THE RE:BIRTH
心臓に住む誰かは言った。
(早くここから出せ。この檻をあけろ)
――それは無理だ。君はそこに居なくちゃいけないものなんだ。
(何言ってんだ。オレはこんなにもここから出たい。お前が頑ななら、オレはなんとしてでもここから出るぞ)
――いいや。だめだよ。君をさらけ出すのは僕らしくない。
(はあ。自分らしさとかそんなもの獣の餌にでも混ぜておけよ。オレはそんなものよりずっと大切なはずだぜ)
――そんなものあるはずない。自分らしさが必要ないなら、世界に人間なんて必要ないじゃないか。全部同じでいい。ロボットで十分だ。
(いいや。違うね、お前は知ってるはずだろ。オレの正体)
――なんだよ。
(かかかかか、人間らしさじゃんよ)
その声は、(見つけた。オレの出口)と言ったきり何も言わず。代わりに喉の奥。心臓の辺りから誰かが無理矢理這い上がってくる。押さえ込もうとする度に、食堂の壁が鋭い爪で抉られた。苦しみが一歩ずつ這い上がる。体を内側からあぶり焼きにされている様な苦しみ。
堪えきれなくて、流動物を胃の底から吐き出した。
でろでろの液体が道路に浸った赤い液体に混じって、理科室の人体模型を連想した。
ガーガーと喉から熱い息をもらしながら、涙の粒が椿の花のようにボトンと落ちる。
――苦しい。
「がー、があぁぁああ、ああ」
――なんだよ。これ。
(ゲロゲロゲロゲロー。汚ねぇ。うぇっうええ)
――人間らしさ? ただの嘔吐じゃないか。
(これも一種の感情表現なんじゃねーの)
嘔吐した苦しさと痛みで涙が出てるのか。それとも違う原因で涙が出てるのか、アカシに判断できなかった。
(お前の自分らしさは、感情的にならないことだったりするのかもだけどよ。よよよいよぉ。抑制仕切れない感情は、表現されるもんなんだよ。たぶんなーあー)
足の力がうまく入らなくなってへたり込んだ。
赤い光とサイレンの音がどこかから近づいている。だけど、なんの音か思い出せない。パトカー? 救急車? 消防車? それとも他の何か?
(ヒト死にだから霊柩車だべーべーへへへへへー)
吐いてから、徐々に呼吸が安定してきて、気づくと胸の内がスカスカする。まだ全然苦しみは柔らがないし、涙は熱い。
――なんで自分の吐瀉物と話してるんだろう。
現実は直視できないままかもしれないが、現実逃避していることには気がついた。こんな奴と喋って何になる。
最後に、「霊柩車にサイレンはないだろ」と言っておきたかったが、そこにあるのは、もうただの吐瀉物になっていた。
そして改めて橙弥を見る。
裃橙弥はそこにいた。ついさっきまで、きっとアカシと同じように、猫の少女のことを考えていた。アカシと同じように、どうしようもない自分を抱えたまま、こんなところで遇ってしまった事を気まずいと思っていた。