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第八話 弟妹は苦労する

「阿呆かテメエはっ!!!」


 訓練場に着いた私は即オーラン先輩に拳骨される。


「何ですかいきなりっ!」

「テメエが天井走って来たのはわかってんだよっ!」

「ええっ!?何でバレタんですっ!?」


 ついでとばかりにもう一度拳骨された後、新人訓練に強制参加させられた。

 随分と訓練をサボってたから、新人からやり直せって事らしい。


「いちるでえす、よろしくお願いしまあす」


 新人達にそう言って挨拶したんだけど、何やら遠巻きにされちゃうって言うね。おばあちゃん、悲しいです。

 新人達と一緒に訓練場を走り回り、木剣を振り回し、素手での組み合いを熟し。


「いちる、魔法を見せてやれ」

「喰らえ、暴風っ!」


 声を掛けて来たオーラン先輩に向かって遠慮なく魔法を放てば、相変わらず避けるオーラン先輩に、次々に魔法を放ってやった。


「氷の礫っ!ビリっと君っ!炎蛇っ!」


 全てを完璧に避けるオーラン先輩に、悔しくなって本気で魔法を放っていたら、ジェイド隊長に頭を叩かれた。


「いい加減にしろ」

「だ、だって、全部避けやがるから」

「当たり前だろう。見ろ、新人が怯えてしまった」

「あ……」


 ヤベ、これでまた遠巻きにされるんじゃん?と思いつつ、青褪めた顔で既に遠巻きになっていた新人共に目をやり。


「だ、大丈夫ですよー?おばあちゃん、本当は優しいからねえ?」


 そう言ったけどどうやら後の祭りって奴らしく。


「莫迦だな」

「ああ、莫迦だ」


 オーラン先輩とジェイド隊長にそう言われて頭を殴られる。

 

「な、だ、大体オーラン先輩が悪いっ!」

「何で俺だよ」

「全部魔法避けるとか、やっぱり人外ですよねっ!」

「はっ、テメエのショボイ魔法を避けられずに黒騎士やってられるか」

「ショ、ショボっ、炎雷っ!」


 めっちゃ近距離から放ったってえのに、あっさり避けたオーラン先輩に剣を抜いて斬りかかる。


「おらあっ、避けんな畜生っ!」

「おい、また大振りになってんぞコラ。それ直せ」

「冷静に見てんじゃねえっ」

「ほら、がら空きだ」


 どんだけ剣を振り回してもひょいひょいと軽く避けるオーラン先輩は、そう言って私の脇腹を狙って蹴りを出して来た。その蹴りを避ける為に前に出るか後ろに跳ぶか一瞬迷ったせいで、思い切り蹴られてしまった。

 ぐ……、くそう……。


「いいか、一瞬の迷いが命取りになる。不様に転がったいちるを見たなら理解出来るだろう」

「……私に対する気遣いは無いんですか」


 転がっている私を背に、ジェイド隊長が新人達に言葉を掛け、そうして新たに訓練して行くのを悔しく思いながら眺め。


「ほら」

「……どうも」


 オーラン先輩が差し出してくれた手を取って立ち上がり、服に着いた汚れを払う。


「やっぱし、訓練サボってると駄目ですね」

「実感したか」

「しました。何て言うか、頭と身体がくっ付いてないって言うか」

「まあそうだな。そう言う判断は普段の訓練で身に付く物だからな」

「ですね。もうサボるの止めよう」


 距離とか何処に当たるかとか、どれくらいの負傷を負うかとか。そう言う判断が一瞬で出来ていたように思うけど、それをどうやっていたのかなんて考えたら駄目だな。

 自然に、勝手に身体が動いてたんだから。

 

「……いちる、お前、また黒騎士に戻って良いのか?」

「え!?な、なんです?私を気遣うとかおかしいですよっ!?」


 バシッと頭を叩かれ、仕返しとばかりにオーラン先輩に蹴りを繰り出せばあっさりと避けられる。

 そのまま無言で組み合いになるのはお約束です。


「はいはい、終わり終わりっ」

「オーラン先輩、乗せられちゃ駄目ですよ」

「……悪い」

「オーラン先輩が生意気だから」

「お前がだ」

「終わりだって言ってんだろうがっ!」


 フラン先輩にバシバシッと頭を叩かれた私達は結局、無言で睨み合う。


「ったく、久々に訓練に出て来たと思ったらこれだよ」

「成長しろよ、お前もさ」

「してるだろっ!」

「何処がだよ。オーラン先輩に迷惑掛けるなよ」

「だから逆だってばっ!オーラン先輩が絡んで来るんだよっ!」

「テメエが阿呆すぎて見てられねえんだよ」

「何ですかそれっ!私は阿呆ではありませんっ!」


 頭を抱え込まれてグリグリと拳を頭に押し付けてくる拳骨をされ、痛い痛いと喚く私に、黒騎士共がいつものように笑って見ていた。

 本当に、いつでも変わらないコイツラのお蔭で、戻って来てもいいのだと言われた気がして。それが嬉しくて気恥ずかしくて。


「喰らえ、たつまっ」


 魔法を放ってやろうと思ったら思い切り拳骨されて遮られる。


「だからそれ止めろ」

「お前は訓練場を壊すつもりかっ」

「もう少し考えろっていつも言ってんだろうが」

「阿呆」

「阿呆だ」

「阿呆だな」


 集まっていた黒騎士共全員にそう言われ、何となく私の頭を抱えたままのオーラン先輩を見上げれば。


「……ど阿呆」


 と、止めを刺してくれた。

 くそ。


「まあいい。さて、食堂行くぞー」

「おーっ!」

「え、お前食堂でいいの?」

「え?」

「だってほら、娘夫婦が来てるだろ?」

「……おっと、忘れてた」


 何となくその場のノリでそのまま食堂に雪崩れ込もうとしてたけど、イルクに言われて思い出すって言うね。仕方が無い、部屋に戻って風呂入ってからだな、こりゃ。


「あー……、面倒だからこのままガツガツ行きたいのに」

「気を使えよ。お前一応公爵夫人なんだから」

「ついうっかり忘れるけどな」

「忘れるって言うか、信じられねえよなあ」

「これでも一応俺達が守る立場の奴なんだぜ?」

「はあ……、やってられねえよなあ……」


 口々にそう言う黒騎士共に、正義の鉄槌を見舞ってやった。


「平伏せっ、愚民共っ!」


 勝ち誇った顔でそう言った途端、バシッと後ろから頭を叩かれる。

 はい、お約束ですよねえ。


「オーラン先輩はその内とんでもない罰が当たるよう呪っておきますから」

「へえ?」

「と、とんでもない罰が当たるんですよっ!?」

「だから?」


 平然と返して来たオーラン先輩に悔しくなった私は「うわあああああんっ」と泣き真似をして走り出した。少し先に行って振り返り、「暴風っ」と魔法を放ってやれば、狭い廊下で逃げ場のない奴らが風をあびて転がって行くのを見て溜飲を下げ。


「テメエ……」

「お疲れ様でしたあああああっ!」


 避けたのは第一隊の奴らだけで、他の奴らは何があったのかわからないまま吹っ飛んでった。どうせ先輩達にはどうやっても敵わないさ、畜生っ!

 さっさと逃げた私の背中に、第一隊の奴らの笑い声が聞こえてた。


「ただいま戻りましたーっ!」

「お疲れ様でした」

「いつもありがとう、ヤールさん」

「いいえ、どう致しまして。浴室の準備は整っております」

「ありがとうございます!」


 ヴィーが戻ってくる前にお風呂を済ませておかなくてはと、急いで部屋に戻って着替えを持ち、浴室へと入る。リノが結婚した相手は伯爵様だから、ちゃんと気を使う事くらいは出来るつもりだ。

 母親が汗臭いせいで娘が何か言われるなんて、絶対にあってはならない。

 

 そうしていつもより丁寧に、だけど素早く身体を洗った私は、お風呂から出て公爵夫人の格好を整えた。ちゃんと化粧もしなきゃいけないってのがとてつもなく面倒なんだけど。


「……よし」


 身支度を整え終った私はそうして顔を上げ、部屋に戻る。

 丁度ヴィーも戻って来た所のようで、身支度を整えている最中だった。


「お疲れ様でした」

「いちるもね」


 タイピンを留める長い指に見惚れていたら、ヴィーがくつりと笑う。


「いちる。お腹減ってるだろう?」

「物凄く」

「ふふ。いちるは腹を空かせている時が一番色気がある気がするよ」

「…………は?」

「食欲と性欲は直結するらしい」

「…………はい?」


 言ってる意味が解らなくて聞き返せば、ヴィーはくすくすと笑っただけで答えてはくれなかった。「行こう」と腰を抱かれて急かされ、そのまま食事の間へと二人で歩いた。


「……なんか、ご機嫌です?」

「まあね」


 それしか返してこないヴィーには、これ以上何を聞いても無駄だとすぐにわかる辺り、ちゃんと夫婦になれたんだなあと思う。

 そうして、やけにご機嫌なヴィーと二人で部屋に入ると、ガレム君、リノ、グルードとティーラが待っていてくれた。


「遅れてすまない」


 ヴィーがそう言いながら席に着き、そうして夕食が始まった。

 家族だってのに身分があるせいで面倒だけど、随分慣れたなあと思う。

 ガレム君とヴィーが仕事の話しをしつつ、運ばれてくる食事を堪能しているのを横目に、グルードがしっかり伯爵子息としての行儀作法が身に付いている事に感心してた。

 そういや、家はリヴィに行儀作法を身に付けさせるのに苦労したなあ、なんて思い出す。


「グルード、そんなに緊張しなくていいよ」


 軽く笑いながらそう言うと、グルードが少しほっとしたように息を吐き出した。


「ちゃんと出来ているのは分かるし、それに、ちゃんと使い分けが出来るのも解るから」

「ありがとうございます」

「……母さん、孫には甘くなるようですね?」

「あれ?そんなに厳しくしたつもりは無いんだけどな?」


 ティーラの突っ込みにそう答えると、ヴィーがクスクスと笑う。


「リヴィが中々きちんとしてくれなかったからね。リノとティーラには厳しくなってしまったかもしれないな」


 ヴィーの言葉に、確かにと親子三人で頷いてしまったら、ガレム君がくすりと笑っていた。ま、国中に轟き渡るくらいに私とリヴィは色々言われてるからなあ。


「ラズウィット伯は、楽しい方ですよね」

「そうね……、お兄様は確かに楽しいわよね……」

「兄さんだけが楽しいって言うかね……」


 ガレム君の言葉に、兄に苦労させられた弟妹の嘆きを聞きながら、ヴィーと二人で顔を見合わせ、クスクスと笑ってしまった。


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