第34話 憧れた冒険者
目の前には、村の景色が広がっていた。
混沌とした状況下。数え切れない大量の魔物を防衛線で食い止めるために、戦い続ける冒険者。
怪我をしているにも関わらず、それでも自分が長年住んできた場所を守るために戦う村の青年たち。
そして、無魔物のボスを少しでも足止めするために、精ひげを生やした中年冒険者たちが、多種多様な攻撃手段でボスを翻弄している。
「…………っ!」
ほんの数秒前まで、確実に別の次元に私はいた。
あの少しの瞬間に起こった出来事に気を取られて、膨大な魔力を注ぎ込んでいた書庫の魔法のコントロールが意識の外に抜けかけていた。
上級魔法よりも難易度の高い魔法だ。
無意識に書庫の魔法を使えるほど、熟達しているわけでもない。先ほどの瞬間に気を取られた一瞬で、コントロールを失っているはずだった、のだが……。
まだ、魔法は思い描いた通りに形成されていっている。
それどころか、この魔法が手に取るように分かる。生まれた時から慣れ親しんできたかのように、身近に感じる。そんなわけないのに……。
白い空間にいた彼によって、光球が私の身体の中へ入っていったいたことを頭の中で思い出す。もしかしたら、それが理由なのかもしれない。
これまでは、意味の分からないままに詠唱していた文章の真なる意味を理解していく。
書庫の魔法への理解が深まり、魔法が完成されていく。
「……【ラ・レンロール・セナフィーナ・ミト】」
この魔法が書かれていた魔導書と違って、1単語だけ自分で新たに増やして、詠唱文章を唱える。
予期しない人物によって、この魔法が悪用されないように意図的に書かれていなかったパスワード単語だ。
必要な単語を含めた完璧な詠唱が行われたことによって、魔法が完成していく。
風の荒々しさを1カ所に詰め込んだ魔法は、天高くまで渦を巻いており、まるで暴風雨のような風の轟音が、周囲に響き渡っていた。
自分の黒髪が、風によって激しく視界を舞い踊る。
魔法のコントロール全てを乗せる。
右手を真っ直ぐボスに向ける。
この強大な魔法を阻止しようと、冒険者相手に奮闘しているボスに、レクセイナは迷うことなく狙いを定める。
憧れてきた、冒険者。
反対に、現実は監視ばかりで、屋敷の中でさえ自由に行き来できない私は、冒険者になることなんて到底不可能で、そしてそれが運命だと以前は思っていた。
ギリッ、と奥歯を強く噛みしめて、確固たる決意に変える。これまでの人生で閉じ込められてきた感情を解放する。
今っ……!
ここで、この瞬間。
私は親に与えられた運命を否定する……!!
自分の人生だ。
私が望むがままに、私がやりたいように生きていくために、この手で、道を切り開いていくと決めたんだ……!
ボスの魔物に、視線を向ける。
これまでの私を束縛してきた不自由の存在、そのものに見えた。
これからは私が勝つ。
私が冒険者として前に踏み出す、礎の一歩となれ。
「――――【木魔法・センファーシア】っ!!!」
天高く振り上げた右手を、勢いよく振り下ろす。
膨大な魔力によって形成されていた竜巻が、空中で手の平ほどの大きさへ圧縮された。全エネルギーが一点に内包される。
一瞬。夜空に圧縮されたエネルギーが、緑の閃光を帯びて輝きを見せ、そしてボスの胴体へと目で追いつけないスピードで飛来。
「グォオオオオオ!!!」
ボスの断末魔が聞こえたような気がした。
だが、それ以上に行使した魔法の余波で目が開けられない。
魔法が完成したと同時に、ボスから一斉に距離を取っていた冒険者たちも、周囲にまで余波を与えている暴風の影響を受ける。
レクセイナや無精ひげの冒険者も、暴風と共に巻き上げられた地面の土に、腕で顔を庇いながら、その場に必死に踏ん張る。
少しボスの魔物から距離を取るのが足りなかった一部の冒険者が、派手に吹っ飛ばされていた。
「うぁああ~!」
「もう少し、距離とっとけば良かったよぉおおおお~!」
後悔の声を響き渡らせながら、冒険者がレクセイナと無精ひげの彼が踏ん張っている場所の数メートル後ろまで、吹っ飛んでいく。
「はっ、あいつ。若い嬢ちゃんの魔法だからと、舐めてかかったな。いい気味だぜっ」
無精ひげの冒険者が自業自得だと言わんばかりに、鼻で笑っていた。
書庫の魔法が完成したと同時に、最も後方で演唱していた術者の位置まで直ぐさま後退できる中年冒険者の方が凄いのだ。
イタズラ心を含んで、レクセイナは隣の中年冒険者をチラリと見る。
「追加の風魔法で、飛ばしてあげましょうか?」
「ははっ。止めてくれ、吹っ飛ばされるのはゴメンだぜ」
2人の目の前を、さらに追加で冒険者が地面を転がっていく。
ただ、全身鎧を着ている筋肉質な男だったからだろうか。
先ほどレクセイナたちの背後まで吹っ飛んでいった冒険者と違い、ゴロゴロと重そうに地面を転がるように、飛ばされていった。
弱くなってきた風に、中年冒険者が余裕綽々の表情で無精ひげを掻く。
「あれは、罰ゲーだろ。というか、あいつ前衛の盾役だろ。盾役が、なに吹っ飛ばされてるんだ」
思わず後ろを振り返って二度見している中年冒険者に、レクセイナも同じく振り返って、視線を向ける。
転がっている間に口に土が入ったのか、向こう側まで飛ばされていった盾役の冒険者は、最終的に止まると、微妙な表情を浮かべながらノソノソと立ち上がっていた。
だけど、地面を転がるのはちょっと楽しそうでもある。
「では、私たちも一緒に吹っ飛ばされますか?」
「嫌だぜ。なんでわざわざ汚れねぇといけないんだ」
軽口を叩きながら、魔法の余波で生じた暴風が完全に収まるのを呑気に待つ。
着弾した魔法の余波が発生するまでの僅か一瞬だったが、確かにボスが息絶えたのを確認していた。数え切れないほどの魔物を率いていた、強大なボスを倒したのだ。
達成感が、心の底から溢れ出してくる。
余波の暴風が完全に収まって、ボスの巨体が容赦なく風の刃で引き裂かれているのを見ても、実感が中々湧いてこない。
それでも、少しずつ実感が湧いてきて、冒険者たちを見る私の顔にも笑顔が溢れてくるのを感じる。
他の村を襲っていた魔物は、ボスが倒れたことで撤退していっていた。
私たちは、村を守り切れたのだ。
「おーーい! レクセイナ~!!」
声がする方に半身を向けると、村の中心部がある所から、オルデンが手を振りながらやってきていた。
「オルデンっーーー!!!」
オルデンの方へ、走っていく。
合流した2人の明るいハイタッチが、戦いが終わった村に軽やかに響いた――――。




