第九話 リュクレースにて
「おはよう、いちる」
「おはようございます、ヴィー」
何がどう解決したのか、抱き締められて目が覚めた。
まあいいかと思いながら、すべすべの肌に頬を寄せて堪能する。
「また寝るの?」
「いえ……」
羨ましいなあ、こんな肌で産まれてたら人生違ってただろうになあ。
「王都に行くんじゃないの?」
「……ああ、そうでした。ジグルド爺ちゃんに会いに行かないと」
そして起き上がって身支度を整え、朝食を摂って二人で王都に向かった。
ジェイド隊長の事はリクト隊長が黒騎士全員に伝えたらしく、リーラルーラに残ったその事実と、ジェイド隊長の部屋に残された物を処分してくれと伝えられている事、欲しい物があれば持って行けば良いって事になったらしい。
ジェイド隊長に世話になった奴らが、思い出にと色々と部屋から持ち出したらしいけど。
元々、あんまり物を置かない人だったから、そう残ってた訳じゃないらしくて皆が寂しがってた。
ギルニット隊長は家に戻り、奥さんと二人で食堂を始めるそうだ。
その準備で色々と忙しいらしく、開店したら食い尽しに行かなくてはと思う。
リクト隊長は是非にと乞われて、黒騎士の指導係として君臨していて、新人の悲鳴が聞こえるって話しだ。怖いから訓練場に近付いてないので判らないけどさ。
オーラン先輩は家族を連れて、一度故郷に戻ると言ってコルディックを出て行ったらしい。たぶん、弟さんの墓参りだろうって事をヴィーが言っていた。
今回、ヴィーが地図を描く作業を行った事で、私達はその補佐を務め上げたからと特別に報奨金を頂いたのだ。勿論、ギルニット隊長もリクト隊長もオーラン先輩もそれを受け取っていて、随分気前の良いその額に驚いたけど。
まあ、確かに今後重要になるだろう情報をたくさん持ち帰ったので、国でそれを買い取ったって意味合いもあるんだろうと思っている。
「ヴィー、真っ直ぐお墓に向かってもいいですか?」
「勿論」
一度王城に挨拶に行くと言われたら面倒だなと思ったので、王都に入ってすぐにそう言い、直接お墓に向かった。王都の墓地はこれまた外れに作られていて、ジグルド爺ちゃんもそこにいる。
「……ジグルド爺ちゃん、ただいま」
磨かれた石が置かれたその場所で、墓石に向かって話しかける。
リュクレースを出て、色んな所を旅したんだと報告し、竜に会った事や、竜人がいた事、砂の川があるんだと話して聞かせた。
「世界は広かったよ。ジグルド爺ちゃんも、世界を見てくれば良いよ」
王都から出る許可さえ貰えなかったジグルド爺ちゃんは、今は自由だ。
コルディックの話しでさえ、楽しそうに聞いてたジグルド爺ちゃんは「いつか行ってみたい」が口癖だった。
「これ、土産だよ。ずっと一緒に旅して来たんだ」
そう言って、髪を縛っていた髪紐を縛り付けた。
この髪紐は、ジグルド爺ちゃんが買ってくれた髪紐だ。
「これで髭を縛って行くといいよ。絶対似合うから」
そして、墓石を撫でて立ち上がる。
風に揺れる髪紐を見ながら、また来るよと言ってその場を後にした。
「……いちる、王家の墓にも行かないか?」
「そうですね、行きましょうか」
そして、丁度対角にある王家の墓地へと行き、今度は二人で大公殿下と大公妃殿下の墓石の前に立った。
大公妃殿下の墓石の前に置いた、赤い鱗がキラキラと光っていて。
「……これは?」
「実は、チオちゃんがくれたんですよ、竜の鱗」
「え?」
「お守りだって言って。綺麗ですよね、やっぱり」
そう言いながら鱗を撫で、二人に話し掛ける。
「あの時は心配をかけてすみませんでした。この通り、ぶっ飛ばして仲直りして来ましたよ」
「……まさか、二人にも報告したのかな?」
「当然です。それで、ぶっ飛ばして来いって背中を押されたんです」
「ああ……、そうなんだ……」
そう言ったヴィーにクスクスと笑いつつ、二人に挨拶をし。
「ただいま戻りました」
そう話し掛けたヴィーに遠慮し、少し離れた所で待つ事にする。
王家の墓地を歩きながら、本当に色んな事があったなあと思い出しつつ、静かで穏やかな時間を楽しんだ。
「いちる」
「あれ、スミマセン、気が付かず。もういいんですか?」
「ああ」
そして、二人で墓地を出て王城へ赴き、国王陛下に「お騒がせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」と謝り倒した。
まあそこはさすがヴィーのお兄ちゃんで、クスクスと笑いながら許してくれて、ほっと胸を撫で下ろしたのであった。
「ベル様、お久し振りです」
「本当に!貴方の姿が無くて凄く心配したのよ?」
「スミマセンでした。何分にも物凄く怒り狂っていたので」
「ええ、解るわ?でも、無理しちゃ駄目よ?」
「はい、ありがとうございます」
どうやら事情は全てご存知らしく、可愛く怒って見せるベル様に思わずニヤ付きながら、リュシが混じって食事となった。
「もうリヴィの奥方にはお会いになられましたか?」
「まだです。この後会いに行こうと思っておりました」
「そうですか。リヴィも楽しみな事でしょう」
「ありがとうございます」
そして、夫婦喧嘩の飛び火で戦争を終わらせたことを改めて言われて笑われつつ、久し振りの王城で食事を堪能させて貰い。
「リヴィ、今日はもう帰っていいよ」
「いえ、ですが」
「大丈夫だよ。奥方には先に知らせてあるし、アンリを呼んであるから」
リュシのその言葉にリヴィは戸惑いながらも「ありがとうございます」と頭を下げ、私達と一緒に城を出て屋敷に戻った。
出迎えてくれた奥方はあの時噂になっていた子で、ガズイール伯爵家の娘さんだった。
「初めまして、イールとお呼び下さい」
そう言って可愛く笑ったお嬢さんは、既にお腹が大きくなっていたと言う。
「いちるです、よろしくね?」
「エルトだ」
そして、夕食をたっぷりと用意してくれたらしく、それを遠慮なく頂きながらいつ頃産まれる予定なのかと問えば、後一月ぐらいだと言う。
今意地悪されていないか、困った事になっていないかと質問すれば、どうやらティーラとリノががっちりと守っているらしく、随分楽なのだと笑っていた。
「それに、あの時庇って下さったでしょう?」
「手紙の事かな?」
「はい。あのお蔭で本当に過ごしやすくなったのです。あの時のお礼がやっと言えます、本当にありがとうございました」
「いやいや、そんな事は気にしなくていいよ」
そんな話しをして食事を終わらせ、私達の事は気にせずいつも通りに過ごして欲しいと伝えた。お腹の子の為にそうしてくれと言えば、実は早寝早起きを心掛けているのだと言う。とっても良い事だと思うから、本当に気にせず遠慮なくそうして欲しいと言うと、申し訳ないと言いながらも先に部屋に戻って行った。
リヴィが戻って来て、久し振りに一緒に酒を飲む。
「良いのか、放っておいて?」
「止めてくれ。あっちでも追い払われ、ここでも追い払われたら居場所が無い」
そう言って顔を顰めるリヴィに思わず笑う。
「そうか。なら一緒に飲もう」
「ええ」
そして、三人で酒を飲みながら色んな話しをした。
リヴィが結婚したのはリクト隊長達が国を出てから一年経ってからだそうで、それまで近衛隊を鍛え上げる事に集中してたらしい。
婚約だけはして貰ったそうだけど、色んなうわさが飛び交っていたリヴィに、向こうの親は難色を示していたようだ。だけど、何度も通って何とか許しを貰って結婚できたそうで、大変だったと苦い顔で報告してくれた。
「まあ、すんなり行く方があれかもなあ」
「確かに、あれだけ噂を撒かれると参るよね」
「ヴィーも凄かったですからねえ」
「……母さんは、何で父さんを選んだんだ?」
「お?何かすげえ事聞くね?」
「だって、俺より噂が凄かったって、国王陛下が教えてくれたし、ガル公爵もそう言ってたぜ?」
「兄上……」
そう言って顔を顰めたヴィーを宥め、笑いながら話しをする。
「裸の女が部屋の周りをうろついてたとか、何人かが寝室から出て来たとか、まあ、ありきたりっちゃありきたりな話かな?」
「ああ、俺も言われた」
「うん。同時にほら、黒騎士の慰み者だって言われてたから」
「ああ、あれか。それなら家も白騎士の慰み者だって言われてたよ」
「飽きねえなあ?」
「まったくだ。何だ、同じ事か」
「だな。やっぱ莫迦なんだな」
「そう思うわ。くだらねえ」
はっ、と鼻で笑った後、今度は旅の話しになり。
色んな国の話しをして、勿論竜の話しもしたし、砂の川やそこにいるフォーガの話、帝国の話しや途中で出会った人たちの話もした。
やっぱり一番興味を引かれたのは竜の話しらしく、目を輝かせながら聞いていた。
「え、じゃあおばあさまの墓に鱗を?」
「そう。墓参りに行くついでに見てくればいいよ」
「そうする。実は、偶に行くんだあそこ」
「そっか」
楽しく話をしていたら随分と時間が経っていたようで、もう遅いから寝ようって事になってリヴィを見送る。
「……アイツ、ちゃんとやってんですねえ」
「そうだね。一番手を焼かされたけどね」
「まったくです。やっぱりその辺は化身って事なんですかねえ?」
「どうだろうねえ?まあ、本人が一番気にしていないけどねえ」
「ですね。まあ、リヴィらしいっちゃらしいですけど」
「そうだね」
何となく、本能で理解してる気はするけどさ。
ホント、リヴィもチート野郎だよなあと思いながら眠りに付いた。
早朝から訓練をするらしいリヴィを見送り、イールさんにお礼を言って屋敷を出た。
もっと滞在するよう勧められたけど、惜しまれる内に帰りますと言ってリドルに跨った。
そして、まだ朝早いってのに元気な王都の人達から声を掛けられ、「仲直りしたのか?」と聞かれつつ、また色んな物を持たされる。
「いや、この間貰ったばっかりだからいいって」
「何だよ、いちるのくせに遠慮すんなよ」
何て言われ、結局色々と貰ってしまう。
これ以上貰ってしまわない内に王都を出ようとヴィーに言って、少しリドルを急がせて王都を出た。
「……そんなに笑わなくても」
「いや、相変わらずいちるは大人気だなと」
「まあ、今でも心配してくれるんですよね」
「そうだね。ありがたいね」
「……はい。そう思います」
そして、のんびりとリドルを歩かせながらヴィーと笑い合う。
「今度王都に行ったら、たくさん買い物しなきゃなあ」
「そうだね。大変だね、いちる」
「ヴィーも付き合うんですよ?」
「一緒に行っていいの?」
「当たり前じゃないですか。いつも一緒です」
「そうだね、いつも一緒だ」
そうして笑い合いながら、リュクレースを歩いて行く。
「ヴィー、愛してますよ」
「俺も愛してるよ、いちる」
アクジェビエルラルの光りを浴びながら笑い合い、オリヴィエを見上げながら眠りに付く。そんな毎日をこれからも一緒に過ごして行くのだ。
「「変わらぬ愛を捧げます」」
キスをして、おでこをくっ付け合って見つめあって笑う。
それが一番の幸せなのだと、空を抱き締め、抱き締められてそう思う。
リドルに跨ったまま手を繋ぎ、ゆっくりと歩いて行く。
私達の、未来への道はまだまだ続いている。
最終章 終




