第六話 復活したぞ、野郎共っ!
「ふっかああああああつっっっ!!!」
朝食を摂った後、一緒に行くと言うグルードと訓練場に行き、早速訓練に参加するべく気合いを入れる。右手の拳を振り上げながら宣言すると、速攻後ろから頭を叩かれ「うるさい」と怒られた。
何て言うか、変わらないその態度にほっとする。
「ちったあお淑やかになったのかと思えばこれだよ」
「いちると対極にある言葉だな」
「一日持たねえもんな」
「お前、俺達が王都に行ってる間に後輩イジメただろ」
「イジメではありません!しごきですっ!」
「阿呆。握力奪うまでしごくんじゃねえよ」
くそ。
「つうか、何、今度は孫を黒騎士にするのかよ」
「身を守る術は身に付けておいて損は無いですからね」
黒騎士共に囲まれても笑顔でいられる貴重な子供だからなあ。強面な奴らが笑顔になると、いつもより恐ろしく見えるけど、グルードは怯まない。
「グルード、無理はするなよ?」
「はい!」
準備運動を済ませた後、本格的に始まった訓練に必死に着いて来ようとして無理をしてしまうグルードに目を配りながら、自分でも久し振りに参加する訓練で体力が落ちた事を痛感する。
「お前、良く着いて来られるな?」
「一応、自主鍛錬は、してましたけど」
まだ余裕のフラン先輩に聞かれ、息切れしながら答える。この差がデカいんだよ。
「まあ、お前も無理はするなよ?」
珍しく優しい事を言うフラン先輩に驚き過ぎて、思いっきり目を開いて凝視しながら走っていたら、フラン先輩に走りながら蹴られた。
「軽く流せよ、そこはっ!」
「だ、だって、フラン先輩が、優しいとかっ!実は大病、患ってるとかですかっ!?」
「うるせえ黙れっ!」
息切れしながらジャレつつ走る私とフラン先輩を、第一隊の面々が笑いながら見ていた。
結局走るだけでぜえはあと荒い呼吸を繰り返す私を、イルクが見下ろして来る。
「水、飲むか?」
「……おー」
落ち込むわあ。
ホントに体力落ちたじゃんか。
「黒騎士としてはあれだけど、並よりは体力あるからな?」
「……んだよ、透視すんじゃねえよ」
「とうし?」
「何で考えてる事解るんだよって」
「あー、そりゃあ、付き合い長いからなあ」
ぶら下げてた水筒から水を口に含みながら、イルクがそう言って笑うのを見てた。
「はー。ちくしょうっ!」
「お、やるか?」
「やるっ!」
そうして木剣を持ち、イルクと対峙した。
この間は後輩相手だったから凄く手加減したけど。イルク相手に手加減したら私が負ける。それだけは絶対許せんっ!
「いいぞー」
呑気な声にちっと舌打ちをした後、風の魔法を纏って一瞬で間を詰めた。これで驚くのが普通だけど、ま、黒騎士相手には通じない。
「おらっ、相変わらず脇が甘いんだよっ!」
「テメエは大振り過ぎる」
そんな互いの剣の癖を言い合いながら、本気で打ち合った。
偶に剣に重力乗せて打ち込めば、イルクはさらっと身を躱し、逆にあっと言う間に剣が返って来て慌てて剣を弾き上げてもう一本を横薙ぎにする。
「もらいっ」
「へっ」
斜め上から振り下ろされてくる剣を避けずに、瞬間的に間合いを詰めてイルクの顔面に頭突きしてやった。途端に後ろに跳んだイルクを追い、右手の木剣を突き出して左肩を突こうとしたけど、それを躱して私の腰の辺りを横薙ぎにしてくる。
「くそっ」
大きく後ろに跳んで間合いを開けようとしたら、イルクはそのまま突っ込んで来た。
この野郎、人が落ち込んでる隙に腕上げてんじゃねえっ!
『ゴカッ』
変な音を立てた木剣はそのままイルクに抑え込まれ、左足が横っ面に跳んで来た。
「舐めんなっ!」
軸足の右足を狙って足を踏み出せば、今度はイルクが大きく飛んで間合いを開けた。
くそ、息が切れる。
「……大丈夫か?」
「うるせえ」
息を整えながら木剣を握り締め、ヴィーと対峙した時の事を思い出す。そうだ、あの時よりは絶望していない。
身体を低く落としてイルクを睨み付けた。
狙うは一点。
じっと睨み合った後、再び風の魔法を纏って瞬間的に間合いを詰め、左の剣に体重を乗せてイルクの鳩尾を狙った。剣筋ギリギリで避けたイルクが、下から剣を弾き上げつつ斜め上に斬りかかって来る。
来た。
待ってたその返しを、身体を回転させて避けながら右の剣で振り向きざまにイルクの横腹を薙いだ。
「っっ!!!」
ま、どうせ防御魔法纏ってるんですがね。
「おらっしゃああああっ!」
「……何それ、動きが違うんだが?」
「はははははー、休んでる間にヴィーに鍛えて貰ったのさ」
得意顔でそう言うと、イルクが目を丸くして私を見た後。
「……ざけんなっ、ちくしょうっ!何それ、ズルいだろっ!」
「妻の特権だ。羨ましがれっ!」
まあ、ヴィーの剣を見慣れれば黒騎士の剣筋は見えるようになるからね。あれだ、動体視力を養うってのは大切な事だよ、うんうん。
「あー、くそ。ムカつく」
「おいコラ、いつまでじゃれてるつもりだお前ら?」
横から現れたオーラン先輩に、イルクと二人頭を叩かれる。
「いい加減にしろ。後輩の指導もお前らの仕事だろうがっ!」
「えー?今日は気分じゃないから嫌です」
そう返した途端に全力で逃げた。
「お前が余計な事言うからっ」
「本音が出た」
同時にイルクも逃げていたので、並んで走るイルクにそう言われつつ。
そして背中に殺気を感じて二人で逆方向に地を蹴った。振り返って身構えれば、オーラン先輩の足が頭の辺りを狙って蹴り出されていた事が分かる。
本気で容赦ねえよ、本当にさあ。
「……いつまでも大人しくやられてると思ったら大間違いですよ?」
「そのようだ。これで遠慮はいらねえって事だよなあ?」
「え……、あの、ちょっとは手加減した方が良いんじゃないですかね?」
「手加減したら失礼なんだよな?」
「そ、そりゃ人外なオーラン先輩ならそうですけど、私、か弱い乙女ですしっ!」
「ほほう?か弱い……、か弱い、ねえ?」
低い、低ぅい声でそう言うオーラン先輩が、とんでもないくらいにニッコリ笑ってるのが怖い。すげえ怖いっ!
「オ、オーラン先輩?あの、ほら、新人ビビってますよっ!?」
ゆらりと、オーラン先輩の纏っている空気が揺らいで見えた。
「イルク、お前もだ。俺が相手になってやろう」
オーラン先輩のその言葉にイルクを目を見交わし、つい、にんまりと笑ってしまうのは黒騎士の性なんだろうか。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
イルクのその言葉を合図に、オーラン先輩に向かって地を蹴る。
余裕ぶって後悔すんなよと思いながら、最初っから遠慮なく斬りかかった。同時に出された三本の剣を難なく防がれるのは予想済み。
「はああっ!」
そして繰り出された私の蹴りとイルクの蹴りを避けたオーラン先輩が、拳を振り下ろして来る。蹴りの勢いより拳の方が早いってどうなんだよちくしょうっ!
「ぼうふっ」
焦った私はオーラン先輩をイルクごと吹き飛ばそうとした瞬間、さらにスピードを上げた拳に頭を殴られて転がった。
くそ、マジかよ。
立ち上がろうとしたら目眩がして立ち上がれず。
「……んで?」
「…………ごめんなさい」
謝ったと言うのに、バシッと頭を叩かれた後、襟首掴まれて引きずられる。そのままイルクの元へ向かったオーラン先輩は同じやり取りをした後、イルクの襟首も持って歩き出し。
「お、おばあちゃん……」
グルードが物凄く不安そうに見ているので、とりあえずニカッと笑って親指を立てて見せた。
「あー、孫の前で格好悪いったら」
「やっぱオーラン先輩は人外だよなあ」
「なあ?なんだよあの動きはさあ」
「あれ、真似してえなあ」
「イルク、人外になったら奥さん逃げるぞ?」
「む、それは嫌だ」
「お前ら、何でこんな事になってんのかわかってんのかコラ?」
「ういーす」
「わかってまあす」
私達を引き摺って歩いていたオーラン先輩に突っ込みを入れられながら、結局後輩共の前に連れて行かれ。
「ったく、後輩だっているんだから手本になれよ、ホントに」
「やだなあ、良い手本になってるじゃないですか」
「あ゛あ゛っ!?」
「ほら、反面教師って意味で」
「ああ、こうなっちゃ駄目だぞって意味か」
「そうそう。駄目だぞ、お前達」
「お前が言うなっ!」
オーラン先輩に叩かれるまでがお手本です。
「つうか少しは成長しろよなあ、本当に」
「何言ってんですか、成長してますよっ!」
「どこがだよ。入った時からテメエらはこんなんじゃねえかっ!」
「失礼なっ!ほんのちょっぴり胸囲増えましたしっ!」
「そこじゃねえっ!つうか聞きたくねえんだよ、大莫迦野郎がっ!」
遠慮ない拳が飛んで来て、それを避けるのもお手本です。
ぷふふっと笑えば、他の黒騎士共にも笑顔が出て。
「つうかさ、お前胴囲増えただろ」
いらない突っ込みを入れて来たイルクに、遠慮なく魔法を叩き込みまくって魔力切れ起こして倒れたのも反面教師にしろ、と言って後輩の訓練を終えた。