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第五話 何故か殿下は憎めないんだ

 この森にはあの木の魔物がいない事にほっとしつつ、殿下の足跡を辿って行った。

 カスールを出て三日で辿り着いた東の森は、そこかしこから魔獣の気配がする森だった。


「……すげえな、この森」

「ですね」


 ヨルガ討伐で入った森と似たような感覚に陥り、背中がぞわぞわしている。

 索敵の魔法を掛けながら慎重に進みつつ、殿下達の足跡を探しては森を進み、やがて焚火の炎を見付けてホッと胸を撫で下ろした。


「殿下、無事だったか」


 そう言いながら木陰から顔を出した私の目に入って来たのは、すっかり血塗れになり、顔の左半分を爪で抉られた傷をそのままに、ボロボロになりながらも虚ろな目をした殿下であった。


「……無事じゃねえな」

「殿下?殿下っ!」


 肩を揺さぶり、目の前で手を振ってもそれが全く視界に入らないらしく、ぼうっとしたまま正面を見続けている。ジーリオさんも、共にいる近衛隊の人達も同じ状態で、どうすべきかと顔を見合わせ。


「正気に戻れパーンチッ!」


 そう言いながら左手に魔力を載せ、思いっきり殿下の顔を殴り付けたのであった。

 もんどり打って地面に転がった殿下は、転がったまま何度も深呼吸を繰り返した後、ぶべっと土を吐きだしながら顔を上げ。


「……お、前、何故、」

「おお、気が付いたかっ!なあ怪我してねえか?大丈夫かよ、殿下」

「怪我……、いっつっ、何故、顎が痛むが」


 私を見て不思議そうな顔をし、次いで痛みに顔を顰めた殿下にほっと溜息を吐き出した。


「魔獣にやられたんだな、大丈夫か?」


 するっと嘯いた私にヴィーとオーラン先輩が笑い出したけど、二人は他の奴らが怪我をしていないか様子を見始めた。


「大丈夫か?他に痛む所は?」

「あ、ああ……。何故かあちこち痛む」

「そっか、生きてる証拠だな」


 そう言って殿下の肩をバシバシと叩けば、殿下が痛いと悲鳴を上げた。

 ごめん、嬉しくてつい叩いちゃったよ。


「あ……、殿下……?」

「おお、ジーリオ、無事か」

「は、はい、殿下は」

「無事だ」


 どうやら殿下の洗脳状態を解けば良かったらしく、徐々に全員が正気に戻り始め。

 持って来た水で傷口を綺麗に拭ったり、薪を足して火を大きくしたりしながら皆の傷を見て回る。殿下の顔の大きな傷がとても痛そうだ。

 水で拭うと顔を顰めたけど、視力には問題なさそうでほっとする。


「随分前にやられた傷みたいだな?」

「全く覚えていない。そもそも、何故吾はこんな所にいるのだ?」

「……殿下、第二皇子の魔術師と話しをしただろう」

「何故お前が知っている?」

「いや、そんな気がしただけさ」


 おでこから左目の上を走り、顎まで続いているその傷はどうやら、爪で抉られたらしい。よくこれで目玉が無事だったと思う。


「あ、ジーリオさんのご家族は、無事に十一皇子の所で保護されてるからな?」

「それは朗報だ」

「ああ。殿下、背中も見せろ」

「すまんな」


 そう言いながら素直に背中を向けた殿下の背中を水で流し、怪我をしていないか確認して行く。血を浴び過ぎて、どこが傷口なのか解んねえってのはどうなんだよなあ。


「足は平気か?」

「ああ、問題無いようだ」

「そうか。じゃあ取り敢えずたらふく食ってくれ」


 持って来た食料を差し出し、具合を見終えた奴から食べさせて行き、回復術を掛けてやる。毛布にくるんで焚火の傍に転がしながら、夜番はしてやるから寝ろと言って寝かせ。

 微妙な顔で私を見て来る近衛達に、まずは寝て回復する事を優先しろと言うと、回復術でヘロヘロになりながらも頑張って目を開けていたけれど。その内眠りに付いた。


「……酷いですね」

「そうだね。怪我をしてもそのまま突き進むとはね」

「何で、こんな魔術が」


 怪我を放置し、そのまま動いていたせいなのか、全員が熱を出している。

 それなのにそのまま歩き続けるなんて。


「……黒髪黒目の魔術師、か」

「やっと同じ色がいたと思ったらこれですよ。何ですかねえまったく」


 ブツブツ言いながらも、小さく裂いた布を水で濡らし、皆のおでこに乗せて行く。

 ヴィーも、オーラン先輩も解ってて口にしない。

 

 その魔術師が、日本人かもしれないって。


 同じ日本人とは限らないし、もしかしたら突然変異で黒髪黒目なのかもしれないけど。

 どっちにしても、ぶっ飛ばすのは確定したぜこの野郎と、ぎゅううっと水を絞り、それを殿下のおでこに乗せた。


「良かったね、いちる」

「はい。もう少し遅れたら、殿下に会えなかったかも」

「そうだね」


 途中で出会った魔獣は虎のような奴だったり、熊のような奴もいたけど、幸いヨルガよりはまだ弱かった。けど、あれが集団で来ていたら私だけじゃ対応できない。


「狙ってますねえ」

「そんなに美味しそうに見えるのかなあ?」

「たぶんですけど、殿下達が弱るのを待ってたのかも」

「……そうみたいだね」


 徐々に狭まって行く魔獣の囲みに、三人で抜剣して待ち構え。

 ほぼ一晩中そうして魔獣達と戦い続けた。やっぱカルッチェでノービルさんに剣を打ち直して貰っておいて良かったと思う。


「あー、疲れた」

「本当にね」


 魔獣が魔獣の血の匂いで集まって来てどうしようもない。死体を取りあったり、こっちにちょっかいを掛けて来たりと忙しい奴らだ。

 

「大人しくある分で我慢しろよ、ちくしょうめ」

「そりゃあ自分に言ってんのか?」

「私はいいんですよ、私は」


 そして、笑い出したヴィーとオーラン先輩にむうっとしながらも、こちらにやってくる魔獣を迎え撃ち続け。やがて夜明けと共に魔獣たちは姿を消した。


「おーい、怪我してねえだろうなあ」

「そんなヘマしませんよ」

「はい、いちる」

「ありがとうございます」


 オーラン先輩と二人、収まった魔獣の攻撃にほっとしながら地面に座り込めば、ヴィーが水を差し出してくれた。それをありがたく飲みながら、荒い呼吸を整える。


「あー……。一晩中戦ったのなんて、あん時以来だぜ」

「……あん時って?」


 オーラン先輩のその呟きにそう問えば、オーラン先輩は一瞬詰まった後口を開いた。


「俺の村が壊滅した時」

「……そうでしたか」

「はい、オーランも」

「ありがとうございます」


 ヴィーが手渡した水を受け取ってごくごくと飲むオーラン先輩を眺め、私も水を飲んでから立ち上がる。殿下達の様子を見れば、熱も下がって随分呼吸も落ち着いていた。


「これなら、午後には動けそうですね」

「そうだね」


 念の為、水で濡らした布をまたおでこに乗せた後、薪を拾いに行って来ますと言うと、オーラン先輩が俺が行くと言って、さっさと行ってしまった。


「……いちる」

「はい」

「あのね、オーランの村が壊滅した時にね」

「はい」

「オーランは、弟を亡くしているんだよ」

「……そうでしたか」

「うん。弟さんは、魔獣から村を守る為に群れに立ち向かったそうだよ」


 そりゃあ、すげえなあ。


「さすがオーラン先輩の弟さんですね。中々出来ない事ですよ、それ」

「うん、そう思うよ。それで、オーランはその後一人で村に残って、再び現れた魔獣を相手に戦い続けてたって聞いてる」


 ああ、やっぱり皆そう言う過去があるんだなあ。

 黒騎士一期生共は、そうしてヴィーの所に集まった奴らばっかりみたいだし、あの心酔っぷりも何となく納得するなあ。


「いちるが、弟さんに似ているんだって事を、前に言ってたよ」

「うお、それはとっても光栄です。どの辺りが似てるんでしょうね?」

「ふふ、やたらと突っかかって来る所だってさ」

「ちっ。やっぱムカつく」


 そんな話しをしつつ、オーラン先輩が戻って来るのを待ちながら、剣の手入れをしていたらやっとオーラン先輩が薪を抱えて戻って来た。


「お、御苦労!」


 そう声を掛ければ、薪が一本凄い勢いで飛んで来たので、それを叩き落として焚火にくべる。


「何だテメエ、やる気かこの野郎」

「はっ、いつでも受けて立つぜこんちくしょうめっ」

「何でそうなるかな」


 おら来いやと立ち上がりつつオーラン先輩と対峙すれば、クスクスと笑うヴィーに遮られた。


「怪我人の傍で暴れない」

「はあい」

「スミマセンでした」


 そして、ぷっと吹き出して笑い合いながら、倒した魔獣を解体して肉を焼いてみた。

 美味けりゃラッキーぐらいだったけど、本当にラッキーだった。


「うめえ、なんじゃこりゃ」

「やっぱ肉食だけはあんのか」

「ですね。やっぱ塩だけでも持って来て正解でしたね!」

「そうだね、確かに塩だけでも美味しい」


 そう言いながら肉を食べていると、殿下達が肉の匂いに誘われたのか、次々に起き出したので、追加で肉を焼きながら殿下達にも食べさせた。

 殿下の顔の傷は深く、やたらと厳つい顔になってしまったけどまあ、特徴が出たと思えば良いんじゃないかと思う。たくさん食べ、そして水をがぶ飲みした後、やっとほっとしたように溜息を吐きだした殿下に笑いつつ。


「殿下、今解ってる事を伝えよう」

「……頼む」


 まだ焚火に当たっていろと言って、火を囲んだまま話を始めた。

 十三皇子と戦った事、十一皇子と戦った事、何故殿下がここにいるのか。それらを話し終えた時、殿下は長い溜息を吐きだした。


「……では、あの魔術師が吾をここに送り込んだと?」

「たぶんな」

「ジーリオ、お前は覚えているか?」

「……第二皇子殿下の召致を受け、近衛隊と共に謁見の間に並びました」

「ああ、そうだな、その通りだ」


 そして、ジーリオさんは一度殿下から視線を外し、ゴクリと唾を飲み込んだ後殿下を真っ直ぐに見て。


「殿下が、第二皇子殿下の命を受け戦う前の事ですが。あの時、私は家族を質に取られ魔術師の言いなりになりました」

「そうか」

「申し訳ありませんでしたっ!私が、あの時家族の命を庇ったばかりに」

「良い。ジーリオ、良いのだ」

「けれどあの時、私が魔術師の言いなりになってしまったから、殿下が意のままに操られたのですっ」

「……ジーリオ、良いのだ。吾は確かに操られていたと今は理解しているが、行った事を後悔はしない」


 殿下の言葉に目を眇め、じっと殿下を見ていた。

 殿下は焚火の炎を見つめながら、何かを考え込んでいたけれどやがて、長い溜息を吐き出し。


「ジーリオ、失われた命に間違いでしたと言えと言うのか」


 殿下のその言葉にジーリオさんが目を見開き、そして項垂れ肩を落とした。

 殿下とジーリオさんから視線を落とし、ゆっくりと瞬きをしてから再び視線を戻す。


「で?謁見の間に並んでどうなったんだい?」


 そう言って続きを促せば、ジーリオさんが少し考え込んでから口を開いた。


「その後……、第二皇子殿下の声を聞いた覚えはあるのですが……」


 その言葉に皆が顔を顰めるのを眺め、これ以上は記憶にないのかとこちらも顔を見合わせる。


「殿下、あのさ、魔術師に名を呼ばれたりした?」

「名を?」

「そう。フルネームで」

「ふ、ふるねえむ?」

「お?あー、」

「真名を呼ばれた事はあるのかな?」


 くそ、妙な所で通じねえな。

 フラグニルの野郎、手え抜いたんじゃないだろうなあ。


「真名……、そうだ、そう言えばあの呟きは吾の真名か!」


 おお、決定か。

 呪術師がいるらしいなあ。


「ついでに聞いておくけど、殿下の真名を知っているのは誰かな?」

「それは勿論、……」


 そこまで言って詰まった殿下に、ツラい事聞いてごめんなと謝り。

 再び寝かせて体力を回復させてから、食事を摂った後森を後にする。


 さて。

 戻りますか。



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