母親と少年
「神隠しの話?
えぇ、まあいいけど」
最初に尋ねたのは
豹柄のパーカーにゼブラのスウェットという
お互いが主張しあっている服を着た人だった。
酒臭く
若干、酔っているようにも見えた。
年は近いかもしれない。
厚化粧をしているので分からないが。
「ま、子供なんて面倒臭かったし。
神隠しにあってくれて全然良かったっていうか」
「嫌いだったんですか?」
「嫌い?
そりゃあね。
好きで産んだわけじゃないもの」
なんか感じの悪い人だなぁ。
蒼くんも
「親としてどうなの?」
と顔をしかめていた。
「前の彼氏の子供なんだけどさ。
男引っかけるのに子供いたら邪魔じゃない」
ほんと、迷惑な話よ。
と煙草を取り出して
吸い出した。
「警察には?」
「そりゃ、最初は神隠しだとは思わないし。
一応、連絡はしたわ、だけどなんていうの」
煙草に火をつける。
「ショーコ、ないじゃない」
「はぁ、証拠」
「そうそう」
「子供が神社で遊んでたのは知ってたんですか?」
「いや、知らないわよ。
うちって放任主義なの」
嘘つけ。
放ったらかしてるだけだろう。
「でも、なんか。
神社からうちの子の靴下が出てきてさ」
「靴下・・・」
「うん、それで。
最後は神社にいたんじゃないのかなってね」
「なるほど。
ありがとうございました」
帰ろうとした私の裾を引っ張る。
「あの・・・」
「何、無料で帰れると思ってんのよ。
金出しなさい、有り金でいーから」
仕方なく5千円出す。
あーぁ、大損害だ。
2人目の家は
さっきとは別でパンチのある家だった。
本当に小さくて
屋根も壁もボロボロで崩れ落ちそうだった。
今時、
こんな家って存在するのか。
「すげー、台風来たら一発だね」
蒼くんも
ちょっと引いたような顔をした。
確かに。
「あの、うちに何か用でしょうか?」
「え」
振り返ると
怪訝そうな顔をした女性がいた。
幸薄そうな
いかにも、て感じの女性だ。
「神隠しのことでちょっと」
私がそう言うと
女性は悲しそうな顔をする。
「私が悪いんです」
「え、あの」
「見ての通り、その日暮らしがやっとで」
うーん、
反論出来ないな。
「生活が苦しかったときに、つい」
「つい?」
「子供に
あなたがいなければ幸せなのに、て」
「言っちゃったんですか」
「はい」
「それで神隠しに?」
「数日後でした。
神社からその子のシャツが」
「シャツ?」
「後悔してます。
なんであんな風に言っちゃったのかって」
「はぁ」
「でも、あれから頑張りまして。
小さいですが家も手に入れました。
戻ってきたとき一緒に住むんです」
そういう
女性の目は輝いていて
何だか何も言えなかった。
「どうする?」
私は蒼くんに聞く。
「え、もう全部行ったじゃない」
「いや、一応
山本さんの住所も貰ってるの」
「そっか・・・」
蒼くんは
ちょっと困ったような顔になる。
「でも、いいんじゃない。
暗いじゃん、もう」
それに、
と私の肩に触れる。
まぁ、
実際には透けて感触はないんだが。
「疲れてるでしょ、咲子さん」
そうやって
笑う蒼くんはずるいと思う。
「そうだね、
帰って今日のことをまとめようか」