第4幕 カウボーイズ&エイリアンズ
連中は一見すると人間に似ていた。
だがそれはシルエットだけの話で、真正面から見ればやはり「こちら側」の人間とは違う種族なのだなと、そうわかる見目形をしている。
赤黒い肌。小さな、しかし獣のような釣り上がった眼。鬼灯みたいな赤い瞳。頬まで裂けたような口にはナイフのように鋭い歯が並び、低い唸り声と共にそれらを剥き出しにしている。
体躯は小人――以前、新聞で読んで知った、アフリカな小柄な先住民――のよう矮小で、動きはコヨーテのように素早い。チェネレのマウザー、そのマズルフラッシュが照らし出した有様によれば、奴らは鉈や長いナイフ、先住民が使うような羽飾り付きの槍を得物にいているらしかった。闇に隠されているために総数は解らないが、溜息つきたくなるぐらいに多いのは確かだ。不幸中の幸いは、どうも飛び道具持ちはいないらしいってこと。
ならば、だ。
とるべき手はひとつ。
「目論見は大外れだな!」
オプへと向けてそう大声で嗤いながら私が吠えると、二つの銃口を割れた窓へと向ける。
左右の手に握ったウェブリー・リボルバーもまた、紫煙硝煙を伴って吼えて咆える。ウェブリー・リボルバーはダブルアクションのリボルバーだ。引き金を弾き続けるだけで撃鉄は上がって下がり、弾倉は回転し次々と.455弾を吐き出していく。
弾頭の鉛も剥き出しな.455ウェブリー弾は、豊富な装薬量も相まって確かな殺傷力を発揮する。この狭い部屋へと乱入しようとしていた小人が一人、無骨な銃弾に吹き飛ばされる。
黒色火薬ならではの白煙――私には見慣れ嗅ぎ慣れた硝煙が吹き出し、夜の闇へと消えていく。
六連発が二つ、計十二発はあっという間に撃ち尽くされ、撃鉄は虚しく空の弾倉を穿つ。奴らがこの小屋に入ってこないようにとの牽制が主だから、元より当てようと思って撃ってはいない。それでも私が銃を使った以上、2人か3人は仕留めていることだろう。
「チェネレ!」
私は再装填のために下がり、代わってチェネレが前に出る。
最新式のマウザーは装填方法も真新しいモノを採用していて、新型のライフル銃なんかで使われている挿弾子を採用している。十発の銃弾を金具でひとまとめにして、これを使って一気に銃弾を弾倉へと流し込める寸法だ。一発一発装填するのが当たり前だった、古い時代を知る私みたいなガンマンからすると、まさに夢のような話だ。
「――」
チェネレは素早くマウザーを構えると、さっきまでと一転、噛みしめるように一発一発引き金を絞って狙い撃つ。
過剰なマズルフラッシュが夜の闇を裂き、写真撮影用のマグネシウム・ライトのように辺りを照らす。素早く動き回る小人たちが、一人、また一人と地面にもんどりうって斃れる。チェネレは素早く、そして精確だ。彼女の灰色の瞳ならば、藁山のなかの針だって見抜くだろう。
「糞食らえ! なるようになれだ!」
アイルランド風に毒づきながら、オプは散弾銃を釣瓶撃ちにぶっ放す。
別の窓目掛けて散弾は走り、窓を突き破って迫る小人共を吹き飛ばしていく。
「何なんだ!? 何なんだよ、糞がぁっ!」
オハラも、豆鉄砲をぶっ放すが、潜入要員だけあって射撃の腕は微妙なのか、当たっている様子もない。だがまるで戦列射撃みたいな私達の銃撃を前に、外では小人共のあからさまに慌てた呻き声があがり、少なくとも連中を押し止めるのに役立っているのは確かだ。
その隙にと、私は素早く左右のウェブリー・リボルバーの、弾倉後方左側にあるレバーを押し込み、金具を外す。
ふたつの銃身を左右の膝に押し当てれば、ウェブリーは中折れして空薬莢を弾き出す。右手に握ったほうを脇に挟むと、半月型挿弾子を使って弾丸を込める。つくづく、世の中は変わったと感じる。拳銃の再装填がこんなに手早く済むようになるだなんて、昔は想像したことすらなかったもんだった。
「COME ON 、YOU LAZY BASTARD! / 来いよ、間抜けな糞ったれ共!」
チェネレと入れ替わって前に出ると、私は叫びながら引き金を弾く。
さっきとは違って、チェレネ同様に狙って撃つ。まずは右手、弾が切れれば左手で撃つ。早撃ちはともかく――もとよりキッドなどと比べれば腕前は劣っていたが、最近は歳のせいで尚更だ――、射撃そのものの腕は錆びついちゃいない。ちゃんと狙えば、ちゃんと当たる。例え相手が鼠の様に、小さくちょこまかと、駆け回る相手でもだ。
「ジリ貧だぞ!? どうするよ!?」
鍵のかかった扉を外から押し破ろうとするのを、テーブルを倒して何とか押し留めようとしながら、オハラが喚く。
やっこさんの言う通り、どれだけ撃ち斃そうとも、多勢に無勢は変わりない。「あちら側」からのお客さんを相手にすることを考えて、かなり余分目に弾薬を持ってきているとはいえ、無限ではない。空薬莢を拾えば「手作業での再装填」も出来るし、そのための道具も持ってきているが、当然、今はそんなことをしている暇もない。早々に次の手を打たなければ、じわじわと包囲を絞られ、文字通り絞め殺されるハメになる。
「どうしても持ち出さなきゃならない、そんなモノだけ用意しな。制限時間は――」
右のウェブリーを一旦小脇に挟み、空いたその手で懐中時計を取り出し、時刻む秒針を見た。
「――40秒だ」
「ふざけんな!」
毒づきながらも、オハラは机の抽斗を引っ張り出し、その中に隠していた諸々を手づかみにするなど、証拠隠滅に務める。オプは鞄からスキットルを取り出し、中身を部屋の隅へとぶちまける。濃いウィスキーの匂いが立ち籠める。火を点けるためだろうが、随分ともったいないことをするもんだ。
「合図したら俺と一緒に手当り次第ぶっ放せ」
「……」
再び弾の切れた私に代わって、前に出ようとしたチェネレを押し止める。
散々ぶっ放したおかげで、向こうも慎重になったのか、蠢く気配は感じるが、無鉄砲に飛び込んでくる様子もない。恐らくは、タイミングを図って一気に攻め寄せるつもりだろう。そこをこちらも一斉射撃で制し、家に火を点け、堂々と扉から正面突破で脱出だ。マウザーの10連発にウェブリー2丁の12連発。ちょっとした戦列射撃になるだろう。
「そいつをぶち破るのはお前さんに任せるぜ。その得物なら、容易いだろう?」
「当然。紙切れを破るより容易いだろうね」
オプはウィンチェスターの散弾銃へと12ゲージ弾を込めながら、力強く請け負う。
かつて、まだフロンティアがあったころのガンマンの世界では、駅馬車の護衛以外の散弾銃使いは卑怯者扱いされることが多かったが、それは散弾銃という武器がそれだけ強力だったからだ。銃身を切り詰めた散弾銃の破壊力は実際それだけ凄まじく、特に今みたいな接近戦では最大の威力を発揮する。ドアだって簡単に破れるし、使い方次第じゃ標的の上半身と下半身とを泣き別れさせることだってできる。装弾数が二発っきりだった時代でこれなのだから、最新式の五連発とくれば、その殺傷力は殆どルール違反だと言えるだろう。
「オハラ、俺達がぶっ放したら火を点けろ。そしたら馬の所まで走るぞ」
「ええいくそ! おおさ!」
言われてオハラはランプを手に取ると、それをウィスキーの池目掛けて投げる構えを見せた。
私とチェネレは割れ窓へと、オプは扉へと各々の銃口を向ける。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
誰一人声を発する者もなく、ただただ聞き耳を立て気配を窺い、時を待つ。
周囲からは、相変わらずの無数の蠢く気配と囁き声、そして扉をドンドンと叩きつける音が響き渡る。その音は徐々に大きさを増す――こともなく、むしろ徐々に遠のいていくようにすら感じられた。
「……?」
違和感を覚えた私は、こういう状況ながら敢えて瞼を瞑り――眼の役割はチェレネが果たしてくれるだろう――耳に意識を集中する。私は目も良いが負けないぐらいに耳だって良い。灰色の瞳は全てを見通すが、しかしこういう夜を相手にする時は耳の助けを借りることだって必要だ。
耳をすませば、聞こえてくるのは確かに小さくなっていく跫音ばかり。それも直に聞こえなくなって、辺りは全くの無音となってしまったのだ。
「……退いた?」
オハラが漏らした言葉の通りだと、頷かざるを得ない状況だ。こちらの猛反撃に恐れをなしたとでも言うのか?それもありうるが、しかし、何かが引っかかる。『あちら側』に何回も赴いたせいだろうか、私は人一番勘が良い。何がおかしいのかは上手く他人に理屈立てて説明はできないが、何かが妙なことだけは解るのだ。
「――」
それに、チェネレが構えを解いていないという事実が、私の勘の正しさを裏書きしている。連中は単に退いたのではない。必ず、何かがある。
「マジで、退いたのか?」
オハラが投げようとしていたランプを掲げながら、恐る恐ると窓のそばへと寄っていく。
「オハラ」
オプが背中越しに嗜める声を小さく発するが、オハラは止まらない。一刻も早くに外の様子を確かめたいのだろう。床に転がったままの死体、フィッツジェラルドとかいうピンカートンのご同僚の亡骸の横を素通りし、割れ窓の下に身を潜めながら、シェードを取り払ったランプを少しずつ上に掲げてみせる。下の窓枠の所から、少しずつせり上がるランプは眩い輝きを辺りに放つが、無数の足跡が踊る地面以外は何も見えない。
「どうだ?」
「……」
灯りを掲げるオハラ当人は位置的に外の様子が見えないために私へと聞いてくるが、はてさて、何と答えたものやら。確かに連中の姿こそ見えないが、『あちらがわ』の連中相手にはその程度の事では安心するに足りない。
「畜生めが! つくづくなんだってんだ!? こんだけドンパチやってんのに、街の連中は誰も寄ってきもしねぇ!」
オハラが言うこともまた、懸念材料であった。
この街の保安官が焼き殺されたらしいことは聞いているし、加えて他の有力者たちが次々と妙な死に方をしていることを考えれば、巻き込まれるのを嫌がって家から出てこないのも解らなくはないが、何一つ音沙汰も無いのもおかしな話だ。間抜けな野次馬がひとりもよってこないのも不自然なのだ。
やはり、何かがある。いや、あるいは、何かがいるのか?
「――だああああ! まだるっこしい! 来るなら来やがれっててんだ!」
堪えきれなくなったオハラが、思い切りランプを窓の外へと投げ捨てる。
オハラもピンカートンの腕利きであり、そう簡単に身を晒すつもりもなかったろう。恐らくは、ランプを投げた後は即座に伏せるつもりだったのだろう。
「……あ?」
しかしだ。
実際のオハラは間の抜けた声を出して固まってしまったのだ。
だがそれは私も、身を捻って背後へと振り返っていたオプも、チェネレですらもが同じことだった。一瞬、見えたアレの姿に、驚きの余り身動きを封じられてしまったのだ。
オハラの投げたランプはかなりの距離を飛んで、地面に落ちる前に、何かに当たって割れたのだ。
中身の燃える油が飛び散って、その何かの姿を炯々と映し出す。
ソイツは、その巨体ではありえない程の静けさで歩み、闇に紛れて密かに近づいていたのだ。
今や身にまとった炎で明るみに出されたソイツは、グリズリーのような巨体の持ち主だった。単に大きいと言うだけではなく、まるで岩石のような、見ただけで頑丈だと解るゴツゴツとした体躯の持ち主でもあった。
ソイツは、強いて言えば「象」に似ていた。
だが同時に象とは――いや、「こちらがわ」の生き物とは本質的に違う存在であることもひと目で解った。仮にも「象撃ち銃」の使い手である私は、象という動物に詳しいのだ。……まぁ実物を見たことはないのだけれど、それでも知識だけは充分にある。だから次のように、目の前のソイツと象との違いを挙げてみせることができる。
まず象は2本の足で人のように歩いたりはしない。
その耳には水掻きみたいな膜は張っていないし、水晶みたいに透き通って光る牙は生やしていない。
眼が二つ以上あることもなければ、それらが燃える石炭のように赤黒く輝いていることもない。
象の鼻は確かに長いが、あれほどでは無かったし、その先端がラッパのような末広がりになっていることも無かった。
……改めて挙げてみると、象に似通っていると見えたのは実に上っ面な部分で、つくづく「こちらがわ」の象とは異質な存在であるらしい。
私達が固まっていたのは、瞬きする程度の間でしかない。
だが、アイツにとってはその程度の間で充分だったのだろう。その巨大な体躯をも凌ぐ鼻が鞭のように撓ったかと思えば、矢のような、銃弾のような速さでそいつは宵闇のなかを走った。
「――あ?」
標的は、オハラだった。やっこさんは、間抜けな声を発する以外は何一つさせてもらうこともなく、その体は窓の向こうへと消える。象のようなバケモノが体についた炎をその大きな掌で払い消すと、全ては再び闇の中だ。オハラの断末魔だけが、そのなかで響き渡る。
「糞ったれ!」
私は素早くウェブリーをホルスターに戻すと、床のホーランド&ホーランドを拾い上げて構える。
「オプ、扉を破れ!」
「だがオハラが――」
「無理なのは解ってんだろ! あの声だぞ!」
闇の向こうの絹を裂くような断末魔は直ぐに途絶え、死に行く者特有の呻き声が微かに聞こえるのみ。それをオプも理解しているから、素早くドアの二つの蝶番を撃ち抜き、扉を蹴り開く。
「チェネレ!」
私が言うまでもなく、彼女は既に動いていた。開いた扉の向こうに、待ち伏せていたらし小人共が飛び込んでこようとするのを、チェネレのマウザーが次々と撃ち斃す。続けてオプが散弾銃を釣瓶撃ちにすれば、これで突破口は開けた筈だ。
一方、私はと言えば、あのバケモノの姿を闇の向こうに探していた。
オハラを始末しただけで、アイツが手を緩めることはあるまい。そして私達三人のなかで、アイツに通用しそうな得物を持っているのは、私だけなのだ。
「ッ!」
引き金を弾けば、強烈な反動と共に、8ゲージの大鉛弾が、11ドラムの大火力で撃ち出される。
眼で捉えた訳ではない。それをするには、アイツの鼻の動きは速すぎる。
捉えたのは微かな、本当にささやかな、空気のゆらぎ。老いたりとはいえ、そういう肌の感覚だけは、ずっと衰えることはない。
――異音。
迫りくる鼻、その広がった先端へと8ゲージ弾は命中し、形容し難い音が響き渡る。
余りの衝撃に鼻の先は吹き飛ばされ、この上ないマズルフラッシュは闇の向こうのアイツの姿を映し出す。垣間見た、光る瞳を見逃す私じゃあない。ホーランド&ホーランドには銃身がふたつ、撃鉄もふたつ、引き金もふたつある。輝く瞳に狙いを定め、素早く2つ目の引き金を弾く。
――絶叫。
名状しがたい叫び声が、暗闇を貫いてどこまでも鳴り響く。
思わずエレファント・ガンを投げ捨てて、両耳を手で塞いでしまいたい衝動に駆られるが、代わりに私は用心金の下、アンダーレバーを横に引いた。銃身と銃床とが蝶番を境にLの字型に折れ曲がる。尾筒を露出させ、手早く未だ煙吐く薬莢を引き抜くと、それをポケットに入れて――再利用するためだ――次弾を装填する。
どんな生き物だろうと、眼が急所なのは変わらない。それはアチラだろうがコチラだろうが変わらないことであり、例え全身が岩のようなバケモノであろうとも、例外たり得ない。
続け様に、三発目、四発目とバケモノ目掛けてぶっ放すが、流石に今度も瞳に命中とはいかなかった。三発目も四発目も、ヤツの胸の辺りに当たったが、その体を仰け反らせたのみで、肉を爆ぜさせることは愚か血を流す様すら認められなかった。
だが、構わない。ハナから、急所に当てる気も無かったのだ。
眼に一発貰って、尚且胴体に追撃を受けて、いかにアイツがバケモノでも攻撃の手は緩むはずだ。
「退くぞ!」
私は先行するオプとチェネレとを追った。
足元に転がる、オハラの手放した32口径を拾い上げながら。
ライトニング達が無事だったのは僥倖だった。
私達はこの場を離れる準備を即座に済ませると、鞍に跨り得物を変えて次なる戦いに備える。
ホーランド&ホーランドをケースに戻し、代わりに取り出したのはもう一丁のライフル銃――主に人間を相手取る時用の得物だった。
リー・スピード・スポーター。
あの象みたいなバケモノは厄介な相手だが、その動きは鼻の部分を除くとお世辞にも素早いとは言えなかった。むしろ厄介なのは開けた場所で、あの小人連中が数を頼みに突っ込んでくることだから、今度はむしろコイツの出番だと言える。なにせイギリス謹製のこの銃はこの手のライフル銃としては破格の十連発であり、しかもボルトアクション――今日日流行りのタイプのメカニズムだ――ながら素早く再装填が出来る。私がその気になれば、1分間に30発程度、再装填を挟みながらでも連射できる。大勢を相手にするには最適なライフル銃だった。
チェネレがモーゼルを木製ホルスターに戻して、代わりに取り出したのも、やはり大勢を相手にするのに適したライフル銃だった。
1895年型の、ウィンチェスターライフル。
銃身下部の筒型弾倉が基本のウィンチェスター・レバーアクションライフルにあって、リー・スピード・スポーター同様の箱型弾倉を採用したニューモデルだ。レバーアクションならではの手早さと、チューブマガジンでは用いることができなかった、強力なライフル弾との合せ技――往年のウィンチェスターの傑作銃たちに比べれば評判こそ落ちるが、しかしこいつは中々の代物だと私は思っている。それを証拠に、数あるライフル銃から、チェネレはこの銃を選び取ったのだから。
「……」
オプはと言えば、切った張ったは私達に任せるつもりだったのか、散弾銃と小型拳銃以外は持ってきていなかったらしい。黙々と12ゲージ散弾を再装填しながら、何かモノ言いたげに私の方を見てくる。
「なんだ?」
「いや……少し、ね」
オプは若干言い淀んでから、呟くように私へと問う。
「なんというか……実に慣れていると思ってね」
なるほど、オプの言うのも尤もである。
あんなものを見た後に、こうも平静を保っているだけでもオプは大したモノだが、私とチェレネの見せた態度とやっこさんのそれは似て非なるものだ。オプの態度は積み重ねられた私立探偵としての技術を拠り所とするものだが、私と、それにチェレネのものは、単に初めてではないという慣れに過ぎない。……やはりチェレネも只者ではないということだ。
「まぁ、実際慣れているからな」
私は肩をすくめて、そう返すほかなかった。
「……」
「いずれ、話すさ。とりあえず今は今すべきことだぜ」
言いつつ、私はオハラの銃をオプへと投げ渡した。
「短い間だったが、肩を並べたよしみだ。一緒に仇はとってやる」
「……そうだね」
オプは上着の内側にオハラの銃を潜ませながら、ほんの僅かの間だけ俯いた。
帽子の庇に隠れて、その時の表情は見えなかったが、顔を上げた時にはもう、いつもの探偵らしい顔に戻っていた。
「それで、これからどうする?」
私はボルトを引いて、初弾を銃身に送り込みながら歯を剥き出しにして言った。
「連中はこっちを攻めてる。ならむしろ連中の司令部は手薄だろう」
「!……強襲をかけるわけだね」
「前の戦争の時はよくやった手さ。幸い馬は無事だ。きっとイケるし、何より連中の意表を突ける」
まさか連中も、こうも追い立てられた私達が反撃を、それも『頭狙い』をしてくるとは思うまい。
「鉱山の場所は解るな?」
「地図を頭に入れておくぐらいは、探偵としては当たり前のことさ」
オプが力強く請け負うのに、私はさらに獰猛に笑い返した。
「さぁライトニング。早速の仕事だ」
私は右手にリー・スピード・スポーターを掲げながら、左手で手綱を握り、新たな相棒に拍車をかける。
目指すは、「あちらがわ」からの異邦人どもが待ち構える鉱山。我らはまるで死の荒野を目指すカウボーイだ。
こうして三人のカウボーイズは駆け出した。
一体何が待ち構えているかも知らずに。
【銃器解説ver.20200922】
-私の銃
●ウェブリー・リボルバー
イギリスのウェブリー&スコット社製ダブルアクション・リボルバー。1887年リリース開始。マークⅠからマークⅥまでが存在し、軍・警察などで1963年まで使われたロングセラー拳銃である。.455ウェブリー弾という独自の弾丸を用いる中折式リボルバーで、日本では事実上この拳銃のコピーである『エンフィールド No.2 Mk.I』のほうが著名であるが、オリジナルはこちらである。なお、『私』はマークⅠを二丁使用している。西部開拓時代ではマークⅠに先行する同社製品、ウェブリーRICリボルバーやウェブリー・ブルドッグ・リボルバーなどが、ガンマンなどの間で時折用いられていた。
●コルトM1851ネービー・カートリッジコンバージョン
『私』が長年愛用してきたコルト社のベストセラー傑作拳銃を、金属薬莢弾でも使用できるように改造したもの。旧式のキャップ&ボール・リボルバーへとこうした改造を施すのは、西部開拓時代ではありふれたことであった。『私』的には、最も使い慣れた拳銃である。
●ホーランド&ホーランド・ダブル8・パラドックスガン
ロンドンに居を構える老舗高級猟銃メーカー、ホーランド&ホーランド特注の『象撃ち銃』。水平二連式で8ゲージ(83口径)という常識はずれの巨大弾を使う、まるで大砲のような銃である。『私』が用いるのはアンダーレバー式で、用心金に被さるようにして設けられたレバーを横に引くことで排莢を行い、次弾を装填できる仕組みである。なお、パラドックスガンとは銃身の殆どにはライフリングを刻まない滑腔銃でありながら、銃口付近のみにライフリングを施した、スラッグ弾を主に用いる大型動物狩猟用散弾銃ならではの構造を持った銃のことを指す。
●リー・スピード・スポーター
大英帝国植民地で広く用いられた、軍制式小銃であるリー・メトフォードあるいはリー・エンフィールドの商用バリエーションの1つ。上記のホーランド&ホーランドような、高級猟銃を購入できない一般ハンターに好んで用いられた。『私』が用いるのはリー・メトフォードベースのもので、ボルトアクション初のボックスマガジン仕様がもたらす高速10連発という、猟銃には破格の性能を有している。また、リー・メトフォード、リー・エンフィールド系列の小銃に共通する特色として、ボルトの構造的に排莢と再装填がかなり素早く行えるため、ボルトアクションとしては連射性能が極めて高い。
-チェネレの銃
●モーゼルC96(あるいはマウザーC96)
自動拳銃黎明期における傑作拳銃。かつて『軍用拳銃の王様』とまで呼ばれた逸品。『モーゼル・ミリタリー』という通称に反して、実は一度も軍に正式採用されていない拳銃ながら、ヨーロッパから東アジアまで、世界を跨いで広く愛用された拳銃である。使用する7.63mmモーゼル弾と比較的小口径ながら装薬量が多く、射程と速度に優れ貫通力が高い。木製のアタッチメント・ストックを兼ねた専用ホルスターが付属しており、チェネレはこれに独自の改造を施している(いわゆる『サイレンス・カスタム』)。後の英国宰相、若き日のウィンストン・チャーチルを死地より救った由緒ある拳銃でもある。
●ウィンチェスターM1895
基本チューブマガジンのウィンチェスター・レバーアクション・ライフルにおいて、唯一ボックスマガジンを採用した本銃は極めて特異な外見を有している。様々な弾種に対応したバリエーションが多くあるが、基本的に30口径前後のライフル弾を用いる。設計者は、伝説的にして天才的なガンスミス、ジョン=ブローニング。第26代アメリカ大統領、セオドア=ローズヴェルトの愛用した銃としても知られる。ロシア帝国で正式採用された軍用銃としての側面も持っている。
-オプの銃
●S&W.32セーフティ・ハンマーレス
いわゆる『コンシールド・ガン(衣服の下などに隠し持てる銃)』の先駆けで、中折式の32口径5連発小型リボルバー。オプが使うものは取り回しを良くするために照星を削り落とす改造が施されている。スミス&ウェッソン社は『ニュー・ディパーチャー』の通称を与えたが、コレクターの間では『レモンスクイーザー(レモン絞り器)』と主に呼ばれている。その愛称は本銃が採用したグリップ・セーフティ(グリップに備わった金具を強く握り込むことで安全装置が解除される仕様)に由来している。
●ウィンチェスターM1897
伝説の天才ガンスミス、ジョン=ブローニングが設計した傑作散弾銃。12ゲージ弾の5連発。いわゆるポンプアクション・ショットガンの基本形となった本銃は、後に第一次世界大戦の塹壕戦で猛威を奮う事になる。トリガーを引きっぱなしにした上でスライドハンドルを素早く前後させることで、素早い連射が可能であり、この技法を『スラムファイア』と呼ぶ。銃身と機関部を分離可能で、劇中のオプのように分解して持ち運ぶことも可能だが、飽くまで収納用の機能であり、撃ち合いの直前に組み立てるのは本来推奨される使用法ではない。
●マーリンNo.32スタンダード1875・ポケットリボルバー
マーリン社製の32口径リボルバー。リムファイア弾の5連発。その外見はスミス&ウェッソンNo.2リボルバー(坂本龍馬が愛用したことで知られる)に酷似するが、比べると本銃は相当に小さく、掌のなかに隠せそうな程。傑作西部劇映画『駅馬車』のクライマックスにおいて、印象的な使われ方をした拳銃である。マーリン社はコルト社の機械工だったジョン=マーロン=マーリンが1870年に独立して興したガンメーカーで、現在では主にレバーアクション猟銃のメーカーとして知られている(日本でも適切な手順を踏めば購入し猟銃として所有できる)。