第26話 仲間
一人で使うには、いつも大きすぎると思っている純白のベットから飛び降りたレクセイナは、大急ぎで村へ向かう支度を始める。
結界が破壊され、村が侵攻されるまでに時間はない。
だが、違和感を察知するまで普段と同じように、ベットで寝ていたレクセイナの格好は、薄ピンクのネグリジェだ。
最高級品のシルクが惜しげもなく使用されたネグリジェは、非常に肌触りがいい品だが、ぎりぎり下着も見えない程度の布の厚さしかない。
さすがに今のままの格好で外へ行くわけにもいかず、着替えるしかない。
外出用のマントと洋服に着替えるために、レクセイナはベットの下へ頭を突っ込んで、潜った。
「痛っ……」
ベットと床の隙間は狭く、頭をぶつけつつも、ベット下の床を這うように進む。
レリア以外の召し使いや、お父様やお母様に絶対に見つからないように、ベットの下の床に、密かに隠しているのだ。
監禁魔法を解除したことで、本来は魔法陣が描かれていた床板を剥がせるようになり、今では便利に使っている。
マントと洋服以外にも、剣やポーションを取り出すと、蓋の代わりになっている床板を何事もなかったかのように、元に戻す。
腰にベルトで剣を固定し、オルデンやベルと一緒に冒険者として活動している時とお案じ格好になる。
急がないと。
一瞬だけ、窓の外に私は視線を向ける。
今が、朝や昼とかじゃなくて、良かった……。
こんなに真夜中ならば、お母様もお父様も、多分ご就寝されていらっしゃる時間帯だろうし、隠れて抜け出すのも難易度が低い。
屋敷の外に出るまでの少しの間だけ、廊下を巡回している兵士の方に見つかることだけを避ければいいから、レリアのサポートがなくても、きっと何とかなる。
まともに髪の毛さえも整えないまま、レクセイナは部屋のドアに耳をつけて、周囲に全身鎧の警備兵が巡回していないことを確認すると、廊下へ通じる唯一のドアを開けた。
***
「ハア、ハア、ハアっ…………」
キツいっ!!!!
たまにお父様とお母様が外出している機会を見計らって、外に出掛けているものの、普段は一日中、部屋の中だ。
貴族の部屋であることもあって、ちょっと自室が広いと言っても、歩く距離なんてしれている。
普段は一日中、ときどき外の景色見ながら、椅子に座って書庫から持ってきた魔導書を読んでいるだけ。
……運動?
強いて言うなら、机とベットの行き来をするぐらい??
朝起きた時と、夜寝るときの毎日2回。走ると、部屋の隅に控えている召使いの人に怒られるから、淑女に見えるようにゆっくり歩くだけだ。
そんな普段運動していない私が、体力があるはずがない。
肩で息をしながら長い、長い、廊下を走って移動する。
稀にお忍びで外出する時と同じ道なのに、いつもよりもずっと長い距離に感じられる。村までは距離がある。時間の猶予がないのも原因なのかもしれない。
そんなことを考えながら廊下の角を曲がった瞬間に、誰かにぶつかる。
「きゃっ!」
「お、お嬢様??!」
あっ。やばい。
先を意ぐことばかりを考えていたせいで、廊下を同じく歩いている警備兵がいないかどうか、注意を怠ってしまった。
瞬間的に、このまま背中を向けて正反対の方向へ逃げ出そうとする。
「お嬢様、お嬢様! レリアです!!」
すかさず両手で抱き締められ、脊髄反射で逃げ出そうとしていたレクセイナの足が止まる。
お父様とお母様の声よりも聞き慣れている召使いの声に、背中から抱き締めるような形で足止めしてくる、ぶつかった人を振り返った。
「……あ、レリア。どうしたの? こんな時間帯に。もう寝る時間じゃないの?」
屋敷もすっかり寝静まっている頃だ。
見慣れている顔を見て、自分がなぜ急いでいるのかも一瞬吹き飛んだレクセイナが抜けた表情で尋ねると、レリアは脱力しながらも強い声音で詰問する。
「それは、こっちの台詞です。お嬢様。どうして廊下にいらっしゃるのですか? 誰かに見つかったらどうするのですか!」
「えっと。それについてなんだけど……」
「公爵様に万が一でも見つかったら、部屋の魔法陣が解除されていることにも気づかれるんですよ!」
洋服を掴んだ手を話さずに、強く慌てた様子で問い詰めてくるレリアに、私は気まずい気持ちになって思わず視線を横に外す。
「必ず、朝が明けるまでには戻ってくるから、私が外出していることをバレないようにしておいてくれない?」
ここで、部屋に戻るわけにはいかないのだ。何の重要性もない村を助けにいけるのは、私ぐらいしかいない。
申し訳ない感情に包まれながら、両手の手の平を合わせる。
「お願い、レリア!」
数秒の沈黙の後。何とも言えない微妙な表情を顔に浮かべたレリアは、観念した様子で小さく息を吐いた。
「はぁ……。分かりました、何とかしておきます。このレリア、お嬢様の無茶振りには慣れていますからね。一夜ぐらいなら、何とかなるでしょう」
レクセイナを掴んでいた両手を離し、困った子に言い聞かせるような声音で続ける。
「ただ、必ず朝までには戻ってきて下さい。他の召使いに気づかれるよりも前に、必ず戻ってきて下さいね?」
「ありがとう、レリア!」
「ほら、速く行って下さいませ。時間は有限ですよ?」
廊下の角でぶつかった時に、レクセイナが酷く急いだ様子だったことを思い出して、レリアはレクセイナを急かす。
「ええ!」
レリアに頷き返し、再び走り出す。
若干疲れ切った表情を浮かべたレリアだけが、廊下に取り残された。
***
それ以降は誰にも見つかることのないまま、屋敷の外に出たレクセイナは、カバンの中にポーションと一緒に入れていた魔導具を取り出していた。
以前、オルデンから貰ったものだ。
この魔導具と接続している、もう片方の魔導具の位置が分かるようになっている。
魔導具は専門の職人が一つ一つ手作りしているため、比較的高いと以前に話を聞いたことがあった。
その辺の安物ポーションを渡すノリで、気安くレクセイナに魔導具を渡したオルデンに、ベルが参った表情で空を見上げていたことを走りながら思い出す。
渇いた空気に、喉が痛くなるほど激しく呼吸をしながら走っていたが、ベルの表情を思い出して、少し気が紛れる。また、少しだけ走る速度を上げた。
でも、とても便利な魔導具だ。
お陰で、オルデンの位置が分かる。2人はいつも一緒に行動しているから、ベルもいるだろう。
そうしたら、ベルが使う足の速くなる魔法を使って、村まで行くことができる。
体力のない私が走るよりも、ずっと速く村に辿りつけるだろう。
それに、魔物が数百体も押し寄せているのならば、戦力はいくつあっても良かった。
オルデンとベルが今日泊まっているは、街の中心地に近い場所のようだ。比較的直ぐに魔導具が指し示す場所まで辿り着く。
普通の宿ではなく、一軒家のようだ。
少し手入れが行き届いていない建物のように見えるが、ここで間違いないようだった。魔導具は、この建物の内側らしき場所を表示している。
両膝に手をついて、呼吸を整えたい気持ちを抑えながら、息絶え絶えに家のドアを勢いよく叩く。
きっと寝ているであろう2人が私に気づいてくれるように、何度も夜の静寂に響き渡るような強さで叩く。
一拍遅れて、薄いドアの向こう側からドタドタとした足音が聞こえて、少しの間が空く。
鍵を開く音が響いた後、内側からドアが開いた。




