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第三話 浮気じゃないのになんか気まずいってあるよね?

「この人数で行ったらダグのおやっさんも困るだろ?」

「お前ら散れっ!」

「冗談だろ、お前らのせいで腹減ってんだぞこの野郎っ!」


 腹ごなしは万全、店のメニューを片っ端から片付ける気満々ですよ。

 そんな飢えた黒騎士全部で十三人。こりゃ本気で店仕舞いだな。

 そうしてワイワイ騒ぎながら入った店では、見慣れた常連達が歓迎してくれた。


「よおいちる!相変わらず腹空かしてんだなあ」

「聞いたぜ?昼間、露店の物食い漁ったって」

「美味かったよ。ダグさん、メニュー片っ端から持って来て!」

「ははは、そう来るだろうと思ってな、待ち構えてたぜ!」


 カウンターの奥からダグさんが出て来たと思ったら、今度は次から次へと料理が運ばれて来る。テーブルに乗せた途端に誰かの胃袋に収まって行くその料理の数々に、黒騎士共がそれぞれにどんどん食べて行ってしまう。


「ちょっと!私まだ一口も食べてないんですけどっ!」

「早いもん勝ちだろ?」

「いつも自分が言ってるじゃねえか」


 ちょっとおっちゃん達と喋っていたらこれですよ。

 これはヤバい、食べる物がなくなると慌てて参戦し、店のメニュー五巡目辺りで目出度く売り切れとなりました。


「いやあ、食べた食べた」

「……あの量、何処に消えたんだよ」

「腹ん中に決まってんだろ?」

「ありえねえ、本気でありえねえよ」


 膨らんだお腹を擦りながら答えれば、ヒュウは眉間に縦ジワ寄せて何度も何度も私の顔とお腹を交互に眺める。


「やだ、エッチ!」


 きゃっ、って感じでそう言ってみたらやけにげんなりした顔で溜息吐かれた。

 バシッと頭を叩いておく。


「くそう、また負けた」

「ははは、まだまだだぜ。ま、これでも飲んでよ」

「家の酒じゃねえか」


 ダグさんといつものやり取りをして、店中に酒を配った後全員で笑いながら酒を飲む。

 ちゃんと後片付けも手伝うんだぜとばかりに、黒騎士共が厨房に入って皿洗いをしてたりする。ダグさんとはコルディックに来た時からの付き合いで、気の良いおっちゃんであるダグさんは、こうして偶に黒騎士に思いっきり食べさせてくれるのだ。


「美味かったよ」

「今日こそは行けると思ったんだがなあ」


 そう言いながら剃り上げている自分の頭をつるりと撫でた。

 

「おし。今日も目標達成だな!」

「だな!」


 イルクと拳を合わせて喜び合いつつ、コップの中の酒を一気に煽る。

 みんなでワイワイと騒ぎながら飲み続け、結局酒樽五個が空になった。


「いやあ、美味かったよ。ごちそうさんでした」

「おい、いちる。これは多過ぎだ」

「あれ、合ってなかった?」

「お前、まだ計算苦手なのか?」


 ちっ、気付かれちゃったよ。

 ダグのおっちゃんはいつもピッタリしか受け取ってくれないんだよなあ。


「ごめん、頑張るよ」

「おう、真面目に頑張れ」


 たぶん、ダグのおっちゃんも気付いてるとは思うんだけど。


「いちる。また来いや」

「……当たり前」


 酒場としては早い時間に看板になった店を出て手を振る。


「また来るよ!」

「おう!」


 そうして、それぞれに帰路に着く。

 何となく城に向かって歩いている途中、イルクが腹ごなしついでに警邏して行こうぜと言うので、何となくぶらつく事にした。

 ヒュウが付いて来ようとしてたけど、どうにも食べ過ぎて吐きそうだからと、黒騎士共と帰路に着くのを見送り。街中をぶら付きながら、早速酔っ払ってるおっちゃんに早く家に帰れよと声を掛けたり、花街の姐さんがカモ見付けてるのを見て親指立てたり。

 街中をぐるりと一周回ってから城に戻った。


「あー。食べ過ぎて疲れた気がする」

「確かに」


 城の屋上で見張りの新人がこっちを意識しながら見ない振りしているのを眺めながら、イルクと二人、何となく落ち着いた。

 屋上の腰壁に座り、空を見上げれば今日も真ん丸の月が出ている。


「大丈夫か?」

「……おー……」


 久し振りに城から出て騒いでたけど、やっぱりお見通しか。

 そのまま何も話さずに暫く二人でぼうっとしてたんだけど。


「私さあ、こっちに来てからずっと、走り続けてきた気がするよ」

「……息切れしたか」

「まあ、そんなとこ」


 何かに急き立てられているように、何かに追われているように、ずっとずっと走り続けてた。


「大公妃殿下がいなくなってさ。何か急に、迷子になった気がしてんだ」

「迷子?」

「そう、迷子。自分が何に向かって走ってたのか、何処を走って来たのか、わかんなくなっちゃってさ」


 ぽつんと、独りきりになってしまった気がしたあの時から、動けなくなってしまった。


「……お前は、もしかして帰りたいのか?」

「いや?あー、帰りたいってのは無いんだよ、それだけは断言するわ」


 不思議なんだけど、帰りたいと思った事は無いんだよね。そう言うんじゃなくて。


「勿論、懐かしく思い出す事はあるよ?でもそう言うのって普通だろ?」

「まあな」

「うん。何て言うか、そう言うんじゃなくて……、何て言うか、どうしようもない程の孤独感に苛まされてる」

「………………お前が?」


 ゴツッと肩に拳を入れると、イルクがクツクツと笑い出した。


「いや、悪い。なんつうか……、お前っていつも誰かに囲まれてんだろ?」

「そうかな?」

「勿論味方ばかりって訳じゃねえけどさ、そんでも必ず誰かが隣にいるだろ」

「……あー、確かに。今もイルクがいる」


 城壁に腰を下ろした私の隣に、腰壁に肘を預けて凭れているイルクは確かに隣にいてくれる。


「今日だって、外に出た途端に声掛けられて露店で食い通しだろ?訓練場では後輩達から稽古付けてくれって言われてたし、ダグのおやっさんとこじゃ常連達と肩組んで歌ってたろ」

「……確かに」

「店を出れば馴染のおっさん達が声掛けて来るし、花街にも顔が効くじゃねえか」

「そりゃ……、目立つからなあ」

「それだけじゃねえよ。いや、確かに最初はそうだったけどな」


 まあ、全身真っ黒な私は、確かに目立ってたからなあ。


「今はもう違うって分かってんだろ?」


 イルクの言葉に溜息を吐き出し「まあねえ」と答えた。

 偶に、それが重過ぎると思う時もあるけど。


「……バンジーやって良い?」


 イルクが軽く笑ってどうぞと右手を空中に出すので、座ったままの形からそのまま落ちた。見張りの新人が叫ぶのを聞いて、そういやアイツに言ってなかったって気付いたけど。

 まあ、イルクが説明すんだろうと、そのまま落ちて行って地面ギリギリで止まって浮上する。


「ちょっと楽しい。もっとやる」

「おお、行って来い」


 新人が顔を青褪めさせてイルクの所にいたけど、イルクが笑いながら何か説明してるのを見ながらまた落ちた。この胃袋が浮く感じがくすぐったくて堪んねえ、何て思いながら、何度か自動バンジーを楽しんだ後屋上に戻る。


「驚かせて悪かった」

「は……、いえ……」

「慣れておいた方が良い。いちるはこういう奴だ」


 イルクの説明に右手の親指を立てて見せれば、同時にイルクも親指を立てて見せていた。

 まあ、こういう所が息が合う証拠って言うか。


「母さん、お邪魔してもいいですか?」

「なんだ、酒か?」

「それと果物ですよ」


 グラスを三つと、果物が乗った皿、酒瓶を片手にやって来たティーラに、イルクと顔を見合わせた後クスリと笑う。


「散々飲み食いしたけどまだ入るって言うね?」

「まあ、俺もいけるかな」

「良かった。実はやっと今仕事が終わった所でして」

「マジか。忙しいんだな」

「ええ、母親が飲み食いしている間働いてます」


 眉を上げて顎を上げて睨んでやれば、イルクがクスクスと笑い出す。


「形無しだな」

「まったくだ」


 酒を注いだグラスを合わせ、ゴクリと飲み干した。

 果物を口に入れて咀嚼しながら、何となく三人で顔を見合わせてしまう。


「なに?」

「なんだ?」


 イルクと同時に口を開くとティーラが笑う。


「そう言えば、イルクさんとこうしてお酒を飲むのは初めてですね」

「そう、だな?」

「そうか?」


 再び同時に答えたイルクと私に、ティーラが声を上げて笑い出した。


「確かに、息が合うようですね」

「認める」

「だな。一番組みやすい」

「ああ、そう言えば母さんとイルクさんの組み合わせは最悪だと言われてますからね」

「あー、そりゃ別の意味だな」

「やらかしたからなあ」

「自覚あったんですか」


 わざとらしく驚いた顔でそう言うティーラにクスクスと笑う。

 黒騎士共を使って色々実験して改良して売り出して。

 見つかって叱られるって言う様式美を描き出して。


「父さんは、羨ましいと」

「え……」

「へえ。そんな事言ってたのか」

「僕が子供の頃ですけどね。一度だけ、そう言っていたのを聞いた事がありますよ」

「ふうん。そういや最初の頃に何か妬いてるみたいな事言われた事あったなあ」

「お、前、え、本当に?」

「おー。すっかり忘れてたわ」

「……俺、よく殺されなかったよな?」

「ははは、イルクとヴィーの試合も面白そうだな」


 笑いながらそう言うと、イルクが恨めしそうな顔で睨んで来た。


「俺の命懸けの試合になるだろうが」

「そうか?割りと良いとこ行けるんじゃねえの?」

「ジェイド隊長に敵わない時点でまだだろ」

「あー、こんなに真面目に訓練してるってのにおかしいよなあ」

「……真面目?」


 的確なツッコミを入れるティーラの肩を拳でどついて黙らせた。


「父さんと母さんが組んだらどうなるんです?」

「そりゃあ……」

「私が付いて行けなくて無理。あの人神レベルだから」

「んー、たぶん単独で黒騎士の半数は沈められるだろうなあ」

「おー。しかも隊長クラス全員含んでな」


 それがあっさり想像出来て、何だか溜息を吐き出した。


「何で、ああいう風に何でも持ってんだろ」


 いつだってそう思う。

 神様に愛されてるってのは、ヴィーの事だと体現してくれているかのようで。


「何でも持ってるように見えて、何も持っていないのかもしれませんよ?」

「ん?」

「父さんは、何も持っていないからこそ母さんを欲したのかもって」


 ティーラがそんな事を言うので、何度も瞬きをした後おでこに手を当てる。


「……熱は無いです」

「そのようだ。何だよ、私の息子のくせに哲学的な事言いやがって」

「お前、自分の息子に失礼だろ」

「いやだって、私の息子だよ?おかしいよ、何だ、病気か?」


 クスクスと笑いながらからかっていたら、ティーラが拗ねた。


「いいですけどね、別に。今頃きっと、父さんは寂しがってますよ?」

「いやあ、現役のお嬢さん方を捌くのに忙しいと思うね」

「じゃあ、父子揃っての醜聞が聞こえてくるかもしれませんね?」

「ははは、醜聞が聞こえたって事は相手にされなかったって事だな」

「逆に何も聞こえない方が怖いってか」

「おうよ。ま、無理だろうけど」


 そんな風に、三人で笑い合いながら酒を酌み交わした。


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