一週間後
もうどこまで逃げてきたのか、よくわからなくなってしまった。実際はそこまで遠くには来ていない。ただ、見る景色が瓦解していた。
古谷アカシは振り返る。そこには、永遠と壊れた風景が、足跡みたいに続いていた。
――なんだよこれ。なんだよ。なんだよ。なんなんだよ。なんでだよ。なにが。なんで。なんなんだよ。なんでこんなになってんだよ。なにをしたのがいけなかったんだよ。なにをしたらよかったんだよ。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでだんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
足跡が全部後悔に見える。
少し前までの人生は、たぶんもう少し違っていた。こんなに、見渡す限りすべての一歩に、後悔が付きまとうなんて事はなかったはずだ。
周りには誰もいない。当然だ。アカシには一言でなんでも壊すことができた。距離も関係なく、視界に入れば、遙か上空のヘリコプターも壊せた。数も関係なく、視界に入れば、自分に向けられた銃をすべて同時に壊せた。
無機物も有機物も関係なく。目に見える物はすべて壊せた。
そんな爆弾みたいな奴に近づきたい者はいない。誰かから逃げていたはずなのに、振り向いてももう、誰も追ってきてはいなかった。ただ一人になっただけだ。
周りは住宅街だったが、ヒトが住んでいる気配はない。
もしかしたら、包囲網が張られていて、自分の周囲には避難勧告が出されているのかもしれないと想像する。
まるで大きな災害や、映画の怪獣みたいだ。それにしては、随分と弱々しいけれど。銃で撃たれたくらいで死んでしまうほど脆弱だけれど。
少し疲れが溜まっていた。誰もいないのなら、どこかの家のベッドを借りて、少し眠りたい。
だけど、アカシは、その選択肢をすぐに捨てた。
――周りがよく見えないのは危険だ。
高い建物に囲まれるのも。家の中に入るのも。アカシには自分の敵がどれだけいて、どこから見ているのかもわからない。例えば物陰から静かに銃で狙われていても気づけないし。遠くから大群で押し寄せて来られてもわからない。どうせ、いくら身を隠そうとも、科学の力には及ばない程度の努力だ。だったら、こっちからも相手がよく見える場所の方がまだ安心できた。
「弾けろ」
そんな一言で、静まりかえった住宅街はただの瓦礫に名前を変え、どこまでも濁った曇り空だけが残った。だけど、雲が空を遮る事さえ不安で。
「弾けろ!」
アカシは空を青に変えた。少し眠りたい。埃っぽい道路に背中から倒れる。雲ひとつない空は、なんだかひとりぼっちの空だった。うるさくなくて。邪魔じゃなくて。面倒じゃなくて。落ち着いて冷たい。アカシだけの心を写したみたいに、何もかもを呑み込んでしまいそうな喪失が満ちている。どうしてこんな事になったのか。
覚えはない。望んだわけでもないし、押し付けられたはずもない。本当に気紛れの独り言だった。そのつもりだったのに。どうしてそんなものばかりが実現してしまうんだ。本当ならもっと別に、望んだ未来があるのに。ずっと前に結んだ些細な約束を果たせるだけで、きっと幸せだったのに。もう三人があの場所に集まる事はできないだろう。
つぼみの桜と、枯れた花壇の昼休みには。
「はぁ、帰ろう」
きっともう、帰れない。