第七話 公爵私兵団、その名も
リンデリア第一王子の部下代表、グリッド君は三十二歳だそうだ。嫁も子供もいるって聞いてちょっとビックリ。
「嫁と子供がいるのに純情ってどうよ?何か爛れてんの見すぎてんのかな、私?」
「それは誰の事かなあ?」
「誰の事でしょうねえ?」
リンデリア、意外に恐ろしいかもしれない。
既に王都に潜り込んでいたグリッド君の部下達が、全員の避難が終了した事を報告して来た後、私達は闇に紛れて城下に入り込んだ。勿論、門から入る馬鹿な真似はしない。
「……空を駆けるとか」
「気持ち良いだろ?」
ガックリと肩を落としているコルサさんにそう言えば、コルサさんは乾いた笑いを返してくれる。ま、守りの点で言えば防げないって事が解るから仕方がないっつうか。
「ヴィー、私の出番も取っておいて欲しいです」
「……大丈夫だよ」
「その間が不安です。まあいいですけど」
そしてグリッド君の部下三名と共に、私は王城へと駆けた。
ここからは別行動で、コルサさんとヴィーは堂々と城の正面から入って行く予定だ。出来るだけ騎士を引き付けて貰ってるうちに、コルサさん達の家族を取り戻すのが私達の役目。で、配置に着いて合図を待っていたら、随分と派手な合図を出してくれたって言う。
夜空にぽっかりと真ん丸の月が浮かんでいるってのに、いきなり稲妻が王城に何度も落ちて来るとか。
「派手だな、おい」
「……あれは、公爵閣下が?」
「だねえ。ま、解りやすくていいか。行くぞ」
声を掛けて走り出せば、一人が先陣切って走り出し私達を誘導して行く。
表側と言うか、私達と真逆の方向がやたらと騒がしいのは、コルサさんやヴィー達が活躍してくれているお蔭だろう。下働きが出入りする扉から中に入り、怯えて竦んだ人達に「ごめんよっ」と言いながら通り過ぎ。
地下牢入り口で見張りをしていた騎士に、走って来た勢いのままドロップキックをかまして昏倒させた。
「いちる様、無茶されませんよう」
「でも、そっちは倒してくれただろ?」
見張りは三人いたけど、私がいきなりドロップキックした奴以外、他の奴らが昏倒させてくれてた。それなりに使える奴らだって事くらい承知してるつもりなんだけどな。
「……ありがとうございます」
「いや、恩に着る必要なんてないだろ」
「我々にとって、リュクレースの黒騎士団は、憧れなんですよ」
「特に、いちる様の名はその代表でもあります」
「…………いや、それ第一王子に洗脳されてるだけだろ」
あの野郎、良いように使ってやがる。
苦い顔をしてそう答えた私に、三人が顔を見合わせて笑い出した。
「かもしれません」
快活に笑って言われれば、それ以上は何も言えず。
見張りの奴らに気絶の魔法を掛けて転がした後、地下牢に入った。城の地下牢ってのは暗くてじめっとしてるからラゲルの良い生息地なんだよねえ。この粘液が何とも微妙な気分になるのはやっぱり、あれを作り出した本人だからかな。
「……あの、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「本当に、公爵閣下とお二人で行かれるおつもりなのでしょうか?」
「まあね。黒騎士は変わらずにリュクレースに在り続けるよ」
そう言ってにっと笑い返せば、質問した奴が押し黙る。
「……正直、羨ましいです。リンデリアは、まだそこまで考えられませんから」
「そうか?第一王子はこっちが得た情報を奪う気満々だったけど」
それも有りだと思うと付け足せば、苦笑しながら私を見て来た。
「これからも、リュクレースとは良い関係であり続けたいですね」
「だな。こっちもわざわざ火種作りたい訳じゃないし」
第一王子が玉座に収まった時は、色んな意味でリュクレースが大変な事になる気がしてるけど。
「ここです」
先頭を歩いていた奴がそう言って牢の鍵を開けた。
中にいた人達が、こっちを警戒しながら見上げているのを見下ろし、ほっと息を吐き出した。
「私はリュクレース黒騎士団第一隊のいちるです。偶々この国にいて、コルサさんから事情を聞き、貴方達を助けに来ました」
コルサさんの名前に、中の人達がほっとしたように息を吐き出すのを聞いた。
「……怪我をしている人はいますか?」
「いいえ、大丈夫です」
気丈な声が返って来てそちらを見れば、たぶんコルサさんの奥さんであろう人がこちらへと進み出て来た。
「夫が無理を言ってしまったようで、大変申し訳ありません」
「いえ、私達が首を突っ込んだだけなのでお気にされませんよう。皆さん歩けますか?」
「大丈夫です」
他に捕らわれている人はいないか、病気になってしまった人はいないかと聞いた後、全員を連れて地下牢を出てみれば、地上はすげえ事になっていた。
「……出番無くなるじゃんっ!」
半壊した王城からもわもわと煙が出ていたり、悲鳴や怒号が響いていたり、吹っ飛んで空を舞っている騎士がいたり。
「……派手ですね」
「派手だな」
「リュクレースの怒り、ですかね?」
「だな。もうあれだ、こうなったら触らぬ神に祟りなし。こっちはこっちで守り抜こう」
「はい」
稲妻は変わらず城に落ち続け、時折暴風が吹きすさび、豪炎が吹き出す半壊した城とか、何処の魔王城ですかって感じだよ。
「んー、あれは八つ当たりってのもあるよねえ」
「八つ当たり、ですか?」
「そう。私がスイッチ入れといた」
そう言ってえへっと笑って見せれば、全員がガックリと膝をつく。
ごめんて。
「トクラノからフォルサス守りたきゃ、リンデリアが出張るしかないね」
「…………そういう、そう言う事ですか」
「ははは。私らはここまでだ。まあ頑張れ」
そうして、救出成功の証に空に向かって派手に花火を上げてやれば、こちらに向かって来る騎士の姿が見えて来て。
「ほら、来たぜ?」
地下牢に捕らわれていた家族の皆さんを守り抜くのが仕事です。
「一緒にいろよ?」
リンデリアの騎士達を纏めて防御魔法で覆った後、フォルサスの騎士共と対峙する。
「……リュクレースの公爵夫人とお見受けするが」
「残念。リュクレース黒騎士団第一隊のいちるだ」
「……何故リュクレースがフォルサスに介入するか」
「そんなの、ぶっ飛ばそうと思ったからに決まってんだろ?」
言いながら剣を抜いてぐるりと回して見せてやれば、フォルサスの騎士がいきり立つ。
そんな騎士達を片手を上げる事で抑えた奴が、こちらを伺うようにじっと睨み付ける。
「そんな理由で内政干渉をするのは」
「痛い腹なら探られて当然だろ?」
「…………ならば、この場で断罪されても構わないと言う事ですね?」
その言葉を合図に、全員が剣を抜いて私を囲むように動き出した。
さて、始めようか。
「剣を抜いたんだから、受けてくれるって事だよな?」
そう言いながら左手の剣も抜いて、最初から双剣を構え。
一瞬の間の後走り出して斬り付けて行く。肩を突き刺し、太腿に斬りつけ、腕を貫く。
「おっと、やべ」
さすがに戦い慣れている騎士を相手にするだけあって、避けても繰り出されてくる剣を更に避けるってのはキツイ物がある。
一度体勢を立て直す為に風の魔法を纏って距離を開け、再び対峙した。
剣を握れなくしたのは五人。
残り十六人。
コルサさん達の家族は、リンデリアの騎士達が死守してるし、私の防御魔法を敗れる奴もいないだろうけど。
「油断禁物ってね」
ふう、と息を吐き出した後、再び地を蹴った。
左の奴に剣を突き出しながら右の奴に斬りつけ、後ろ向きに飛びあがりつつ剣を避けてそいつの右肩を貫く。斬りかかって来る左の奴をあしらいながら、左下から斜め上に来る剣を避けた。
まあ、第一隊の全員組手よりはマシだ。
「……よし。行きます」
何となくフォルサス騎士の動きが解ったので、本格的に戦う為に気合いを入れる。
地を蹴り、剣を弾き上げて腋の下を切り、腕の腱を切る。
徐々にフォルサス騎士の数が減って行く中、一度距離を取ったのは向こうの方。ま、そうだろうなと思いながら、全員が同じ位置に集まったのを確認し。
「捕ったあああああああっ!!!」
と、叫びながら魔力縄で全員纏めて縛り上げた。
「なっ」
「これはっ」
「ほーっほっほっほっほっほっ!お前ら散らばるから面倒だったぜ」
「な、何をっ」
「お前達、やっておしまいっ!」
あれだ、格好付けてそこまで言ったのはいいけど、誰も出て来ないって言うね。
漫画とかアニメなら『ピュー』って言う効果音と共に風吹いちゃうね。
「い、いちる様」
「……なに」
「あの、申し訳ありませんでした。実はこの防御魔法から出られなくてですね」
「………………そういやそうだった」
リンデリアの騎士が申し訳なさそうにそう言って来るのを、何とも間抜けな気分になりながら聞いて、魔法を解除した。
「いちる様、ご家族をお願いします」
「はいよー」
ひらひらと手を振り、リンデリアの騎士達が魔法縄で捕縛した奴らを縛り上げて行くのを眺め。怪我人には止血だけして縛り上げて行くのを眺めてた。
「さて。そっちの代表はあんたでいいんかな?」
最初に私に話し掛けて来た奴に声を掛ければ、鋭い目で睨み上げて来た。
「……殺せ」
「やだ」
即答すれば虚を突かれたような顔をした後、盛大に眉間に皺を寄せて見上げて来る。
「まずは自己紹介からだろ?」
笑いながらそう言って見下ろせば、眉間の皺が更に深くなった。
「…………フォルサス国第二騎士団団長、ゼルス・マクガイア」
「リュクレース国黒騎士団第一隊隊員、いちる」
流れ的に何となくリンデリアの騎士へと顔を向けると、え、俺もですか?って顔をした後名乗りを上げた。
「え、ええと、ですね……」
「恥ずかしがらずに名乗れって。リュクレース公爵私兵、白き悪魔団だって」
ニヤニヤしながらそう言うと、フォルサスの奴らが『え?』って顔をしてリンデリアの騎士を見上げた。リンデリアの騎士達は戸惑いながらもコホコホと咳ばらいをした後。
「…………し、白き、悪魔団のユラエ・キャスティ、です」
顔を赤くし、懸命に視線を逸らしながら徐々に声を小さくしながらそう名乗り。
「……白き悪魔団……」
フォルサスの騎士達がそれぞれにそう呟き。
全員同時に『カッコいーっ!』みたいな羨望の眼差しでリンデリア騎士達を見上げたのは気のせいじゃないはず。
さすが、黒き異端者とか、黒き絶望なんて徒名を付ける国だけあるんだなあと、やっと静かになった夜空を見上げつつ、とてつもないくらいにしょっぱい気分になりながら瞼を閉じた。




