第03話 書庫の魔法
「ねえ、レリア。今日は書庫に行こうと思うの」
朝の支度を済ませてパジャマから着替えた私は、部屋を出て行こうとする数人の侍女たちの中で、最後に出て行こうとした1人を振り返って、呼び止める。
「新しい本をお探しですか?」
40歳を過ぎたお母様よりも年上のレリアが、柔和な微笑みを浮かべながら優しく尋ねてくる。
「ええ」
カラメルの様に甘くて優しい茶色の瞳が、公爵家の血筋として価値がある女ではなく、政略結婚に利用できる子供でもなく、私自身を見ていた。
「ちょっと気になる本が出来たの。書庫から持ってきた本は前に全て読んでしまったし、それに、部屋にずっと居ても憂鬱だわ」
窓からは朝の穏やかな日射しが部屋に差し込んでいた。小鳥がチュンチュン、と鳴く可愛らしい声が窓の向こう側から聞こえてくる。
「書庫の持ち出し禁止の区域にある本でも、読むことにするわ。レリアも一緒に来てくれる……?」
屋敷の中でも、私は1人で部屋の外を出歩くことは許されていない。
監禁魔法が張られている部屋の外には、1人で出ることは出来ないし、常に見張りという名の侍女と共に行動する必要があった。
それでもレリアも侍女の仕事があって忙しいだろう。
普段は部屋の外に出ることなく、1人で過ごしているから、そもそも私の共をすることは彼女たち侍女の仕事に入っていないのだ。
イスに座っていたレクセイナは、レリアの仕事を増やしてしまうことに申し訳なさを顔と声に滲ませながら言う。
傍に来てくれたレリアが、そんなレクセイナを気遣うように背中を優しくさすった。
「このレリアが、レクセイナお嬢さまのお願いを断ることなんてありませんよ。さあ一緒に行きましょう」
「本当?! ありがとう、レリアっ!」
顔をパッと輝かせて、レリアに抱きつく。
複雑で堅牢な監禁魔法を解除するために、書庫に置かれている本に書かれた魔法を習得するのだ。
***
「では、このレリアは入り口に座ってますので。お嬢さまは、気の済むまでごゆっくりしてくださいな」
レリアは不自由な生活を強いられているレクセイナのことを、少しでも自由にさせてあげたいと思っていた。
書庫の本を目の前に、お嬢さまは夢中なのだろう。
レリアの言葉が本当にレクセイナに届いているかどうかは、怪しいところだった。
それでも、レリアは温かい目でレクセイナの背中を見送った。
書庫の奥までやってきたレクセイナは、目当ての本を探して棚の間を行ったり来たりする。
「確か、この辺りの棚だったはず」
私に読まれたくない本は、別の場所に保管されているのだろう。すでに家庭教師や侍女たちから習った知識が書かれている本が大半だ。
だが、国に3つしか存在しない公爵家の1つである、この本屋敷の書庫は広大で、蔵書も数え切れないほどある。
だから、お父様とお母様も、蔵書を完全に把握しきれていなかったのだろう。
「あった。あった」
私は深青の装丁がされた、古くて分厚い本を見つける。
最初、私が初めて見つけた時にはホコリを被っていて、忘れ去られているかのように、棚の隅に追いやられていた本だ。
まるで狭い棚のスペースを無駄にとるからと、邪魔だと思われていたかのような寂しい扱いっぷりだった。
それがとても悲しく思えて、手にとったのが始まりだった。
私は脆くなったページを破いてしまわないように、慎重に本をめくっていく。
書かれている内容はどれも、家庭教師からは教えられなかった魔法ばかりだ。
時々、教えてもらったことで習得した中級魔法や上級魔法に近い系統の魔法は見つかるが、この書庫の本に書かれている魔法の方が複雑な代わりに、効果が強力なものになっている。
きっと簡単に習得できて、使い勝手が良い魔法の方が、私が知らない外の世界では広く使われているのだろう。
私が知っている普通の魔法書と違って、この本に属性の表記はない。
だが、水属性の魔法なら、水に関連した演唱文が使われているし、それは他の属性魔法でも同じだ。
監禁魔法の中核に使われている魔法を解除するには、属性の相性から考えて木属性魔法が良いだろう。
「魔法陣に対抗できる魔法はないかな……。出来れば、上級魔法の木属性魔法」
何百ページとある本のページを、一枚一枚めくっていく。
だが、監禁魔法の解除に使えそうな魔法は見当たらなかった。この本は前編・中編・後編の3冊構成になっている。
前編の本を棚に戻し、後編の本に目を通す。中編の本は、他の2冊と違って、更に倍の分厚さがあるからスキップ。
これまで1度も目を通したことはなかったが、私は一冊ずつ読破したいのだ。
一番分厚い魔法書が後回しになるのは、当然の流れだった。
「履修すべし最強の魔法、【木魔法・ダレヌ】……?」
他の魔法とは違い、デカデカと大きな文字で書かれた部分を読み上げる。
「あっ! 魔法陣の、アンチ魔法!」
それも、水属性と相性がいい木属性魔法だ。パラパラとページをめくっていた手を止め、その内容を注意深く読み込む。
文字も掠れていて読みにくい書庫の本だが、どうやら魔法陣を解除するための魔法で間違いないようだった。
「この魔法で、私は自由を手に入れてみせる!!!」
この本に書かれている魔法は、どれも習得するには時間が掛かる。だが、私なら大丈夫だ。
家庭教師に教えてもらった上級魔法は、9歳で全て習得したし、公爵家の魔法の才能を私は引き継いでいる!
最強の魔法と記述されている、【木魔法・ダレヌ】。
これまでに書庫の魔法は幾つか習得してきたが、どれも威力が凄まじい物ばかりだった。その魔法の中で、最強と記載されていることには、期待が高まる。
――――最強。
とっても良い響きだ。
自由を手に入れたら、外の世界で使ってみたい。
絶対に、習得してみせる……!




