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第二話 それとも・・・

「気を付けて、いちる」

「ちゃんと帰って来いよ?」


 ガルさんとダーナさんにそう言われながら見送られたのは、陽が昇り始めたばかりの朝日眩しい中。


「行って来ますっ!」


 そう言って両手をぶんぶん振って、リューリュースを出て。


「さて。いちる、国境まで全速力で走り抜けるよ?」

「ういっす」


 たぶん、既に黒騎士がこっちに迫ってんだろうなあって事がすぐに予想出来て。

 はい、楽しみにしてた追いかけっこ、始まります!


「行きますっ!」


 私の方がリドルを操るのが下手だから、私の後ろをヴィーが着いて来る形になるのは仕方が無い。尻を持ち上げてリドルと一体化しながら、リンデリア国境までを駆ける。

 空を駆けないのは、黒騎士に対してそんな事しても無駄だから。

 ま、真っ向勝負で勝てばオッケーって奴ですよ。


 二人でにいっと笑い合ってから、リドルの腹を蹴って走り出した。


 コルディックを出る時、ヤールさんが旅の支度を色々と調えてくれてリドルにぶら下がってるから、それを軽減させる魔法だけを使ってるんだけど。魔力痕を残さない為に最低限の魔力のみを出せとか、小難しい事要求しやがる。

 やってやろうじゃないかと頑張ってるんだけど、私は大雑把だからリドルを走らせながらだと凄く難しい。


「来たぞ」


 ヴィーの言葉に振り返れば、黒騎士の姿が遠くに見え始めた。

 アイツら、荷物持ってないから早いし。


 人数の確認をした上で顔を戻し、待ち構えているであろう場所の当たりを付けて動き始める。


「防御魔法展開、着いて来い」


 追い抜きざまにそう言われ、リドルの荷を浮かせていた魔力を切ってヴィーと私に防御魔法を張りながら更に前傾姿勢を取る。

 低く腰を落とし、リドルの邪魔にならないように、しがみ付くような姿勢を取りながら。


 左へとリドルを動かすヴィーに合わせて走らせれば、右の森から黒騎士共が出て来た。

 イルクが混じってる辺り、アイツが指揮で左前方に先輩達が待ち構えてるって事か。って事は後ろはヒュウが入ってんだろうなあ。

 さっきから防御魔法にバシバシと当たって来る捕縛の魔法は、駄目元で掛けてんだろうけど、リドルの方向を違えさせようとしているみたいだ。


 そんな事をつらつらと考えつつ、何だか物凄く楽しくなって来て。

 笑い出すのを堪えながら、必死でリドルを操ってた。


 ヴィーが右手を右前方へと伸ばすのを見て、リドルをそちらに向かって走らせる。ジェイド隊長の方をヴィーが潰してくれるらしいとわかったので、私はイルクを潰しておく事にした。

 にやりと笑いながら腰元に忍ばせておいた小瓶を取り出し、口でコルクの蓋を開けて中身をばら撒いた。途端に右後方でパンパンと音が鳴るのとリドルの悲鳴が聞こえて来た。

 ははは、持ってて良かった爆竹砂。

 ま、ほんの少しの時間稼ぎにしかなりませんがね。

 

 リンデリアへの国境は見えてるのに中々近付けない気がして、必死で腰を落とす。

 左前方からジェイド隊長とかオーラン先輩が見えて、やっぱりかと思いながら走り続ける。ガルさんがどう話を通してくれたのかは知らないけど、リュクレースからリンデリアへの国境門では王族門が開かれていて、リンデリアの兵士がこっちに入るよう必死で手を振っていた。


 耳に後ろから迫って来るリドルの足音が聞こえて来るのと、ヴィーが剣を鞘に納めた音と、「いちるっ!」と呼ぶヒュウの声が聞こえたのと、リンデリアへの国境門を駆け抜けたのは殆ど同時で。


 やっぱり本気でヤバかったぜと思いながら振り返れば、黒騎士第一隊が横並びになってこちらを睨んでおりました。

 荒い呼吸を繰り返しながら満面の笑みで手を振り、「行って来ます!」と声を上げると更に睨まれたけど。第一隊の奴らの悔しそうなあの顔を手土産に、ヴィーと二人でリンデリアの国境兵士に入国の申請をし。

 

「ようこそ、コルディック公爵閣下。第一王子がお待ちです」

「あー、お会いできるような支度をしていないから、後で必ず挨拶させて頂きますとお伝えして貰えませんか?」

「ええと、そうおっしゃるだろうから、必ず連れて来いと仰せですので」

「…………わかった。第一王子の離宮へ向かうよ」

「はいっ。お送りいたします!」

「いや、いいよ」

「お送りさせて下さい!第一王子からもくれぐれも失礼のないようにと」

「わかったよ」


 ヴィーが諦めたように溜息を吐きながらそう言えば、国境兵士は満面の笑みで敬礼する。まあこれが、リュクレースとリンデリアの仲と言えばいいのか。

 そうして、迎えに来ていたらしい第一王子の私兵たちと一緒に離宮へと向かった訳です。


「よお、息災か?」

「はい、ご無沙汰して申し訳ありませんでした」

「相変わらず綺麗だな、お前。いちるー、お前見ると安心するわー」

「私も殿下にお会いするとそう思います」


 私の頭をペシペシと叩きながらそう言う第一王子は、相変わらずな人だった。


「食事を用意した。存分に食べて行け」

「ありがとうございます」


 リンデリアの第一王子は、確かにリュクレース王家の顔ぶれよりは劣るけど、充分格好良いと思う。ただし、黙っていればと注意書きが必要だけど。


「しっかし、本当に国を出て来るとは思わなかったぞ」

「他国を知る事も必要ですからね」

「確かにな。ま、リュクレースがそれを知ってるなら、家もおこぼれに預かるけどな」

「相変わらずですね」

「まあな。残念ながらリンデリアにはお前ら程の剣の使い手がいないからな」

「そうですか。ならまた平伏してリュクレースから持って行けばいいですよ」

「ははは、俺が頭下げるだけで貰えるなら安いもんだろ」


 笑ってそんな事言えちゃう第一王子ってどうなの?って、思わなくもないんだけど、本気でやりそうなんだよね、この人の場合。リンデリアの事が大切で、国を守る為には優先するべき事を良く解ってるって言うか。

 ヴィーもガルさんも、この人と良く似てると思う。


「なあ、いちる。そろそろ結婚に飽きただろ?」

「いえ全く」

「リンデリアもお前が暴れる事出来るぞ?」

「いえいえ、最近は歳のせいか暴れる事も出来なくなりまして」

「そうか。なあ、黒騎士になんで他に女がいねえんだよ?」

「汗臭いからですかね?」


 途端にぶははははっ!と笑い声を上げた第一王子と笑い合いながら食事を終える。

 第一王子が『黒騎士の女』を欲しがっているのは、リンデリアの武力向上の為だ。この国は王子が五人いるから、その中の一人と結婚させて黒騎士の強さを取り入れたいらしい。

 魔獣の被害を減らしたいのは、何処の国でも同じだ。

 ま、最初は確かにそれが理由だろうけど、武力が向上したらリュクレースに攻め入る事も考えてんだろうし?そんな所に黒騎士が協力する訳ねえっつうの。


「相変わらずですね、イサカ殿下」

「わかりやすいぶんマシだろう?」

「ええ、確かに」


 リュクレース周辺国は、確かにリュクレースを狙っている。

 どれだけ仲良くしてても、それが当たり前だからこそ黒騎士が存在してるんだ。


「ま、これでリュクレースに盛大に恩を売れた訳だな」

「対価はこの間の青騎士訓練の覗き見でどうです?」

「ははは、やはりバレていたか」


 悪びれもせずに快活に笑う第一王子に、ヴィーも私も苦笑しか出来なかった。

 本当に、憎めない方だ。


「この国を出るまで、出会った魔獣だけは退治してから出て行きますよ」

「そうか、じゃあ群れを向かわせよう」

「なら、フォルサスへの入国願いを付けて貰わないと」

「ちっ。まあいい、明日には用意しよう」

「ありがとうございます」


 にっと笑いながらそう言う第一王子と、にっこりと笑って返したヴィーを見ながら、私は一人デザートを黙々と食べ続け、皿を空にしてから顔を上げる。


「もっと食べるか?」

「いえ、腹六分目になったので止めてきます」

「そうか。部屋に案内させよう」

「ここの庭でもいいですけど」

「遠慮するな。コークス、二人を案内しろ」


 無言で頭を下げた侍従さんに部屋に案内して貰い、そうしてやっと落ち着いた。

 やっぱり、他国の王族って怖いわ。失言を理由に、色々要求されそうで気が抜けない。


「はあ……」

「疲れた?」

「盛大に。やっぱり王族ってのは凄いですね」

「いちるもその一員なんだけどね?」

「……正直、それだけは慣れませんでしたね」


 ふっと優しく笑ったヴィーが私を抱き締める。


「いちるは、いちるであり続ける事が大切だったのさ」

「……はい?」

「そのままで良いんだよ、いちる。ムカついたら殴り飛ばし、民を蔑ろにする領主ならぶっ飛ばす。そう言う王族がいてもいいじゃないか」


 改めて言われると何て言うか、本当に好きにやらせてくれたよなあと思う。


「大丈夫、いちるはいつも、誰かの為に怒っているのが明白だったからね」

「そうでもないですよ?自分の為に怒ってたんですよ?」

「それでも、いちるがぶっ飛ばしたと聞いた民達は、随分スッキリした顔をしていただろう?」

「そりゃ、そう言う奴らって肩書き振り回すんで。一応第三王子妃殿下と、公爵夫人って立場は有効だったみたいですから」

「その通りだね」

「あっさりそんな事言ってますけど、そう言う奴らに爵位与えてるのも問題なんですからね?」

「おっと。叱られてしまったか」


 そう言ってクスクスと笑うヴィーを見上げながら、確かに色んな顔を見せてくれるようになったなあと回顧する。

 氷の微笑、か。

 うん、確かにそうだったかもしれない。


「ヴィー」

「うん?」

「……氷、融けましたか?」


 ヴィーがクツリと笑った後、私を抱き締める腕に力を篭めた。


「どうだろ?確かめてみる?」

「冷たいかどうか触ってみろってか?」

「あれ、嫌だった?」

「んー、触って冷たかったらどうします?」

「そうしたら……、いちるが融かしてくれるんだろう?」


 って言って笑うヴィーを見上げながら、先に私が融けた。

 本気で激甘だから、ヴィーの顔。何でそんなに嬉しそうかな。


「何でそんなに嬉しそうなんです?」

「んー、いちると出会ってから二人きりって言うのが初めてだからかな?」

「…………ああ!言われてみればそうですね?」

「ずっと、誰かがいるのが当たり前だったしね」

「ですね。あ、そう考えたらこれって、新婚旅行って事でもいいですよね?」

「新婚旅行?」

「ええと、結婚して二人で旅行に行くイベントです。ラブラブな旅なんですよ」

「へえ?そんな楽しそうな事をしているのか」


 楽しそう……、うん、確かに楽しいだろうなあ。好きな人と結婚して初めての旅行で浮かれちゃったりしてさ。お姉ちゃんが結婚した後、国内ではあったけど新婚旅行して帰って来た時、何か怒ってたけど。

 それでも、その後仲良くなってたしな。


「あ、そういや私、結婚したらやってみたかった事あるんですよ!」

「なにかな?」

「ヴィーが仕事から帰って来た時に、お帰りなさーいってお出迎えして、『あなたあ、お風呂にするう?ご飯にするう?それとも、わ・た・し?』って」


 抱き締められている腕を解き、くねくねしながらノリノリでそう説明したら、ヴィーがすっごい目を見開いて私を見下ろして来た後、再び抱き締められた。

 くくくと声を上げずに笑っていたヴィーが、とうとう声を上げて笑い出す。


「なんですか。不満でもありますか?」

「ないよ。ある訳ない」

「じゃあなんで笑ってんですか」

「いや……、やってもらいたかったなって」

「で、いざやったらそうやって笑い転げるんですよね、わかってます」


 散々笑って気が済んだのか、やっと笑いを収めたヴィーが私のおでこに自分のおでこをくっ付けて来た。


「そう言う時は、いちるがいいって言うのが決まりかな?」

「むしろそれ以外を選んだらぶっ飛ばす!」


 クスクスと笑うヴィーと唇を合わせながら、見つめ合って笑い合う。

 

「やっぱり、いちるは良いね」

「それは一体どういう意味で?」

「……俺にとって一番って事だよ」


 深く合わせた唇を感じながら、新婚旅行第一日目の夜が更けて行った。


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