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第一話 この兄弟には敵わない

 そろそろ夜明けが来るって頃に出たので、夜空をリドルで駆け抜けるのは何だかとっても楽しくて。ついでに、これから追って来るだろう第一隊との命懸けの追いかけっこが楽しみで仕方が無い。


「ご機嫌だね」


 夜が明ける前に地上に降り、森の中へと入った私達はそこで野宿の準備を始めたんだけど、終始鼻歌を口遊む私にヴィーがそう言って来た。


「第一隊と追いかけっこが出来るなんて、そうないですからね」

「そうだね。でも、一度経験してるよね」

「まあそうですけど。でもあの時は姿を見たらあっという間に捕縛されてましたし」

「じゃあその経験を生かせばいい」

「……軽く言ってくれますね」

「自分だって捕縛側に入っていたんだから、どう動くかはわかるだろう?」


 にっと笑いながらそう言ったヴィーに、私も思わず笑顔になる。


「向こうもそれを想定して動いてきますよね?」

「ジェイドが指揮するからね。それを頭に入れれば動けるだろうね」


 なるほど。ジェイド隊長の癖なら良く知ってる。

 

「……ちなみに、ヴィーの頭の中には何パターンくらいが想定されてるんですか?」

「そうだね……、ジェイドの指揮下で第一隊が捕縛に当たる。オーランとイルクはいちるの癖を良く知っている。そして何より、死に物狂いで来るのがヒュウ。となると、」

「え、待って待って?あの、ヒュウに対する認識のずれがあるみたいなんですけど?」

「そうだね、いちるが知ってるヒュウと、俺が知ってるヒュウの違いだよ」

「え?」

「まあ、その辺りのずれを補正しながらいちるを動かし無事に国境を超えるとなると、成功確率が一番大きいのは……」

「大きいのは?」


 勿体ぶってないでさっさと教えろこん畜生。


「リドルがどれだけ速く走れるかに掛かってくるね」

「何でそこでリドル任せですか」

「ま、実際最後にはそうなるだろうって事」

「ふうん……。んでも、目の前で逃げ切れるなら、それはそれで美味しい」

「ははは、そうだね、滅多に見られる物ではないだろうね」


 そんな事を言い合いながら、二人で含み笑いをしつつ眠りに付いた。

 今頃、コルディックでは騒ぎになってるだろうし、第二隊が出した囮の確認に出なきゃいけないから人数裂かなきゃだし。

 ま、予想はしてるだろうけどそこはヴィーが相手だからなあ。

 何処が囮なのかを確認しなきゃいけないから時間稼ぎには持って来い。ま、それも持って三日だな。まったく、黒騎士って奴らはホント、すげえ奴らだ。


 昼の間に睡眠を取った私達は、夜中を過ぎてから再び夜空に駆け上がる。

 

 リュクレースと接してて尚且つ冒険の旅に出る為の国境越えって言うと、三カ国に絞られる。南東のリンデリア、ほぼ南に位置するアクリュット、南西のコルスライルだ。

 この三カ国とは行き来があるし、特に魔石の貿易は盛んに行われているらしいけど、南東のリンデリアが別格扱いかな?まあ、ガルさんの『親友』とか言う第一王子がいる所だし。アクリュットとコルスライルは、ガルさんとヴィーにお姫様を押し付けようとして嫌われたって言うか。


 リュクレースにとって何の旨味も無い結婚話だったみたいで、断りやすかったみたいですけどね。


 そんでも、アクリュットもコルスライルも大切な貿易国になってはいるから、まあ、それなりに取引きできる物はあるって事なんだろうなあ。途中で魔獣に襲われたりって言うリスクを考えると、それ以上の価値ある物じゃないと意味ないだろうしさ。


 そんな事をつらつらと考えていたら、リューリュースの明かりが見えて来た。


「屋上へ」


 リューリュース領にあるサーヴィアー城は、その昔南方がゴタゴタしてた時に使われてたとか何とか。なので、王都のヴァスルクト城と比べると実用的って言うか、武骨な造りになってるけど、使い勝手は良いらしい。

 空から屋上を見下ろせば、魔光石で明かりを点けてくれていた。


「よお、よく来たな」

「お久し振りです、ガルさん」


 なるほど、どうやら屋上に降り立つ事は連絡済だったみたいだ。


「ダーナさんも、お久し振りです」

「ええ、元気そうで何よりだわ」

「ダーナさんも」


 屋上見張り番の青騎士二人にリドルの世話を任せ、ガルさんの案内で中に入りながらダーナさんと久し振りに会話を弾ませる。ガルさんとこの子供達の中で三人ほど、王太子殿下の近衛隊に入った子がいて。どうもリヴィにビシビシと鍛えられているらしい。


「訓練に着いて行くだけで精一杯だって、悔しそうに言ってたわ?」

「そうなんですか?んでも、ガルさんの鍛え方だって半端無かったですよね?」

「それがね、どうしてもヴィエル君に勝ちたいんですって」

「へえ。じゃあ互いに切磋琢磨できる仲間が出来たんですね」

「そうみたい。遠慮なく暴れられるって」


 ヤバイ、何かガルさんちの子が自分に重なる。

 黒騎士共が人外だったもんで、何してもオッケーって認識になってからは、本当にいろいろ楽しませて貰ったからな。


「エル、フィズエラ辺境伯から手紙が届いてる」

「……あの方の早耳には負けますね」


 フィズエラ辺境伯ってのは、リュクレースで最強の人だ。剣神とも言われるような人で、色んな意味でヴィーのお師匠様。元々、王都にいて近衛隊長職に就いてたらしい。

 この人が引退を理由に北方に行ってから、随分北方が静かになったと聞いている。

 凄く面白いおっさんで、遊びに行くと必ず屋敷の二階から飛び降りて斬りかかって来るし、黒騎士一期生共、つまり隊長達が鍛え直して貰ってたり。そうだなあ、先輩達が人外だから、フィズエラ辺境伯は宇宙人みたいな人って言うか。

 そして私と食事の奪い合いをする。

 勿論、最初はビックリしたし奪い返してもいいのかちょっとだけ悩んだ。


「いらねえのかと思ったぜ」


 ニタリと笑ってそう言って来たフィズエラ辺境伯に、なんだ、遠慮しなくていいのかと思ったので、以来、ナイフとフォークで戦いながら食べてる。時に噛り付きながら奪い合うので、そう言う時はヴィーが頭叩いて止めてくる。

 ま、そんな感じに面白いおっさんだ。

 たぶん、旅に出るってのを察した上、リューリュースに寄る事がお見通しだったんだろうな。


「あ、そういや一番下の子が青騎士に入るって本当ですか?」

「ああ。青騎士も独自の道を歩み出してるからな」

「随分、白騎士の方が静かになりましたからねえ」

「そりゃ、太子近衛隊のお蔭だな。さすがにリヴィには何も言えねえみたいだぞ?」


 あー、まあ、確かにヴィーにそっくりな見た目とあの黒騎士に鍛えられた強さがあるからな。そりゃ黙るしかねえよなあ。


「それに、最近コルディック公爵夫人が暗躍したのは聞いてる」

「おかしいなあ、何もしてないんだけどなあ?」

「イリエとモーナが、すっきりしたって言ってたわ?」


 ガルさんちの上の方の女の子はもう結婚してるんだけど、その二人がそう言ってたって事は、随分やりたい放題だったんだろうなあ、あの小娘共。


「いちるは手紙を書いただけなのにね?」

「そうですよ。まあ、届けたのは黒騎士だったので誤解されたのかもしれませんね?」

「おかしいね?国を守っている黒騎士に怯えるなんてね?」

「ですよねえ?」


 ヴィーと二人でそんな事を言い合っていると、ガルさんとダーナさんがクスクスと笑い出す。


「最強の配達人だな」

「そうね、やましくなくても怯えてしまいそうだわ?」

「良い奴らなんですけどねえ」

「それに、働き者だしね?」

「お伺いしたついでに、変な物発見したかもですけどね?」

「そうだね、眼が良いってのは時に見えにくい物まで見付けてしまうものだからね」

「仕方が無いですよね、眼が良いだけですし」

「それを叱る訳には行かないしねえ」


 そう言って笑い合う私達に、ガルさんは半目になって見下ろし、ダーナさんがクスクスと笑う。ま、一度目の訪問で大人しくなっておけば見逃したのに、おバカちゃんだから引き際が見極められないんだろうなあ。


「自分の力量を知っておくってのは、一番大切ですね」

「そうだね。だけどそれには、相手の力量を推し量る事も必要だからね」


 まあ、リヴィの親が誰なのか、忘れちゃってたみたいだからなあ。

 

「お前らホント、いつも楽しそうだよな」

「やだなあ、ガルさんとダーナさんには負けますよ」


 ヴィーや私に対しては、何て言うか弟妹って感じのガルさんがとことん崩れるのは、ダーナさんの前だけだ。男にモテる男のガルさんは、ダーナさんの前だとへにゃへにゃになるのを知っている。


「や、やだ、いちるったら。からかわないで」

「いやいや、事実ですし」


 照れたダーナさんにそう答えながらガルさんへ視線を向ければ、照れたダーナさんを見て鼻の下伸ばしてた。本気で笑えるから、ガルさん。


「で、でも、エルト様だって、いちるの前では随分違うじゃない?」

「そうですか?」

「そうよ。だって、エルト様って氷の微笑って言われてたでしょう?」

「へえ、何ですその噂?」


 初めて聞いたんですがと思いながらヴィーに視線を向ければ、いつものように微笑んでた。ガルさんを見てみれば、ニヤリと笑ってて。


「あー、えっと、私ヴィーが成人してからの事しか知らないんですよね。その前は女とっかえひっかえとか、飽きた女を裸で放り出すとか、そんな話ししか聞いた事無いです」

「お前、それでよく結婚したな?」

「ははは、自分でもそう思います」


 ええ!?って感じで目を向いたダーナさんに、えへへと笑って誤魔化しながら。


「ヴィーに言い寄るお嬢様方って、正直すげえ神経図太いんだなあって思ってたくらいです。でも、もしかしたらちょっとだけ繊細だったんですかね?」

「え?」

「だって、氷の微笑ってバレてたって事ですよね、それ?」


 ヴィーの微笑みは、黒騎士の間では『死の宣告』として有名な話で。

 そんなもんを『素敵』なんて言ってうっとり出来るお嬢様方を尊敬してたもんだ。


「…………あの、たぶん、いちるが考えてる事と違うと思うの」

「え?」

「あのね、エルト様の氷の微笑と言うのは、ヨウグ連山の頂きにあると言う美しい氷の彫刻のようって意味でね。美しい物を閉じ込めて永遠に変わらない、不変の物の例えと言うか」

「こわっ!その考え方怖いですよ?」

「でも、それくらいエルト様の笑顔は変わらなかったのよ、いちる」


 ダーナさんにそう言われて思い出す。

 確かに、いっつも同じ顔で笑ってたなあ。


「私は笑っていただけマシですよ。ガイ兄上は、無表情でしたから」


 ヴィーがそう言うと、ガルさんがそうだったか?と返して、兄弟で言い合いが始まった。相変わらず仲良しで何よりです。


「いちるが表に出て来るようになってから、氷が融けたと有名だったのよ?」

「へえ。その辺の噂は全く聞いた事無かったからちょっと嬉しいです」


 ま、モテるってのも大変なんだなあと、ヴィーと一緒にいるようになって初めて知ったけどねえ。


「じゃあガルさんは何て言われてたんですか?」

「知りたい?」

「物凄く」


 おちゃめに笑うダーナさんと、それを阻止しようとしてヴィーに邪魔されるガルさんが面白い。


「鉄壁の貴公子」


 ぶはははははっ!と遠慮なく笑い出せば、ガルさんがナプキンを投げて来たのでそれを避ける。貴公子、ははは、無い、無いわ。


「何か、私が知ってるガルさんとは違う人の話しみたいですね」

「……だからいちるには知られたくなかったんだよ」

「いやいや、貴公子、いいじゃないですか」

「氷の微笑よりいいよね」

「いや、そこは同等でしょ」


 ヴィーの言葉を否定すれば、ヴィーがにっこりと微笑んだ。


「出た!氷の微笑ですね!」

「いちる……」

「ヤバイ、暫くネタにしよう」

「エルト様にそんな事言えるのは、いちるぐらいね」

「ダーナさんだって、ガルさんが嫌がる事出来るじゃないですか」

「やだ、ちょっとした意地悪よ」

「ですよね、偶にはやり返さないとですよね」


 私も色んな二つ名貰ったけど。

 この兄弟には敵いそうにないなと思いながら、ダーナさんと笑い合った。


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