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POPフラワー  作者: 憂木冷
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友の名を呼ぶ



 裃橙弥は勉強ができて、運動ができて、ヒト当たりがよくて、センスが良くて、揺るぎない信念をもった、ただの高校生だ。

 猫の少女が、あまり体の丈夫な方ではないことは知っていた。だけど、あんな言葉をこんなにもすぐに聞かされるとは思っていなかった。

「でもね。私がこの桜を見ることができる未来は、半分よりもずっと少ない」

 頭の良い橙弥は、すぐにそれを理解した。

 シュレディンガーの猫は、箱に入れられて蓋をしたあと、半分の確率で死ぬ。

 だけど、確率がちょうど半分だから、蓋をあけるまではどちらか――生きているか死んでいるかは、わからない。生きているか死んでいるかわからないのに、必ず生きているし必ず死んでいることをヒトは知っている。だから、蓋をあけてしまうその瞬間まで、箱の中の猫は、生と死の両方の性質を同時に持っている――生きてる状態と死んでる状態が重なり合って同時に存在している。

 ヒトは経験的に、猫が生きている状態と死んでいる状態を認識できるけれど、重なり合っている状態を認識するとはない。

 だからふつう、半分の確率の時に重要なのは結果だけだ。

 結果が出る過程の、認識できないその状態を考えない。だから願うことができる。賽が投げられたあとも、良い目が出るように、信じてもいないどこかの神様に縋ったりできる。

 だけど彼女は言った。

「半分よりもずっと少ない」

 確定された未来を語るように、そう言った。

 結果が出るまでの待ち時間に考える。閉じた蓋の中には、生よりももっと多くの死で満ちている。箱の中で生と死が相殺していく。生きようともがくかもしれない。いや、彼女ならきっともがく、橙弥はそう信じていた。アカシも橙弥も、体の弱い猫の少女が、今までだって元気に生きようとしていたことを知っているから、そう信じた。

 だけど、生と死が相殺すれば、いずれ箱の中には、より多い死が残る。

 箱の中は、認識できない状態――生と死の重ね合わせじゃなくなる。

 どちらかに偏れば、ヒトはそれを認識できる様になり。いずれ箱の蓋には。『死』という文字が浮かび上がる。

 結果は分かってしまった。

 橙弥は、もっと別の言い方をしてほしかった。たとえば「どうなるかわからない」とか「もしかしたらダメかもしれない」とか。確率を半分以下に言わないでほしかった。

 でも猫の少女は、その言葉を選んだ。

 ――半分よりもずっと少ない。

 だから、彼女の言いたいことがわかってしまった。

 アカシは、その言葉を額面通りに受け取ったけれど、橙弥は少し頭の回転が良すぎた。

 彼女は、この桜が咲く前に死んでしまう。本人はそのことを自分で理解してしまったんだ――と、気丈に笑う少女の前でそんなことを思っていた。だから、アカシと顔を合わせるのは気まずかった。

 この三人の繋がりは、一対一じゃなくて、ずっと三角形に繋がっていたから。これから確実に変わるであろう繋がりに。そしてその変化に対してどうすることもできないという事実が、どうしようもなく気まずかった。

 それでも橙弥は、横断歩道の向こう側にアカシを見つけた時、声を掛けた。

 こういうときに独りになるのは良くない。たぶんアカシは、明日からあの枯れた花壇の前に来なくなる。それに、あいつのことも、このまま孤独にして、死なせるなんて、絶対にしちゃいけない。俺たちは最後まで一緒に居るべきだ。

 大切にした時間を守るために。繋がりを消さないために。橙弥は、きっかけを作るための、些細な一言を横断歩道越しに贈った。

「アカシ!」



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