず、運転手も大きな怪我は負っていなかった。そのわりに、辺り一帯は、蜘蛛の子散らして算木を散らしての大パニックになっている。

事実、俺自身も雑誌から顔を上げたままの体制で固まっている程ショックを受けているのだから。

パニックの理由は単純明快。バンのぶつかった「なにか」が問題だったのだ。


真紅。ルビーすら霞む鮮やかな赤がバンの行き先を塞いでいる。真っ赤なそれは、太古の生物に似ている。太く、厳つい形をした足元に、バンが停まっており、大きさを比較するにはおあつらえ向きだろう。鋭く尖った鱗一枚一枚が、その車の全長と同じくらいある。しなる尻尾は長過ぎて、巻尺がどれくらいあれば測れるかちょっと真剣に悩んでしまった。頭部は荘厳。真紅に明るい黄の瞳が映える。美しい。

ティラノサウルス。小さな頃、俺が大好きだった大昔の爬虫類の王が、現代の都会、秋葉原の二車線道路に現れた。

いや、違う。ティラノサウルスは確か、腕が異常に短かった気がする。確かバランスを取るためうんぬん……しかしこの真紅の恐竜は、腕が短いどころか筋骨隆々、鋭い爪すら持っている四本指まで有ると発達しまくりではないか。ティラノは指二本と相場が決まっているのだ。

ロマンがあるからな。

だとしたら、この生物は何なのだろうか。そう思った瞬間、その生物が懇切丁寧に答えを示してくれた。


今まで力無く恐竜の背中にぶら下がっていた鱗だらけの皮の様なものが、突然大きく隆起して広がる。それは、翼だった。巨大な恐竜よりも大きく、元気ビンビンな太陽の熱線を遮る程に、壮大。

俺は例の姿勢のままから、口があんぐり空いた情けない姿へグレードアップした。


翼の生えた恐竜が、咆哮する。


音にならない音が大気を震わし、ガラスというガラスを吹っ飛ばし、粉砕する。ついでに俺の鼓膜も粉砕する。崩れ落ちる道路上の逃げ遅れた人々。

雄叫びを上げたそれは、表情の映らない瞳で辺りの惨状を眺め、満足したのか、そのあまりに大き過ぎる翼で秋葉の公道を後にした。


粉々になったガラスのせいで顔中血塗れになった俺は、雑誌をそのまま手放し、ズボンのポケットへ手を伸ばす。画面がひび割れてはいるが、スマホは無事起動出来る。

俺は一言だけつぶやき、スマホをポケットに戻した。



「ドラゴンなう」

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