俺の彼女は殺人犯
人は誰かを愛すると守りたく為る。例えそれが、殺人犯であっても……。
俺の名は須藤 総一。都内の高校に通う探偵だ。いや……高校生探偵だった。
その俺が通っていた高校で先程、殺人事件が起きた。
現場は、4階の調理実習室。被害者はクラスメイトの神谷 卓。死亡推定時刻は昨日の午後5時前後。死因は果物ナイフに因る刺殺。心臓を一突きされている事から見てほぼ即死。
生前の神谷は、クラスのマドンナで俺の彼女でもある須藤 綾香の事が好きで、殆ど毎日の様に付き纏っていた。しかし、綾香の方はそれが嫌なのか、何時も彼を避けていた。一応言っとくが、俺と綾香に血縁関係は無い。偶々同姓なだけだ。
その綾香が放課後、窓際にある俺の席にやって来た。
「ねぇ、総一」
と、綾香が俺に声を掛ける。
「何だ?」
俺は綾香の顔を見て答えた。
「総一さ、昼休みの間ずっと動き回ってたけど、どの辺まで掴んでるの?」
「掴んでるって何の話し?」
「神谷だよ」
俺は回答に困った。
「ねえ、もしかして私の事疑ってるんじゃないでしょうね? 確かに私はあいつの事嫌いだったし、いなくなって清々してるけど、殺してなんかいないんだからね」
「解ってるって。それにお前のアリバイは俺が証明したし」
そう、綾香にはアリバイがある。昨日、神谷が殺された時、綾香は俺と一緒にいた。間違い無い。だが、この時の俺はまだ知る由も無かった。巧妙なトリックで離れた場所にいても殺害出来る方法を。
「なぁ、綾香。そう言えば第一発見者って、お前だったよな?」
「そうだけど、何で?」
「いや、そん時さ、変わった事とか無かった? 何でも良いんだ、気になる事」
「うーん、別に無かったけど?」
「そうか。じゃ、帰ろうか?」
その言葉に綾香は頷いた。
俺は徐に立ち上がり、
「あ、そうだ」
綾香は疑問符を浮かべた。
「帰る前に家庭科室見に行ってくるよ。一度、現場を見とかないと……」
俺はそう言って鞄を持って教室を出た。
「待って、私も行く」
と、綾香が続く。
俺と綾香は一つ上の階に上がり、家庭科室に入った。
室内には、まだ警察が数人程いた。
「ご苦労様です」
俺がそう警官に言うと、警官は敬礼をした。
「あの、警部は?」
「警部殿は今、職員室で先生方の話しを聞いています。ご用なら私がお受けします」
「解りました。じゃあ、二つか三つ聞きます。被害者の司法解剖の結果は出てます?」
「はい、出てます。先程警部から、総一くんが来たら渡す様承っていますのでお渡し致します」
警官はそう言って、解剖記録のコピーを出した。
俺は徐に受け取り、それに目を通した。そこには遺体から麻酔が検出された事が書いてあった。
(麻酔? 神谷は眠っている間に殺されたのか)
俺がそんな事を考えていると、一人の若い刑事がやって来た。
「よっ、総一くん」
「あっ、岡さん」
岡山 智。警視庁捜査一課警部。通称、岡さん。
「丁度良かった。岡さん、麻酔が検出されたって本当?」
「司法解剖は嘘吐かないぞ? それより、遺体の歯にこんな物が挟まってたんだが……」
岡さんはそう言って、ポケットから紙を取り出した。取り出したそれは、一枚の写真で、細い糸の様な物が写っていた。
「科捜研が言うには、被害者が紐か何かを噛んでいたのでは無いかと言う事なんだが……」
(紐?)
刹那、綾香が青い顔をして爪を噛んだ。
「綾香?」
綾香はハッとして、慌てて爪を口から離した。
不審に思った俺は、綾香に聞いた。
「今日の綾香、朝から何か変だぞ? 何か遭ったのか?」
綾香は首を振った。勿論、横にだ。
「そうか? 俺にはそうは見えないが……。まあ、何か有ったら相談してくれ」
綾香は頷いて、
「解った……」
と、答えた。
(それはそうと、神谷は何でそんな物を……?)
俺は床に貼られたテープの上に横に為った。真上には丁度蛍光灯がある。
(何だあれ?)
俺は素早く立ち上がり、机に乗って蛍光灯を確認した。
(成る程、そう言う事か。確かに、このトリックなら誰にでも犯行は可能だ……。しかし、本当にそうなのか?)
俺は目を動かし、綾香を見た。
「総一、どうかしたの?」
「えっ……? あ、否、何でも無い。それより、一寸屋上に来てくれないか?」
俺はそう言って、綾香と共に屋上へ向かった。
「総一、屋上に何かあるの?」
「お前に聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事? 何でも言って? 答えてあげるわ」
「そうか。じゃあ聞くぞ?」
綾香は頷いた。
「お前の所に昨日の夜、警察が来たよな。で、重要参考人として警察に行き、取り調べを受けた。そして、アリバイを証明する為に俺を呼んだ。間違い無いな?」
「うん。でも何でそんな事?」
「実はな、犯人の使ったトリックが解ったんだ」
「へえ、そうなんだ。それで? 犯人は解ったの?」
俺は一旦間を起き、ああ、と答えた。
「じゃあ聞かせてくれない? その犯人と言うのを」
「あんただよ」
「へっ?」
綾香は疑問符を浮かべた。
「あんたが神谷を殺したんだ」
「ち、ちょっと待って。神谷が殺された時、私は総一と一緒にいたんだよ? 私にどうやって殺す事が出来たの?」
「言っただろ? トリックだって」
「トリック……?」
綾香は首を傾げた。
「ああ。しかもそれを使えば、現場からどんなに離れていても自動的に被害者を殺害出来る」
「で、そのトリックってのは?」
「人間時限装置だ。放っておけば被害者が勝手に逝く」
綾香は疑問符を浮かべた。
「使う物は麻酔と紐に果物ナイフ、そして被害者を縛る為のロープだ」
「それでどうやってやるの?」
「簡単な事だ。神谷を予め現場で気絶させ、ロープで彼の両足、両腕を動かせない様に縛り、仰向けに寝かせておくんだ。そして、紐の先端片方をナイフに結び付け、もう片方を蛍光灯に引っ掛けて彼の口まで降ろし、彼が起きるのを待つ。その後……」
と、ここまで来て綾香が遮る様に言う。
「それをやってる間に誰かが来たらどうするの?」
「鍵を掛けておけば良い。で、その後、目を覚ました彼に量を調節した麻酔を射ち、紐を銜えさせる。これでトリックは完成。後は彼に麻酔が効いて来るのを待つだけだ」
「大正解」
と、綾香は微笑む。
「動機は何だ?」
「……従妹よ」
「従妹?」
「うん。まあ、その事は後で話すから、これから話す事を聞いて」
綾香はそう言って、事件の真相を語り始めた。
時刻は昨日の午後4:00頃に遡る。
綾香は現場と成った家庭科室にいた。そこには、手足をロープで縛られ横たわった神谷もいる。
「す、須藤さん、これは一体……?」
神谷は、目の前で紐を持っている綾香に訊ねた。
綾香は微笑し、こう言った。
「フフン、あんたは殺されるの。この私に」
「えっ……? ちょっと待って。君に殺される、って俺君に何かした?」
綾香は首を横に振った。
「神谷は何もしてないよ。"私"にはね」
「ど、どう言う事?」
「私にはね、従妹がいたの。須藤 綾子、覚えてるでしょ? 中学の時、あんたと同じクラスだった……」
そう言うと、綾香の目から涙が溢れ出て来た。
「ああ、あの娘? そう言えば最近、顔見て無えな」
その時、綾香の中で何かがブチッと音を立てて切れた。
「あんた何も知らないの!?」
「えっ?」
「綾子はね、自殺したのよ! 中学の卒業式の日に!」
「な、何で?」
「あんたの所為よ! あんたが、あんたが綾子を振ったから!」
そう言って綾香は携帯を出し、メールの受信箱の一番下にあるメールを開いて見せた。
「これがその時あの娘から貰った最後の遺書よ!」
そこには、こう書かれていた。
『今日、大好きな男の子に告白しました。けど、キモイの一言で振られました。これから先、好きな人が出来てもキモイの一言で振られるのかな……。こんな私、生きている価値なんて無いよね……。今度生まれて来る時は、キレイで素敵な女性が良いな。それじゃあ、さようなら』
「このメールを受信した直後、綾子は学校の屋上から飛び降りて死んだわ! あんたの所為よ!? あんたが綾子を自殺に追い込んだのよ!?」
と、物凄い剣幕で神谷を睨む綾香。
「ちょっと待て! 何でそれで自殺すんだよ!? て言うかそんなの俺には関係無えし! つうか何でそれで俺が殺されなきゃいけねえんだ!?」
だが、綾香は無視し、徐にポケットから麻酔入りの注射器を取り出した。
「なっ、何だよソレ!?」
神谷は怯えた。
「ウッセーな。ただの注射器で男が怯えてんじゃねえよ」
綾香はそう言って紐を口に銜え、注射器のキャップを外して神谷の腕に麻酔を射った。そして、注射器にキャップをしてポケットにしまい、紐を口から手に移した。
「今あんたに麻酔を注射したわ。少しでも長く生きていたければ、この紐を銜えておく事ね」
綾香は神谷に紐を銜えさせた。
「じゃ、私は帰るから。誰かがやって来るのを願う事ね」
綾香はそう言い残し、去って行った。
そして時刻は戻って現在。
俺は屋上に倒れていた。
腹には神谷を殺害した時に使われた物と全く同じ果物ナイフが刺さっている。綾香が隠し持っていたそれで刺したのだ。
「あ、綾香……。な、何故……俺を?」
「決まってるでしょ? 口封じよ」
「お前な……こんな事して……済むと思ってるのか……?」
「あら、こんな時に私の心配? でも大丈夫、ちゃんと計画してあるから」
そう言って俺に両手を見せる綾香。その両手には黒い革の手袋が填めてある。
「成る程な……。それを填めている御陰でナイフには指紋が付いていない、つまり犯人の手懸かりが無い。けど、俺がダイイングメッセージを残したらどうだ?」
「残さないわよ、総一は」
「何故そう思う?」
「それは総一自身がよく知ってるんじゃなくて?」
「俺自身が知っている、か……」
綾香は笑顔で頷いた。
「なあ、綾香」
「ん?」
「俺の頼み、聞いてくれないか?」
「頼み?」
「ああ」
「何?」
「何処か遠くへ行こう、一緒に」
「はあ? 何言ってんの総一? あんたは死ぬんだよ?」
俺は腹から包丁を抜き、服の下から分厚い本を取り出した。
「死なねえよバーカ」
「なっ、何でそんなのが入ってるのよ!?」
「予想してたからだ。お前が口封じに俺を殺そうとする事」
「ふうん……。良かったわね、胸じゃなくて。それより、一緒に遠くへって言ったけど、それはつまり、私の事口外しないって事だよね?」
「当然だろ。牢に幽閉されたお前の姿なんて見たく無えし」
俺はそう言って立ち上がり、ナイフと本を捨てて綾香を抱き締めた。
「逃げよう、一緒に」
「そ、総一……」
この日、俺は高校生探偵から殺人犯の恋人に為った。そして至急、彼女と共に都内を離れ、逃亡生活を開始する。
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