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第七話 黒騎士

「かー、疲れた疲れた」

「久々の割りに、着いて来られる辺りが腹立つよなあ」

「ふっ、私の実力を思い知るがいいっ!」

「おばあちゃん、格好良かったっ!」


 午前の訓練を終えた私は、イルクとグルードと三人で食堂へと向かった。

 キラキラの笑顔で私を見上げながらそう言うグルードの頭を撫でつつ、食堂に入ればそこに、笑顔で黒騎士共に囲まれているリノがいた。


「ママ?」

「あ、グルード。お疲れ様、頑張ったわね?」


 繋いでいた手を放してリノの元へと駆けて行くグルードの背中を見送り、イルクと私でリノとグルードの分も一緒に食事を貰う。同じテーブルに腰を降ろせば、グルードが張り切って訓練の事をリノに伝えている最中だった。


「でね、おばあちゃんがね、イルクさんに向かって風の魔法と雷の魔法を放ってね」

「あらあら、おばあちゃんは相変わらずねえ」

「凄かったんだよっ!?ビカーッて光って、ゴオオオッて風が吹いて」


 食事の盆を前に置けば、リノがグルードの話しを上手く遮り、まずは食事をと食べ始めた。そういやリノは、小さな頃から黒騎士と一緒にいたからか、訓練後の黒騎士の傍にいても臭いって言わないな?

 

「……相変わらず、量があるわね」

「残してもいいぞ?」


 リノの言葉にそう答えれば、リノがクスクスと笑った。


「お母様は相変わらずですね」

「魔法を使うと腹が減るからなあ。こればっかりはしょうがない」

「ま、お前は特殊だからな」

「だな」


 後から魔力線とやらが出来たせいなのか、この副作用は私だけみたいだもんなあ。

 んでも、黒騎士共もこれに近いくらいは食べるんだけどさ。


「イルクさんは、お母様の魔法を受けても怪我をしないのですね」

「はい。避けられますから」

「……黒騎士は、それが当たり前なのですね」

「ん?どうした、今更?」


 少し顔を曇らせたリノにそう問いながら、皿の上にドーンと置いてあった厚切りの硬い肉の最後の一切れを頬張った。


「いえ……、ただ、私も昔、噂に振り回された事があったなと思い出しました」

「ん?どの噂だ?」

「あれだろ、お前がクサスの街をぶっ潰して君臨してたとか」

「あー、あん時はそういや大魔王が蘇ったとか言われたっけ」

「あれ?大魔王って言われたのはオーサじゃなかったか?」

「オーサじゃ悪の権化って言われたんだよ」

「そうだったか?じゃあラスゴは?」

「ラスゴん時は、悪の大王だった」

「……英雄の他にも二つ名あるもんなあ」

「まあねっ!イルクも見習うと良いよ!」


 一般人からしたら確かに英雄だったけど、襲撃された貴族からしたらこうなるよね、確かにさ。


「お、お母様?あの、私、そんな話は初めて聞いたのですが?」

「そう?ま、気にすんな」

「凄い、凄いっ!」

「だろう?グルードも頑張れよ?」

「うんっ!」


 純真なグルードはキラキラした目で私を見て来るから、何かこう、罪悪感が湧きでて来るよねえ。何となく視線を逸らした私の前に、リノの食べ残しがやって来た。


「……良かったら、食べて下さい」

「おお、待ってた待ってた!つうか、リノはもうお腹いっぱいなのか?」

「ええ、もうたくさんです」

「なら遠慮なく!」


 魔力切れ起こすくらい魔法をぶっ放したもんで、まだ腹四分目だ。そうしてガツガツと遠慮なく頂けば、やっと腹六分目くらいには落ち着いたかな。

 ま、リノが言ってる噂ってのがどんな噂なのかはわかってるつもりだけど、イルクがはぐらかしてくれたからそれに乗った。まあ、ヴィーの美貌と肩書きが美味し過ぎたからね。そりゃあ涎が出て当たり前だから、私を貶めてヴィーの隣に付くのは簡単に見えただろうし?

 だけどそう言う奴らってのは、私が黒騎士って事を忘れてるのと、ヴィーがただの優男にしか見えてなかったのが莫迦なんだよなあ。莫迦だから悪い実績溜めて行って、捕縛する時には余罪がざっくざくで笑いが止まらなかったわ。


「グルード、眠くなったか」


 スプーンを口に運びながら頑張ってたけど、結局コクリコクリと眠り始めたグルードを抱き上げる。


「僕……、もっと……」


 懸命に瞼を開けてそう言ったグルードは、私の顔を確認するとガクッと力を抜いて眠りに付いた。まあ、まだ五歳だから仕方が無い。


「リノ、グルードを寝かせてやろう」

「はい。お願いします」

「うん。イルク、悪いけど片付け頼む」

「おう」


 五歳のグルードの身体が大きいせいか、リノはグルードを抱っこする事が出来ない。まあ、華奢なリノには確かに無理だって事くらいはわかっているから、私が抱きかかえて歩き始めた。

 ざわついていた食堂内が、グルードに気を使ってか静かになったのを苦笑しつつ、リノが皆に頭を下げて礼を言うのを眺め。


「部屋でいいだろう?」

「はい」


 頷いて返して来たリノと二人歩きながら、安心したように眠りこけているグルードを見下ろしては何となく笑ってしまう。幼子の寝顔と言うのはどうしてこんなに可愛いのだろう。リヴィの時も、リノの時も、ティーラの時も、ただ眠っているだけだと言うのに何時間も飽きずに眺めていた事を思い出す。


「お母様、私……」


 ベッドにグルードを寝かせ、ふわふわした淡い茶色の髪を撫でて部屋を出ると、リノがしんみりとした顔でそう言って来る。なるほど、まだ気にしているのかと思うと笑ってしまう。


「リノ」

「……はい」

「あのな、そんなに気にするな。黒騎士の慰み者だって話しなら、今でも言われてるから」

「は……、え!?」

「言う奴は何時でも何処でも言うのさ。飽きもせずに誰かを貶める為だけに全力を注ぐ」

「……で、でも」

「ま、私は目立つからな。一番言いやすいんだろうなあ。それに、そんだけ黒騎士が仕事してるって事だ」


 そう言ってにかっと笑うと、リノが困ったように笑って返して来た。


「言いたい奴には言わせとけ。他人にどう思われようが、一番信用して欲しい人に信用されてるならそれでいいって、そう思えるようになったからな」

「……お父様、ですか?」

「うん。ヴィーに疑われたら……、そうだなあ、どうなるかな?」

「お母様……」

「たぶん……、この国滅ぼすかな?」


 そう言ったら、ポカンとした顔をしたリノがクスクスと笑い出し、声を上げて笑い始めた。その笑顔に、大公妃殿下を思い出して目を細める。


「ま、そう言う事だ。リノもさ、年頃に母親がそんな事言われる女だなんて辛かっただろ。悪かったな」

「……いいえ。私こそ、ずっと見て来たのに噂に振り回されて……」

「リノ」


 久し振りにリノを抱き締めると、リノが抱き着いて泣き出した。

 大公妃殿下に似ているその顔で泣かれると、微妙な気持ちになってしまう。


「リノは昔から、私の自慢の娘だ。今も、これからも」


 ヴィーと同じ滑らかな手触りの金糸の絹糸みたいな髪を撫でながらそう言うと、泣きながらも頷いて返して来た。

 そうしてリノが落ち着くまで宥めていると、やがて顔を上げたリノがふわりと笑った。


「……お母様は、ずっと私の自慢の母です。今も、これからも」


 私より十センチは背が高いリノがそう言って、思い切り抱き着いて締め上げられる。

 ぐっと息を詰まらせつつも、何とか体裁を保ちながらリノの背中を撫でた。


「なあ、リノ」

「……はい」

「愛してるよ」


 そう言うと、さらに締め上げられ「ぐふっ」と変な声が漏れた。

 気付いたリノが慌てて腕を解いてくれて謝って来る。


「ご、ごめんなさいごめんなさい」

「大丈夫大丈夫」


 笑い合いながらそんなやり取りを交わし。


「お母様、私……、私、お父様とお母様のような夫婦になりたいです」

「……なれるさ」


 ガレム君も、リノも、ちゃんとお互いを見ているし、良く似合っていると思う。

 背伸びしてリノの頭を撫でてやれば、それを見たリノがぷっと吹き出して笑った。


「笑うなよ。どうせ私は小さいさ」

「ふふ、そうですね、私、いつの間にかお母様を追い越していましたね」

「まあねえ。っつうか、こっちの人はそれが当たり前だからさ、伸びてくれて良かったよ」


 ま、この背の違いからも良く莫迦にされたりもしたもんだ。だから、子供達がちゃんと成長してくれるように願ってた。


「……お母様を、見た目で判断する方はそれなりの方ばかりでしたね」

「そうねえ、確かにそうだねえ。まあ、良い判断材料になるからこれはこれで美味しい」

「それは、黒騎士としての言い分ですね」


 そう言ったリノに、にかっと笑って見せればリノは苦笑で返して来た。


「お母様は、黒騎士の修練服が一番似合っています」

「だろう?自分でもそう思うんだ」


 そうして笑い合った後、訓練に戻ろうとした私をリノが引き止めた。


「うん?どうした?」

「あの……、ヒュウの事、なんですけど」

「ヒュウ?ああ、今日は警邏で外に出てるよ?」


 今日は朝から街中に出ているはずだと思いながらそう答えると、リノは軽く溜息を吐いた後そうじゃないと言って来る。


「あの、お母様。お母様はヒュウの事をどう思っていらっしゃるんですか?」

「え?弟だけど?」

「…………で、ですけど、本当の弟ではありませんよね?」

「そうだね?」


 まあ、好きだった男が今でも自分の母親に恋心を抱いてるとか知るのは、何だかやりきれないのかもしれないけど。


「あの、ヒュウの気持ちをお母様はどう思っていらっしゃるんですか?」

「んー、正直どう思ってようがそれはヒュウの自由だろ。私がどうこう言う事じゃないし、まして告白された訳じゃないからさ」

「え?告白していないんですか!?」

「うん、されてない。だから、私がヒュウの気持ちを知ってようが何だろうが、私が口を出すのは違うと思ってる」


 驚いたリノは口を開けたまま、戸惑うように私を見つめて来る。


「好かれてるのは嬉しいけど、それだけだ。アイツはこんな小っちゃい頃から私の弟だし、これからも弟のままだ」


 棒切れ振り回して絡んで来た時から、私はヒュウを気に入っている。

 

「ヒュウは……」

「リノ。大丈夫、ヒュウだってちゃんと分かってるんだよ。ただ、上手く動けなくなっただけだと思う」

「……動けなく?」

「そう。何て言うの?こう、変わり種を見過ぎて他の魅力的な女性が見えてないっつうか」

「か、変わり種って」

「ははは、だってそうだろう?あの野郎、リノが目に入らないなんてなあ」


 あん時は凄く複雑な気分だったぜ。

 泣き腫らしたリノの顔を見た時はヒュウをぶっ飛ばそうと思ったけど、ちゃんと真剣に悩んでたヒュウを見てもいたからそれも出来なくてさ。

 そういやあの時はヴィーも荒れてたから、二人してラント団長相手に大暴れしたんだった。ははは、団長っていつも損な役回りだな。


「お母様……」

「まあ、だけどさ、リノはガレム君に会えて良かったんじゃないか?」

「……はい、それはもう」


 そう言って幸せそうに笑ったリノに、私も笑う。


「ガレム君、良い男だと思うぜ?」

「はい。物凄く」


 おっと、余計なこと言っちゃったぜと笑いながら、もう一度リノを抱き締めた。

 今度は軽く抱き返してくるリノに笑う。


「じゃ、訓練行って来る」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 さっきから私に抱き付いて来るけど、良く汗臭いって言わないなあと思いながら、笑顔で手を上げて部屋から出た。

 たぶん、リノはもう大丈夫だろう。

 ずっと(わだか)まっていた物を出せただろうから。


 廊下で軽くジャンプをした後、訓練場まで天井を駆け抜けた。


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