第31話 過去
それは、私が幼い子供だった時の話だ。
歳は8つか、9つぐらいだったはず。
まだ国王と会う面会の回数は少なかった一方で、自分の肌にナイフが浸食する痛みに耐えられるはずもなく、大泣きしていた頃だったと思う。
周りに貴族家の友だちなんておらず、同年代の“当たり前”というものは分からなかったが、自分自身が常に見張られていることには気がついていた。
「ふふっ! 出来たっ、完~成!」
幼い身長に見合わない長い黒髪を広げて、部屋の絨毯に座っていたレクセイナは、あどけない幼さが残る顔で満面の笑顔を浮かべた。
天井に掲げるようにして手に持っていたのは、部屋に置いてあったパジャマを細長く丸めた洋服だ。
普段は朝の支度が終わると厳しい召使いの人が、レクセイナが出れない部屋の外へ持っていってしまう。
だが、今日は忘れていったらしい。
普段の部屋には、常に同じ物しか置いていないのだ。
家庭教師から与えられた宿題。裁縫の練習用に置かれた布。あとは、クッションや魔導具のランプなど、単なる家具ぐらい。
だから、召使いが忘れていったパジャマは、好奇心が抑えられないレクセイナの絶好の遊び道具になる。
先ほどから時間を掛けて作り、細長く丸められた洋服は、本に出てくる「剣」を見立てて作ったものだ。
実物を知る人間なら、全く似ていないと考えるだろうが、幼いレクセイナにとっては、会心の出来だったようだ。
ルンルンの様子で、鼻歌を元気よく歌ってしまう。
椅子の背もたれに引っかけてあった、膝掛け用の毛布を取ってきて、本に書いてあった挿絵の見た目に近くなるように、首に毛布の端と端を結びつける。
これで、マントの代わりだ。
「私は、ちょー格好いい冒険者ぁ! たくさん遊んで、冒険してっ、世界のピンチを救っちゃうぞ!」
細長く丸めた剣を片手に掲げて、マントを風にたなびかせたつもりになりながら、お母様やお父様に怒られないように、部屋の外まで響き渡らない音量で言ってみる。
「やーっ、えいっ!」
丸めた剣代わりの洋服を、振り回して遊ぶ。物を乱雑に扱ってはいけないと言われているので、ちょっと控え気味に。
それでも、職人の手で作られたパジャマは、極上の肌触りになるように柔らかい繊維を使って作られている。
振り回していればば、直ぐに丸めていても解けてしまう。
それでも。たとえ、何度解けてしまっても。また剣の形状に丸め直して、冒険者ごっこを思いっ切り楽しむ。
屋敷の書庫に置いてあった本の冒険者の真似だ。
やっとこの歳になってきて、召使いがいれば屋敷の書庫に行くことが許されるようになっていたのだった。
つまらない部屋の中で、娯楽と刺激に飢えていたレクセイナは、沢山の本を片っ端から読み漁った。
その中でも、外の世界――冒険者について書かれている種類の本が好きだった。
「ワレは、世界の災厄にして崩壊の源、デーレリアウスを倒しに来た者なりっ! ワレが人類の希望であり、頂点のSランク冒険者だー!」
本に書かれていた台詞の真似をしてみる。
……そうだった。
冒険者になった、今のレクセイナは思い出す。
幼い頃の私にとって、孤独を唯一癒やしてくれるものが本の中に登場する、冒険者だった。
冒険者になれたら、どんなに幸せだろうと思っていた。
幼い頃の冒険者ごっごは楽しかった。
それでも結局は、パジャマを回収し忘れたことに気がついた召使いが、この後すぐに部屋に戻ってきてしまったのだ。
パジャマを没収されたうえに、マントとして遊んでいた膝掛け用の毛布まで取り上げられてしまう結末で終わったはずだ。
「あーあ。 もしも、お外に行ければ、楽しいのかな……」
幼い頃の私は、外の世界に憧れていながらも、外の世界に行って自由に探索するなんて不可能だと思っていた。
冒険者になることなんて、さらに夢のまた夢。
永遠に叶えられることのない、無謀な望みだと思っていた――――。
……だけど、今は違う。
過去の自分とは違う。
束縛された自由のない部屋から抜け出し、冒険者になった。頼られた。
村の中央で結界魔法を張って村人を護っているオルデンとベルに、数え切れないほどの魔物と一緒に戦っている村の青年たちがいる。
昔の私は、冒険者になることなんて不可能だと思っていた。
じゃあ、冒険者になった私は……?
私は……。
不可能を、可能に変える存在だ。
揺るぎのない光を瞳に宿らせて、身体の震えが収まったレクセイナはボスの魔物の前で立ち上がった――――。




