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第九話 未来に続く道

「おはよう、良い朝だね!アグジーが仕事をしている証拠だね!」


 何故か添い寝をしているフラグニルをジロリと睨み、そして長い溜息を吐きだした。

 朝っぱらから鬱陶しいフラグニルを無視しながら身支度を整え、食堂へと赴けば皆に注目されつつも、いつものように朝食を済ませて皿洗いと食堂の掃除に入り。


「……魔法でやればいいのに」


 ぼそりと呟いたフラグニルに、余計な手出しするんじゃねえぞと釘を差し。

 そして、いつものように掃除をし、運動をする私達を楽しそうに眺めながら参加するフラグニルを、全員が遠巻きにすると言うね。

 

「えー、仕方が無いので紹介するけど」

「フラグニルだよ!」

「……私の古い知り合いだ」

「よろしく」


 昼食の最中に皆にフラグニルを紹介すれば、何となく受け入れる感じに胸を撫で下ろす。オーラン先輩は警戒してるけど、まあフラグニルだから警戒しても意味ないって言うか。


「なあ、本当にフラグニルなのか?」

「そうです」

「似てる何かじゃなくてか?」

「オーラン先輩、凄く気持ちは解りますけど。コイツは間違いなくフラグニルです」

「分裂して見せようか?」

「すんなよっ!大人しくしてろよっ!」

「ははは、残念。既に分裂済みだよ」

「…………はっ!?」


 爽やかな笑い顔でそう言ったフラグニルに、どういう事だと問い詰めれば帝都に分身を置いて来たと言う。


「何でそんな事に……」

「ほら、魂狩りのスヴァリィヤの使いをどうするかって揉めてたから」

「ああ……」

「面倒だから分身置いて来たんだ。見張りしなきゃいけないしさ」

「じゃあ見張ってろよ、こっち来んなよ」

「いいじゃないか、久し振りにいちるに逢いたかったのも本当なんだよ」

「ああそう。ずっと放置してたくせに」

「やっぱり寂しがってくれたんだね、いちるっ!」

「あん時殴れなかったからな」


 抱き着こうとしたフラグニルの顎に拳を叩き付け、盛大に床にひっくり返ったフラグニルを無視して朝食を掻き込み。


「さて、仕事するぞー」


 倒れたまま笑っているフラグニルをそのままに、皿洗いと食堂掃除に入った。

 途中、邪魔だと言われて箒で履き出されたフラグニルに笑わせて貰いつつ、午前の仕事を熟し、昼食を摂って午後の仕事となる。


「いいね、こんな平和な毎日もさあ」

「そう思う」

「いちると一緒に駆け回ったのも面白かったけどね」

「そうだね」

「またやろうか?」

「やらねえよ」

「なんだ、残念」


 そう言って笑いながら糞の始末をしているフラグニルを眺めてしまう。

 コイツも付き合い良い奴なんだよなあ。


「で?いつまでいるの?」

「んー、あっちが片付かないとねえ」

「ああ、仲間のか」

「早く決めて貰いたいんだけどねえ」

「そうするよう伝えてくれよ」

「え、何追い払おうとしてるの!?冷たいよね、いちるはさっ!」


 そんなやり取りをしながらも、仕事はきっちりこなすフラグニルに感心しつつ。

 そして、フラグニルが来てから六日目。

 やっと処分が決定したらしい。


「神使を処刑する事って出来るのか?」

「人の目にそう映るようにするだけだよ」

「……そっちでちゃんと処分してくれんだろうな?」

「そうだね。今回はアグジーが怒ってるからね」

「なら任せた。神の領域は神様達のもんだからな」

「いいんだ、それで」

「なんだよ、殴り込み掛けてもいいのか?」

「それも面白そうだよね?」

「お前……」


 本当に相変わらずだなあと思いながらも、毎日やる事は変わらないとばかりに仕事をしていると、コーシュカさんがやって来て。


「第二皇子殿下と魔術師は乱の責任を取って処刑、第七皇子殿下は東の森で命を落としたと発表がありました」


 そう言われて目を見開いた。

 隣に座っている殿下を見て、生きてるよな?と思わずペタペタと触ってしまう。


「ん?」

「第八皇子殿下は、第七皇子殿下を帝都に呼んでおります」

「……処刑する為にか?」

「いいえ。第七皇子殿下は公には処刑されたのです、いちる様」

「ああ……、そう言う事か」


 なるほど、シオは殿下の助けを必要としてくれたか。


「……しかし」

「殿下。いや、殿下じゃねえな、エーリオさん、でいいか。エーリオさんは、これからも贖罪の日々を送れって事だよ」


 そう言って軽く背中を叩けば、困惑しながら悩んでいた殿下も、やがてこくりと頷いた。


「そうだな。確かに、殺される事も覚悟したのだ。精一杯贖おうではないか」

「うん。帝国を良い国にする為に働き続けろって事だな」

「……ああ、必ず」


 そして、城の皆に詳しく言う事はせず、コーシュカさんと一緒にリグラリア城を出て行く殿下とジーリオさんを見送った。

 城から続く砂利道を降りて行く殿下が、振り返って笑う。


「いちる。世話になった」

「……恩に着ろよ!」


怒鳴り返し、そして三人の姿が見えなくなるまで手を振った。

 

「で?お前はいつ出て行くんだよ?」

「えー?気が済むまで?」


 何が気に入ってんだか、居座り続けるフラグニルにうんざりしながら相変わらずな日々を過ごし、もう殿下がいないと解った面々に、自分がやりたい事をやるよう伝えた。

 牧場や農場に人が増え、掃除人が増え、リグラリア城が綺麗に整えられて行くのを見ながら、私とオーラン先輩は訓練の日々に戻った。

 フラグニルを相手に剣の稽古や組手の稽古をするのは、すごく勉強になる。


「くそっ」

「さすが、フラグニル」

「俺が人に負けたら格好悪いよねえ」


 へらへらと笑うフラグニルを睨み付けつつ、オーラン先輩と二人、毎日稽古を続け。

 殿下が城を出た日から一月半。

 やっとヴィーが戻って来た。


「お帰りなさいっ!」


 そう言ってしがみ付いた私の後ろから、同じように「お帰りなさいっ」と言いながらフラグニルが抱き着こうとしてヴィーに殴り飛ばされるのを眺め。


「おー……、さすがヴィー。神使に向かって容赦のない仕打ち」

「うん。いちるが『あれ』と言っていたのが良く理解出来たよ」

「でしょう?」

「酷いよねえ、アグジーの化身の癖にさあ」

「黙れ。いちるに触るなっ!」

「残念、もうおっぱい揉んだもんね」


 『どおんっ!』と空と地を揺るがす音と共に、鋭い稲光が辺りを支配し。

 目と耳を咄嗟に塞いだ私は、黒焦げで地面に転がるフラグニルを見て合掌した。


「油断したんだ、いちる」

「え、こっちにも来んのかよっ!」


 ぎゃあああっと叫びながら逃げまくり、余計な事を言ったフラグニルに地獄に落ちろこの野郎と怒鳴りつつ、起き上がって楽しそうに笑うフラグニルと一緒に逃げ続けた。


 くたくたに疲れたその日の夕食時、不機嫌なヴィーの隣に腰を降ろせば、その隣に当然のように座ろうとしたフラグニルが蹴られていて。帝都でフラグニルが何かやらかしたんだなって事だけは理解した。


「なんでまだここにいる?」

「いたいからに決まってるじゃん!」

「帰れっ!二度と出て来るなっ!」

「酷いわあ。アグジーの化身の助けになれって言われたのにい」

「いらんっ」

「じゃあヴィエの娘の助けでいいよ」

「ずっと放ったらかしだったくせに」

「えー、そんなに邪魔者扱いされたらずっといたくなるじゃーん」

「いらねえ、心底いらねえっ!」


 リュクレース組全員が、なんでこれがと思った時の事であった。


「じゃあ、俺の傍にいてよ、フラグニル」


 そう言って微笑んだリクト隊長に全員の視線が集まり。


「ああ、そっか、そうですよね」

「だな、リクトなら適任だ」

「腹黒は嫌いなんだよねえ」

「……同類だから?」


 そう言いながらも、何故かリクト隊長に懐いたフラグニルは、更に性格を歪ませリュクレース組を翻弄し続けたのであった。


「……そろそろ、チオちゃん達が戻るそうです」

「そっか。ジェイド、決まった?」


 フラグニルを含むリュクレース組が集まって、急速に整って行く帝国に良かった良かったと胸を撫で下ろしていたのだけれど。

 西方はやっぱりリーラルーラの意思が強く、ジェイド隊長が表に立って色々と采配を振るっていたので、今後どうするかの意思確認をする事になった。


「俺は……」


 ジェイド隊長は、その後暫し考え込み、そうして口を開く。


「ここに残ろうと思います」

「……解った」


 何となく、そうするんだろうなあと思っていたから、応援しようって思ってた。

 思ってたけどやっぱり、寂しい。


「フラグニル、ジェイドに祝福を」

「いいよ」


 その日の夜、食堂でジェイド隊長と一緒に酒を飲み、ヴィーが今までの労をねぎらい、リクト隊長とギルニット隊長は無言で握手をして肩を叩き、オーラン先輩は苦い顔をしながらもジェイド隊長の未来を応援した。


「ジェイド隊長」

「ん?」

「あの、今まで……、お世話になりましたっ」


 泣くまいと思っていたのに、結局泣いてしまった。

 いっぱい叱ってくれて、世話してくれて、色々教えてくれた人だから。


「ありがとうございましたっ!」


 袖で涙を拭い、これだけはちゃんと言おうと決めていたから。

 言い切った後、やっぱり溢れて来た涙にちくしょう、止まれ、出てくんなと思いながら袖で何度も拭う。

 ぽんと優しく頭の上に手が乗せられ。


「いちる、あんまりエルヴィエント様を困らせるなよ?」

「だ、大丈夫です、困らせないです、から」

「うん。まあでも、お前はお前のままでいいんじゃないかと俺は思う」


 ジェイド隊長って、こういう人なんだよなあ。

 結局、泣きながらジェイド隊長に抱き付けば、優しく背中を叩かれ、バリッと引き剥がされたんだけど。


「最後だからと思ったけどやっぱり無理だった」


 そう言ったヴィーに、ジェイド隊長が笑い。


「お世話になりました」

「……いや。世話になったのはこっちの方だ。今までありがとう」


 そして、ヴィーのその言葉を最後に、皆で食堂を出て。

 客室ではなく、リーラルーラ王族の部屋へと歩いて行くジェイド隊長を見送った。


 泣き続ける私を存分に泣かせてくれたヴィーに、しがみ付きながら眠りに付く。

 大丈夫、ちゃんと明日にはジェイド隊長の未来を応援するから。

 だから今だけは、旅立とうとする仲間にしがみ付かせてくれ。


「殿下も、ジェイド隊長も、行っちゃっいました」

「いちる、二人はそれぞれの未来を選んだんだ」

「解ってます……」


 そして、ぎゅっと抱き締めてくれるヴィーの、私の未来を預けたその腕の中で安心感に包まれる。

 何があっても、ヴィーと共に生きると決めたのだ。


「しがみ付いて離れませんから」


 ぎゅうううっと抱き着いてそう言えば、ヴィーはふっと微笑んで見せる。


「そうしてくれ」

「言われなくても」


 そして、抱き合ったまま眠りに付いた。


 翌日、チオちゃん達と共に出る為に旅支度を終えた私達は、ジェイド隊長と向かい合う。

 ジェイド隊長はもう、黒騎士の服を着ておらず何か格好良い服に身を包んでいた。


「世話になったね」

「こちらこそ、長くお世話になりました」


 そう笑顔で言うジェイド隊長をじっと見つめ。


「剣礼!」


 ギルニット隊長の言葉に、私達は揃ってジェイド隊長に剣礼を贈る。

 それを受けたジェイド隊長は、一瞬顔を歪めた後、腰を折って最高礼を贈ってくれた。


「元気で」


 そして、私達はリドルに跨りリグラリア城を後にした。




第六章 終

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