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第二話 気合いを入れる!

 各方面にばら撒いた手紙はどうやら私の親心を理解してくれたようで、リヴィの悪評は形を潜めた。その分、密やかな嫌がらせが流行り出したようなので、いい加減にしねえと捻り潰すぞ小娘がと真摯な手紙を書いたら、皆さん結婚が決まったようで。

 王都は今結婚ブームと言われるくらいに目出度い話が飛び交っているそうだ。


「目出度い話が多過ぎて、王都での経済効果は凄いらしいですね?」

「そうだね。国が潤うってのは良い事だ」

「ですよねえ。ならもう少し頑張ってみましょうか」


 そうして、互いに競い合った花嫁衣装や嫁入りの仕度で隠し金まで出して来たお家には、黒騎士の訪問が待っていた。いやあ、本当、素晴らしい結婚ブームですよね。

 

「かすめ盗った物を五倍にして返してくれるなんて、親切な方が多いですよね」

「そうだね。その分、どうやって還元しようかと悩んでいるよ」

「魔獣の大発生に備えた頑丈な囲いとか、移動に伴う警備費用の負担が良いと思います」

「……なるほど。それもそうか」

「はい。その辺の金を浮かせてたんですから、徹底的にお願いしますよ」

「今まで、国庫からはその費用が捻出できず仕舞いだったからね」

「地方任せでしたからね。安心して暮らせるってのは大きいですよ」


 小娘共を押し付けられた男達には、ほんのちょっぴり悪かったかなと思うけどさ。

 ま、似た者同士で上手くやってくれ。


「これでリュクレースも随分静かになる事だろう」

「……次代に繋ぐ辺りには、もう少しましな人が増えていると良いんですけどね」

「そうだね、そう願うよ」


 随分と、豊かになったとは言え。

 地方ではまだまだ足りてないし、魔獣が来ればあっと言う間に全てを失ってしまう。

 いつだって命懸けの日々を送っているから、国も人も育たない。


「……なあ、いちる」

「はい」


 コルディック城のヴィーの執務室は、窓が大きくて太陽の明かりが良く入る。

 その窓から一望できる庭と、そこから見えるコルディックの街並みを眺めていた私は、後ろからヴィーに抱き締められた。


「いちる、愛しているよ」


 結婚して何十年、その前から数えるともうどれくらいになるのか。

 良く飽きもせずに一緒にいてくれるもんだと思う。


「……私、最初の頃は朝目が覚める度に何かもう自信喪失の日々でしたよ」


 首にキスを落としながらヴィーがクスクスと笑う。


「何だっけ?神様の彫刻?」

「そうですよ。まったく、そこいらの女性より綺麗な顔が目の前にあるんですからね。乙女として色んな物が崩壊しますから」

「鼻毛書いたじゃないか」

「完璧すぎる物ってのは壊したくなるんですよ」

「瞼に目を書いたし、額に皺も書いたよね」

「ほっぺに渦巻も書きましたし、猫髭も書きましたけど?」


 ヴィーが可笑しそうにクスクスと笑う。


「俺にそんな事しようとしたのはいちるだけだ」

「おかしいなあ、誰もが思う事だと言う確信があるんですが?」

「そうか?まあ、いちるなら許すよ」

「良く言う。反省室に放り込まれたのは数えきれませんけどね?」

「許す事と反省する事ってのは別物だからね」

「ああそうですか」


 窓から見えるコルディックの街並みは、初めて来たあの頃より随分活気があり、賑やかになったように思う。


「ヴィー」

「うん?」

「愛してます」


 振り返り、ヴィーの顔を見上げながらそう言うとにこりと微笑んで見せた。


「最近、照れなくなってしまったね」

「……そう改めて言われたら照れると思いませんか?」

「だから言ったんじゃないか」


 ちくしょう。

 睨み上げている自分が莫迦みたいだ。


「いちる、少し、王都へ行って来るよ」

「……わかりました」

「何か、ついでがあるなら言ってくれるかな?」


 ついでと言うか……、お墓参りがしたいとは思っているんだけど。

 まだ私は、動けずにいる。


「焼き菓子でも買って来よう」

「…………はい」


 動けずにいる私を見透かしたかのように、ヴィーはそう言って私のおでこに唇を落とし、何度も頭を撫でてくれた。

 ジグルドおじいちゃんも、大公殿下も、大公妃殿下も愛していた。

 自分でも何でこんなに気落ちしてるのかわからないし、ヴィーを差し置いて落ち込んでるのも悪い気がしてるんだけど。どうしても気力が湧かなくて、どうしようもないんだ。


「いちるは今まで頑張っていたんだ、休む事も大切なんだよ」


 笑いながらそう言ったヴィーが王都へ出立して行くのを見送り。


「母さん、ポーカーでもやりましょうか?」

「嫌だ。お前らとやるとムカつく」

「やだなあ、インチキなんてしてませんよ」

「それがわかってるから余計ムカつくんだよ」


 まったく、私が教えたゲームだってのに勝てた試しが無いとかどうなのよって感じだ。

 いいけどね。別に気にしてないからいいけどねっ!


「……母さん」

「んー?」

「僕、赤ん坊に戻りましょうか?」


 ティーラのその言葉に何度か瞬きを繰り返し。

 バシッと頭を叩いておいた。


「酷いですね」


 そう言いながら、私が頭を叩く時はティーラ自ら頭を差し出して来る。背の高さからくる違いで、そうして貰わないと叩けないんだけどね。


「……ティーラ、愛してるよ」


 背中を軽く叩きながらそう言えば、クスクスと笑って返事をした。


「さて。昼寝でもしようかな」

「添い寝しますよ?」

「ははは、笑える」


 まったく、子供にまで心配掛けるとか駄目な母親だな、私。


「仕事しろ。コルディックはあっと言う間に足元掬われんぞ」

「……はい」


 ティーラを執務室へと追い立てた後、やっぱり何もする気が起きなくて屋根に上がる。コルディック城に作られた屋上の更に上からの景色は、見晴らしが良くて大好きだ。

 ヨウグ連山とモルト河が見えるし、リュクレースが緑多い国だって事が良く解る。


「いちる、いるんだろ?」


 景色を眺めながらぼうっとしていたら、下からイルクの声が聞こえた。覗き込んでみれば、屋上にイルクとヒュウの姿が見える。


「あれ、留守番?」

「まあな」


 仕方ない、ぼうっと過ごす事は出来ないようだと諦めて屋上へと降りた。


「飯でも食いに行かないか?」

「んー……」

「行こう。ダグのおやっさんが最近いちるが来ないってぼやいてた」


 ヒュウの言葉に苦笑し、解ったと頷いた。

 そういやずっと王都に行ってたし、戻ってからは引き籠ってたから街中に降りてもいなかった事を思い出す。


「仕度して来る」

「正門で待ってるよ」


 屋上から中へと入り、軽く手を上げて二人と別れた後、私服に着替える為に部屋に戻ればヤールさんが出迎えてくれる。


「出掛けて来ます。たぶん、夜まで」


 イルクとヒュウが来たって事は、皆に心配掛けてるって事だってわかってる。

 いつだってこうして、気に掛けてくれる人がいるんだよねえ。


「ヤールさん」

「はい」

「ありがと」


 そう言ってから部屋を出て、イルクとヒュウに合流する。

 

「さて。行こうか」


 そうして三人で笑い合いながら歩き出し、まずは軽く何か腹に入れてからと思ったんだけど。


「いちるちゃん!良い所に来たよ、今焼けたばっかりだよ!」

「おー、美味そう!」

「いちる、今日あんまり売り上げないんだよ。協力して行きな!」

「はいよー」


 なんて、通りの両脇に露店を構えてるハイエナ共に餌食にされながら歩いていたら、胃袋の三分の一くらいは満たされてしまうと言う。


「……こりゃ、ダグのおやっさんも待ち構えてるな?」

「話しが行くの早いからねえ。美味いもん用意してくれるだろうさ」

「だな。一旦腹ごなししてから行くか?」

「いいねえ。思いっきり魔法をぶっ放して腹っ減らしになっとこうかな?」

「店の食い物無くなるんじゃねえの?」

「あー。何回かあったな、それ」

「あんのかよっ!?」

「ああ、あったな?」

「え、イルクさんもですか!?」

「まあな」


 信じられねえと呟いたヒュウに、イルクと顔を見合わせて笑ってしまった。

 ま、ダグさんとこってのは、酒場でもあるけどガッツリ食べられる食事も出る所だからな。それ全部平らげた時には、何かもう偉業を成し遂げたような満足感があったし。


「よし。訓練所に戻ろうぜ」

「付き合うぜ!」

「当然だろ?」

「ちょ、ちょっと待って下さい!え、ホントに食べ切るつもりですか!?」

「え?お前無理なの?」


 イルクと二人でヒュウを見ていると、ヒュウは何度かパクパクと口を開け閉めし、視線を彷徨わせた後。


「……行きますよ、決まってるじゃないですか!」

「だよなあ?」

「よし、これでヒュウも立派な第一隊だな!」


 割りと悲壮な顔付きでそう言ったヒュウに、イルクと私が乗っかった。ま、本気でヤバそうな時は止めるんだけどな。


「何作ってくれるかなあ?」

「肉食いてえなあ」

「出るだろ、普通に。取り敢えず塩胡椒のシンプルから始まって、匂う草と一緒に焼いた奴と、何かのソースで煮込んだ奴と、あの卵が付いてる奴が良いな」

「メニュー片っ端からだろ?」

「……何巡目まで行けるかな?」

「それはこれからの運動次第だろ」

「おしっ、気合い入ったっ!行くぞ、ヒュウ!」

「え……、本気で食うのかよ、なあっ!」


 ヒュウの背中に拳を入れた後イルクと二人で走り出せば、ヒュウが慌てて追いかけて来てそう聞いて来る。


「当たり前だろっ!ついでに酒樽も三つは空にすんぞ!」

「お前、それは体積的に無理だろっ!」

「何故か入るから安心しろよ」

「そうそう、何故か入るんだよなあ」

「ガッツリ行くぜ!」

「おうっ!」


 そうして、黒騎士訓練所で他の黒騎士共を蹴散らす勢いで暴れ始めた私達に、ラント団長の拳骨が落ちて来たのは言うまでもない。


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