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第八話 百年振りの脱力感

 朝は陽が出る前から殿下を叩き起こし、軽い運動の後朝食の準備を手伝う。

 朝食の後は皿洗いをし、次に浴室掃除、廊下の掃除をしてから昼食。昼食の後皿洗いをして今度は牧場でコーブとルルガーの世話をしながら、農場での手伝いも熟して行く。

 最初の頃は随分早くにバテていた殿下は十日もすると体力が付いて来たようで、一日の手伝いをちゃんと時間通りに熟せるようになって来た。同時に、少しずつ、本当に少しずつだけど、皆が殿下を見る目も変わって来ていると実感できるようになって来た。


「今日もですか」

「ああ。両親を殺されたんだと」

「……そっか」


 夜の間、ずっと殿下の部屋を守っているオーラン先輩は、そう言って女の子を連れて来た。こう毎日誰かしかが殿下の寝首を掻こうとしてるってのも、問題だよなあ。


「どうすっかなあ……」


 色々と考えてみたけど、やっぱ皆の前でやるのが一番かと思い、朝食の後、今日の皿洗いは勘弁して貰って殿下と一緒に庭に出た。

 寝首を掻こうとした人達は既に庭に集めている。


「さて。殿下、この人達は殿下が寝ている間に殿下を殺そうとした人達だ」

「…………そうか」

「うん。まあ、これで大体出揃ったと思うんだけどもさ」


 激しく殿下を睨み付けるその眼を、殿下は真正面から受け止めている。


「でね、悪いんだけど強硬手段に出させて貰おうと思うんだよ」


 そう言った私を殿下が眉間に皺を寄せて見下ろし、捕まえられた人達は口々に文句を言って来たけど。


「ここにいたいのなら殿下がここにいる事を認めろ。認められねえなら出て行け」


 さらに口々に文句を言い募る人達をジロリと睨めば、慌てて視線を逸らして口を噤んだ。


「ここで生きて行くなら私の判断に任せてほしいのさ。異を唱えるなら正面から来い。コソコソと汚ねえ事してんじゃねえよ、恥ずかしい」


 そう言うと、物凄く不満気な顔を向けて来るけど、口を開く事は無く。

 まあ、こっそりと殺そうとするような奴らだからなあと、溜息を吐きだした。


「殿下は今、贖っている最中だ。お前らも同様と見做し、今後は殿下と共に贖わせる」

「ふ、ふざけるなっ!」


 声を上げたのをきっかけに、全員が文句を言って来た。


「何が不満なんだ?お前らは人を殺そうとしただろう?」

「俺達はそいつに家族を殺されたんだっ!殺して何が悪いっ!」

「その理屈で行くと、私がアンタらを殺してもいいって事だよな?」


 そう言いながら睨み付ければ、顔を青褪めさせて口を噤む。


「私は殿下を助けると決めた。その殿下を殺すなら、私に殺される覚悟は出来てんだろうな?」


 一人一人の顔を睨みながらそう言えば、皆がその視線から逃れようとする。

 まあ、食事の奪い合いをするような奴らだから、それもまた承知してたつもりだけどさ。


「お前らがやろうとしてる事は人殺しだ。仇討ちじゃねえ、『人殺し』だ。それを間違えんな」


 そして、殿下を含めて十三人になったそいつらを、纏めて面倒見る事になり。


「ほら、キリキリ働け、キリキリと」

「なんで、俺が、こんな」

「情けねえなあ、殿下を見ろ、嬉々としてうんこ片付けてんぞ」


 牧場の仕事は主に、コーブとルルガーの糞の始末だ。

 毎日大量に消費される肉なのだから、それなりの数がいるし、どんどん増えてもいる。そして、その数だけ糞もある、と。


「早くしろよー、次は農場だからなー」


 そして、牧場の仕事を終え農場へと赴き、その広大な土地の畑を耕すのだ。土を肥えさせる為にはこまめな手入れが必要だ。鍬を持ち、土を耕し、桶を持って水を撒く。

 毎日そんな繰り返しで、それでも殿下は一回も文句を言った事が無い。

 だってのに、何コイツラ、ぶうぶうと文句だけ一人前でさあ。


「何故こんな事を」

「わ、私、もう、無理……」

「お前らが殺そうとしていた殿下も、最初の頃は体力無くてすぐにへばったけどさ。どんだけ暗くなって遅くなっても、全部やり遂げたぜ?」

「うるせえっ、大体お前、何様なんだよっ!」

「そうだそうだっ!偉そうにしやがってっ!」

「ははは、言うと思ってたけど本当に言うとは思わなかった」


 なあ、覚えてるか?とニヤリと笑いながら全員を空高く持ち上げる。

 悲鳴が響き渡る中、一気に落としてやれば皆がしんと静まり返った。


「文句を言うなら出て行けよ。引き止めねえから」


 出て行くって選択肢もちゃんと与えたんだ。

 居残るって決めたなら、ここのルールは守るもんだと言ってから地面に下ろし、そいつらがサボってた分を仕上げ。


「殿下、夕食行こうぜ」

「……ああ」


 ほら、行くぞと皆を立たせて食堂へ連れて行き、嫌って程よそって食べさせ。


「明日も早くから起こすからな」


 そう言って部屋に押し込め、さっさと眠りに付く。

 翌日、早朝から叩き起こして軽い運動をした後、朝食を摂って皿洗いと、食堂の掃除をさせ、浴室の掃除に廊下の掃除、人数が増えた分余った時間で再び軽い運動をし。

 昼食後は牧場の仕事と農場の仕事をやって一日を終える。


「……私、こんなに働いたの初めて」

「疲れたろう。ちゃんと寝て回復させるんだぞ?」

「うん……」


 疲れ切った顔でそう言って笑った女の子は、こくりと頷いて部屋へと戻って行った。

 そうして日々を過ごしている内に、徐々に殿下が受け入れられて行くのを見て、何となく嬉しくなって来る。


「殿下。良い顔になったな?」

「そうか?」

「ああ。なあ、ジーリオさんもそう思うよな?」

「はい」


 少し、照れたように笑った殿下は、毎日が楽しいと言う。


「吾は、何も知ろうとしなかったのだな」


 少し寂しそうにそう言った殿下の肩を軽く叩き、さて寝ようぜと部屋に戻った。

 そんな中、コーシュカさんが十一皇子と殿下との間を行き来しては帝国の情報を回してくれていたんだけど。


「第二皇子殿下が陥落、魔術師を捕えたそうです」

「……そうか」


 その報せに、殿下と私は複雑な顔をしていたと思う。

 私は、ヴィーの無事を喜びながらも、殿下の心情を察して何も言えなかったのだ。


「第二皇子殿下は地下牢に捕えられているそうです」

「魔術師は」

「それが……、あの魔術師はどうもいちる様方とお知り合いのようでして」

「えっ!?」


 コーシュカさんのその言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。


「どういう事?」

「詳しい事は解らないのですが、ハーシオ殿下よりの手紙には、フラグニルが出て来たと」

「なっ……」


 なんで、アイツが今更。

 そう思いながらも、これまでの流れから考えると色々と合点がいく気もする。

 あの魔術師がフラグニルと同等かもしれないって話しが出た時に、魔術師がリュクレースに関わるフラグニルのように、帝国に関わる神使なのかもしれないとは思ったけどさ。


「……フラグニルは、確かに知り合いです」

「そうですか。いちる様に、これを預かっております」


 くそ、この狸め。

 そう思いながら差し出された手紙を開けば、日本語で書かれている手紙だった。

 黒騎士の暗号として日本語が採用され、楽しい日本語教室を開いて黒騎士達に日本語を教えてある。


「故郷の文字ですか?」

「そうだよ」

「……珍しい文字ですね」


 コーシュカさんの言葉を聞き流しながら手紙を読み、そしてニヤリと笑ってしまう。


「あのね、早く私に逢いたいって言う愛の手紙だった」

「………………そうか」

「うん。早く戻って来ないかなあ」


 手紙を抱き締めてうふふと笑いながら嬉しそうにしてみせれば、コーシュカさんと殿下とジーリオさんが鼻白みながらも、そうだなとお義理の言葉を頂き。


「逢いたいわあ、本当に」


 野郎、遭ったら取り敢えず殴っておこうと心に決めた。

 その後、いつもの仕事に戻った私達は、いつものように汚れ仕事をしまくって汗を流し、美味しい夕食をたっぷりと食べてベッドに入る。


 報せを受け取っても、やる事は変わらない私達はそうして毎日毎日汚れながら汗を掻き、笑いながら仕事を熟すようになり、何て平和な日々なんだろうと空を見上げてた。

 こんな毎日もいいよなあと、鍬を握りながら思うのだ。


 日本にいたら、こう言う穏やかな日々を送っていたかもしれない。


 そんな風に、考えてもしょうがない事を考えながら日々を過ごしていた。

 ちょっと、馴染み過ぎてすっかり調子が狂っていた事は認める。


「おー、久し振りだなあ。相変わらずちっせえのなあ、お前」


 そう言われながら胸を揉まれた。

 咄嗟に右肘を入れ、左手で殴り付け、右足で腹を蹴り、右手に魔力を載せて思いっきり拳を叩きつけた。

 ぐるぐると回転しながら地面に転がって行ったフラグニルを睨み、ふうふうと荒い呼吸を繰り返し。


「よお、久し振りじゃねえか、フラグニル」

「……おー、大歓迎嬉しいぜ」


 転がったまま答え、よっと声を掛けて立ち上がったフラグニルを睨み付ける。


「テメエ、あん時よくも一人で逃げやがったな?」

「だって俺様が捕まったとか笑えねえじゃん?」

「ふざけんなっ、教えろよっ!」

「いいじゃねえか、上手く行ってるみてえだしさあ」

「そりゃ結果論だろっ!」

「はは、大丈夫大丈夫、お前は何つったってヴィエの娘だからなあ」

「……ヴィエ?」

「ああ、オリヴィエだ。知ってるだろ?」


 またそれか。

 

「知らねえしどうだっていいんだよ、そんな事はっ!」

「そうか?でも、お前アグジーの化身とくっ付いたよな?」

「アグジーって誰だよっ」

「アクジェヴィエルラル。知ってるだろ?」


 百年前と少しも変わらないフラグニルに、はあああと長い溜息が漏れた。


「お前、そういや神使なんだってな」

「あれ、聞いちゃったのか」

「まあなあ。でもお前はおっぱい魔人だとちゃんと伝えておいた」

「おー、大きい方が好きだ!」

「…………アクジェヴィエルラルは、使いを変えた方が良いと思うわ、やっぱり」

「うん、俺もそう思ってんだけどね」


 本当に、何でこれがと再び溜息が出る。


「所で何でお前だけここにいるの?」

「そりゃいちるに逢いたかったからだよっ!」

「……フラグニル、あんた、嘘吐く時耳が動く癖直した方が良いぜ?」

「あれ?」


 そう言いつつ、耳をピクピクと動かしたフラグニルに、ふっと笑ってしまう。


「あ、そういやあっちでアグジーの化身と逢ったわ」

「それで思い出した!あの魔術師、何もんだよ?」

「あれは俺の仲間?」

「仲間?」

「一応?たぶん?」

「……何それ」

「アグジーより格下のさ、スヴァリィヤの使い」

「だからスヴァリィヤって何だよ」


 訳解んねえよちくしょうめ。


「死の神ルヴォルノフォスキルの下で働いてるんだよ」

「……じゃあスヴァリィヤが神使なの?」

「いや、スヴァリィヤは一応神だね。魂狩りの神」

「た、たまがり……」

「死の神へ誘う役目の神」

「……ふうん。で?そのたまがりの使いが何でこんな所で大活躍してんだよ」

「さあね?それは俺の知った事じゃない」

「おい」

「俺はアグジーに言われてアイツを捕まえに来ただけだからね」

「……ああそう」


 そうだ、フラグニルはこういう奴だったと思い出しながら、私は一気に脱力感に包まれ、今日はもう何もやる気が起きねえとガックリと肩を落としたのであった。



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