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第3幕 アット・ホーム・アマング・ストレンジャーズ、ア・ストレンジャー・アット・ホーム






 月と星を頼りに夜を駆けるは、カウボーイならば誰でも当然のように身に着けてる技だ。

 私は厳密にはカウボーイではないが――短期間ならばやったこともあるとはいえ――、荒野にて馬を駆る者であることには変わらない。初めて銃を手にとって以来、数え切れない太陽と月とを見送ってきたが、そのなかで生き残るのに必要なあらゆることを学んできたのだ。綴り字コンテストには出れたモンじゃないし、むしろ私なんぞは門前払いだろうが、それと引き換えに手にしたモノが私という人間を形づくっている。


 ――『この世の何もかもが変わっても、例え天と地とがさかしまになったとしても、月と星だけは変わらない。月と星だけは、俺たちを羅針盤みたいに導いてくれる』


 あるいは、あの男……私にとって師匠にあたる男にとっては違ったのかも知れない。

 メキシコとの戦争を肌身で知っている、古狐のような古参兵には珍しい、戦場の哲学者とでも言うべき不思議な男だった。まるで大学を出てるかのような教養と博識の男だった。あるいは、色んなことを知りすぎてたし、色々と出来すぎた男だったことが、師匠の寿命を縮めたのかもしれない。師匠は己を頼みとしすぎた。灰色の瞳を過信し、光学スコープという技術の進歩に敗れた。だから私は師匠と比べれてずっと謙虚に生きて来た。結果、師匠が死んだ時の年齢を気づけば追い越していた訳だ。


「チッ――」


 思わず、舌打ちする。

 最近、油断すると回想に浸ってしまう。否応なく、自分の老いというものを思い知らされる。


「どうかしたのかい?」


 オプには暗闇で私の表情までは見えなかったらしく、訊いてくるのに「何でもねェよ」と返す。

 私達は、夜の騎行に長じた私を先頭に、すぐ後ろにオプが続き、しんがりをチェネレが務める。


 鉄道が通って以来、ほとんど使われなくなったのであろう古い馬車道を辿り、進む。敢えて一般に危険と言われる夜道を選んだのは、むしろこちらのほうが昼間よりも危険が少ないからだ。夜陰にまぎれて一気にコラジンまでを踏破し、先行するピンカートンの探偵の隠れ家へと潜り込んでしまう計画だ。オプの同僚は街外れの家を借りて拠点としているため、上手く行けば誰にも見られることなくコラジンの街に入ることができるだろう。


「……」

「……」

「……」


 別に周りで聞き耳を立てる者もいないのだから、宵の無聊の慰みにと喋り倒しても構わないのだが、誰一人声を発する者もない。チェネレは当然としても、オプと私も談笑するような間柄でもない。時々響き渡る獣たちの声や風の音色を除けば、辺りは全く静かで、馬蹄だけが夜空目掛けて淡々と響き渡る。


 引き伸ばされた時間の中を通り過ぎて、私達は進む。

 見下ろすものは月と星のみ。影より他に友もなく、尾より他に鞭もなし。ただただ緩慢な旅路に耐えた先、数時間にも及ぶ騎行の果て、ようやく街の灯りらしきものが見えてくる。



 ――コラジンの街だ。

 にわか景気に沸く街は、賭場と酒場とが不夜城と化していて、私達には格好の標と化している。



「緑のカンテラの家だ」


 オプは例の電報の暗号に書かれていた符牒を、改めて声に出して確認する。

 先に街へと潜り込んだピンカートンの探偵は、街外れの家を借りてそこを潜伏先にしているが、今夜に限って目印のための緑の色ガラスのカンテラを戸口に吊るしている筈だ。


 そしてそれは、実にあっさりと見つかった。

 街外れのその家の戸口には控えめながらしかし、見間違えようのない緑の灯りが輝いていた。やや離れたところになった馬留にライトニングたちを繋いだ後、オプは件の家の扉を独特の拍子でノックする。


 若干の間があって、扉が開いた。


 私達を出迎えたピンカートンの探偵は、髭面の貧相な顔立ちの男で、これといった印象がまるでない、すぐに忘れてしまいそうな平凡な顔立ちである。つまり潜入を仕事とするピンカートンの探偵にはもってこいの顔だということだ。


「……入りな」


 その探偵はまずオプを、次いで私を、最後にチェネレを見て、チェネレのところで目を細めたりはしたものの、特に何も言わずに顎をしゃくって家のなかに入るように促す。

 家の中は最低限の家具しかない殺風景なもので、一人住まいには過剰な広いテーブルの上には、このコラジンの街のものと思しき地図が広げられていた。


「待ちかねたぜ。さっさと仕事を済ませちまおうや。でないと、こっちの身も危ないぜ」


 ピンカートンの探偵は溜息と共にどっかりと椅子に座り込む。

 ただでさえ貧相な顔が一層酷いものになっているが、やっこさんはそれを気にする様子もない。見目形に拘る余裕もない様子だった。


「えらく疲れているみたいじゃないか、オハラ」


 オプはそんな言葉をやっこさんに掛けたが、私には『オハラ』という本名かどうかも解らない名前の響きが気にかかる。オハラというのはアイルランド系の名前だが、実際、その言葉遣いには隠しきれないアイルランド訛りがある。オプもまたアイルランド系らしいから、あるいは二人は単なる同僚以上の旧知の仲なのだろうか。


「――ったく冗談じゃねぇぜ。スト潰しみてぇな仕事かと思ってたら、こいつはかなり厄介事だぞ」

「だから本社に君を送ってくれるように要請したんじゃないか。慣れてるだろう?こういう仕事はね」


 軽口を叩きあっている所を見ると、どうもそんな感じがする。あるいは二人は同郷の出なのかもしれない。

 まぁ、私にはどうでも良いことではあるのだが。


「それで? その爺さんと小娘が、お前さんの言う一流のガンスリンガーってわけか?」


 散々軽口を叩きあった後に、オハラと呼ばれたピンカートンの探偵は私とチェレネに向けて不躾な、値踏みするような視線を向けてくる。温厚を以て知られる私と言えど流石にムッとして、銃のひとつやふたつ抜き放って見せてやろうかと思ったが、オハラの顔に戦慄が走ったのに気がついて矛を収める。チラと見れば、いつのまにかチェネレがマウザーをだらりと右手に下げているのだ。一体全体いつの間に抜いたものか、私ですら解らない早業だ。相変わらずの無表情に加え、銃口は床を向いているとは言え、その気になればテメェが気づくことすら出来ぬ間にテメェを撃ち殺せるんだぞという事実をこの上なく彼女は示している。チェネレは何の感情も無いように見えて案外、負けず嫌いなのだ。


「チェネレ」


 私が声をかければ、彼女は木製ホルスターに巨大な機械拳銃を戻した。

 オハラはと言えばばつ悪気に視線をそらすと、強引に話題を転じる。


「――状況は悪化の一途だぜ。連中、街の政治まで掌握しつつある有様だ」


 オハラは机上の地図へと視線を下ろし、何本か刺された待ち針のひとつへと人差し指を添えた。


「この雑貨屋の主は一昨日変死体で見つかったばかりだ。民主党員でこの街の顔役だった男なんだが、例の教団には警戒を隠さなかった御仁さ。詳細は伏せられてるが――まるで全身の血を抜かれたみたいな、異様な死に方をしていたって噂だ」


 オハラは別の待ち針へと指先を動かし、止める。


「保安官は雑貨屋の主より先にくたばった。事故に見せかけてるが、家ごと丸々焼かれて、家族もろとも皆殺しだぜ。そんな有様だから、後任はまだ決まってない」


 更にオハラの指は別の待ち針へと動く。止まった先は、私にも何処だか理解できた。地図に描かれたこの印は間違いなく教会だ。


「ここの神父が最初の犠牲者さ。外傷は一切なしで、心臓をやられたみたいだったが、妙な死に顔をしていたというめっきりの噂さ。まるで死ぬ間際に悪魔でも見たみたいな面をしてたんだってな」


 ――成程。

 雑貨屋、保安官、教会と、着実に街の中心となりうる場所を抑えて行っている訳だ。このぶんじゃ、酒場などはとっくにその教団とやらの手の内なのだろう。


「新聞社は?」

「そんなもんはこの街にはねぇし、仮にあったらタダで済んでねぇよを」


 私が横から口を挟めば、オハラはやれやれと貧相な頭を横にふる。

 件の鉱山の社長さんはコラジンには居らず、遥か彼方のボストンに豪邸を構えているらしいがこの場合、実に幸運と言えただろう。もしもコラジンに当人がいたならば、とっくの昔に始末されていたかもしれない。


「それで――肝心の標的はどこにいる?」


 私が更に問うと、オハラは地図の上でひときわ目立つ大きな針の刺された場所を指差す。


「鉱山からずっと動きゃしねぇ。飯場に潜り込んだマッケルロイが張ってるが、やっこさんが言うには不気味なぐらいに鉱山自体は平穏そのものらしいぜ。むしろ、ここ数日は街のほうが色々と騒がしいぐらいだ」


 マッケルロイというのはお仲間のピンカートンの探偵のことだろう。それにしても、またアイルランド系の名前だ。オプは今度の仕事仲間をアイルランド系で固めてでもいるのだろうか。


「フィッツジェラルドは教会に隠れていると電報にはあったけれど……それはさっき言った殺された神父の?」

「ああ。神父が殺られたあとは閉鎖されてるからな。あんたらが身を隠すにはもってこいの場所だぜ」

 

 ちなみに、今オプの言葉に出てきたフィッツジェラルドというのもアイルランド系に多い名前だ。


「ちょいと暗くて不気味なのはご愛嬌だがね。今なら夜に紛れて行けるぜ。馬はこっちに繋いでおけば問題ない。俺の仕事用だってことで――」


 オハラは地図上の教会を再び指差しながら、今後の段取りについて話していた。

 まさに、その最中であった。


「――!」


 唐突だった。

 私の傍らで相変わらず茫洋としていたチェネレは、まるで雷にでも撃たれたかのようにビクリと身を震わせると、腰に吊るした木製ホルスターの、その側面を軽く叩いたのだ。そこに備わった金具を叩けば、パカリとホルスター上部の蓋がバネ仕掛けで開く。彼女自らが施した独自の改造で、チェレネはこの大きな銃を誰よりも素早く抜き放てる。


 チェネレはマウザーを握り、壁に背を当てると、まるで猟師の存在に気づいた狼のように、しきりに辺りの気配を窺い始めた。オプとオハラはその様に呆気に取られた感じだが、私は違う。


 肌身離さず持ってきたガンケースを床に置くと、素早く金具を外して開く。

 中には大小二丁の銃が入っている。『対人用』と『対人外用』の二丁だが、私は念の為、『対人外用』のほうを取り出した。私がこいつを取り出し構えた瞬間、オプは息を呑みオハラは声に出して呻いた。


 まぁ当然だろう。

 こいつを汽車の中でオプに見せた時は、流石のやっこさんも言葉を失い、ややあってこう漏らしたぐらいだった。


 ――「ドラゴンでも狩りに行く気なのかい?」と。


 私が手にした銃は、およそ人を撃つには過剰すぎる代物だった。

 8ゲージ――すなわち83口径もの超大型銃は、本来は象撃ち用のもので、いわゆる『エレファント・ガン』というやつだった。


 ホーランド&ホーランド・ダブル8・パラドックスガン。


 1835年創業の老舗高級猟銃メーカー、ホーランド&ホーランドの手になるこの銃は、そのまま壁に飾れそうな優美さと、巨象や灰色熊を一撃で仕留める凶悪さとを兼ね備えた素晴らしい逸品だった。わざわざロンドンから特注で取り寄せただけあって、あらゆる点でこれまで私が手にしてきた銃とは『格』が違う。装薬量は黒色火薬(ブラックパウダー)で11ドラムの特別製の銃弾を用いるが、11ドラムというやつはグレイン換算だと約300グレインで、例えばかつて愛用していたレミントン・ローリングブロック用の銃弾の装薬量は70グレインであることを思えば――相手がバッファロー程度ならばこいつで充分なのだが――、いかに馬鹿げた銃弾であるかということが解るだろう。


 私は素早く用心金に被さるようにして備わったレバーを横に引く。銃は半ばでL字状に折れ曲がり、給弾口が露出し、ケースから取り出した巨大な銃弾を2本ある銃身のそれぞれに装填する。レバーを戻し、二つある撃鉄の両方を起こせば準備は完了だ。出来ればコイツを使わないで済むことを願いたいが――専用の銃弾だけに高くつくのだ――、まぁそうはいくまい。


 なにせチェネレがあの様子なのだ。間違いなく、何か(・・)がここへとやって来る。それも、ろくでもない何か(・・)が。


「お前さんたちも銃を出しとくんだな」


 ピンカートンの探偵二人にそう言いつつ、私は窓の陰に身を置いて外の様子を窺うが、辺りには人影ひとつとして見えない。だが、安心など出来ないのだ。チェネレがあの様子なのだから。


 チェネレには不思議な感覚が備わっている。

 ちょうど鹿や狼が、はるか遠くにいるはずの猟師が自分を狙っていることを察知するように、自分の危機を誰よりも早くに感じ取る。しかも私の知る限り、こいつが外れたことは一度もないのだ。


「オハラ」


 オプはそんなことを知る由もないが私がわざわざ言ったことを重く受け止め、御同僚に促しつつ自分の旅行鞄を開く。やっこさん、確かスミス&ウェッソンの32口径を懐に忍ばせていたはずだが、あの手の拳銃は不意撃ちや狭い室内での早撃ち勝負など以外では余り役に立たない。それをやっこさんも解っているから、鞄から念の為にと持ってきていた代物を取り出した訳だ。


 ライフル銃などを隠し持つには大きさの足りない旅行鞄から出てきたのは、チューブマガジンに木製のハンドガードが付いた銃身、続けて木製の銃床がついた機関部とが別々に出てくる。オプはそれらを素早く連結させて、一丁の散弾銃を仕立て上げる。ウィンチェスター社が1897年にリリースしたばかりの最新式の散弾銃で、なんと素早く5連発も出来るし、故障も少なく恐ろしく完成度が高いために、他の散弾銃をことごとく過去のものとした傑作だ。私が現役の頃は昔ながらの水平二連式しか選択肢がなかったことを思えば、世の中の進歩というやつを嫌でも感じてしまう。


 機関部の下側から12ゲージ弾を装填するオプの傍ら、オハラは慌てた様子で地図机の下に手をやり、そこに隠してあったらしい拳銃を取り出すが、それは隠し持つのが主な用途であろう小型リボルバーであり――オプの懐に入っているスミス&ウェソンよりもさらに小さいやつだ――、私達他の三人が手にした得物と比べると余りに頼りなかった。


「くそっ! いきなり一体なんだってんだ! 流石に俺たちが潜り込んでることはまだバレちゃないはずだぞ!」


 がなり立てるオハラへと、私は自分の唇に人差し指を当てて静かにするように促す。この男もピンカートンの探偵だけあって通じるのは早く、わめく代わりに舌打ちし、唾を床に吐いて壁に背を預ける。


「――」

「……」

「……」

「……」


 声を発するものもなくなり、狭い部屋の中は夜の静けさに満たされる。

 いかに深夜であるとは言え、人の声はおろか、虫の声も、獣の声もない、全くの静寂――こんな田舎町の町外れで、それがいかに不自然であることか、それが解らぬほど私は老いぼれちゃいない。


 窓から見える外の景色は闇ばかりで、何かが動いたりする気配はなく、潜んでいる様子もない。あるいは、部屋の灯りを消せば内外の明るさの差がなくなって見えてくるかもしれないが、下手な動きは相手の攻撃を誘発しかねない。


「……静かだな」


 オハラがポツリと呟いた声も、この静けさの中ではエラく大きく響いた。

 何もかもが不動――時間の歩みすらもが止まったかと思うほどに、空気は重みを持って肩に脚にのしかかる。


「――!」


 そんな状況を、動かしたのはまたもチェレネだ。

 彼女は唐突に部屋の片隅にモーゼルの銃口を向け、私も、オプも、オハラもが、それにつられて同じ方へと得物を向ける。


「ッ!?」

「ヌッ!?」

「へっ!?」


 私達が見たのは、安普請な壁に僅かに空いた隙間へと駆け込む鼠の姿だった。

 そう鼠だ。たかが、鼠だ。だが私達三人は揃って、うめき声を挙げて顔を歪めざるを得なかったのだ。

 鼠は壁の穴へと駆け込む寸前に、私達のほうを振り向いたが、その時私達が目撃したのは、およそ「こちら側」では在り得ざる筈のものであった。


 その鼠は人間と同じ顔をしていた。

 見間違いではない。見間違いならば、ピンカートンの探偵二人の反応に説明がつかない。


 ――窓ガラスが割れる。


 まるで夢幻が如き光景に囚われていた私達の意識は、余りに破壊的で現実的なその音により無理やり醒まされる。そして窓ガラスを突き破った何物かへと眼を向けた時、更なる戦慄きが私達の背骨を走った。


「――まさか!?」

「フィッツ!?」


 オプとオハラは、血まみれの死体を見るや否やそう叫んだ。

 恐らくは、閉鎖中の教会とやらに潜伏していた、フィッツジェラルドという探偵がこいつなのだろう。血に塗れた死相は地獄そのもので、この手のものは見慣れた私ですら冷や汗が自然と背中を伝うのを感じる。


「――」


 チェネレは割れた窓へと向けて素早くマウザーを向けると、引き金を弾く。

 カラクリ仕掛けのデカブツは途切れること無く、十発の銃弾を吐き出していく。撃鉄を起こす必要もない。引き金を弾き直すまでもない。重く強い銃声はひとつなぎになって狭い部屋の中を轟く。


 マウザーはその弾丸の装薬量の過剰さ故に、まるで花火のようなマズルフラッシュを咲かせるが、だからこそ私は一瞬闇が切り裂かれる合間に、その姿を垣間見ることができた。


「畜生めが!」


 反射的に毒づいて私はダブル8銃を床に置くと、左右のウェブリー・リボルバーを抜き放つ。

 閃光が私に見せたのは、およそ想定外の事態。


 私は、無意識の内に高を括っていたのかもしれない。仮に教団の用心棒、「鎧の男」が「あちら側」の存在だとしても、それは白布に浮かんだ一点の染みのようなもの――孤立無援な異邦人に過ぎず、地の利は私の側にあると。


 間違いだった。

 勘違いだった。

 孤立無援な異邦人は、むしろ私達のほうだったのだ。

 マウザーのマズルフラッシュが明らかにしたのは、この家を取り囲む無数の小さな人影。


 小人だ。身長が4フィートにも満たないような、矮人だ。

 獣のような鋭く釣り上がった眼に、その赤黒い肌は、およそ「こちら側」には存在しない異様な姿だ。

 後に私は、その名を『トウチョトウチョ人』と言う、「あちら側」の亜人であると知ることになる。


「来るぞ!」


 私が叫ぶのと、連中がこの小さな家へと殺到してくるのは、ほぼ同時のことだった。






【銃器解説】



-『私』の銃


●ウェブリー・リボルバー


 イギリスのウェブリー&スコット社製ダブルアクション・リボルバー。1887年リリース開始。マークⅠからマークⅥまでが存在し、軍・警察などで1963年まで使われたロングセラー拳銃である。.455ウェブリー弾という独自の弾丸を用いる中折式リボルバーで、日本では事実上この拳銃のコピーである『エンフィールド No.2 Mk.I』のほうが著名であるが、オリジナルはこちらである。なお、『私』はマークⅠを二丁使用している。西部開拓時代ではマークⅠに先行する同社製品、ウェブリーRICリボルバーやウェブリー・ブルドッグ・リボルバーなどが、ガンマンなどの間で時折用いられていた。


●コルトM1851ネービー・カートリッジコンバージョン


 『私』が長年愛用してきたコルト社のベストセラー傑作拳銃を、金属薬莢弾でも使用できるように改造したもの。旧式のキャップ&ボール・リボルバーへとこうした改造を施すのは、西部開拓時代ではありふれたことであった。『私』的には、最も使い慣れた拳銃である。


●ホーランド&ホーランド・ダブル8・パラドックスガン


 ロンドンに居を構える老舗高級猟銃メーカー、ホーランド&ホーランド特注の『象撃ち銃』。水平二連式で8ゲージ(83口径)という常識はずれの巨大弾を使う、まるで大砲のような銃である。『私』が用いるのはアンダーレバー式で、用心金に被さるようにして設けられたレバーを横に引くことで排莢を行い、次弾を装填できる仕組みである。なお、パラドックスガンとは銃身の殆どにはライフリングを刻まない滑腔銃でありながら、銃口付近のみにライフリングを施した、スラッグ弾を主に用いる大型動物狩猟用散弾銃ならではの構造を持った銃のことを指す。


●???(本編未登場)




-チェネレの銃


●モーゼルC96(あるいはマウザーC96)


 自動拳銃黎明期における傑作拳銃。かつて『軍用拳銃の王様』とまで呼ばれた逸品。『モーゼル・ミリタリー』という通称に反して、実は一度も軍に正式採用されていない拳銃ながら、ヨーロッパから東アジアまで、世界を跨いで広く愛用された拳銃である。使用する7.63mmモーゼル弾と比較的小口径ながら装薬量が多く、射程と速度に優れ貫通力が高い。木製のアタッチメント・ストックを兼ねた専用ホルスターが付属しており、チェネレはこれに独自の改造を施している(いわゆる『サイレンス・カスタム』)。後の英国宰相、若き日のウィンストン・チャーチルを死地より救った由緒ある拳銃でもある。


●???(本編未登場)




-オプの銃


●S&W.32セーフティ・ハンマーレス


 いわゆる『コンシールド・ガン(衣服の下などに隠し持てる銃)』の先駆けで、中折式の32口径5連発小型リボルバー。オプが使うものは取り回しを良くするために照星を削り落とす改造が施されている。スミス&ウェッソン社は『ニュー・ディパーチャー』の通称を与えたが、コレクターの間では『レモンスクイーザー(レモン絞り器)』と主に呼ばれている。その愛称は本銃が採用したグリップ・セーフティ(グリップに備わった金具を強く握り込むことで安全装置が解除される仕様)に由来している。


●ウィンチェスターM1897


 伝説の天才ガンスミス、ジョン=ブローニングが設計した傑作散弾銃。12ゲージ弾の5連発。いわゆるポンプアクション・ショットガンの基本形となった本銃は、後に第一次世界大戦の塹壕戦で猛威を奮う事になる。トリガーを引きっぱなしにした上でスライドハンドルを素早く前後させることで、素早い連射が可能であり、この技法を『スラムファイア』と呼ぶ。銃身と機関部を分離可能で、劇中のオプのように分解して持ち運ぶことも可能だが、飽くまで収納用の機能であり、撃ち合いの直前に組み立てるのは本来推奨される使用法ではない。



-オハラの銃


●マーリンNo.32スタンダード1875・ポケットリボルバー


 マーリン社製の32口径リボルバー。リムファイア弾の5連発。その外見はスミス&ウェッソンNo.2リボルバー(坂本龍馬が愛用したことで知られる)に酷似するが、比べると本銃は相当に小さく、掌のなかに隠せそうな程。傑作西部劇映画『駅馬車』のクライマックスにおいて、印象的な使われ方をした拳銃である。マーリン社はコルト社の機械工だったジョン=マーロン=マーリンが1870年に独立して興したガンメーカーで、現在では主にレバーアクション猟銃のメーカーとして知られている(日本でも適切な手順を踏めば購入し猟銃として所有できる)。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ、最高だ。 乾いた空気と砂埃の匂いが薫るようですな! [一言] 『私』は相変わらず格好いいし、チェレネは可愛い。
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