表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
POPフラワー  作者: 憂木冷
7/9

なんでもいい理想



 ――どうしてこんな枯れた花壇に球根があるんだ。

 手で摘んで青空に掲げた一つの球根――植物の種。泥色で隕石みたいな形をした玉が、ぷかぷかと浮かんでいる。その隣に立つ、つぼみの桜。

 理想的な空の景色ってどんなだろうか――アカシは頭の中に、真っ白の画用紙と水彩絵の具のセットを思い浮かべる。

 きっと鮮やかな空色の下には、赤い土の道がずっと続いている。でも空を見上げるヒトの目にはほとんどそれは映らない。赤と茶色と、ほんの少しの黒を画用紙の底辺に薄く伸ばした。

 きっと理想的な空は、残りの白紙を青で埋めるだけじゃダメだ。どれだけリアルな空色を作っても、それはリアルなだけで、理想にはならない。

 画用紙の中心線から広げる様に、できるだけ彩度の高い空色を解き放った。左右に少しずつ白が余る。

 春ならさくらかな、秋なら紅葉がいい、冬は綺麗な空気を表現しよう、夏はやっぱりみどりだ。どれでもいい、今使った青には、夏が似合いそうだ。

 筆を洗って、緑と、白と、黒をパレットに並べた。明るい緑、ただの緑、濃い緑、ほとんど黒、光の白。画用紙の左右に、筆先の形の点を落とす。点点点点てんてんてんてんてんてんてんてんてんてんてん……。みどりが生い茂った。

 開けた木の葉の間から空をのぞく。

 どこかの誰かの視界の絵。

 すごく適当で乱雑。

 色は所々にじんで、繊細さなんて垣間見えない。それなのに、みどりを映やし、道から見上げる小さな青は、本当に綺麗で、理想的なだった。

 この青は何も特別な事なんてない。パレットに広がる青と何も変わらない。赤土のアクセント。グラデーションするみどりとの対比。それがあるだけで、この青は理想的だ。

 ゆっくりと目を開いて空を見る。理想より少しだけ色味が薄い。真ん中に浮かぶ球根は、間違えてつけた汚れみたいだし。つぼみの桜は、存在が薄くて、目の前の景色が白紙よりも薄味うすあじな色に見える。

 ごろんと土が服に付くのも気に掛けず、枯れた花壇の上を転がって体勢を変える。ちょうど見上げた目の前に、つぼみの桜が立つ様に。

 全然綺麗じゃないな、とアカシは思った。

 全然まっすぐ伸びていない。でこぼこして不細工。そして花が咲いていない。

「なんだこれ」

 つい声が零れた。疲れた声だ。

 なんだかずっとつらい思いをしている気がする。アカシの心臓はもうバラバラだ。収まり切らなくなった感情が爆発して、バラバラに、細々に、どこかへ散ってしまった。

 砕け散った僕の感情を誰か集めてくれないか――弱気にそんなことを考える。なんとなくわかるのだ。これは、自分で集めるのがものすごく難しいモノだと。きっと自分以外の干渉成分が必要なんだと。

 自分には何もない。何もできない。

 あるのは醜い言霊ことだまの力だけだ。

「こんなんじゃ、なにもできないんだよ」

 声は、発せられる度に水分を消費した。喉の奥が渇いてガスガスする。

 ――もし。もしも、そうすることで雨月の病気が治るというなら、世界なんて容易たやすく壊してみせるのに。猫の閉じこめられた、不幸の象徴みたいな箱なんて、僕が内側から壊してやるのに。

 それだけのチカラがあるのに。

 古谷アカシと、裃橙弥と、雨月輝彩の待ち望んだ姿をしていない、このつぼみの桜は、アカシの無力の証明をしている様に感じた。

 結局、何もできない。

 とまどって。失敗して。逃げて。嫌われて。自棄になって。壊して。悲しみを生んで。悲しみを生んで。悲しみを生んで。帰ってきた。

 結局、何もできない。

 ただ自分が、どうしようもないクズ野郎認定を世間から受けて。自分がただのクズ野郎だと自覚してしまって。それでも何もできないで、枯れた花壇の上に寝転がっている。

 死んだ方がいいと思われている事もわかってるし、死んだ方がいいと自分でも思っているのに、中途半端な名前のよくわからない感情が、雨月を――必死に生きようともがく雨月を裏切って、自殺するなんて事をゆるさない。

 だから。

 何も。

 できない。

(うえぇ。相変わらずお前はぐちゃぐちゃしてんな)

 ――またお前か。

(なんでぇ、つれねー態度だね。良いこと教えてやろうと思ったのによ)

 ――ただのゲロになにがわかる。五月蠅いからさっさと黙れよ。

(ああ、恐い恐い。性格荒みすぎぃ。ケテケテケテケテ)

 変な笑い方だとアカシは思ったが、何も言わなかった。

(オレさんはぁ、お前のことなんか全部知ってんだぜ。なんせお前の汚ねえ部分(ゲロ)だからよぉ)

 さっさと吐いてしまおう。そうすればきっとまた聞こえなくなる――アカシはそう思い、重い体を起こした。

(もおいいじゃねえか。ぜんぶこの場所が悪いんだよ。そうだろ。お前だってそう思ってるんだぜ。だからオレの言葉がこんなにも届く)

 肘の裏の土をはたいて落とす。今更気にしても仕方ないけれど、そういう体に染み着いた動きは、自然と出てくる。案外自分もまだ人間だ。

(壊しちまおうぜ、そうすれば全部すっきり忘れられるさ。約束のことも、あの二人のことも。お前ら三人の繋がりはこの場所だけなんだからよ)

 膝に手を付き、わざとらしく「よっこいせ」と言って立ち上がった。

(な。かっこつけんなよ、人間)

 立ち上がった瞬間、胸の真ん中を強い衝撃が貫く。

 その衝撃に押されて、また背中から地面に戻された。

 すっかすかの青空。理想にはほど遠い。

 葉も花もない桜の木。理想にはほど遠い。

 見下ろした自分の胸の中心。理想の赤い道よりも、どろどろになった黒い赤。

 ――なんだよ、今度はそこから出てきたのか?

 言葉にしないで呟いてみたが、道路にぶち撒けた吐瀉物と違って、胸に空いた穴から染み出す血液は何も言わなかった。

 アカシの心臓に住む誰かは、もしかしたら死んでしまったのかもしれない。

 撃ち込まれた銃の弾丸によって。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ