第十話 帰城とチオちゃんと失礼なっ!
「ただいまー」
そう言いながら第八皇子がいるリグラリア城へ戻ったら、ビンスのおっさんがニヤニヤ笑いながら出迎えてくれた。この城は高台にあって、辿り着くまでの砂利道を見張っていれば、誰が来たのか解るんだよね。
「よお。いいのか、戻って来て」
「別に、ちょっと散歩に出てただけだし」
「へえ?」
おっさん、いつまでもニヤ付いてんじゃねえよ。
「ね、ここにラインハルトから来たって人がいるらしいんだけど」
「良く知ってんな?」
「何処にいる?」
「案内してやりたい所だが。一度出て行った奴らを歓迎すると思うか?」
「思うよ?」
そう言いながら走ってこっちにやって来るシオを指さしてやった。
おっさんはそれを見て、空を仰ぐ。
「良く戻って来てくれたっ!」
渋い顔でこちらを見ているおっさんと、満面の笑みで私達を歓迎した第八皇子との対比に苦笑しつつ。庭にリドルを放して遊ばせ、やっと追い付いたクラヴィスさんも一緒になって私達を歓迎し。
「城の案内がまだだったな」
そう言った第八皇子と一緒に歩き出し、城の中を案内して貰った。
崩れかけていた所を修繕していたり、剥がれた床を直していたりと色々と手を加えているらしい。畑や牧場も案内してくれて途中であったユト達とも挨拶を交わした。
城の食堂におばちゃん達がいた事に驚いたら、ここで働かせて貰ってるんだと言う。
「え、いいの?」
「いいさ、もう村は無いからねえ」
「家族もここにいるから丁度良いよ」
「そうなの?」
「そうそう。いちるちゃん、食べて行くだろ?」
「おー、勿論だよ」
「楽しみにしてな!今度はおなかいっぱい食べさせてあげるからさ」
「解った、腹ごなしして来るよ!」
なるほどね。
家族ごと抱き込むか。やるな、第八皇子。
「お前、随分気安いんだな?」
「ん?」
「いや……、その、前はあまり話しをしなかったから」
「ああ、話すとボロが出るから黙ってた方が良いかなって」
そう言うと第八皇子が一瞬呆けた後、声を上げて笑い出した。
「何か格好良い二つ名を付けてくれたみたいなんでね」
「黒き乙女?」
「そう。イメージ壊したら悪いかなって」
「なるほど。別名黒き戦神と呼ばれ、五人の守護神が着いていると聞いていた」
「守護神と来たか!」
「違うのか?」
「いや、そう言うの良く考えるなあと」
恥ずかしいだろ、私が。
「……厳つい女を想像していたんだ」
「だろうなあ。そんな二つ名から想像するとそうなるわ」
「だが、お前は小さくか弱い」
思わず足が止まってしまった。
同時に、背後から抑えた笑い声が聞こえて来る。
「……笑いたいなら思いっきり笑いましょうよ、ねえ」
「いや、悪い」
「お前が、ぶふっ」
「あれ?何か俺間違えたか?」
その言葉にとうとう堪えられなくなった先輩達がぶははははははっ!と声を上げて笑い出し、第八皇子とクラヴィスさんが戸惑いながら顔を見合わせていた。
「殿下」
「あー、頼むからシオと呼んでくれ」
ヴィーが呼ぶと、顔を顰めて名を呼べと言った第八皇子に、ヴィーはにっこりと微笑んだ。
「殿下。いちるが小さくて可愛らしいのは同意しますが、それは私が知っていれば良い事ですから」
微笑んだヴィーにそう言われた第八皇子が怯み、私は眉間に皺を寄せてヴィーを見上げる。
「え、そこを張り合うんですか」
「そうだけど?」
「まあいいですけど」
「いいのかよ!なあいちる、お前どんだけなんだよ」
ゲラゲラと笑うオーラン先輩が、腹を抱えながらそう言って来る。
「そりゃ、リクト隊長と張り合えるぐらいですけど何か?」
「ああ、まあ、いちるは昔からエルト様至上主義だからな」
「俺はもっと昔からだよ」
「いなかった時の事言われても。それに長さじゃないですし」
「負け惜しみはいいよ、いちる」
「リクト隊長こそ悔しいからって長さで来るなんて恥ずかしい」
「おい、止めろ」
リクト隊長を睨み上げながら言い返していると、間にギルニット隊長が入って来た。解ってますよ、私の命の危機だって事ぐらい。
だけど、この勝負、受けて立ちますっ!
「ギル、邪魔」
「ははは、私の方が濃いお付き合いだと認めてるんですねえ」
「何だ、俺より薄い事を自覚していたのか」
何だとこの野郎と、リクト隊長と睨み合って対峙する。
緊迫したその空気に、間に入って来たのはヴィーだった。
「あのさ、嬉しいけど恥ずかしいから止めよう?」
「はい」
「はあい」
そして、一瞬で霧散した緊迫感に第八皇子とクラヴィスさんが呆気に取られ、ジェイド隊長とオーラン先輩は溜息を吐き、ギルニット隊長はクツクツと笑っていた。
「……凄いな、お前ら」
おっさんの声に第八皇子とクラヴィスさんが我に返り、案内を再開させた。
微妙な空気だけど気にしない。
「あ、チオ」
「シオさん」
呼び止めた女の子が振り返り、第八皇子に挨拶をしているのを眺め。
「チオ、紹介する。彼女が黒き乙女だ」
「いちるですよ」
「あ、チオと言います、こちらにお世話になっています」
「チオはザクト火山の向こうにある、ラインハルトから来たんだ」
その言葉に、私は目を輝かせてマジマジとチオちゃんを眺めてしまう。
赤茶色の髪を肩の下辺りで切り揃え、黒いリボンで一括りにし、こちらを見る瞳は綺麗な琥珀色で真っ直ぐに見て来てた。見た目で言えば十四、五歳に見える、とっても可愛らしい顔立ちの娘さんだった。
「ああ、ギルから聞いているよ。君がそうなのか」
「はい、あの時はお世話になりました」
「いや、気にしないでくれ」
うおおお、この子がギルニット隊長が言ってた子か。つうか、可愛いんですけど?え、この子がすごい力がある?
「えっと、チオちゃん?」
「はい?」
「いちるです。よろしくね?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「チオちゃん、ここでお世話になってるの?」
「はいそうです。えっと、争いから逃れて来る人がザクト火山を超えようとしたり、砂漠を超えようとして来るので、危険だからと」
「ああ、あの魔物ね」
「はい。なので、どういう事なのか確認に来て途中でシオさんに出会ったんです」
「……なるほどね」
「ザクト火山には赤竜がいるので、刺激されるのも困るんです」
「おお、やっぱり本当にいるんだ、竜!」
「はい。頂きに住んでいるんです」
「会いに行きたいんだけど、行ってもいいかな?」
「え、危険です!その、私は大丈夫なんですけど」
「じゃあチオちゃん、一緒に行こうよ」
「え!?」
「ま、待て待て。その、今いなくなられるのは困るんだが」
「……えっと、いちるさんをご案内するのは構いません。ですけど、私の判断では出られなくて」
「おお、誰かと一緒に来たって事だね?」
「はい。ディルナルド様とウェルガル様が」
マジか、そっちも竜人と関係あんのかなあ?
あー、放り出してすぐにでも行きたいのに。
「あ、ごめん、何か用事を済ませてる最中だったね」
「いえ、大丈夫です」
「ごめんね。また後で話しをしよう?」
「はい、是非」
そしてチオちゃんを見送った私に、第八皇子の視線が飛んで来る。
「……チオを気に入ったのか?」
「まあね」
そう言った途端、何故か第八皇子が落ち込み、クラヴィスさんが慰めていた。
それを見ながらおっさんが苦笑し。
「いや、シオはな黒き乙女の噂を聞いてから、会えるのを楽しみにしていたんだ」
「じゃあやっぱりイメージ壊したか」
「いや。シオは自信があったからな」
「……ん?」
「一応これで、人気者だったって事さ」
「ビンス、黙ってろって言っただろ?」
「振られたなあ、シオ」
そう言って笑い合っているのを、しょっぱい気持ちで眺めてしまう。
男同士のこういう盛り上がりって、今でも良く解んねえんだよねえ。
「あー。あのさ、私この人と結婚してるから」
からかわれるのは真っ平ごめんだと、ヴィーにくっ付きながらそう宣言しておいた。
おっさんと第八皇子とクラヴィスさんは、また目を真ん丸にしてこっちを眺めてアホ面を晒してこっちを見てたけど、ヴィーにくっ付いてじっと眺めていると、やがて溜息を吐きだし、また城の中を案内してくれた。
「……そろそろ、昼食の時間だから」
「では食堂に行きます。案内ありがとうございました」
「良ければ一緒に食べよう」
「なら、一緒に食堂に行きましょうか」
「ああ」
そして、ゾロゾロと食堂に入り、おばちゃん達にもう一度挨拶をしてからテーブルに着き、運ばれて来る食事を次から次へと食べて行くと、あちらの三人がまた目を真ん丸にしていた。
「いちるちゃん、これもお勧め」
「何これ」
「ルルガ―の肉を蒸し焼きにして、バレリーの実をすり潰してソースにするのさ」
「バレリーの実?」
「そうそう、この辺りの名物なんだって」
「ちょっと酸味がある所が美味しいよ」
そして、ありがたくそれも平らげ、第八皇子にご馳走様でしたと礼を言い。
「あ、ああ、その、うん、口にあって良かった」
「お前、すげえ食うのな?」
「まあねえ」
「身体全部に胃袋があんのかよ」
「まあそんな感じ」
そして、私達の部屋だと空いている部屋に案内してくれる。
「好きに使ってくれて構わない」
「そりゃどうも」
「……本当に夫婦なんだな」
「まあね」
同じ部屋に入ったヴィーと私にそう言って来た第八皇子は、再び肩を落としつつ部屋を出て行った。
「何ですかね、あれ?」
「んー、想像力が豊かなんじゃないかな?」
「ったく、まあ勝手に良い女想像してたんでしょうけど。こんなんで悪かったなって感じですよ、失礼な」
「……なるほど、そう取るんだ」
「え?」
「いや、何でもないよ」
ま、ムカつく第八皇子はどうでもいい、チオちゃんと仲良くなりたいわあ。
「明日はチオちゃんと仲良くお話したいですね」
「そうだね、楽しみだ」
「ですね。それより本当に竜がいるとはっ!もうヤベエ、興奮します」
「おっと、お誘いかな?」
「しょうがないですね、誘ってあげますよ」
そして、明日を楽しみにしながら眠りに付いた。




