第30話 嫌な予感
それは、レクセイナの上級魔法と鼓舞に奮起した冒険者たちが、再び息を吹き返したかのように、魔物を迎撃していた時だった。
嫌な予感が当たった。
突然、向こう側で地響きと共に砂煙が上がったかと思いきや、他の魔物の唸り声を掻き消すような咆哮がレクセイナの元まで響き分かってくる。
冒険者の怒号と悲鳴が飛び交っているのが、聞こえてくる。
「ボスが現れたぞーー!!!」
向こう側の統率をしていた、Cランク冒険者の指示が響き渡る。
バンダナを巻いた冒険者は、純粋な戦闘能力だけだとレクセイナよりも弱いが、これまでに数えるほどしか冒険者活動をしていないレクセイナと比べると、経験値には大きなアドバンテージを持っている。
その経験値の差が、強いボスが現れたことで浮き足だった冒険者たちに、迅速な警告を出すことに繋がる。
「全員警戒、攻撃パターンの変化に注意しろ!!! ここが腕の見せ所だぞ!!」
これだけの魔物を率いているボスだ。
直ぐさまCランク冒険者が、ボスの現れた方向に向かって指示を出しながら、走り去っていった。
Dランク冒険者や村の青年には、荷が重いと判断したのだろう。
彼が走り去る直前。一時的に目の前の魔物から注意が逸れていた味方に、防御魔法を張っていたレクセイナと、視線が合った。
信頼している。この場は任せたぞ。と、彼の目は言っているように見えた。
力強い瞳で頷いたレクセイナは、彼の代わりに指示を出す。
「全員、全力攻撃開始っ! 向こうに魔物が押し寄せる前に、撃破します!」
「「「おおっーー!!!」」」
急がなければ。
長期戦を考慮して温存したのを、やめる。
すでに長時間に渡って戦ってきたこともあって、レクセイナは魔力量には自信があったが、それもだいぶ底をついている。
右手で魔法を乱発しながら、もう片方の手で腰に吊り下げていたバックからポーションを漁る。
魔力回復ポーションだ。効き目がよく分からないので、取り敢えず大量に魔力回復ポーションを取り出して、3本を一気に飲み干す。
一気に飲みをしたせいで、口端から僅かに魔力回復ポーションが零れてしまうが、気にしない。
レクセイナ本人は気がついていないが、よく分からないからと、最高級品のポーションを買っていたのが幸いした。
普通のポーションは、飲んだ直後から効果の現れる濃度はないが、王都に建物を何軒も建てられるような値段の最高級品の効果は一級だ。
使える限りのバリエーション豊かな上級魔法を使って、一気に周囲の魔物を殲滅しつつ、空間魔法が掛けられたバックから次々にポーションを取り出して、凄まじい速度で減っていく魔力を、直ぐに回復させていく。
空になった魔力回復ポーションを、地面に投げ捨てる。
普段のレクセイナなら、絶対にしない行為だ。
品性がない、公爵家の令嬢として相応しくないと、召使いに注意されるような行動だ。
それでも、レクセイナがここまで急いで魔物を撃滅しているのには理由があった。
…………早く向かってあげないと。
さっきボスの方へ向かっていったバンダナ冒険者の中では一番強いはずだけど、たぶん魔物のボスに苦戦しているはず。
きっと、足止めで精一杯だ。
この中で一番強い私が、助けに行ってあげないといけない。彼がボスを足止めしている間に、向かってあげないといけない。
この場に彼と私がいなくても、冒険者たちだけで戦線が維持できる程度まで敵を全力で討伐していく。
「【水魔法・ソードラース】。後は任せました!!!」
防衛線が維持できる限界ラインまで魔物を殲滅してから、その場にいる仲間の返事でさえ聞かずに、大急ぎでボスの方面へ向かう。
走るだけで、体力が見るからに削られていく。
額に汗を浮かべ、肺が苦しくなるほど激しく呼吸しながら、砂煙と怒号が一番激しい地点へ急行した。
「…………!」
レクセイナは、驚いたように目を見開く。
圧倒的な威圧感を漂わせている四足獣。村を包囲している魔物軍団のボスが、冒険者たちを翻弄していた。
大きな牙。頑丈で鋭い爪。書庫で見た「ライオン」という生き物に似ている。顔の周囲を覆っている毛皮が、火を帯びていることで、攻撃も防御も兼ね備えた肉体になっている。
バンダナを巻いた冒険者が、振り下ろされる鋭い爪がついた前足を、剣で受け止めている。
背後から他の冒険者たちが、ボスの死角を突こうと攻撃しているが、全く相手にされていない。
実質一人でボスと戦っているバンダナの冒険者は、体の至る所から血を流して、荒々しい呼吸を繰り返していた。
レクセイナは、呼吸をゆっくり整える。
走ってきたことで乱れていた呼吸を静かに整えると、防御魔法を冒険者の盾のように分厚く展開する。
「ありがとう御座います。あとは、私に任せて下さい」
ボスとバンダナ冒険者の間に強引に割り入ると、ボスの真正面から視線を外すことなく、背後の彼に力強く言葉を告げた。
「……ありがとう。すまないっ!」
満身創痍の彼が、申し訳なさそうな様子で離脱する。
この場に残っているメンバーの中で、ボスに攻撃を通せるのは私だけだ。
「【火魔法・ガレファ】!」
バンダナの冒険者を背後から逃がしている間に、私の防御魔法を粉砕しようとしていたボスに魔法を叩き込む。
咄嗟に避けられた。
さすがに、私でも直ぐに致命傷を与えるのは厳しそうだ。
それでもボスの顔に、風魔法の刃が傷をつけた。魔物特有である紫色の血が、バンダナ冒険者の鮮血で赤く染まっていた地面に滴る。
「この魔物は私が討伐します。他の人は、離れていて下さい。……【木魔法・ファッサル】!」
一番得意としている水魔法の氷剣を飛ばす。的確に狙いを定めて狙い撃つが、鼓膜が震えるような雄叫びを上げたことで、威力を増したたてがみの火に無力化される。
怯むことなく氷剣が溶解された次の瞬間には、完成していた上級魔法を、正面に迫り来るボスの顔面に叩き込む。
「ははっ……」
自分の渇いた笑みが、肩で息をしている自分の口から零れ出た。
どうやら、木属性魔法は無力化できるらしい。
ボスの顔面に上級魔法が直撃したが、物ともしない様子で、ボスが私の元まで迫り来る。
恐らく木属性魔法でも、威力の強い魔法ならば有効なのだろうが、上級魔法までしか使えない私にとっては、木属性に関連する全ての攻撃手段が使えなくなったといえる。
ボスの口から放たれる赤黒い炎に、防御魔法を展開して対応する。
「グルルっ…………」
「ちょっと、これは勘弁してくれないかなっ!」
高威力の火属性攻撃に対応するため、分厚い防御魔法を使ったのを逆手に取られた。
炎による攻撃を持続しながら、防御魔法に巨体の全体重をかけながら、ボスが力づくで防御魔法を突破してこようとする。
ギリッ、と歯を食いしばる。
力比べは苦手だ。それも魔物相手に勝てるわけがない。
防御魔法にも徐々にヒビが入り、亀裂が広がっていく――――。
魔法使いの戦いの常識は、前戦に出て来ないことだ。常に剣士や盾役に前衛を任せることによって、魔法を撃ち込むことだけに集中する。
演唱に時間がかかることも、肉体的に鍛えることがないのも、敵と直接的に攻撃をやり取りするのに、向いていない。
それでも、この場に残ったレクセイナ以外で、ボスに張り合える人材はいなかったのが不幸だった。
魔法使いであるのに、逆にここまで持ちこたえられたのが凄かった。
「うっ――――!」
防御魔法が完全に粉砕された。
無防備になったレクセイナに、ボスが横薙ぎの攻撃を前脚で仕掛けてくる。
地面を擦るように、横に投げ出される。
土まみれになったレクセイナは、直ぐに立ち上がれない。攻撃が直撃したこと以上に、身体が戦いの恐ろしさを知ってしまったかのように、動かない。
悠々とした足取りで、ライオンのボスが近づいてくる。
魔物の黒い眼に、恐怖で竦むレクセイナの姿が映った――――。




