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第1話 灰色の死神に会えば、ヤツはお前たちの死を祈る




 疾風(はやて)のグロウ=キンは、とても上機嫌だった。


 遥か東の果て、百門都市(ヘカトンピュロス)より旅を経ること幾万(レグア)、海を越え山を越え、辿り着いたこの世の果て、荒涼たる曠野(パンパ)――灌木ばかりが無限と広がる、肌寒い大草原――の片隅で、人殺しと盗みで糧を得る毎日。実入りの良い餌食は稀で、不幸な行商や小作人をいたぶり、僅かな日に銭を得るだけの日々。――そんな日常が嘘のような大収穫、刈り入れの時、書き入れの時とは正に今日この日のことだろう。


 丈の低い草原の上に、広がった人間(オム)共の死骸。男もいれば女もいるし、老いも若きもいる。共通しているのは、揃いも揃って既にこの世の人ではないということだ。



 下品な哄笑が辺りに響き渡る。



 グロウ=キンの手下どもが、横倒しになった馬車から次々と金目の物を掴みだすたびに、喜悦の叫びを上げては笑い転げているのだ。蛇人間(ヴァルシアン)は人間やエルフといった種族に比べると感情の起伏が薄く、何事にも動じないと言われるが、しかし今度ばかりはグロウ=キンも手下どもと同じ心境であった。人間、長耳(エルフ)豕喙人(オーク)犬狼人(コボルト)土侏儒(ドワーフ)と、信仰も信条のみならず種族もバラバラなグロウ=キンの一味だが、彼も含めて皆同じなのは、揃って金貨銀貨が大好きだということだ。ましてや、今しがた仕留めた間抜けな御一行が運んでいたのが、価値の高いドブロン金貨であっというのだから、どんな種族でも小躍りしたくなるのは当然だった。


 揃って横倒しになった馬車には家財道具に、売れば金になるような代物がぎゅうぎゅうに詰められているし、その馬車を曳いていた馬は肉付きが良く、これもまた頂戴するにはもってこいだ。亡骸どもの纏った衣服(おべべ)も、よくよく見れば中々に良い仕立てをしている。……問答無用で襲ったのは、些か軽率だったのかもしれないと、グロウ=キンは考える。生きているうちに丸裸にしてしまえば、汚れも傷もなく回収できた仕立ての良い服も、かなりの値で売り払えたのだ。だが、こうも血まみれ土まみれでは故買屋に買い叩かれるか、下手すれば足がつきかねない。パンパに巣食う賊と言えど、金貨を使うには街に戻らねばならないし、街に戻れば犬畜生以下の官憲どもに、蛇蝎のごとく狡猾な賞金稼ぎ共が、眼を光らせているのだから。


 なにせグロウ=キンの一味は、このパンパを根城にする大小百はいるという匪賊(カンガセイロ)のなかでも、特に凶暴ということでその悪名が広く鳴り響いているのだ。一味のメンバーは凶状持ち、脱走兵、逃亡奴隷と来歴は様々だが、極悪非道を以て通る男たちはひとり残らず賞金首であり、特に異教の魔法に長けた一流の呪術師(パパロイ)たるグロウ=キンには金五〇〇エスクードもの額がかけられていた。国中の官憲に賞金稼ぎが彼らのことを狙っているのである。


 そんな連中に出くわし、しかもそんな時に限って、普通この手のキャラバンならば必ず連れている筈の護衛も付いていなかった馬車の一行は、まことに不幸と言う他無い。


 ――それにしても。


 と、グロウ=キンは血のように赤い舌を、炎のようにチロチロと口外に出しながら、辺りを見渡し考える。なお余談ながらグロウ=キンが舌を出しているのは何も舌なめずりをしているわけではなく、蛇人間にもまた地を這う同胞たちと同じ臭いを感ずる器官が二股に割れた舌先に備わっているからであり、万に一つも辺りに生き残った餌食がいないことを、殆ど無意識のうちに探っているがためである。


 話が逸れた。


 グロウ=キンが考えていたのは、この間抜けな獲物共が何処から来た何者かということである。賊が賊として長生きするためには、野を駆ける獣のように用心深くあらねばならない。余りにも簡単に終わった今度の仕事に、その収穫の大きさに、却って昂ぶっていた心は静まり返り、疑問と警戒とが湧いて出る。なぜ、コレほどの財産を抱えた連中が、こうも無警戒にパンパを進んでいたのか――。手下どもが放置した、金にならなそうな身の回り品を探れば、すぐに納得のいく答えが返ってきた。


 なるほど、こいつらは『大河の東(バンダ・オリエンタル)』からの難民なのだ。


 グロウ=キンは、遥か彼方、ここからは決して見えることのない、銀色に輝く大河を方へとその双眸を向けた。縦に細長い瞳は、彼がずっと前に訪れた、まだ平和だった頃の『大河の東』を幻視する。今やあの地は、血で血を洗う内乱の地であり、グロウ=キンのような根っからの無法者たちですら忌避する深紅の大地なのだ。内乱の当事者達はともかくとして、既に地主や金持ちの類はとうの昔に逃げ出してしまった後かと思っていたが、なるほど、この手の中途半端な小金持ちほど、物惜しみして逃げ遅れたりしがちなものだ。


 匪賊の親玉たる蛇人間は、脳裏に一本の道筋を思い浮かべた。バンダ・オリエンタルから逃げ出した連中は大河を渡ると、このパンパを超えて芳風香る街、ラ・トリニダーを目指す。もとより余所者、流れ者、移民達の大勢集まるあの街ならば、難民たちが当座身を落ち着けるにはもってこいの場所なのだ。果たして、今度の獲物どもも確かに、グロウ=キンの思い描いた、パンパを走る姿なき道筋を辿っていた。おそらくは、大河の渡し賃を相当にふんだくられたのだろう。だから護衛を雇うまでには手が回らなかったのだ。そう考えると、筋は通る。


 不安の種は消えた。

 グロウ=キンは舌を引っ込めようとして――はたと、それを止める。微かな疑問が脳裏を過ぎり、再び胸中にて膨れ始める。バンダ・オリエンタルとパンパとは大河で隔てられているが、何箇所かの「渡し」での行き来ができる。しかしバンダ・オリエンタルの内乱の影響で、その殆どが閉鎖されてしまった。まだ機能している「渡し」で、ここから一番近いのはサルミエントの街のものだが、あの街はそれなりに人口も多く、従って治安維持のためにラ・トリニダーから官憲の一隊も派遣されている。パンパが賊徒の巣窟なのは最早常識であるし、そこにのこのこ無防備で向かう一行を、果たして官憲はただただ見過ごすものだろうか。いや、所詮は端金の為だけに働く、犬畜生以下の役人風情どものことだから、いつも通りの怠慢ということで説明出来るかも知れない。


 しかしだ。あの規模の街で、ましてや国境(くにざかい)近くだ。そういう所には必ず賞金稼ぎも居る。官憲連中はともかく、賞金稼ぎ共は犬以上に鼻が利く。奴らまでもが、いかにも賊を引き寄せそうな、格好のカモを見逃すというのは――。


 グロウ=キンは、両目を瞑り、鼻のあたりに意識を集中した。

 蛇人間には、舌に備わった嗅覚と並んで、他の種族には無い独特の感覚が備わっている。それは「熱」を感じ取る器官であり、月の光も差さず星も瞬かない闇夜にあっても、己に近づく人や獣を感じ取ることが出来る代物だった。視界を閉ざすことで、感覚は鋭さを増し、普段よりもより広い範囲の「熱」を感じることが出来る。


 故に――気づいた。

 遥か彼方、パンパ特有の乾いた灌木の陰に、人影がひとつ、大狼(ボルグ)影がひとつ。

 用心深く隠れている所から、間違いなく賞金稼ぎだ。やはり格好のカモな一行を密かに尾行(つけ)て、それに襲いかかった連中に不意討ちをかまそうとしていのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。グロウ=キンは得意げにシャーシャーと喉を鳴らす。この間合いならば、弓も魔術も届かぬ距離だ。よもや相手も、そんな距離で自分が気づかれているとも思うまい。ここは逆に奇襲をしかけて、忌々しい蛇蝎豺狼の輩を血祭りにあげてやるとしよう。


 グロウ=キンは、手下どもに賞金稼ぎが隠れていることを伝えようとした。

 伝えようとしたが、できなかった。何故か。


「――」


 蛇人間特有の長い首の半ばに、突然やってきた衝撃に、グロウ=キンの体はよろめいた。

 何事かと手をやれば、不思議なことに感触がない。何度か触ってみて、グロウ=キンは理解した。自分の首の半ばには大穴が開いているということ、故に声も出ないということ。そして――。


「――」


 息もできないということ。ゴボゴボと血の泡を吐きながら膝を付き、藻掻く。

 収穫に夢中な手下どもは、自分たちの頭目の状況に気づくこともなく、グロウ=キンが助けを求め、空へと突き出した手を見るものもない。


「――……」


 結局、看取られることもないまま、力尽きた凶賊は斃れ、赤い血で大地を穢した。

 しかしグロウ=キンとて、一流の呪術師(パパロイ)。その彼を魔法にて出し抜いた賞金稼ぎは、いったい何者か。そう、それは極めて稀な、『狙撃』の魔法の使い手たる賞金稼ぎ。


 その名は――。

















 サルミエントの官憲が警告したにも関わらず、小銭を惜しんで先を急いだ、川向うの小金持ち一行は、物の見事に自業自得、ひとり残らず賊に殺されくたばっている。同情はしないがしかし、感謝はする。小金持ち一行は、最上の獲物を釣りだしてくれたんだから。


「……まずは500」


 おれ(・・)は今しがたしとめた賊の賞金を算用しながら、獣のように地に伏せ駆ける。疾風(はやて)のグロウ=キン……噂通りの素早い手並みだったが、そんな野郎を真っ先に斃せたのは僥倖だった。

 灌木に身を隠しながら位置を変える。抜かりなく我が身は風下に置いてあるとは言え、相手方には鼻の利くコボルト野郎もいる。まだ連中は略奪に夢中で、グロウ=キンの死には気づいていないから、次なる一撃の準備へと移る。

 おれは脚を組んで座りその上に得物を載せると、斜めにかけた革帯に、荒縄で繋いだ七つ道具のひとつを手に取る。それは獣の角で作った水筒(フラスク)で、しかし中身は水じゃあ無い。火吹き茸を干して水気を抜き、砕いて粉にした後、獣の脂で小粒状に固めたもので、名前もそのまんま、火吹の丸薬と呼ばれているやつだ。おれは水筒(フラスク)を逆さまにして、鳥の嘴みたいな細い注ぎ口の先を指で押さえると、その根本に備わる金具を押し込んだ。水筒(フラスク)の中身が細長い注ぎ口のなかに溜まった所で、金具を離せば、ちょうど一発分の火吹の丸薬になる。それを銃身(・・)へと注ぎ込み、次いで七つ道具の2つ目、木製の小箱へと手が伸びる。仕切りの入った小箱の内側は、親指一本程度の太さ長さの巻紙が幾つも並んでいる。


 そのひとつを、おれは取り出す。


 赤いインクで印章が書かれ、それが封になっており、中に何が書いてあるかは見えない。だが中身を見る必要はない。中身を書いたのはおれ自身だし、書き損じなんてありえないからだ。

 巻紙を銃身内に入れると、突き棒――あの男(・・・)槊杖(かるか)と呼んでいた――で一番奥、火吹き粉が溜まっている辺りまで押し込む。

 槊杖を銃身下部へと戻し、更に七つ道具の3つ目、錫の小筒を手に取る。中身はまたも火吹き粉だが、組み合わせる獣脂の種類を変えてあって粘土のように軟くかたまっていてる。それを、ひとつまみ千切りとる。得物の“撃鉄”を半分起こし、“火門”に火吹き粉を塗りつける。


 最後に撃鉄を完全に起こせば、『エンフィールド1853ネンガタ』の準備は完全に整った。


 その名の意味する所を、おれは知らない。ただひとつ確かなのは、あの男(・・・)がその名を呼ぶとき、そこには他人には窺い知れない、途方も無い感慨があったってことだけだ。だから、おれはその名を受け継いでいく。意味など、この際は些事だ。


「さて、お次は、と」


 得物を構える前にまず、おれ自身の眼で次の標的を品定めする。

 グロウ=キンの一味にいる呪術師(パパロイ)はヤツ一人。十五人からなる、蛇頭に率いられた賊は、蜥蜴頭に豚頭、犬頭に人頭と種族の市が立ったような有様だが、魔法を使えるやつは死んだ蛇頭以外には居ない。だとすれば次に狙うべきは、狙撃手の天敵、鼻の利くコボルト野郎な筈だ。


 真鍮仕立ての遠眼鏡を、おれは灰色の瞳(・・・・)で覗き込む。

 ようやく自分たちのお頭がくたばってる事に気づいた様が、まるで目前のことかのようにありありと見える。


 ――『灰色の瞳は、良いガンマンの条件だ』


 おれが思い出すのは、あの男の言葉。

 あの男の言う通り、おれの両目は灰色だ。灰色の瞳は隼の目だ。

 どれほど遠くとも、必ず獲物を見通し、決して狙いは外さない。

 生来の眼の良さに加えて、遠眼鏡の力を借りた今のおれには、コボルト野郎の体を覆う、硬そうな白い毛の一本一本まで見分けることが出来る。


 おれは、得物の引き金を弾いた。

 撃鉄が下り、火吹き粉の塊を叩く。

 小さな火花が咲き、銃身へと伝わっていく。

 銃身の中、粒形の火吹き粉へと火は伝わり、強く強く燃え上がる。

 火は巻紙を焼き、その内なる呪文を解き放つ。


 赤い光の矢が、銃口より飛び出した。

 それは風より速く唸って空を奔り、間抜け面のコボルトの、その細首を撃ち射抜く。強烈な魔法の弾丸は、その威力でコボルト野郎の首と胴体とを泣き別れさせ、それでも止まることなく後ろのドワーフ野郎の胸板を貫いた。


「……100、そして150」


 コボルト野郎、『長い牙のガス=ラ』――金100エスクード。

 ドワーフ野郎、『大斧のコズペルト』――金150エスクード。

 グロウ=キンと合わせて、金750エスクード也。既に慎ましくすれば三年遊んで暮らせる額は稼いだが、無論、ここでやめるわけもない。まだまだ、稼がせて貰わなくちゃ、ならない。


 おれは素早く身を伏せると、ふたたび灌木のなかを静かに馳せて移動する。

 狙撃手は、相手に位置を気取られてはならない。特に、今自分たちが狙われていると知った相手にはなおさら。これも、おれと同じ灰色の瞳を持った、あの男から教わったことだ。


 おれと、あの男が共にいた時間は短い。

 だが、人と人との繋がりというやつは、長けりゃいいってもんでもない。あの男からおれが教わった数々は、おれの生き方を決めた。あの男と、もうひとりの先生(・・)が居なかったら、今のおれはここにはいないだろう。


「残りは、12匹」


 新たな狙撃位置についたおれは、次弾を装填しながら次なる獲物を見繕う。

 どいつもこいつも賞金首なグロウ=キン一味だが、なかには賞金が百にも満たないばかりか、銀貨銅貨だての雑魚も混じっている。より額が高く、つまりはそれだけ危険な野郎から順に、しとめていく必要があるってわけだ。

 おれは、手配書に書かれていた連中の顔ぶれを頭に浮かべて、長弓使いのエルフがいたことを思い出す。おれとは違う、肌の白い森エルフ野郎で、名はフェサン=ラァグとかいった筈だ。よし、こいつにしよう。

 灌木のなかから僅かに顔を出して、連中の様子を探るが――おれは思わず舌打ちしていた。なるほど、伊達にパンパ随一の凶悪な賊と恐れられているわけじゃないらしい。連中は残らず地に伏せて、灌木や馬車、自分たちの殺した亡骸の陰に身を隠している。右往左往する馬鹿や、慌てて逃げ出して背中を晒す阿呆は。一人もいない。頭を真っ先に殺されたにも関わらずのこの動きは、流石は高い賞金をかけられているだけはある。


 さて、こういう場合は大概、用心深い獣を狩る時なんかと一緒で、根比べになりがちだが、生憎、おれはそう我慢強いほうでもない。それに仕事は手早く済ませるのが信条でもある。


 だから、敢えて灌木の陰から立ち上がり、我が身を晒してみせる。


「おーい、屑ども、頭出せぇ! いっぱつで、ちょんぎってやらぁ!」


 ついでに大声で叫んだりもしてみせる。すると、すぐにそれにつられて、目当ての獲物が顔を出す。

 フェサン=ラァグの野郎だ。その手には、既に矢を番えた長弓もある。


『おい、馬鹿野郎!?』


 誰かが、フェサン=ラァグへと向けてそう叫んだ。何故、おれが身をさらしてみせたのかを、解っているのだろう。

 しかしだ、その警告は余りに遅すぎる。


 おれが引き金を弾くのと、フェサン=ラァグが矢を放ったのは、全く同時のことだった。

 だが胸を撃ち抜かれたのはフェサン=ラァグの野郎だけだった。遠眼鏡越しに、ヤツの唖然とした死相が見える。当然だろう、完全に相討ちの形であったのに、ヤツの矢だけはおれの爪先の先まですら届かなかったのだから。


「――ただの木と鉄の矢が相手じゃ、撃ち負けやしねぇよ」


 おれの弾は魔法の弾なのだ。

 空中でおれ目掛けて飛ぶ矢を砕き、そのまま向きを変えて射手を撃つなど訳もない。


「これで、更に100」


 フェサン=ラァグの賞金を加えれば、現在の時点で報酬、金850エスクード也。

 おれはみたび、身を灌木の中へと踊らせて、次なる射撃位置への移動しようとする。


『野郎ども! 突っ込め! 向こうはひとりだぞ! 囲んで殺せ!』


 しようとはしたが、出来なかった。

 連中も馬鹿じゃないのだ。こっちが一匹狼であることに気づいたらしい。向こうにはまだ11人もいる。多少の犠牲は出ても、数に任せて突っ込めば何とかなる。怒声が、咆哮が鳴り響き、ヤツラが互いに距離を空けながら突っ込んでくるのが見えた。なるほど、やはり連中は馬鹿じゃあない。こういう時に阿呆共がやりがちな、まとまって突撃する愚もおかさない。


「ま、そうするわな」


 もう二、三人しとめてからにしたかったが、そうも言ってられない。

 エンフィールドを手頃な灌木に立てかけると、おれは指笛を高々と鳴らし、身を隠すための緑の貫頭外套(ポンチョ)を脱ぎ捨てた。あらわになるのは、斜めにかけた革帯に、吊るされた七つ道具の残りの四つ。鞘に入った鉈刀(カットラス)、十字型の鍵めいた金具――そして、二丁の短銃(・・)だ。


 おれは迷うことなく短銃を抜き放つと、こちらへと向かってくる賊共目掛けて走り出した。

 左右の手に構えた得物を、手近な相手、蜥蜴人のベレンガリオとオークのキンリクとにそれぞれ向ける。


 エンフィールドは、ここではないどこか彼方からの『まれびと』たるあの男が持ち込んだ代物。つまりこの世には唯一無二であり、代えのきかない貴重な得物。だからおれは、知己たる時計職人兼錬金術師の男に、その複製を頼んだ。その男は、完全なる再現のためにはエンフィールドを完全に分解する必要があるといったため、おれはそれを断り、似たようなモノで良いから拵えてくれと言ったが、結果、時計の絡繰を応用して出来上がったのがこの二丁だった。


 ――歯輪点火式短銃ホイールロック・ピストル


 その錬金術師は、自身の作品をそう名付けた。

 名前の通り、ゼンマイ仕掛けで回る鋼輪と黄鉄鉱の打ち金を擦り合わせることで火花を起こし、火吹き粉へと点火、魔弾を発射する仕掛けだ。

 俺が引き金を弾けば、果たして激しい火と煙を伴に赤い魔弾は吐き出され、狙いを過たず標的の胸板を射抜く。崩れ落ちるベレンガリオとキンリク――どちらも、賞金額は金50エスクード――を尻目に、おれは新たな2つの獲物へと狙いを合わせる。

 錬金術師であり時計職人でもある男は実に凝り性で、芸術家を気取っている所があった。だからやっこさんの作品たるこの二丁の鋼輪点火式短銃ホイールロック・ピストルにも、極めて複雑な絡繰が仕込まれている。

 この短銃は上下二連の銃身を持ち、歯輪も2つ、打ち金も2つ、引き金も2つ持っている。つまり2連発なのであり、こんな短銃はまたとなく、またとない得物をおれは手にしている。2つ目の引き金に指をかけ、素早く絞る。新たな赤い光の矢が放たれ、人間とドワーフの新手二人――どちらも賞金は端金の雑魚だ――の土手っ腹に風穴を開ける。衝撃にくるくると回りながら斃れ、パンパの乾いた大地へと血と臓物をぶちまける。


 これで、残り7――いや、6人だ。


『っ!? うわぁぁぁぁっ!?』


 賊の一人が、灌木の茂みから飛び出してきた大きな影に組み伏せられ、血泡音入り混じった断末魔を挙げる。予期せぬ事態に、匪賊共はどよめき、慌て、その突撃は鈍る。その隙を、大きな影は見逃すことなく、次なる獲物へと続けざまに踊りかかった。


『ボ、ボルグ!?』


 賊の言う通り、大きな影の正体はボルグ――つまりは大狼だった。

 毛並みは黒く、瞳は金色。その背には鞍代わりの赤い絨毯が載せられ、人が跨がれるほどに巨体だ。

 おれの故郷では馬の代わりを果たしていたのがこのボルグだが、それは海を跨いでやってきた、このパンパにおいても変わりない。今の稼業を始めて以来、ずっと相棒だったこいつは、下手な人間よりもずっと頼りになる。素早く、静かに、そして確実に標的の喉笛を噛み切る、一流の殺し屋だ。


 その名は『スューナ』。

 エルフの言葉で『雷神(サンダラー)』を意味する。


 賊一味をコイツに跨って追い、仕掛けるにあたって伏せさせ、指笛を合図に奇襲させる。

 基本、おれの仕事は一対多だから、スューナがいてこそ成り立つ稼業と言えるかも知れない。


 さて、彼が二人ほど噛み殺してくれたから、残りは5人。


『――退け! 退け!』

『かないっこねぇ! 逃げろ! 逃げろ!』


 ここで連中は素早く踵を返すと、それぞれがバラバラな方向に逃げ始めやがった。

 流石は手練の匪賊どもだ。退き際を心得ていらっしゃる。――とは言え、逃がす気は毛頭ない。



 匪賊、林賊、馬賊、盗賊……およそ賊と名のつく連中は、ひとりのこらず皆殺し。

 それがおれの信条というやつだ。



「スューナ!」


 その名を呼んで、指笛を鳴らす。

 飛ぶ様に駆けてきたスューナの上に跳び乗り、鉈刀(カットラス)を抜き放つ。

 短くて分厚い、しかも鋭い刀身がさらされれば、おれはそれを空へとかざし、雄叫びを伴にスューナを走らせる。

 無防備な賊の背中へと、おれ達はすぐに辿り着き、刃を振り回して一撃くれてやる。剣は誰に習ったこともなく、戦いのなかで自ら学んだ――などと嘯くこともできないような腕前だが、匪賊の一匹二匹、屠るには充分。掲げられた切っ先は時計回りに弧を描き、人間の賊の背中を斬り上げる。分厚い刃は肉のみならず骨をも断ち、ぎゃあという悲鳴と一緒にもんどり打って斃れ伏す。

 スューナも負けずとばかりに別の標的へと狙いを定め、鋭い爪で同じように無防備な背中を引き裂き、倒れた所を踏み潰していく。


 これで、更に二人。


 残りの三人も、程なくして同じような末路を辿った。

 本日の報酬、算用すれば金1000エスクード也。ひと握り、なんて謙遜もいらない、この上ない稼ぎだった。

 だがこの稼ぎすら、おれの目的の前には、すぐに消える端金に過ぎないんだがね。













 

 



『た、確かにグロウ=キンのいち味だ』


 ラ・トリニダーの官憲隊が隊長は、顔に浮かぶ脂汗をしきりにハンカチで拭いながら、上ずった声でおれの仕事の成果を、公に認めた。

 都合十五個の首が、ずらりと横一列に並べられているさまは、我が所業ながら凄絶で、野次馬共も皆絶句している。


『賞金は――金1000エスクード。大金だぞ』


 隊長が詰め所の金庫より引っ張り出してきた革袋を、ためらいがちに差し出せば、おれはそれをひったくって中身を確認し、適当な金貨の一枚を取り出して噛んでみる。前に一度、贋金を掴まされて丸々報酬をとりっぱぐれたこともある。官憲のなかには、そういう山賊まがいのやつらも少なくない。

 確かな歯応えを感じて、本物の金貨だと確信できた。おハイソな都の役人だけあって、小狡い真似はしないようだ。まぁ、だからこそ、距離的には近いサルミエントではなくラ・トリニダーを選んだんだがね。風香るお上品な都に、大狼またがり生首の山を背負った、およそ真っ当な稼業の者と思われぬ出で立ちの男が現れたもんだから、少々不必要な騒ぎも起きてしまったが、些事だ些事。


『先に言っておくが、賊の被害者の遺品には一切――』

「誰が触れるかよ。こちとら賞金稼ぎだ。盗賊じゃない」


 吐き捨てるように、おれは言う。

 グロウ=キン一味の首を残らず、鉈刀(カットラス)で掻き斬ったあと、スューナにまたがり一路、ラ・トリニダーを目指してやって来たのだ。遺された諸々には、おれは目もくれなかった。


 そう、おれは賞金稼ぎだ。

 人殺し稼業を歩む外道だが、それでも賊どもとの間には、確かな一線が画されている。


『名を、聞いておこう。時々賞金をだまし取ろうと小細工する不届き者がいるからな、それを防ぐためにも、名を記録しておきたい。名は何だ?』

「――エゼル」


 おれが、短く自分の名を告げれば、隊長も、隊長の部下たちも、野次馬も一様にどよめいた。

 恐れの視線が、おれへと集まり降り注ぐ。まわりを囲む連中の口から小さく、次々と漏れ出る渾名。


『そうか……お前が、死神の(ダス・モルテス)……』


 隊長が震える声で呼んだ名は、確かにおれの数ある名前のひとつだった。


 青褪めた馬のエゼルエゼル・ダス・モルテス

 あるいは灰色のエゼル(エゼル・グリス)と。


 それが、おれの名。

 賊どもの死を祈る、おれの名前だ。



 

 



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― 新着の感想 ―
[良い点]  砂塵と硝煙に噎せる西部劇の幕開けに、胸が高まる。 [気になる点]  パーカッションのコピーならフリントロックかと思いきや。ホイールロックとは予想の斜め上でした。  時計職人さん、頑張った…
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