第四話 頼まれたぜ
混乱するカスール地方を上手く治めつつ、北方からシオ達が戻って来るのを待ち続け、やっと戻って来たのは防衛戦から二十日も経ってからの事だった。
「おっせえよ、何トロトロやってたんだよっ」
「すまなかったな、帝都より援軍が来てな」
「んな事承知で出たんじゃなかったのかよ、ったくもう」
ビンスのおっさんに八つ当たりしつつ、上手く回り始めたカスール地方を城の屋上から見下ろしていた。
「……お前の夫、すげえな。思わず見惚れちまったよ」
「だろ?あんだけ良い男、他にいねえだろ」
得意気になってそう言えば、ビンスのおっさんが、がははと笑い出す。
「違いねえ。ありゃあ確かに王者の器だ」
「……うん、そう思う」
帝国のたぶん上流貴族だったビンスのおっさんでもそう見えたのか。
やっぱすげえよなあ、あの人。
「リクトって奴が心酔してるのも解る気がするわ」
「おっと、それを言うなら私の方が心酔してますから」
「張り合うのか、お前、あれと」
「当然だよ。負けてねえから」
思い切り笑い出したビンスのおっさんに、ベシベシと背中を叩かれながら心の底から笑われた気がする。
「来たっ!」
ずっと待ってたその姿を視認し、空へ舞い上がって飛んで行った。
「おかえりなさああああああいっ!」
リドルに跨っていたヴィーが私を見上げて笑う。
ただいまと、動いた唇に私も笑いながら落ちてった。
「よっ」
掛け声を上げつつ、ヴィーの後ろに収まった私はそのままヴィーにしがみ付く。
お腹に回した手の上に、ヴィーの手が重なった。
「ただいま、いちる」
「お帰りなさい、ヴィー」
そのまま片手で私の手を握り締め、リドルを操りカスールの城に入って行く。ヴィーと一緒にいる私に苦笑したギルニット隊長は、先に報告を済ませ。
「そっか。こっちには帝都からの援軍が来なくて良かったよ」
「そこまで余裕が無いようですね」
「そうだね」
ヴィーの背中に張り付いたままの私をそのままに歩き出し、そして、手近な空き部屋に入ったヴィーは、遮音の魔法と拒絶の魔法を掛け。
「……いちる、顔を見たいな」
ずっと握っていた手を優しく叩いてそう言った。
抱き着いたままぐるりと回って再びぎゅううっと抱き着く。
「ただいま、いちる」
ぎゅっと抱き締めてくれたヴィーにお帰りなさいと声を上げたけど、情けない泣き声で。
だけど、ヴィーは何も聞かずにそのまま抱き締めてくれてた。
やっと落ち着いた私の背中を撫でて宥めてくれるヴィーに、ぽつりぽつりと話し出す。
「……コーシュカさんと、やり合いました」
「うん」
「そんで、私が……、コーシュカさんの腹に、剣で……」
「そっか」
そして、無言になった私をずっと抱き締め続けてくれたヴィーに頭突きする。
「酷いな」
そう言って笑ったヴィーに、お帰りなさいともう一度伝えれば、ただいまと言ってくれた。
「まさか、完勝したんですよね?」
「そうだね、ちゃんと勝って来たよ」
「あの鬼畜隊長は活躍したんですか?」
「リクトは、まあ、物凄く上機嫌だったよ」
「ああ……、そりゃあ十三皇子に同情します」
そして、キスをしてから魔法を解いて部屋を出た。
「殿下が、東方の森に向かったと聞いたんです」
「……第七皇子が?」
「はい。コーシュカさんが報せてくれました」
「そう……」
少し考え込んだヴィーが、軽く笑みながら私を見下ろして来て。
「それで、コーシュカの容体は?」
「……まだ目が覚めないんです」
「回復術のせいかな?」
「たぶん。刺し貫いたので」
「そっか」
こくりと頷き、コーシュカさんが寝ている部屋に案内した。
傍で十一皇子が見守っているのを見て、ヴィーが微笑む。
「……水を」
「はい」
水差しを持って来て、コーシュカさんの口に水を流し込んだ。零れ落ちる水を丁寧に拭いながら、少しずつ、少しずつ流して行き、喉が動くのを見ていた。
「少し、強い回復術を掛ける。明日は無理に意識を取り戻させろ」
「…………殺すのか」
「さあね。どっちになるかはコーシュカの運次第だ」
「止めを刺しに来たのだろうっ!?」
「そう思うのは勝手だから俺はどっちでもいいよ」
にっこりと笑いながらそう言ったヴィーに、十一皇子がたじろいだ。
今、頭の中でどうしようか悩んでいる所だろう。
十一皇子は、殿下とよく似た顔立ちをしていると、眉間に皺を寄せたその顔を見ながら思った。
「頼む、治してくれ」
「解った」
そして、ヴィーが回復術を掛けると、コーシュカさんの顔が苦痛に歪み、十一皇子が縋り付く。だけど、まだ意識は回復しそうにない。
「水を飲ませろ。今までより更にだ」
「本当に、大丈夫なんだろうな?コーシュカは助かるのだろうなっ!?」
「助ける為に術を掛けた。コーシュカは今、戦っている」
「…………信用するぞ?」
そして、不安そうに瞳を揺らしながらも、十一皇子はコーシュカさんの額に一気に浮き出た汗を拭い、強張る手を握り締め「コーシュカ、コーシュカ」と何度も名前を呼んでいた。
ヴィーが回復術を掛けたから、コーシュカさんはもう大丈夫だろうと胸を撫で下ろす。
「さて。次は殿下かな?」
「……いいんですか?」
「いいんじゃないかな?元々、帝国がどうなっても関係ないからね」
「けど、シオはすっかりそのつもりみたいですけど」
「俺達は大砲を失くしたい、銃を取り上げたいだけだと最初から伝えてあるよ」
それとこれとは別問題じゃないのかと思ったけど。
「じゃあ、帝国東端に行ってもいいですかね?」
「勿論」
そう言って笑って頷いたヴィーに抱き着きお礼を言う。
抱き返してくれたヴィーと笑い合った後、カスールの現状を確認しつつ、采配を振るい、それぞれに役割を与えて行くのを眺め。
「さて。俺といちるは帝国東端に行く。ギル、後を頼む。リクトはカスールを、ジェイドはリグラリア城を守れ。オーラン、共に」
顔を顰めて舌打ちをしたリクト隊長に、ふっと鼻で笑って見せれば、オーラン先輩にベシッと後頭部を叩かれ「煽るな」と叱られた。
「いいじゃないですか、偶にしか勝ち誇れないんですから」
「ったく、自分から命を危険に晒してどうすんだよ」
「いや、解ってるんですけどここはやっておかないとっ!」
「阿呆っ!そんな事で張り合うなって言ってんだよ」
「でも人外生物には中々勝てる気がしませんし」
「まあ、俺もリクトに対してはそう思うけどよ」
「でしょう?もうね、どうでも良い事でも勝ち誇れるならそうしますよ、私は」
「ああそう」
「はい」
そんな言い合いをした私とオーラン先輩に、皆が苦笑してた。
「終わった?」
「はい」
「じゃあ準備して行こうか」
「はい!」
そして、詳しい話を聞く為に十一皇子に会いに行き、殿下の事を聞き出した。
「……私も、詳しく聞かされている訳ではないが」
そう言いながらも、ジーリオさんの家族から聞いたと言う情報をくれたのは、十一皇子も殿下の事を心配していたからだった。
「兄上は、本当なら優しい方なのだ」
「……だろうな」
「一の兄も、昔から確かに厳しい方ではあられたが、優しくもあったのに」
「仲良かったのか?」
「……数多くいる兄弟の中で、母を同じくした我々は共に育ち、共に学んで来た」
十一皇子はそう言って、疲れたように溜息を吐きだす。
「帝都の皇宮の中で、信じる事が出来るのは血の繋がりだけだった」
まあ、毒殺されたりしたらしいし、こんだけデカい国ならそりゃあ色々あるだろうなあと思いながら、十一皇子の言葉を待つ。
「皇宮に、一人の魔術師が現れたのだ。お前のように、黒髪黒目の魔術師だ」
え……、マジで。
思わず見開いた眼を向け、続きを促す。
「その魔術師は、あっと言う間に皇帝の気に入りになり、常に傍に侍った。そして、いつの間にか一の兄にも近付いていたのだ」
「……その魔術師は今でも帝都に?」
ヴィーの言葉に悲しそうな目を向けた十一皇子は、こくりと頷いて返事をする。
「心を支配するのは、その魔術師、かな?」
「……ああ、そうだ。私は、気付いたコーシュカがこの地方を賜って帝都から逃れる事が出来たが」
なるほどね。
だから殿下が黒髪に付いて何も聞いて来なかったのか。
そりゃ見慣れてれば目新しくないもんなあ。
「二の兄は、先に魔術師に気付かれ、ジーリオの家族を盾に取られたのだ」
「……そうか。なら、ジーリオさんの家族の為にも、殿下とジーリオさんには生きてて欲しいもんだ」
「助けてくれるのか?」
「こればっかりは約束できない。けど、確かめる為にも東の森へ行って来る」
殴りたい、殺したいと願う人がいるのと同じように、生きていて欲しいと願う人もいる。
「……兄を頼む」
こくりと頷き、東端までザクト火山に近い所を行けと教えて貰い、食料や水を持ってカスールを出た。
「さて。久し振りに行こうか」
「頼むぜ」
ぽんぽんと首筋を軽く叩いてリドルに合図をし、そして走り出した。




