第38話 甘酸っぱい瞬間を夢見て
いつも通りの日常。
「さあ、出来ましたよ。お嬢様」
「ありがとう、レリア」
代わり映えのしない部屋の中で、私は礼を言いいながら座っている目の前の鏡で、レリアが結ってくれた髪型を見る。
いつもレリアは、色々な髪型に結ってくれるが、今日は全ての髪をアップにして、編み込みを頭にしたものだった。
編み込みに差し込むかのように、金細工の繊細な飾りが、窓からの陽光に優しい光を反射させて輝いている。
普段はレリアが選ばない、ちょっと珍しい髪型だ。
どちらかと言えば、長い黒髪を見せるかのような髪型が多く、ポニーテールだったり、ハーフアップにすることが多いのに。
私が少し疑問に思ったことが表情に出ていたのか、レリアと私以外が居ない部屋の中で、座っている私の後ろから、コソッと耳打ちしてくる。
「お嬢様、髪が少し傷んでましたよ。冒険は楽しいのは分かりますが、気をつけて下さいませ」
「あっ……」
心当たりは沢山ある。
目の前の鏡に、ちょっと苦い表情をする私の顔が映った。
村に一刻も速く駆けつけるために、急いでお着替えしてしまったし、村に到着したら到着したで、火属性魔法の影響を近距離で受けていた。
征討が終わった時間帯には、もう朝日が昇り始めていて、他のみんなにバレないように大急ぎで帰ってきたのだった。
身嗜みに気をつけている場合ではなかったが、どこかの拍子に派手に髪を傷めてしまったのだろう。
「ちょっとしばらくは、アップの髪型にしておきましょう。編み込みに時間が掛かってしまいますが、お嬢様も我慢して下さい」
「ありがとう、レリア。迷惑かけてばかりで、ごめんね」
使わなかった髪飾りを片付けているレリアに、申し分けない気持ちになりながらレクセイナは礼を言う。
何かあれば、お父様とお母様に私が外出していることがバレてしまう。
そして、レリアが私に強力していることも。
それでもレリアは、何事も問題が起こっていないかのように穏やかな表情を崩さず、逆に少し嬉しそうな様子だった。
「大丈夫ですよ、お嬢様。なにか尋ねられたら、身嗜みを気にしないお嬢様が、お洒落に目覚めたということにしとけば良いのです」
「うっ……」
微笑みの表情を崩さない強いレリアから、鏡越しに視線を合わせたレクセイナは逃げるように視線を横に外す。
「だって私は外に行かないし、お洒落する必要性を感じないんですもんっ。着飾ったら、動きにくいし……」
「そうですね。でも、きっとお嬢様もいつか精一杯のお洒落をしたくなるような、そんな甘酸っぱい瞬間がやって来ますよ」
「ホントかなぁ……」
そんな日、一生来る気がしない。
全くそんな気がしない私の表情を見て、レリアが大人の表情を浮かべてクスクスと笑っていた。
もう、レリアったら……。
だけど私もつられて笑ってしまう。
お洒落を全力で頑張りたくなる日って、どんな時なんだろう?
私には分からないけど多分、きっと楽しい。
そんな気がした。
部屋から一日中出れないときは、窓辺の椅子に座って、書庫から持ってきた魔導書を読んで時間を潰すことが多い。
レリアが使わなかった髪飾りを片付けに部屋から退出した後、レクセイナは今日も魔導書を膝の上に置いて、ページをめくっていた。
以前までは、ただ漠然と魔導書を読んでいたが、今のレクセイナが魔導書を捲る瞳は、キラキラと輝きに満ちていた。
火属性魔法は威力が強い魔法が多いけれど、村の近くでは燃え移る可能性もあるし、うーーん。新しく覚えるなら、木属性魔法かな?
だけど、村のボス戦でも使った書庫の魔法は、木属性魔法だし、ここは繊細さが求められる水属性魔法を覚えようか……?
髪の毛につけてもらった金細工の髪飾りが、窓からの光に反射して、希望に満ちたレクセイナの心を表現するかのように輝いていた。
魔導書から視線を上げると、窓の外に広がる木々を見上げた。
それにしても、書庫の魔法を放つ直前、別次元の空間で会った銀髪の彼は誰なんだろう……?
戦いに気を取られて、深く考える時間がなかったけれど、よくよく考えてみれば凄く謎な出来事だった。
あの後、書庫の魔法を行使するには、詠唱の単語を一つ足さないといけないのが、感覚的に分かって、結局それが正解だったわけだけど……。
謎は深まるばかりだった。
外の太陽に照らされた若葉が、穏やかな風で揺らめいている。
「……今日も良い天気」
あの戦いから、特段と日常が変化したわけではなかった。
お父様とお母様は、監禁魔法が掛かっていると思っている部屋の中。私はずっと部屋で一日中過ごし、たまに召し使いの監視付きで書庫に本を調達しにいく。
何も変わっていない。
だけど、私の視界から見せる世界は変わっていた。
窓一枚向こうは、知らない世界じゃなくて、可能性に満ち溢れている。
親から決められた運命に、従わない選択肢だってある。
部屋に閉じ込められているけれども、私は自由だ――――。
魔導書を脇のソファーに置くと、レクセイナは立ち上がって窓がある壁にもたれかかる。
「【木魔法・センファーシア】」
ボスを倒す時に使った書庫の魔法だ。それが、レクセイナの右手の中で、小さな風の渦を巻いて行使されている。
「ふふっ……」
まるで玩具のように可愛くて、レクセイナは表情を緩める。
ボスを周囲の冒険者に足止めしてもらわなければいけない程、長い詠唱が必要だった書庫の魔法を、今のレクセイナは魔法名一つで自由自在に使いこなしていた。
……とは言っても、ずっと部屋の中に居るレクセイナには、鑑賞用として楽しむぐらいの使い方しかないが。
本来は強大な威力を持つはずの書庫の魔法。
それはレクセイナの手の上で、永久機関のように回り続けた。




