表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

本能寺の変 ~ブラック企業のワンマン社長が、有能な専務に『退職届(物理)』を突きつけられた件~

作者: 出無精兼為
掲載日:2026/03/15

「……いや、もう無理でしょ。これ」


 天正十年、六月二日。京都、本能寺。


 燃え盛る炎をバックに、織田信長は手にした茶器を投げ捨てた。

 外からは「敵は本能寺にあり!」という聞き慣れた――というか、さっき自分がリハーサルで「もっと腹から声出せよ」と指導したはずの――叫び声が聞こえてくる。


「殿、何をぼーっとしているんですか! 早く逃げ……いや、早く『敦盛』を踊ってください! 演出のスケジュールが押してます!」


 脇で叫ぶのは小姓の森蘭丸だ。手元のタブレット(という名の板状の瓦版)を確認しながら、彼は焦った顔で信長を急かす。


 そう。この本能寺の変は織田信長による、織田信長のための、史上最大の【引退記念アニバーサリーイベント】だった。


 ことの始まりは一ヶ月前。


 天下統一を目前にした信長は、ふと思ったのだ。

「天下取ったらあとはメンテナンス(政務)ばっかりじゃん。つまんね。……よし、死んだことにして海外旅行にでも行こうか」と。


 そこで信長は最も信頼のおける中間管理職の明智光秀を呼び出した。


『光秀、お前に大役をやる。俺を本能寺で派手に“討て”。もちろんフェイクだぞ。俺は討ち入りのどさくさに紛れて南蛮へ高飛びするから、よろしくな』


 光秀は白目を剥いた。


『殿、正気ですか? 私は有給休暇すら消化できていないんですよ? その上、歴史に名を残す反逆者になれと?』

『いいじゃん、有名になれるぞ。SNS(口コミ)映えもバッチリだ。あ、そうそう、演出として寺には火をつけてくれ。特効(特殊効果)担当には火薬を多めに発注しとけよ』


 ……そんな経緯で始まったこのクーデターごっこだが、どうやら様子がおかしい。


「おい蘭丸。光秀のやつ、気合入りすぎじゃないか? 矢の数が発注したやつの十倍はあるぞ」

「殿。どうやら光秀様、相当溜まってたみたいですよ」

「……何が?」

「日頃のパワハラ、無茶振り、不当な人事異動へのストレスです。さっき伝令が来ましたが光秀様の部下たち、みんな目が血走ってて『マジでやるぞ、あの魔王ぶっ殺すぞ』って言ってたらしいです」


 信長は冷や汗を流した。


「え、何それ怖い。これ、もしかしてガチのやつ?」


 その時、襖が派手に蹴破られた。

 入ってきたのは甲冑を真っ赤に染めた明智光秀。その目は明らかに「キラキラした演出」を狙ったものではなく、深夜残業三連発を超えたサラリーマンの「無」の境地。


「……殿」

「あ、光秀くん。お疲れ。うん、いい演出だね。迫力あるよ。でもそろそろ熱いから、この辺で切り上げて――」

「殿、これ、今月の残業申請書です」


 光秀が突き出したのは、巻物のように長い紙だった。そこにはビッシリと『毛利攻めの援軍』『四国政策の変更』『徳川殿への接待(高級魚の腐敗トラブル対応含む)』など、信長が丸投げしたタスクが並んでいた。


「光秀、それは後で経理に……」

「今ここでハンコを押せ! さもなくば、アンタを物理的に(フラグじゃなく)灰にするぞ!」

「ひっ……!?」


 信長は気づいた。

 彼は確かに魔王ではあったのかもしれない。だが、一番恐ろしいのは「仕事ができすぎる、限界ギリギリの部下」だったのだ。


「わ、わかった! 判を押す! 判を押すから! だからその火縄銃をこっちに向けるな! あと、敦盛は!? 俺の敦盛のステージはどうなるんだ!?」


「知るか! BGM(笛太鼓)スタッフは全員もう帰してやったわ! ストライキだ! やりたいなら自分一人で歌え!」


 光秀が合図を出す。

 一斉に放たれる鉄砲の音。


「人間五十年~! 下天のうちを比ぶれば~!!」


 信長は必死で舞った。

 かつてこれほどまでに必死な、そして「ここまでしたら、これはもう絶対に退職金(天下)もらえるよね?」という期待に満ちた舞があっただろうか。


 寺が崩れ落ちる寸前、信長は隠し通路(という名の脱出ポッド)に飛び込みながら叫んだ。


「光秀えええ! お前、後の処理絶対にミスるなよ! 三日天下とか言われるなよ!」

「うるせえ! 私はこれから十日間は寝るんだよ!!」


 こうして歴史上最も有名な反逆劇は、史上最も壮絶な「上司と部下の決裂」として幕を閉じた。

 翌朝、焼け跡から見つかったのは信長の遺体ではなく、「全従業員の給与三倍増」と記された、信長の朱印が押されたボロボロの書状だけだったという。


 ――なお、光秀はこの後、信長が残した「膨大な事後処理タスク」の多さに絶望し、山崎の地で「もう、いっそ誰かに討たれたい……」と呟くことになるのだが、それはまた別の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ