紅に染まる
Warning。最後の方の無理矢理感注意
―紅い顔。紅く染めるあの子。紅く染まる教室。楽園は紅く染まった―
夕日という物は、何でこんなにも雰囲気を創るのが上手いのか。僕にもこれくらいのスキルがあれば良いのに。
少し逃避する。正直言って、今の空気には耐えられない。僕にはこんなに痛い沈黙を破れるスキルは無い。そのくせ夕日に照らされた教室がどんどんと良い雰囲気を創ってしまう。これでは彼女も引くに引けなくなってしまう。
「その……」
声をかけると、ビクリと肩を揺らす。初めて見る幼馴染の反応に僕は戸惑うばかりでどうもできない。
一体どうしてこうなったのか…いや、大体はわかってる。今は誰も教室。夕日の明かり。目を奪うような夕焼け。そしてそれに照らされる彼女の紅い顔。
でも…どうしたらいいのかが分からない。コチラから話しても良いのか。それともやはり覚悟を決めた彼女を尊重して、言い出すのを待つべきか。僕には正しい答えがわからない。ただ…逃げ出したくなる雰囲気は分かった。
「け、けいくん」
震える声で彼女は僕の名を呼ぶ。京介から京の字をとってケイ。彼女だけが僕をそう呼ぶ。やはり目の前に居るのは僕の知っている幼馴染であっているらしい。
「どうした…?」
極力平静を保つ。動揺は見せてはいけない気がした。
彼女が安心してはなしてくれないような気がした。
「け…けいくんは…私の事、どう思ってるの…?」
一言一言。噛みしめるようにそう言う。緊張が嫌でも伝わってきて、大事な選択肢が目の前に現れていることを悟る。それを僕に投げられたのは…正直恨めしい限りであった。
「どうって…どういう事?」
答えから逃げてしまう脆弱をどうか許してほしい。仕方ないと許してほしい。
僕には答えを即決する事は出来なくなっていた。彼女もそれを理解しているからこそ、今ここに俺を呼んだのだろう。覚悟は既に完了しているのだ。
僕は、まだそんな覚悟を持ってなどいないというのに。
「…私の事…好き?嫌い?」
泣きそうな顔で彼女は言った。選択肢がハッキリとされる。逃げだした僕の退路はいとも簡単に塞がれた。二択の選択肢が立ちはだかる。はぐらかして逃げる事は正当では最早ない。
「好きか、嫌いか……」
好き、と単語を発した瞬間の彼女の瞳は僕には辛いものに映った。こんなにも答えを決められない自分を許せなくなる。それでも、僕には、ここでハッキリとした答えは出せない。今の僕には。
「……ねぇ、聞いてもいい?」
「…なに?けいくん?」
質問に逃げる。いや逃げた訳じゃない。選択するための決断の足場を見つけたかった。
「…何でこんな所に呼んだの?」
「………」
彼女は答えない。それはそうだ。質問の意図が不明瞭だ。教室に呼んだから、だから何だと言うのだ。
普通ならおかしい質問である。
「…ごめん、質問を変えるね。夕ちゃん。何で君は、彼女と一緒に居たの?」
「…………」
答えない。答えられない?答えて欲しい。そうじゃないと…僕には彼女が見えない。
「ねぇ…答えて欲しい。お願いだよ。僕に答えを頂戴。そして、僕に…好きだと言わせてみてよ」
「っ」
息が詰まっている。そのまま彼女はむせかける。
自然と僕の心拍数があがる。この質問はしてはいけなかったのでは、と焦りが顔を出す。質問などせずに、彼女に好きだと言えば良かったのではないかと。そして何時も通りに幸せな日々に、いやもっと素敵な楽園に帰れば良かったのではないかと。でも、僕はその楽園を蹴っ飛ばす。
この質問に正当はない。けれど僕は彼女なりの答えを聞きたかった。
彼女はこの部屋であの子と何をしていたのだ。
それがわからないと僕は…彼女に答えを渡せない。
「け、けいくんは…さやちゃんのこと、どう思ってるの?」
質問が帰ってくる。先程から質問を答えの代わりとして会話が進んでいっている。あまり良い展開とは言えない。イニシアチブがぼやける。
「さやちゃんって、水戸さんのこと?別にどうとも…」
さやちゃんこと、水戸沙也加。僕のクラスメイトで、夕ちゃんがこの辺を離れていた中学時代の時の…僕に一番近づいた子である。
だからといって僕は…水戸さんに対して、もう特段どのような感情も持っていなかった。既に彼女は記憶として失われた人に近しい。
僕の答えを聞いた夕ちゃんは、安心したような、しかし聞きたくなかった事を聞いてしまったような、不思議な顔をした。
「ど、どうも思ってなかったの…?さやちゃんのこと」
「…?そうだけど?」
「……」
どうしたのだろう。黙り込む夕ちゃん。その手は、ガタガタと震えていた。まるで何かとんでもないことをしてしまったようだ。
「大丈夫かい?夕ちゃん」
「…大丈夫じゃない。どうしよう、けいくん」
「どうしよう、って…どうしたらいいと思うの?」
何の事だか、分からない。何てことは実際ありえない。
今の彼女を見て確信した。答えはハッキリとした。
水戸沙也加の事を殺したのは彼女らしい。
「分からない…分からないよ、けいくん」
「分からない…?じゃあ、どうしたいか、は分かる?」
「どうしたいか…私は、私は…」
思考の渦に彼女は囚われたのだろう。黙り込んでしまう。
その間に僕は辺りを見渡す。
グチャグチャになったプリントの山、倒れ滅茶苦茶になった机椅子、紅い彼女。
そして辺りを紅く染める水戸さん。
教室を染める夕日の向こうに見たものは、さっきこの教室に入る時に見たものとは違い、楽園ではなくなっていた。
失楽園。墜落する楽園。僕はそんなものを幻視した。
「私は…何をしたいのかな…分からないよ…」
やがて夕日も墜ちた頃、彼女はそんな結論を出した。
そう言って僕を見る彼女の目には、すべての選択肢を放り出したような、縋りつくしかないような。悲しみを潰したような色があった。
とても綺麗だ、なんて事を思ってしまった。
「なら簡単だよ」
そう彼女に言う。すると彼女の目からあの色が薄れた 。
勿体無さが先に来た。彼女に背を向ける。顔を見られたくなかった。
「その前に、夕ちゃん。何で君は、水戸さんを殺めてしまったんだい?」
その答え次第では僕が選ぶ選択肢は変わるだろう。
どれを選んでも楽園は失われてしまったが。
「…さやちゃんが…けいくんを取っちゃうって言うから…私が何もしないから、けいくんを取るって…けいくんは今の私よりさやちゃんが好きだって…だから…」
殺めたと。その手に持ったハサミで?
何とも言えなかった。正直もう少し暗い理由があると思った。しかし現実は違くて、夕ちゃんの勘違いと思い込みが全てを壊したのだった。水戸さんも、まさか殺されるなどとは思っていなかっただろう。激励のつもりだったのだろうから。
「ねぇ、けいくん。私、どうしたら良いんだろう…」
「どうしようもない。けれど、どうにかしなきゃいけない。でも、どうすればいいかも分からない。だから」
逃げよう。そう言う事は出来なかった。背中に痛みが走ったからだ。嗚呼何故僕は彼女から目を背けたのか。警戒心というものが足りなかったみたいだ。
でも、こんなにもズレているなんて僕は思わなかったんだ。仕方ない。どうもできない。
呼吸が苦しくなる。ヤバイところを突かれたみたいだ。身体から熱が力が緊張が意識が抜けていくのを感じた。
できる限りの力で彼女を見ると、その顔には笑顔が張り付いていた。何も言えなかった。
夕ちゃん…夕日ちゃんの顔から、その奥から愉快が流れてくる。僕が夕日の向こうにみた失楽園は、あながち間違っていなかった。しかし、僕はそこに居られず、彼女はそこからも堕ちてしまったらしい。
「どうしようけいくん、私どうしたらいいのか分からないよ…何からしたらいいのか分からない位に今私は」
嬉しい。そんな事を言ったのだろう。声が聞こえなくなってしまったから良く分からない。ただ彼女の表情と口の動きから察しはついた。
まさか僕と彼女の間にも意思疎通の齟齬があるとは思わなかった…
段々と意識が切れていく、視界が紅く染まる。見れば彼女も血を流していた。それはとても哀しかった。
鬱々とあの時あぁしていればと考えてしまう。しかし、それも無駄な後悔。そして纏まらない思考。
徐々に遠のく意識。しかし彼女の笑顔が視界に飛び込む。
唇に感じた熱量。きっと口づけだろう。
それは、嗚呼何とも暖かいものであっ…
・夕日の向こうにみたものは
・楽園を蹴っ飛ばす
・好きだと言わせてみろよ
を使うというお題を頂いて創りました。最初は甘甘な話になるはずだったんですが…キャラが勝手に動くという経験、初めてでした。
途中から一人称が変わってしまっていたりしてびっくりでした。
それでも何とか纏めたつもりです。ありがとうございました。
感想を頂けたら幸いです。