枯れたベッド
帰ってきた。
家にではない。つぼみの桜と枯れた花壇の、その前に。
校舎は、自分でも気づかない内に、逃走の途中で壊してしまっていたらしい。この場所は偶然被害を免れた様だ。
最初の爆発が起きて、もう一週間は経っているだろうか――時間の事を考えると、一息に疲労が押し寄せてきた。ふらふらと、花壇の淵に腰掛け、うなだれて地面を見つめる。
ぽた、と。
しずくが落ちた。
自分が追われている身なのは十分理解している。未成年だからといって、ただですまされるとは思えない。これまでもヘリコプターのライトで照らされながら追い回されたし、何人もの相手に銃口を向けられた。
僕は殺されるべきものになってしまった――無感情にそんなことも思う。
だから、自分の身を案じるなら、こんな自分に縁のある場所でのんびりしている場合ではないのだ。
だけど、アカシは、そこまで強くはいられなかった。
「なんでだろうなぁ」
ぽた、と。
しずくが落ちた。
「なぁ橙弥」
贈り物が好きな少年に呼びかける。
ぽた。
ぽた。
「僕らは、最初から出会わなければ、お前は死ななかったのかな」
こんな事にはならなかったのかな――。
それは、最後まで繋がりを大切にした少年、裃橙弥を裏切る言葉だ。
ぽた。ぽた、と。
「ねぇ雨月」
病弱な猫の少女に呼びかける。
ぽた。ぽた。
「もう。死んだ方がいいのかな」
こんな苦しいなら、死んでしまいたい――。
それは、今もまだ生きることに必死な少女、雨月輝彩を裏切る言葉だ。
わかってる。わかってるのに。
「わかんねぇ……わかんねぇ。よ」
どうするべきだったのか考える。考えても仕方のないことなのはわかってる。でも考えてしまう。そして結局どうしたら良かったのかわからない。
それならばと、今どうするべきか考える。なんとなく歩いて間違えるよりも。明確に選んで間違えた方が、幾分かマシな気がする。そうすれば多分、今みたいに「どうするべきだったのか」と考えたとき、自分の選択が間違いだったことくらいには気がつけるかもしれない。でもわからない。何もわからない。
裃橙弥を裏切らないためには、きっと自分以外の誰かを大切にしなくちゃいけない。きっとこれ以上誰かを死なせるような生き方は――逃げ方はしちゃいけない。だけどそうすればアカシは死ぬ。殺される。
雨月輝彩を裏切らないためには、きっと自分自身を大切にしなくちゃいけない。きっとこんなところで死んでしまいたいなんて考えるべきではない。だけどそうすれば誰かが死ぬ。古谷アカシが殺す。
どちらかを選べばどちらかを裏切る。どうすればいい。なにが正しい。どこに正解がある。大切なものが二つもあるせいで、どうすればいいかわからなくなってしまった。
――いや。違う。違う。現状の責任をあいつらに押し付けようとするな。
これは古谷アカシの問題だ。自分で考えて答えを出して行かなければならない。いざというとき、自己防衛のために、誰かのせいにしてしまいたくない。
頭がくらくらする。ふかふかのベッドに倒れ込む様に、枯れた花壇の乾いた土の上に背中から倒れ込んだ。柔らかい土に沈みながら受け止められるのを予想していた。だけど実際は、少しだけ背中に違和感がある。石ころでも埋まっているのかもしれない。背中に手を回して、窮屈な体勢のまま、違和感の正体を探る。軽く掘り返して、手に掴んで目の前に掲げてみた。
タマネギに似た植物。
「球根?」