第七話 自室にて
翌日、まだ陽が明けないうちから出発して前線を目指した。
調整通りなら、日の出共に前線に辿り着くはず。そう思いながら駆けるリドルを操り、そして日の出を迎えたのと同時に前線に張った陣を視認する。
「よっしゃ、計算通り!」
一番奥にあるあのデカいテントは、王太子のリュシのテントだろう。
そう思いながら空へと舞い上がれば、どうやら今日が開戦だったようで、黒騎士共が殺気を放ちながらリドルに跨ってもっと南方へと移動して行く所だった。
その先陣にいるヴィーの背中に向かって、空から駆け降りて行く。
アクリュットとコルスライルの前線まで後僅かって所で、私はヴィーに追い付いた。
「いちるっ!?」
「覚悟しろやっ!」
そう言いながら遠慮なく双剣で斬りかかって行き、このままではリドルが危険だと、二人で飛び降りて地を駆けた。
「いちる、今は」
「黙れ、『業火』」
ゴオオオッと音を立てて燃える中、悲鳴と怒号が響きながらもその中からゆっくりと姿を現す。くそっ、やっぱ通じねえかと思いながら、『雷槌』を落とし、轟音と稲光、そして地響きを立てる。
「いちる、落ち着いて」
「うるせえな、おっぱいに腕挟まれてたくせにっ!」
「それは」
『氷柱』
避けるヴィーを追うように、あちこちへ氷柱を落としまくり、悔しくなりながら氷の礫や雷蛇を放ち、炎の壁を作り上げて足を止めさせ爆風を叩き込む。
炎を撒き上げながら風が通り抜けたけど、やっぱり無傷で立っていやがるって言うね。
「くそっ」
「いちる、聞いてくれ。あれは本当に偶然で」
「偶然でおっぱいに腕が挟まれるかっつうんだよっ!」
そう言いながら双剣で斬りかかって行く。
逃げるヴィーを追いながら「逃げんなこの野郎!」と叫びながら地面にボコボコと穴を開けまくり、逃げ道を塞いで行った。
途中に邪魔をする奴がたくさんいて、邪魔だこの野郎!と言いながら蹴り飛ばし、殴り付けながら追い続け。
「邪魔だっつってんだよっ!」
そう言って爆風を起こして人を吹き飛ばし、やっと私とヴィーの間に誰もいなくなって、遠慮なく対峙した。
「剣を抜け」
「嫌だ」
「ああそう」
そして地を蹴り、双剣で斬りかかって行く。
あん時、リクト隊長に言われたように、全身を使って攻撃して行った。
「いちる、本当にごめん。俺が悪かった」
「やっぱデカい方が良いって認めてんじゃねえかっ」
「違うっ、あの場に女性がいた事をあやま」
「うるせえ黙れっ、鼻の下伸ばしやがってっ」
「伸びてないっ!」
「伸びてたっ!」
そして、一度離れて睨み合う。
「いちる、いい加減にしろっ!今がどれだけ大事な時か」
「逆切れかよっ!ふざけんなっ!」
「いちるっ!」
どかんっ!と音を立てて、近くに雷を落とされた。
「…………テメエ、やりやがったな?」
「だから今はそんな」
『炎雷』
今まで見せた事の無い程の規模で、炎と雷を同時に引き起こし、そして爆発させた。
「っの、いい加減にしろっ!」
そして、ヴィーが大規模に豪雨を降らせ、びっしょりにされたので私も大きな雷蛇を発生させ、それを避けて行くヴィーを追わせる。
『地割れ』
ぱかっと開いた地面から浮き上がれば、そこを狙っていたかのように爆風を叩き込まれた。飛んでった先にあったテントの上に降り立ち、炎の壁を作り出してそれをそのまま走らせた。
その炎の壁を追わせるように、辺り一帯を凍り付かせて行けば、辺りから音が消えた。
「……いちる、話しを聞いてくれ。頼む」
「言い訳無用ですよ」
「言い訳じゃない、何故ああなったかの経緯を説明させて欲しいだけだ」
「賭けだって言ったじゃないですか。大丈夫ですよ、ヴィーの始末を付けたらリンデリアに向かいますから」
「いちる、頼むから話を聞いてくれ」
ふと、気温が下がった事に気付き、周囲を見回してみれば全てが凍り付く中、どうやらアクリュットとコルスライルの兵達まで凍り付いていたようで、私を怯えながら見上げている。そして、別方向へと視線を向ければそこに、殺気を放ちまくる黒騎士共が私を睨んでいた。
「あれ?」
「捕縛!」
そしていつの間に後ろに回り込んでいたのか、オーラン先輩とリクト隊長にガッチリ掴まれた私は、そのままリュクレース陣営に連行され。
「テメエはなんて事しやがるんだコラ」
「全く、思わず笑っちゃったよね」
そう言いながら散々どつかれた。
うん、そう言えば丁度ナイスタイミングで開戦だった気がする。
「……邪魔しましたかね?」
「つうか、二人で壊滅させただろうが、今!」
「ああそうなんだ。なんだ、大した事ねえな」
「お前が言うな、お前がっ!」
バシバシと遠慮なく叩かれ、リクト隊長には散々笑われた。
「……母さん」
「お、リヴィ。久し振り!」
「そうじゃねえだろ、何か言う事あんだろ」
「……ただいま?」
「ああ、お帰り。けどそれも違うよな?」
「ん?あー、いいかリヴィ。いくら大きなおっぱいでも腕を挟んじゃ駄目だ」
「違うだろっ!」
黒騎士共が後始末をしてくれている間、私はリクト隊長に頭を抑え付けられ、真正面からオーラン先輩に見張られながら待ち続け。
「ったく。もうホント俺が可哀想」
「え、何自分に浸ってんのお前?」
「俺は同情する」
「俺もだよ」
オーラン先輩の言葉にリクト隊長まで同意を示し。
なんだと?と思っていたら、太子のリュシと一緒にヴィーが入って来た。
ムッとしながらヴィーを睨めば、溜息を吐かれる。
「……ふっ、ふふっ」
そんな私達を見てリュシが笑い出し、一頻り笑った後お久し振りですと声を掛けられ、久し振りだと返し。
「まさか、夫婦喧嘩の飛び火で勝ってしまうと思わなくて」
「アイツら大した事ねえくせに仕掛けて来るとか、ホント莫迦だよなあ」
「お前がな」
オーラン先輩の突っ込みに、再びリュシが笑い。
「以前、夫婦喧嘩でコルディック城を破壊した事があると聞いてはおりましたが。今度は夫婦喧嘩で戦争を収めてしまいましたね」
「まあ、グッドタイミングだった気はしてる」
「そうですね。お蔭でリュクレースにはまったく被害がありませんでした」
リュシのその言葉にヴィーに視線を移す。
じいいいっと見ていると、軽く溜息を吐き出してから口を開いた。
「どうせなら、その方が早いと思ってね」
「やっぱりか!丁度良いと思って利用したんだな?」
「リュクレースに被害が及ばないように配慮しただけだよ」
その言葉に、確かにと頷きそうになって慌ててじろりと睨み付けた。
「さて。あっと言う間に片付いたと父上に報告しておきます」
「ああ。悪かったね、リュシ」
「いえ、随分と面白く、貴重な物を見せて頂きました」
落ち着いたら王都に遊びに来て下さいと言って笑った後、リヴィと一緒にテントを出て行く。それを見送り、ヴィーと睨み合った。
「いちる。あの時の事を良く思い出して欲しい」
「何度も思い出してますよ、ヴィーの腕がおっぱいに挟まれていたその事実を!」
「……あれは、いきなり開いたドアに驚いてしがみ付かれたんだよ、いちる」
「隣に侍らせてたって事を認めましたねっ!」
「…………侍らせていた訳じゃないけど、確かに隣に座っていた」
ピクッと片眉が反応し、思いっきり蔑みの眼差しで見てしまう。
「あれはゲームの関係で」
「隣に座ってりゃ、上からの眺めはさぞ良かったでしょうよ」
そう言うと、ぐっと詰まったヴィーにやっぱ見てたんじゃねえかとムカついた。
「ったく、一人で楽しみやがって」
「だから、別に楽しんでいた訳じゃなくて」
「もうね、おっぱいに腕を挟まれてたって言うその事実だけでお腹いっぱいですよ」
「……いちる」
「しかもさっき逆切れされたし」
「あれは、これから開戦と言う大事な時だったから」
「結局私を利用して壊滅させて何言ってんだか」
「それは結果論だ。何であのタイミングで来たんだ」
「スミマセンねえ、出て来ちゃって。おっぱいの小さな女は隠れてる事にしますよ」
「そうじゃない、そんな事言ってないだろう?」
「はっ、私も股間のデカい男と一晩過ごす事にしますから」
「……何でそうなるかな」
そして、互いに睨み合いをしていたら、スパーンと後頭部を叩かれ。
「いい加減にしろよ、いちる」
「何で私ですかっ!おっぱいに腕を挟まれてたのはあっちですよっ!?」
「だからエルヴィエント様はそれを謝ってるだろ。それを何時までも何文句言ってんだ」
「悔しいからですよっ!どんだけ頑張ってもでっかくならなかった自分の胸が可哀想だからですっ!」
「仕方がねえだろう?諦めろよ!」
「とっくに諦めてますよっ!見れば判る程に無い胸を承知で結婚したんだから、夫も諦めるべきでしょう?」
「だからエルヴィエント様は謝ってんだろって」
「あ?」
「だから、お前が胸が無い事を気にしてるのを知ってるからこそ謝ってんだろって」
「………………それはそれでムカつく」
バシッと心置きなく思い切り叩かれた私は、どうやら物凄く疲れ切っていたようで。
「……いちる?」
糞莫迦夫めと思いながら意識を失い。
後で聞いた事によると、リクト隊長に縄でヴィーに括り付けられたらしく、夫婦喧嘩も程々にと言われて送り出されたらしい。
ヴィーが溜息を吐きながらそれを教えてくれた時、ちくしょう、後で覚えてろと恥ずかしさに身悶えしたのであった。
「いちる。本当にごめん」
「……ヴィー、条件があります」
頭を下げるヴィーにそう言うと、条件?と言いながら頭を上げる。
「誰が頭上げて良いって言った?」
「ごめんっ」
再び下げられた頭を見下ろしながら、条件を伝えた。
「いや、いちる、それは」
「誰が頭上げて良いって言った?」
ちっ、躾け直すかとその頭を見下ろしながら心に決めた。




