第十話 使い走りにされる私達
「何か、伝言はあるか?」
「お世話になりました、と」
「そうか。旅の無事を祈ってるよ」
朝方、皆がまだ寝静まっている内にフォルサスを出ようとした私達は、こっそりと移動して行ったんだけど。どうやらコルサさんにはバレバレだったようだ。
やっぱ優秀だな、フォルサスの騎士。
「コルサさん、リンデリアに助力を願った方がいい」
「ああ。そうする」
またなと言って手を上げた後、リドルの腹を蹴った。
リドルごと空に浮き、そのまま王都の壁を越えて外に出る。
「ヴィー、次は何処へ行きましょうかね?」
「何処にしようかなあ?」
「ま、あての無い旅ですからねえ」
着地の時に何となく違和感を覚えて足の辺りを見下ろせば、コルサさんが持たせてくれた携帯食がぶら下がってた。
それを見下ろし、一緒に何かが入ってる事に気が付いた。紙束を丸めた物がほんの少し顔を出している。
なんてわざとらしい。
「なんでしょうかね、これ?」
「ん?」
一度街道脇に寄ってリドルを止め、紙束を引き出して見た。どうやら一番上のが私達宛てらしく封蝋もされていなかったので、それを開いて読んでみる。
「……リンデリアといいフォルサスといい、なあんか私らの事使い勝手の良い使い走りだとでも思ってんじゃないでしょうねえ?」
「ふふふ、まあ、王都から使いを出すより早いと認められているって事だよ、いちる」
「ですけど、通り過ぎるついでに届けろとか。帰り掛けにも寄ってパンツ姿で城内走らせるぞ畜生め」
「いいね、それ」
「よし、国王陛下近衛隊のパンツ走り決定って事で」
「そうだね、この報酬はそれで行こう」
コルサさんからの手紙には、トクラノ国境にいる第二王子殿下への大至急の命令書。
それを他国の私らに預ける事態間違ってるけど、急な命令変更だから間に合わなくなるかもしれないってんで持たせたらしい。
たぶんだけど、直接は言いづらかったんだろうなあって解るけどさ。
「気付かなかったー、残念だなあ、なんてのもありますけど」
「まあ、それならそれでいいんじゃないかな?他の手も打っているだろうしね」
「うーん、なんかそう言うのも含めて、フォルサス騎士って侮れないですね」
「そうだね」
そうして、コルサさん情報の家のリドルが走っても大丈夫な所を示された地図を見た後、ヴィーと二人で王都からトクラノ国境まで駆け抜けた。
一日掛からずに辿り着けたのはリドルを本気で走らせる事が出来たからだと思う。
「さて。あの国境戦を想定した陣をどうします?ちまちまと取り次ぎして貰ってたら時間掛かりそうですよね?」
「……いちる、髪を解いて黒髪を見せ付けてみる?」
「あー。通じますかね?」
「駄目で元々かな?」
取り次ぎより手っ取り早いのは、用がある第二王子に出て来てもらう事だからね。
「よし。準備終わりました」
「じゃ、行こうか」
「ええと、黒き異端者?」
「絶望の方が良いんじゃないかな?」
クククと笑いながらそう言うヴィーに「ちゃんと天空の麗人って名乗れよ?」と睨みながら、久し振りに髪をポニーテールにして並んでリドルを歩かせる。
防御魔法で囲い、剣を抜く事をせずにそのまま突っ込んで行く。
「リュクレースの天空の麗人と黒き絶望、フォルサス国王よりお預かりした命令書をお持ちした。第二王子殿下に取り次ぎを願いたいっ」
拡声の魔法でそう呼び掛けてみれば、あっと言う間に囲まれたけどまあ想定内。
動くなって言って来て、剣を突き出して来るのも想定内。
防御魔法に弾かれて飛ばされ、いきり立っているのを冷ややかに見下ろし。
「こちらから手出しはしない。だがこのまま押し通る」
「ま、待てっ!」
歩みを止めようと懸命になるフォルサスの騎士達は、徐々にざわめき始めた。
おい、本当に黒髪だぜ、あれ。じゃああっちは……、と言う声がやっと広がり始め。
「おおおおおおお、あれが黒き絶望……」
「すげえ……、本当に天空より遣わされたのか……」
男達の野太い声でヴィーへの賞賛の言葉を聞くのは、何て言うか久し振りなのでついつい、口元が緩んでしまう。危ない危ない、ここで笑ってはいけないと思う度に緩んで行く。
この締まりのない口め、駄目じゃないかと思うのに、それでも緩んで行く口元に必死で閉じているよう力を篭めていたと言うのに。
「変な顔をしているより笑った方が良いよ、いちる」
隣でそんな疲れた声がした途端に吹き出し、思い切り笑ってしまった。
「だって、野太い声で、『美しい』って、もう、本気で、どうしようかと」
「まあ、久し振りに背筋がぞわっとしたよ」
笑いながら小声でそう会話をしていると、いつの間にやら前を塞いでいた兵士達がいなくなっていて、騎士が待ち構えていた。
「あー。こほんこほん」
誤魔化す為に棒読みの咳をした後、顔を上げて向き合う。
「リュクレース国の天空の麗人と黒き絶望です。故あってフォルサス国王陛下より命令書をお預かりしている。第二王子殿下に直接お渡ししたい」
「……お伺いするが、何故」
「それは第二王子殿下に直接お話しします。封蝋の確認をした後、至急お時間を頂きたい」
命令書を掲げながらそう言うと、訝りながらも前に進み出て来た騎士が「本物です」と声を上げ、私達を騎士が囲んで視界を遮った後、離れて行く足音が三つ聞こえて来た。
やっぱフォルサスの騎士すげえなあ。
「防御魔法を纏っている故、手を出されませんよう。これは忠告です」
後ろで手を伸ばそうとしていた騎士が、慌てて手を引っ込めた。ふふふ、バカめ、後頭部にも目が付いてんだぞ?なんて思いながら、にやりと笑いつつ振り返れば、手を伸ばしていた騎士がごくりと唾を飲み込んだ。
「……確かに、黒髪であるようだが、しかし」
「けど、顔は変えようがないではないか」
「ま、まあ、確かに、あれだけ整った顔は」
ぼそぼそとやり取りする声が聞こえた時、ヴィーがここぞとばかりに完璧に二コリと微笑んだ。一斉にぱかっと口を開いた騎士が頬を赤く染めている中、駆け出して行った足音が戻って来て私達は第二王子殿下の下へと案内される。
「リュクレースのコルディック公爵夫妻とお見受けする」
「初めまして、第二王子殿下。エルヴィエント・コルディックと申します。こちらは妻のいちるです。何卒お見知りおきください」
「うん。私はエイサーダと言う。早々にすまんが、命令書を渡して貰えるだろうか」
微笑んでこくりと頷いたヴィーは、エイサーダ王子の後ろに立っていた近衛兵にその命令書を渡した。目の前に差し出された命令書を見ながらぷっと吹き出し、はははははと快活に笑いながら「なんだ、つまらんな」と言った近衛兵の格好の王子を半目で見てしまう。
「いや、すまんな。俺の兄弟には会ったか?」
「はい、お会いさせて頂きました」
「うん、個性的な兄弟でな。まあ、時期が時期だけに用心させて頂いた。許せ」
命令書を受け取り、それを読んだ第二王子は自分の身代わりをさせた部下にそれを渡し、直ぐに手配をするよう伝える。
「どうやら貴殿達には随分世話になったようだな」
「お役に立てたようで安堵しております」
「いや、こちらこそ世話になった。出来れば俺も世話になりたいな?」
「……伝令役でも必要ですか?」
「すまんな。第四騎士団団長、シュレイツ・モルゴットに大至急サスフェース国境を閉ざすよう伝えて欲しいのだ」
快活にそう言って来るけど、実は事態は逼迫していたりするんだよね。
なんせ、トクラノとサスフェースからの同時侵攻が来るっぽいから。
「いいでしょう。今晩中にはお届けしましょう」
「すまない。我々はリュクレースへの恩を忘れない」
そうして急いで認められた命令書を持って、今度はフォルサス南東へと向かう。
サスフェースとの国境砦辺りには第四騎士団が詰めていて、入国に関しては厳しめに取り締まっていると聞いた。
既に夜中近くになってしまったけれど、辿り着いた国境門砦で第二王子殿下から命令書を預かっている事を伝え、第四騎士団団長シュレイツ・モルゴットさんに取り次ぎをして貰う。
ここでも黒髪とヴィーの顔が効果を発揮するって、色々と面白いなあって感じだ。
あ、って事は第二騎士団団長のゼルス君は最初からわかってて仕掛けて来たか。アイツ、抜けた顔してるくせに抜け目ねえな、ちくしょう。
「私がシュレイツ・モルゴットです」
そう言って出て来た巨体に、ギルニット隊長を懐かしんだ後第二王子からの命令書を渡した。そして、慌ただしく動き始めた砦に泊まるよう言われたけど、それを断り。
本格的な侵攻が始まる前にと、フォルサスからサスフェースへ抜け、そのままサスフェースを通り越した。
モルト河沿いを南下し、サスフェースから二つ目の国の森の中、二人で魔獣を倒しながらそれを食べつつ、ヴィーが地図を描いて行くのを眺める。
「ヴィーはそう言うの、勉強したんですか?」
「まあね。教えを乞おうと思えばいくらでも師を望めたからね」
「あー、そっか。そういや第三王子でしたもんねえ」
何かそれも懐かしいなと思いながら答えれば、ヴィーがクスクスと笑いながら顔を上げる。パチパチと薪が爆ぜる音を聞きながら、串刺しにしている肉の良い香りが漂ってた。
「いちる、旅は楽しい?」
「はい、凄く。見た事の無い魔獣とか、美味しそうな匂いを発しながらもクソ不味い木の実とか、すごく新鮮ですね」
「ああ、あれは本当に不味かったね」
クスクス笑いながらヴィーが答え。
「あ、そういや地図に魔獣の事も書いてますよね?」
「うん。フィズエラ辺境伯からの命令」
「ああ、魔獣の生態調査ですね。上手く行くと良いんですけどねえ」
「そう簡単には無理だと解っているからいいよ。ゆっくり時間を掛けるつもりだしね」
「まあ、子々孫々に至るまで調べるべきなんでしょうけど、何せ強過ぎて色々危険ですからね」
「そうだね。ま、可能な限りでいいよ。それより、いちるだって美味しい食事情報なんて書いてるじゃないか」
「えへへー、そうなんですよ。後でヴィーの地図を写して貰って美味しい食べ物地図でも描けたらいいなって」
「なるほど……。それもいいね?」
「ねえ?折角こうして異世界を旅してますから」
「……俺も、日本に行ったらそうしようかな」
「是非!美味しいご飯も楽しい観光地も任せて下さいですよ!」
日本の話しはヴィーが聞きたがったから、ヴィーには色んな事を話した気がする。
そういや、地図の話しもしたな。世界地図、一国地図、県地図、市街地図って細かく見る事が出来るとか。ああ、後食べ歩きマップの話しもしたなあ。あれは重宝したんだ、私。
観光ガイドの話しもした事あったけど、魔獣がいるリュクレースでは夢のまた夢だなって笑ってた。確かに、命懸けツアーになりそうですねって答えたけど。
本当に、どうしてリュクレースから離れるほど魔獣が弱くなって行くんだろう?
それも、後で解明されたりするんだろうか?それとも、世界の謎のままになるんだろうか?なあんて考えて行くと、やっぱりこの世界楽しいなあって思う。
「……もっと、大陸移動する人が多くなったら、共通金貨とかできるんですかね?」
「出来るだろうね。その元締めは儲かるし」
「リュクレースが仕切ります?」
「立地的に無理だね。それに面倒だ」
「まあ、確かに。真ん中辺りの国がやってくれるといいんですけど」
「そうだね。でも、組織を作って利益を出すだけの人数が移動すると言うのは、まだ先の事じゃないかな?」
「……ですね。やっぱ大陸戦争か、大航海時代か。時が動きそうですか?」
「さあ?でも、いつ動いてもいいように準備だけは怠らないようにしないと」
「まあ、そうなんですけど」
ヴィーの事を本気ですげえって思ったのは、日本の事と言うか、地球の事を話す時。時代も何もかもバラバラで、聞かれて思い出したような脈絡のない話に脱線しながらも話しを続けてて。
そうしたら、ヴィーは独自に年表作ってたんだよね。私のとりとめのない話からほぼ正確に。ビックリしたよねえ。
婚約して同じ部屋で過ごすようになってからは、毎日一つ、地球の事を話してた。
最初は家族の話しから、学校の友達、先生、授業や部活。就職してからの仕事の話もしたし、休日に遊びに行った遊園地の話しもした。何度も見た映画の話しも、何度か歩いた公園も、ヴィーは飽きもせずいつでも楽しそうに聞いてた。
そんで、『いつか、日本に行ってみたいなあ』って楽しそうに笑ってたんだ。
「ヴィー、楽しいですね」
「うん、楽しいね」
笑い合って夕食を摂った後、この先の旅の資金をそろそろ稼いだ方が良さそうだとなりました。
「それこそ、私の出番じゃありませんかっ!」
「けど、あまり魔力を使うのは」
「大丈夫です。お任せ下さい。あ、けど、銀一枚だけ下さい」
「……それだけでいいの?」
「はい。三日後には十倍にしましょう」
「大きく出たな?」
「はい。それくらいの意気込みで稼ぎましょうって事です」
ニカッと笑って見せれば、ヴィーがわかったと頷いた。
「ま、リュクレースでは一応止めないといけなかったからね。好きなだけやってくれ」
「おっと、ヴィーにも手伝いを頼みますよ?」
「わかってるよ」
クスクスと笑い合った後、この大陸の先にある国々へ思いを馳せながら眠りに付いた。
第一章 終




