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第3話 エスタンシアに集えば、物語は動き始める





 ――コスタグアナ。


 大河の源流に位置し、白いグアナの花――この国固有の種で、白く美しい花だ――溢れる河岸(コスタ)が湛える麗しの国。商業と魔導に秀でた、この大陸には稀な落ち着いた情勢の国。



 おれは、そんな国へとひさしぶりにやってきた。


 

 国の安定度と反比例して賞金首の数は増えるのだから、おれにはこのコスタグアナは縁遠いのも道理なのだが、それを差し引いてもあまり何度も訪れたい国ではない。特にその首都であるスコーラは特に居心地が悪い。そのことを、改めて思う。

 どの道も定規で引いたように真っ直ぐで、建物は残らず不自然なぐらいの純白。総てが幾何学的に正しい造りになっているが、それは余りに整いすぎて、雑多混沌に馴れたおれには、おれがここに居ること自体が場違いに思えてくる。実際、綺麗な衣装に身を包んだスコーラの住人のなかにあって、あからさまに無頼漢なおれはこの上なく浮いていた。


 偉大なる魔術師にして碩学のユゼフ=コジェニョフスキ=リビエラ=フランシア博士を統領と戴く、いずれも博学無比なる魔術師たちが治める寡頭制共和国――それがコスタグアナだ。いくつもの大学が立ち並ぶスコーラの街は別名『象牙の塔トーレ・デ・マルフィリ』であり、恐ろしく浮世離れしている。つい昨日までパンパのただなかで雑魚寝していたおれからすると、この整い過ぎた町並みは現実感が無い程だった。

 三角形と四角形と五芒星と六芒星、そして八角形を組み合わせて造られたうず高くそびえる大学の前を通った時、その周囲を囲む壁に書かれた落書きがふと目に入った。




 ――QUOD UBIQUE、QUOD SEMPER、QUOD AD OMNIBU CREDITUM EST




 白い石壁に、ご丁寧に良く映える赤で書かれた一節は、魔法を学んだ者ならば誰もが知る古い言葉だった。




 ――『何時(いつ)にても、何処(いずこ)にても、常に在りて、常に在ると全人に信じられしもの』




 ふと、懐かしい声が脳裏を過る。


 思い起こされるはサルマンティカの街路、その中に紛れ込むように在った薔薇十字会大学の見えざる学舎。

 『あの男』と並んでおれの人生を決定づけた、もうひとりの先生(・・)。確かにあって、しかし目には見えぬ神々や精霊たちを信じ通じ合い、その力を借り受ける自然魔術(マギア・ナトアリス)の基本原則にして奥義たる一節……それを謳い上げるハスキーな声がおれの中だけで響き渡る。



 感傷を振り払い、足早に通り過ぎる。



 そもそも、この街には元よりさして用は無いのだ。単に食料と飲み物を買い足すために立ち寄っただけで、依頼主の居場所は別にある。






 スコーラを出て街道沿いに進めば、すぐに田園風景がおれを出迎えた。

 コスタグアナのような国でも田舎の様子は他国と変わりなく、大地主達の大荘園(エスタンシア)が立ち並んでいるのはパタゴニアとも同じだ。スューナに跨り道行けば、生け垣に畑に果樹園が延々と続く。

 今度の仕事の依頼主が居るのも、こんな感じの大荘園(エスタンシア)であるそうだ。見逃さぬよう、所々の標識を注意深く見ながら、おれは進み、そして辿り着く。



「――」



 そこで、思わず言葉を失った。

 大荘園(エスタンシア)自体はこれまでも何度も見たことがあったが、これほど巨大なものは初めてだからだ。

 

 どこまでも続く生け垣に、立派な金属と石の門。そこには立派な表札があり、依頼主の家名が堂々と金文字で掲げられている。生け垣は青々として、石門には欠けひとつなく、表札には錆ひとつとてない所を見るに、よく手手入れさせている(・・・・・)のが解る。早々客が頻繁に来るわけでもあるまいに、この様子だとほぼ毎日欠かさず綺麗にしているようだった。

 門番はいなかったので、黙って門を潜る。無舗装の道がどこまでも続き、目当ての屋敷はまるで見えてこない。

 道の左右は途切れること無い葡萄畑で、木々の間に農夫達の姿が見え隠れする。こっちを見向きもしないが、別にここの連中が特別愛想悪い訳じゃない。大荘園(エスタンシア)は大地主が大勢の小作人や農奴を使って大農業をやる所だ。安い賃金で馬車馬のように扱き使うことだけが儲けの早道と信じる地主は多く、結果、この手の大荘園(エスタンシア)で働く百姓連中は、決まって貧乏暇無しなのだ。



 そしてなにより、こういう場所では怖い怖い農夫頭の用心棒(カパンガ)が見張っていると相場が決まっている。少しでも怠けた様に見られれば、死ぬほどに痛めつけられる破目になる。



 実際、全体を見渡せるよう葡萄畑の真ん中に聳え立つ櫓の上には腕をくんだ用心棒(カパンガ)の姿が見えた。

 大荘園(エスタンシア)の農夫たちを監督し、不満と賊徒を暴力で制すために、この手の場所では必ず用心棒(カパンガ)を雇っているが、ここではリザードマンがその役割を担っているらしい。

 おれより頭一つぶんは大柄な、筋骨隆々たる体躯。袖なしの革胴衣をまとい、恐ろしく分厚い蛮刀を吊るしたリザードマンは頭に二本の角を生やし、その右側は半ばで折れていた。その容貌はドラゴンめいていて、おれの知るリザードマンたちのなかでも最も威厳に満ちている。


『――』


 ふと、そのリザードマンの用心棒(カパンガ)と目があった。

 金の眼、縦に裂けた黒い瞳がおれを見据えるさまが、灰色の双眸にはよく見えたが、そこに籠もる感情までは読み取ることができない。なにせ他種族からすればリザードマンには喜怒も哀楽も無いのではないかと誤解するほどに、表情に動きがないのだ――連中に言わせると、決してそんなことはないのらしいのだが。


『――』

「――」


 互いに見つめ合っていたのは僅かな時間で、やっこさんは興味を失ったのかプイと視線を別の方へと向けてしまった。あるいは、おれが来ることを主人から聞いていたのかもしれない。おれのやつへの関心もすぐに失せて、再び葡萄畑の間の道をただただ進む。

 うんざりするほど変わらない景色を経て、ようやく葡萄畑を抜けたかと思えば、今度は羊囲いが延々と続いている。家畜特有の臭みと、メェメェと煩い鳴き声が合わさって、心底うんざりさせられる。


 だがそれを堪えてスューナを進ませれば、ようやくようやく、目当ての館が見えてきたのだ。

 この手の大荘園(エスタンシア)には、典型的な領主殿の館だった。赤煉瓦の色も鮮やかな、二階建ての幅広い造りで、所々に装飾用の尖塔が散りばめられている。噴水を擁する前庭の向こうに、二階のベランダが見下ろす入り口は開けている。

 スューナを立木に繋いで、敷居を潜ろうと考えていた所で、そのベランダからおれを窺う視線に気づいた。


 いかにも魔女然とした女が、おれを見下ろしている。

 腰まである黒い長髪、庇の大きなトンガリ帽子、体をすっぽりと覆う烏羽玉の黒、そして明らかに何か力を秘めた銀鎖で下げられたアミュレットに、謎めいた紫色の眼光。

 女はニヤニヤと、嫌な感じのする笑みを浮かべながら、おれを見ていた。

 本当に嫌な笑みだった。背中に、なんとも形容しがたい不快感が走り、顔を思わずしかめる。

 おれは帽子の庇を下ろし、やっこさんから顔を隠して敷居を潜る。あれが、依頼主でないことを祈りながら。





 外観から受ける印象に反し、内装は思いの外に質素で、置いてある家具も飾り気がない。だが窓という窓は開け放たれて風が吹き抜け、外の明るさと、中の暗さのコントラストが美しく、壁の白い漆喰がそれを引き立てている。恐らくは赤い外壁は大地主として周囲を圧するが為のものでしかなく、この内装こそが館の主本来の嗜好なのだと感じる。

 初老の人間が、黒尽くめの姿でおれを出迎えた。男は執事であると名乗り、客間へと案内する。

 おれの推測は当たっていた。二階の客間もまた、控えめそれでいて上品な作りで、白い漆喰壁にニスで黒みがかった板床に、家具も床と似たような色で揃えられている。やはり窓は総て開け放たれ、白いレースのカーテンが風にそよいでいた。


「こちらでお待ち下さい。お客様が揃われましたら、主人が参ります」


 それだけ言って、執事は立ち去った。

 ぽつりと、客間に残されるおれ。

 

 ――招かれたとは言え所詮は賞金稼ぎ。

 一応は客だというのに、茶すら出されないのには閉口する。


 おれは適当な壁に背中を預けると、暇つぶしに部屋の様子をつぶさに窺った。しかしこういう場合について言えば、控えめで上品な部屋の造りは却って逆効果で、すぐに飽きが来てしまう。

 部屋には扉がふたつあり、ひとつはおれが入って来たほうで廊下へと繋がっており、もうひとつは別の部屋へと通じているらしい。恐らく、依頼人が出てくるとしたら、向こうのほうだろう。暫くそのドアを見つめていたが、無地の白い扉を見続けていても面白くもなんともない。すぐに退屈になって部屋の観察を再開した。

 気取った調度品などまるでない部屋なのだが、しかし、ひとつだけ例外があることに気がついた。

 陰の下にあって見落としていたが、壁に一枚の肖像画が掛けられていたのだ。部屋の雰囲気から浮いた金の額縁に入ったキャンバスに描かれているのは、(いかめ)しい顔をした老人だった。

 後ろへと撫で付けた銀髪、鋭い目つき、太い眉、固い皺走る顔、きつく結ばれた口元、頬まで伸びた立派な口髭、そして特徴的な鷲鼻。身をつつむのは漆黒の衣装で、剛毅という言葉を形にしたかのような顔に相応しい一張羅だった。装飾らしい装飾と言えば、首に下がる金のネックレスぐらいのものだった。


「――アロンゾ=アッテンドロ=メディオラヌム」

 

 この老人は誰なのだろう――そんなことを考えていたおれの背中へと、名が告げられる。

 振り返れば、無礼は承知だが、思わず顔をしかめてしまった。そこにいたのは、さっきバルコニーからおれを嫌な笑みとともに見下ろしていた魔女らしき女だったからだ。例のもうひとつの扉が開いている。あそこから入ってきたらしい。


「この大荘園(エスタンシア)の先代領主さね。この館を造った男でもある」


 聞いてもいないのに、女はニヤニヤと講釈をくれた。

 しかめ面を見られぬように顔をそらすが、歩み寄って来た女はわざわざおれの顔を覗き込んでくる。

 なんだ、コイツ。嫌な女だ。


「プレトリウス。アルカボンヌ=プレトリウス。薔薇十字会大学に学んだ魔女。しかして今はこの館の客人よな。貴公と同じく」


 その紫の瞳は底知れない深さを湛え、見ていると引きずり込まれそうになる。

 おれはまたも目をそらして肖像画へと視線を向ける。


「貴公と我を喚けるは、故アロンゾ老の一人娘ぞな。当代の館の主よ。この客間にこの肖像画を据え付けたのも彼女よな」


 随分と妙な口調で喋りやがる。猫撫で声は神経に障る。

 すぐにでもここから立ち去りたいが、しかしこの女は気になることを既にふたつも言った。


「お前も、ここの主だって女に雇われたわけか」

「まさに然りなりや」


 アルカボンヌとかう魔女は大仰に頷くと、なぜかその場でくるくると廻りだす。……意味が解らない。

 魔女という輩には変わり者が多いが、この女もその例に漏れないらしい。


 ――『「何しようぞ、くすんで 、一期(いちご)は夢よ、 ただ狂え」だ。古人の言葉だが、当世にも通ずるモノであり、魔導に生きる者の本懐でもある。隠れたるモノ(オクルタ)(あきら)かにせんと欲すなら、多少の狂気は当然のこと。むしろ君は些か真面目に過ぎるな!』


 脳裏に響き渡るのは、この女と同じ薔薇十字会大学で教授をしていたもうひとりの先生(・・・・・・・・)のこと。まぁ薔薇十字会大学は薔薇十字会の勢力が及んだ各地にあるから、同じ学び舎にいたとは限らないんだが。


「なにせ報酬が破格よな! 魔導に生きるものには人一倍銭が要りようならば、断る理由もないぞよな!」


 相変わらずくるくる廻りながらケタケタ笑う魔女に向けて、おれは最早隠すこともない胡乱な眼を向けた。

 今度の仕事は「人狩り」である。いったい、こんな魔女が何の役に立つというのか。雇い主の意図が読めん。

 そうおれのような賞金稼ぎや、歴戦のガウチョを雇うならともかく――。


「――こちらでお待ち下さい。お客様が揃われましたら、主人が参ります」


 思考を破ったのは、おれに投げかけたのと内容ばかりか声の調子まで寸分変わらぬ執事の声。

 どうやら、おれと魔女以外にも雇われびとがいたらしく、さてどんなやつかと扉のほうを見れば――魔女相手にやったのとは比較にならない、この上ないしかめっ面が顔に浮かぶ。だがそれは、おれの顔を見た相手のほうもまた同じことだった。


 当然だろう。

 ほんの昨晩、酒場で下手すりゃ命のやりとりになっていたかもしれない同士なのだから。


 執事に案内されて新たに現れたのは、コボルトとオークのガウチョ二人組。

 すなわち、黒い蟻(オルミガ・ネグラ)のクルス、そして歌唄い(パジャドール)のフィエロの二人だった。










「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 重苦しい空気が、客間に満ちている。窓は総て開け放たれているのに、換気がなされることはない。

 客人は揃って黙し、誰一人声を発する者もなく、ただただ時間が緩やかに流れている。

 執事は、例の古ガウチョ二人組に加えて、もう一人のドワーフの男を連れて来たから、ここに今いるのは五人の雇われ人……つまり、おれ、魔女のアルカボンヌ=プレトリウス、ガウチョのクルスとフィエロ、そして最後に来たドワーフの男だ。

 ドワーフ男は、テオフラストゥス=デジデリウス=パラシオスとか、長ったらしくて噛みそうな名前だそうだ。天帝(デウス)に仕える司祭であるらしく、頭には黒い僧帽を、身には黒い詰め襟の司祭服を纏っている。どうでもいいことだが、ドワーフ特有の背は低くともガッチリした体つきをしているためか、太い首がカラーで締め付けられてひどく窮屈そうだった。白髪白髯いずれも生い茂り、恐らくは真鍮でつくった金縁のメガネを大きな鼻に引っ掛けている。ドワーフはエルフ同様、長命な者も多いが、この男もかなりの歳と思われた。


 それにしても、だ。

 賞金稼ぎにガウチョは解るが、痩せて貧相な体躯の魔女に、爺様司祭……これは本当に「人狩り」の依頼なのかと、疑問ばかり湧いてくる。


 だがその問いに答えてくれる者もいない。


 執事は相変わらず用事が済めば即引っ込んでしまうし、おれとガウチョ二人の間には嫌な緊張感が漂っていて、互いに気が抜けず、魔女はと言えば窓から身を乗り出して何やらぶつぶつ言っているし、ドワーフの司祭は我関せずと分厚い本に没頭している。

 おれは心を鎮めるべく、歯輪点火式短銃ホイールロック・ピストルのぜんまいを回すT字型の金具を手の中で弄ぶが、気持ちは一向に改善しない。相対する位置を陣取る二人組、特にクルスのほうも、足踏みして苛立ちを全く隠そうともしない。


 もてなしもなく、雰囲気も悪い。

 そろそろ我慢も限界――などと考えいた所で、扉が開け放たれる。


「――お待たせ致しましたわ」


 例の執事に先導されて現れたのはひと目で、この客間に先代の肖像画を据え付けたという当代のお嬢様はコイツだと解るような、やんごとなき御方(・・・・・・・・)。――いやもう、一目瞭然という言葉は、このお嬢様のためにあると言っても過言ではないぐらいだった。


 壁に掛けられた肖像画の、その金色の額縁と同じ様に、全てがこの屋敷と不釣り合いというか、とにかくこのお嬢様の何もかもが浮いていた。


 左右に下がった二房の金髪――金貨よりも眩い輝きを放っている――はどちらも螺旋状になっており、根本は深紅のリボンで留められている。鋭い目つきや太い眉、鳶色の瞳は先代譲りと見えるが、鼻筋は通っていて顔立ち自体に(いかめ)しい所はまるでない。むしろ童顔と言っても良い。そしてその童顔から印象に反して、その肢体は既に大人の女のもの、特に乳房は豊かに実り、胸元のはだけたドレスがそれを強調している。ドレスは血のような深紅で、その上には金糸で刺繍が入れられている。過剰なまでに豪奢で、これもまた屋敷の内装とまるで調和せずに、恐ろしく浮いて見えた。


「もてなしもできず御免遊ばせ。でも、こちらも少々立て込んでおりましたし、なにより、まだ貴方がたは我がお客人と決まった訳ではありませんので」


 おれの不躾な探る視線を不快に思ったか、お嬢様は顔を扇子で覆い隠しながら言う。


「客人じゃない? そっちから呼んでおいて、随分な言い草だな」


 おれが皮肉っぽく言えば、お嬢様の背後から二人の男がずいと出てきてその左右を固め、威圧してくる。

 一人はこの屋敷に来るまでの間に見かけた、例のリザードマンの用心棒(カパンガ)で、もうひとりは見知らぬ若い男だった。ウェーブのかかった茶色い髪の、薄いヒゲの生えた陰気な顔立ちの若者だった。だがその頬に走る大きな刀傷や、ややガニ股気味の立ち姿から察するに、こいつは軍の騎兵上がりだろう。その証拠には腰には長剣を吊るしているし、まるで自然体にその柄頭には掌がのせられている。……おれの見立てでは、かなり使う(・・)。こういう狭い場所では、仮に戦ったとしてもこいつの方に分があるかもしれない。


「当然ですわ。依頼を受けたならばまだしも、契約が成立するまでは、我らは単なる他人同士。仮に臆病風に吹かれたというならば、その時点で即刻、この屋敷から出ていってもらいますので、そのつもりで」


 彼女は、二人の用心棒の間を通って、適当な椅子に腰掛け言う。流石は大農園の大地主だけあって上品な仕草だが、同時に、その所作には隠しようもない傲慢さも溢れていた。


「改めまして……私はアントニア。アントニア=メディオラヌム。このロンバルド地方を遍く統べる大荘園(エスタンシア)の領主」


 アントニアと名乗ったお嬢様は、おれたちに席を勧めるでもなく一方的に話し始めると、品定めするような目つきで五人の来訪者を見渡した。


「既に書面で伝えました通り、あなたがたに来ていただいたのは他でもない、ひとつ御仕事を引き受けて頂きたいからですの」

「『人狩り』と書いてあったが?」

「ええ」


 おれの問いにアントニアは大仰に頷くと、今度はじっくりとひとりひとり顔を見ながら、その名を呼ぶ。


「稀代の賞金稼ぎにして射手、青褪めた馬のエゼルエゼル・ダス・モルテス


 まずおれ。


「ガウチョでは大刀(ファコン)を使わせて右に出るものなし、黒い蟻(オルミガ・ネグラ)のクルス」

「ギターの名手、玄妙なる調べには悪鬼羅刹も聞き惚れ鎮める、歌唄い(パジャドール)のフィエロ」


 そしてガウチョの二人組。


「薔薇十字会大学きっての才媛、早い足(ガンバ・セクーラ)のアルカボンヌ=プレトリウス」

「熾天使会大学教授、『驚異の博士(ドクトル・ミラビリス)』テオフラストゥス=デジデリウス=パラシオス師」


 最後に魔女とドワーフの司祭だ。

 なるほど、ドワーフ男は単に司祭というだけではなく神学の博士であったようだが、尚更人選が良くわからなくなる。


「いずれも私の求める分野の一流を選りすぐってお呼びいたしましたのは、このお仕事の容易ならざるが故……とにかく、並の人狩りと同じに考えないでいただきたい!」


 ……随分と勿体ぶった言い口だが、それだけの大事を頼むということだろうか。

 いずれにせよ、余程酷い仕事でもない限り、報酬次第で何でも受けるつもりではあるのだが。


「なにせ狩り立てるのは、スコーラの薔薇十字会大学でも随一の俊才とうたわれし魔術師――」


 アントニアは、そこで言葉を区切り、暫時を間を置いてから、意を決したように一気に言った。


「――我が兄、プロスペロ=“コンセリェイロ”=メディオラヌム。あの男は今、『大河の東(バンダ・オリエンタル)』にいます」


 かくして、疑問は氷解した。

 標的が魔術師で、しかもそいつがあの戦乱の地にいるとなれば、人選は一筋縄でいかない。

 かくして集められた者たちへ、令嬢はなにゆえに兄殺しを画策するに至ったか、その訳を話し始めた。












 聞いた話を要約すれば――まぁおおよそ『よくある話』と言った所か。

 故あって逐電した兄、残された妹。どちらも偉大なる先代が晩年に拵えた、まだ年若い兄妹。兄の行方も知れぬまま――恐らくはもう死んでいるだろうと、この時は思われていた――くたばった先代の遺言に従い跡を継ぐ妹。だがこの手の大地主一家にはありがちなことだが、貪欲で声の大きな親戚連中には事欠かず、特に面倒だったのが先代の弟、つまり妹にとっては叔父にあたる男で――名はセバスティアンという。


 このセバスティアンという叔父がどこで聞きつけたか言うのである。

 逐電した兄はまだ生きているし、その所在も判明していると。


 これは妹――アントニアにとって実に都合の悪いことだった。なにせ兄が逐電したその訳というのが、大学で魔術を学んでいる時に怪しげな連中と付き合い始め、その連中の危険な革命思想を吹き込まれこれにどっぷり漬かり、騒擾を企てて未然に終わり、当局に追われたからというものだからだ。


 叔父セバスティアンは言う。


 そもそもこれほどの大荘園(エスタンシア)をこんな年少の娘が継ぐというのがおかしかったのだ。だが、先代の遺志を尊重して敢えて継がしめたわけだが、しかしこれは先代も不肖の息子プロスペロがもう死んでいると思っていたがため。だが、そのプロスペロが生きているとあれば、話は変わる。犯罪人といえど長兄は長兄。この大荘園(エスタンシア)の主たる資格がある。メディオラヌム家はここロンバルド地方の顔役、政府筋にも顔がきくし、いずれ恩赦も下ろうもの。ならばプロスペロが罪を精算し、無事当主に返り咲くまでは、誰か信用に足るものが代理人として大荘園(エスタンシア)を守らねばならぬ。


 その信用に足るものが誰かは言うまでもない。

 その信用に足るものはまず代理人として、ゆくゆくはなし崩しに領主の席へと居座ろうというのだ。


 はっきりいって叔父の言い分は難癖以外の何物でもなかったが、これに財産分与にあぶれた親戚連中が同調し、ひとまず当主の座を叔父に任せるべきだとほざき出したのだ。無論、叔父の目論見などお見通しのアントニアだが、しかし彼女が年少であり当主を継ぐには慣例に反するのも事実。だが、せっかく手に入れた地位を手放すつもりはさらさら無い。


 だとすれば彼女の取るべき手はひとつ。

 兄を探し出し亡き者にしてしまうことである。


 まぁ、世間体を考えてボカされたり比喩で語られた部分を補足すれば、こんな感じになるだろう。



 ――しかし、バンダ・オリエンタルか。



 アントニアの話を聞き終えたおれの脳裏に浮かんだ懸念は、まずそのことだった。あそこは今大絶賛内戦中であり、賞金首どもですらあそこには逃げ込もうとはしない。建前上は深紅党(コロラドス)白亜党(ブランコス)の二大派閥が政権の座を巡って争っていることになっているが、実際はより複雑で、大小百を超える武装勢力が雲集霧散合従連衡を繰り返しており、あまりの混沌に今どの勢力が優位なのかすら傍目には解らない有様だ。そんな所に逃げ込んで、いかに魔術に通じているとは言え命を全うしているプロスペロという男は、単なる大地主の御曹司というわけでもないということなのだろうか。


「兄は大河の支流のひとつが海へと注ぐ場所、三角州をなす島で、トラパランダと呼ばれる場所に居座り、そこの領主のような顔をしていると聞きました。これは実際に、この島へと補給のために寄港した商船の乗組員たちから聞き出したことですから、間違いはないのですわ」


 アントニアが兄について語る時、彼女自身は努めて隠しているつもりなのだろうが、抑えきれない声の震えがあるのをおれは感じ取っていた。怒り?憎しみ?それともやましさ?裏にある感情の種類までは解らないが、何か強い想いがあることだけは理解できる。


「兄は島の先住民、トウチョトウチョ人を手懐けて、その王が如く振る舞い、また内乱を逃れてきた流民たちが雪崩こみ、異様な有様になっているとも!」

「……故に、儂の出番というわけじゃな」


 ここで初めて、例のドワーフの学者先生が声を発した。外見からはまるで想像できない猫撫で声で、ふにゃふにゃとしてなんとも違和感が凄まじい。


「トウチョトウチョ人の言葉は独特じゃが、儂なればその全てを諳んじることが出来る。……儂としても、あの島には学究の徒として一度訪れたいと思っておった所での。渡りに船じゃな」


 要するに、ドワーフ先生の言っているのは依頼を受けるということである。

 いやにあっさりとした様子だが、あるいは既に依頼の内容を聞き知っていたのだろうか。この老人は著名な博士というし、アントニアも先に根回しは済ませていたのかもしれない。


「薔薇十字会大学きっての俊才の堕ちたる姿……その死に水をとってやるも、先輩の務めよな。この義挙に馳せ参ぜざれば、魔導に生きる者の名折れぞな」


 パラシオス師の言葉に便乗するように言ったのは、魔女プレトリウスだった。本人の言い分によれば元より報酬を理由に仕事を引き受けるつもりだったようだが、もっともらしい理由があったほうが格好がつくとでも思ったのだろうか。まぁいかにも、芝居がかった物言いを好みそうな顔はしているのだが。


「……」

「……」


 対してクルスとフィエロは黙したままだ。

 古ガウチョのコイツラは、そう易々と安請け合いなどはしないだろうとは思っていた。――それは、おれも同じだ。この手の個人的に持ち込まれた仕事は御大尽がたの身内のゴタゴタにまつわることが多いが、それだけに依頼人の言うことを鵜呑みにするとたいがい碌な事にならない。誰だって自分に都合の良いことしか他人には言わないもんだからな。


「アンタの兄貴だが……その恩赦とやらはまだ下ってないんだな?」


 まず気になる所をひとつひとつ問いただしていくことにしよう。

 クルスとフィエロの二人にやらせてもよかったが、ガウチョというのは寡黙と相場が決まっているからな。


「叔父はああ言っていますが、全く望みなしですわ! 愚兄がしでかしたのは、謀叛の企てなのです! 全く、どこまで家名を汚し、わたくしに苦労をかければ気が済むのか!」


 最初の問いに、アントニアは激昂し、扇子を壊れんばかりに握りしめている。

 だが言っている内容自体はともかくとして、そんなあからさまな怒りの様子は、おれには単なるポーズとしか見えなかった。あくまで悪いのは兄で、自分は被害者だと印象づけるためだろう。


「つまり……仮にあんたの兄貴を殺したとしても、お咎めはないってことで良いんだな?」

「その通りですわ。いえ……むしろ殺してもらったほうが都合が良いぐらいですわ」

「コスタグアナの政府は、兄貴に賞金はかけていないのか?」

「このコスタグアナには賞金首などという野蛮な制度はございませんわ。無論、報酬はわたくしが支払いますが」

「トラパランダとかいう島にあんたの兄貴は居座っているらしいが、相手方の手勢はどんなもんだ? 兄貴ひとりって訳じゃないんだろ?」


 このおれの問いに、アントニアは一瞬逡巡し、即座に扇子で表情を隠した。どの程度まで情報を出すべきか――思案する顔を見られたくなかったのだろう。だがその仕草自体が、今度の標的が容易い相手ではないことを何より物語っている。


「船員たちが言う所によれば、兄はトウチョトウチョ人からは神が如く崇められ、また島に逃げ込んだ難民共をたぶらかし、『助言者(コンセリェイロ)』などと呼ばれてもいるとのこと。ただ、所詮は蛮族に難民、この者たちは大した驚異にはなり得ませんわ。問題は――」


 扇子の向こう側、隠された表情のなかで僅かに見えるその視線が、泳いだのが見えた。

 余程言いたくないのか、しかし隠すこともできないと観念したのか、重々しく彼女は語る。


「問題は、兄が用心棒としてか、常に傍らに置いているという男。この男がどうもあの――」


 またも言葉を途切れさせ、随分と勿体ぶった様子に、おれは若干の苛立ちを抱いたが、しかし次に彼女の口から飛び出してきた言葉に、そんな些細な感情は消し飛んでしまった。






「あの『鎧の男』だということなのですわ」

 



 


 白状しよう。

 正直な所、おれは今度の仕事は受けないつもりでいた。

 最初こそ報酬につられて乗り気だったが、財産の絡んだ身内殺しの片棒を担がされるのは気が進まないし、何より仕事の同僚にオーク野郎がいるだなんざ、願い下げもいいところだったからだ。


 だが、気が変わった。


 報酬だとか、同僚だとか、そんなことはもう全部些事だ。

 仕事場所がバンダ・オリエンタル――内乱の深紅の大地であることも、標的が魔術師であり、大勢の手下どもを引き連れていることも、もうどうでも良かった。


 あの『鎧の男』が、そこにいる。

 それだけで、おれがこの仕事を引き受けるのは充分な理由だった。


 おれは、やつを探してこの新大陸までやってきた。賞金を稼ぐのも、やつを探すためだった。

 やつは神出鬼没で、どこにでもいるし、どこにもいない。まさに雲や霧を追うようで、砂漠に一粒の金を、あるいは藁の山に針を探すようなものだった。


 それが、遂にしっぽを掴んだのだ。

 『鎧の男』――もうひとりの先生(・・・・・・・・)を殺した仇。おれの探し求める標的。


 やつが、そこにいる。

 それだけで、充分だった。

 


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