第六話 俺にとっちゃ疫病神だろ
途中で出会った魔獣を倒しつつ肉を確保した私達は、殿下達一行を空に浮かせて引っ張りながらリドルを走らせた。最初の頃は雄叫びを上げていた面々も随分静かになって来た頃、カスール地方に辿り着き互いに安堵の溜息を吐きだす。
「わ、吾は……、生きているか?」
出迎えた十一皇子にそう問うた殿下に、十一皇子は涙を流して笑いながら「はい、生きております」と答えていた。
「ったく、大袈裟だなあ、殿下は」
「うるさい。慣れていないのだから仕方あるまい」
「ずっと叫んでたもんな」
「黙っていろと言ったではないか!」
「そう言われると言いたくなるもんだぜ?」
「くっ……」
そして、十一皇子からコーシュカさんの無事を聞き、会いに行くとコーシュカさんは既に起き上がって食事中であった。
「おお、元気そうで何よりだ」
「……どうやら、生かされたようです」
そう言って笑ったコーシュカさんに、私も笑み返した。
「まだまだ働けって事だな」
「はい。直ぐに治して再び主の元に参ります」
「だな。十一皇子も待ってるみたいだ」
「当然です。あの方の守りは私以外居りませんから」
そうして笑い合い、カスールの現状を聞き出す。
第二皇子がちょっかい掛けてるみたいだけど、リクト隊長とシオ達が頑張って迎撃してるらしい。
「そっか。なあ、コーシュカさん、貴方はシオに着くのか?」
「……主の判断に任せます」
「解った。食事中に邪魔してごめん」
そして、生きていてくれた事に礼を言った後部屋を後にし。
カスールの城にいるシオ達に殿下を引き合わせたヴィーの所に赴き。
「……どう、判断すべきなんだ」
「ハーシオ、吾を信用できないのは仕方のない事だ。だが、これだけは信用して欲しい。あの魔術師に真名を知られないよう用心しろ」
「真名?何故」
「どうやら真名で意思を縛るらしいのだ」
「……意思を、縛る?」
「そうだ。吾は魔術師に操られ、帝都からあの東の森の中まで入っていたのだ」
そう言った殿下に、シオは片目を眇めてじっと見つめて考え込む。
「本当の話しだぜ。俺達が合流した時は、殿下達全員が虚ろな目をしてこちらを全く視界に入れなかったんだ」
オーラン先輩の言葉にシオが眉間に皺を寄せ、クラヴィスさんが困惑の表情を浮かべた。
「シオは、第二皇子に真名を知られているのか?」
「……いや、おそらく知られていないと思う」
「なら大丈夫だろうけど。クラヴィスさんは?」
「私は元々庶民街出身ですから、王族が名を知っているとは思えません」
「そっか」
そして、考え込んでいたヴィーが顔を上げ、殿下を見ながら口を開いた。
「殿下、最初に戦った時、貴方は操られていた時の事を覚えていた」
「……ああ、そうだな」
「しかし、今回は全く覚えていない」
「そうだ」
「更に強力な術を掛けられた、と考えた方が良いのかもしれないね」
「え、って事は、本気ですげえ魔術師じゃないですか」
「うん。フラグニル並だ」
うへえ。
「……じゃあ、おっぱい魔人かも」
「いちるっ」
慌ててヴィーが止めたけど遅かった。
しっかり聞いていたシオ達と殿下達が目を丸くして私を見てる。
「あー。あ、あいつはおっきいのに目が無かったから、逆に小さいのが良いかも!」
そして私はさらに恥を上塗りしたようだ。
皆が目を丸くして私を見続けている中、オーラン先輩が後頭部をベシッと叩き、リクト隊長におでこをバシッと叩かれ。
「お前のせいで俺達の品位が下がるだろう?」
「元々ないのに何言ってんですか」
「ねえのはお前だけだ、阿呆」
「やだなあ、だって私のこういうのって黒騎士で育ったもんですよ?」
「テメエだけ特化してたじぇねえか、最初からっ!」
「だよねえ、なんせダッチン売ってたぐらいだもんねえ」
「あれは私の最高傑作ですが何か?」
「問題だらけじゃねえか!」
「まったく、どうしてこういちるは……」
そして、オーラン先輩にこれでもかってぐらいに叩かれ、リクト隊長からも拳骨を頂き。そして殿下には盛大な笑い声を頂いた。
「……聞かなかった事にして下さいね?」
そして、何故か肩を落としたシオは、殿下の扱いは保留にする事を決めた。
十一皇子と同じ扱いをするらしく、決められた所からは出ないよう伝えている。
「シオ、あのね、殿下の近衛達ってね、バーレム達より強いよ?」
そう言うとピタリと動きを止め、私へ視線を飛ばし、直ぐに逸らして顔を赤くしている。なんだろう、この反応は。
「……シオ?」
「だ、大丈夫、解ったから」
「そう?使えるなら使った方が良いと思うよ?」
「わ、解ったから!」
顔を覗き込めば、凄い勢いで離れて行くシオをじっと見つめ。
「ああ判った!シオ、お前ど」
童貞なんだなと言おうとした口は、ヴィーの魔法で閉じられた。
にっこりと微笑んだヴィーに、すごすごと最初の位置に戻ればまたオーラン先輩にべしっと叩かれた。そして、以降部屋を出るまでヴィーの魔法が解かれる事は無く。
そのままヴィーに部屋に連れ込まれ、やっと魔法を解いてもらう。
「いちる」
「はい」
「皆の前で言う事じゃないよ?」
「そうでした」
「うん、解ったなら良い」
「はい、ごめんなさい」
黒騎士共と同様に扱ってはいけないと、ヴィーに叱られる。
「そうですよね、『股間』に関わる話でした」
「……『沽券』だよ、いちる。間違ってないけど」
まったく、日本語に堪能になっちゃってさあ。
「さて。湯浴みをしたら休もうか」
「そうしましょう」
「うん。いちるは疲れ切っていると気持ちが昂るからね」
「おー、そう言われると確かにハイな気分です」
「うん、落ち着こうか」
「はあい」
そして、一緒に汗を流した後、着替えて眠りに付く。
昼間っからベッドに入って眠りに付くなんて、すっげえ贅沢だぜと思いながらも、あっと言う間に意識を失った。
*****
「……いちるは?」
「寝ているよ」
エルヴィエント様に呼ばれて行った部屋の中、いつも一緒にいるその姿が無くて戸惑ったが。
胸元を寛げ気怠気な雰囲気を漂わせて椅子に座るエルヴィエント様は、はっきり言って目の毒だ。男の俺から見てもそう思うのだから、女がうるさいのもよく解る。
「……人を刺し貫いたのは初めてだからね」
「間に合わず、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだよ」
いちるがコーシュカとやり合っていたのは解っていたんだが、あの時、ギルと俺は十一皇子の近衛隊と戦っていた。いちるにやらせるつもりはなかったが、結果的にそうなってしまい、その後、いちるはずっと良く眠れていなかった。
「さすがに、疲れた」
そう言って笑ったエルヴィエント様に、もう少し寝ていてくれと思うが。
「北方に帝国から援軍が来たのは聞いたと思うけど」
「はい」
「その援軍、どうも貧民街の人達らしいんだ」
「貧民街?」
「そう。武器を持たせて突撃して来るだけの、人の盾だね、あれは。そのせいで随分手間取った」
下種野郎といちるが叫んでいたが、確かにその通りだと思う。
何故そこまで人を軽く扱えるのか。
「それでね、今後はそう言う人達が出て来る事を考えると、いちるには会わせたくないんだよね」
「そう、でしょうね」
「うん。で、悪いんだけどオーランはいちると一緒にリグラリア城の修繕をお願いしたいんだ」
「……解りました」
「ごめんね、オーラン」
「いえ、大丈夫です」
そりゃ、いちるがそんなのを見てしまったら、一人で帝都に殴り込みに行くからなあ。あの野郎、もっとちゃんと周りを見ろっつうんだよ。
「シオって奴は、皇帝の器なんですか?」
「んー……、本人はどうでも、周りに恵まれているから大丈夫だろうね」
「クラヴィス?」
「いや、ビンスと、第七皇子」
「ああ。そういや、いちるはなんで第七皇子だけ殿下なんて呼んで懐いてんですか?」
「いちるはさ、人の本質を見抜くんだよね。確かに、第七皇子なら皇帝になれる器だと思うよ、俺も」
そう言って笑うエルヴィエント様に、俺は首を傾げてしまう。
「不思議だと思った事は無い?いちるが親しく付き合った者は、絶対の味方になる事」
「……確かに、そうですけど」
「リュクレースの貴族達との付き合いの中で、いちるが親しくなった者は王の忠臣となった。コルディックでも同様だ」
「それは……、はい、ですね」
「うん。だからこそ、第七皇子を助けに行ったんだよ。帝国で第七皇子を生かしておけば、北進して来る事はなくなると踏んでね」
なるほど、確かにそうだ、その通りになりそうだ。
「そして、第二皇子と魔術師は生かしておく訳には行かない」
「……はい」
「悪いね、オーラン。俺はいちるに見せたくないんだ」
そう言ったエルヴィエント様に、解りましたと頷いた。
そして、もう一度寝直すと言って笑ったエルヴィエント様を残して部屋を出た。
別に、どうしても戦いに行きたい訳じゃないから居残りになるのは構わない。
それに、リグラリア城の修繕に手を貸すのも割りと楽しんでいるし、牧場の仕事も思っていたより楽しいから構わない。いちるのお守りなら、いちるが来た時からやってるから慣れてるし。
けど、何か……。
ああ、そうか、いちるを利用していると正面から言われた事が今までなかったからか。
どうにも拭えない違和感の正体に気付き、クツリと笑ってしまった。
やっぱりエルヴィエント様はどうしたって、人の上に立つ器なんだよなあ。
王位継承権を放棄したって聞いた時はすげえ驚いたけど、まあ、自分の思う通りに生きたいと願うのなら、放棄するのは当然だしな。
北方戦から戻ってすぐ、カスールの現状を把握して采配を振るったあの手腕も見事だと思う。あれもいちるに言わせると『慣れですよ、慣れ』って事らしいが、慣れだけでああ簡単に治められるかっつうの。
東の森から戻って来たら、すげえ上手く回ってるしよ。
やっぱ器ってあるんだなあって思うよな、間近で見るとさ。
リクトなんかは、エルヴィエント様は別格扱いだからな。
あのリクトがそう言う事言うなんて、他にねえし。
ああ、俺すげえ人に仕えてんだなあ。
ホント、何でいちるなんだろうって首を傾げるが、たぶん、エルヴィエント様には他にはいねえ、いたら困る女が丁度良かったのかもなあ。
「オーラン、エルト様は?」
「もう一回寝るってよ」
「そうか、良かった」
「ああ。北方戦から戻ってすぐ東方へ向かったからな。さすがに疲れてるだろ」
「まったくいちるの奴、一晩寝てから出りゃいいのに」
「間に合わねえって判断したみたいだぜ。その通りだったが」
「それが解ってるからムカつくんだよね」
そう言って渋い顔をしたリクトに笑う。
「なるほど、だから何も言わなかったのか」
「まあね。ったく、いちるの奴っ!」
ぶつぶつ言いながら悔しがるリクトも珍しい。
ホント、いちるのお蔭で色々楽しい毎日だぜ。
「何で笑ってんだ、オーラン」
「いや。リクトがそこまで崩れるのって、いちるを相手にした時だけだなって」
「……自覚してるから、そこ突っ込まれると余計に腹が立つ」
「おい、止めろっ、俺に当たるなよっ!」
「オーラン、外に行こうよ」
「嫌だっ、俺はお前の八つ当たりまで受ける義理はねえっ!」
「そんな事言わずにさあ」
「嫌だっつってんだろっ!ギルんとこ行けっ!」
「追い払うなよ、オーラン」
「ふざけんなっ、こっちに来るなっ、止めろ、リクトッ!」
笑いながら追い掛けて来るリクトから必死になって逃げ続け、そうして逃げている俺は思うんだよ。
俺にとっていちるって、疫病神なんじゃねえのかなって。
あの野郎、目え覚ましたら一発殴っておこうと思いながら走り続けた。




