記憶と記憶の関連関係
最近本屋で、『アメリカン・スナイパー』の文庫本が並んでいるのを見たなぁ――と、呑気に記憶の欠けらを垣間見ていた。単純に、今自分に起こったことと関連のある記憶を思い起こしていただけだ。学生なら歴史上の出来事を関連付けして暗記したりするだろうし。何気ない会話に出てきた単語で、関連した話の種を思い出したりする。記憶はいろんな記憶と関連して――結びついているものだし、だから、読んだこともない本の表紙をふと思い出すなんてことは、よくあることだ。
「ああ。『走馬燈を見る』って、誤用なんだっけ」
関連して、どうでも良いことをまたひとつ思い出した。誤用だろうと、意味が伝わるなら些細な問題だ。
だけど、死に際に今までの記憶が呼び起こされるというのは、死ぬことが一生と強く関連付いているからだとも言える。何もないところから、いきなり終わりは来ないのだから。マラソンで走った過程が、すべてゴールに繋がっているのと同じことだろう。
古谷アカシも、もうすぐゴールする。
だけど、感動に流れる涙も、悔しさの涙もなかった。
疲労感だけは一人前で。
痛みもあまり感じない。
ただ、もう立てる気はしなかった。
「ぁ、しぬんだ」
すかすかの青空みたいに、乾いた声。
初めて雨月輝彩とこの場所で会ったとき、
「……」
「……」
二人は他人同士。枯れた花壇の端にそれぞれ腰掛け、独りで昼食を取っていた。
初めて裃橙弥とこの場所で会ったとき、
「そんな近くに居るなら、一緒に食えばいいじゃん」
彼はアカシと輝彩をいとも簡単に、関係という線で結んだ。
この場所は、あまりにも三人と関連している。
つぼみの桜を見上げているだけで、きっといつまでも記憶に浸れた。
もうすぐ死ぬ自分が浸るなら、それも構わない。もう居なくなったしまった橙弥も関わることはなくなった。
だけど。
――雨月はどうだ?
彼女の手術が成功して、病気が治って、これからも生きていく可能性は、まだゼロではないはずだ、とアカシは愚直に信じていた。
きっと彼女は、またこの場所に来る。そしていつまでも、何度でも、三人で過ごしたささやかな時間や、春を心待ちにした些細な約束を思い出すだろう。とてもうれしいことだ。だけどそれは、
「きっと、良いことじゃない」
これからの人生をこの場所の記憶に縛られ続けて、苦しみを背負って生きていく必要なんてきっとない。
――違う、自分が足を引っ張りたくないんだ。
本当なら抱きしめたいくらい大切な思い出たちを。大切で大切で大切な思い出を。重荷として背負わせたくなかった。
きっとこの場所がなくなれば、思い出すことも少なくなる。そしていつか忘れる。
その方がいい。
アカシは自分ごと、この枯れた花壇と、つぼみの桜を壊すために、願いを込めて呟いた。
――必死に生きていた雨月が、ちゃんと僕たちを忘れられる様に。
「弾けろ」