第23話 レクセイナの隠し事
「教会? こんな小さな村にはないさ。この周辺にもない」
年老いた村人の返答に、オルデンは気落ちした表情で頷いた。
教会塔国家の周辺地域では、小さな村にも広く知られていないだけで教会があったりした。
小さな教会があれば、レクセイナの傷も治療できたのだが……。
「そうか」
代わりに俺たちが泊まれる場所を教えてもらい、木造りの住居が最も密集している、村の中心近くにある住居へ案内してもらう。
この村には宿が無いらしく、村の共同スペースになっている建物なのだそうだ。それを表すかのように、隅の方には荷物らしきものが雑多に置かれていた。
「レクセイナさん、このポーションを飲んでください。痛み止めです」
「ありがとう。ベル」
オルデンの背中から下ろしてもらい、レクセイナはベルから手渡されたポーションを飲む。
痛み止めのポーションは、どれもネットリと生温く重い味がした。
美味しいとか、不味いとかを評する以前に、人間が飲む物体ではないような感じだったりする。
レクセイナはポーションを飲み終わると、視線を地面に落とした。
ツーッと涙が溢れてくる。
「あのね……。オルデン、ベル」
隣に座ったオルデンが、優しさを混ぜたぶっきらぼうな声音で応えてくれる。
「どうした?」
「実は私、お父様とお母様に隠れて冒険者をしていたの……っ」
監禁魔法が使われていた部屋から飛び出して、外の世界で出会ったオルデンとベルには、私は田舎村から公爵領の中央都市に訪れたと言っていた。
「お父様とお母様は、私が自由に過ごすことを許してくれなくてっ……。だけど私は束縛だらけの生活が、どうしても嫌で……っ」
オルデンとベルを困らせてしまう。泣いちゃいけないと思うのに、そう思えば思うほど両目から涙が溢れ出してくる。
気持ちのコントロール出来なくて、普段は抑えに抑えて生活しているのに、まるで感情のブレーキが外れてしまったように感じる。
「私は、……っ」
お父様とお母様だけじゃない。
国王様も、私が自由に過ごすことを認める気はないのだ。
部屋で独り大人しく過ごしているように、誰からも目立たないように、釘を刺されている。私は、不自由な人生を送ることを運命づけられている。
だと言うのに、外出がバレてしまえばどんなお咎めを受けるのだろう……?
国の頂点に君臨する国王様なら、没落寸前の公爵令嬢なんて、命令1つで簡単に好き放題罰することができるだろう。
酷い噂が付きまとう男を私の婚約相手にしても、家の存続を優先しようとしている方たちだ。
お父様とお母様も、きっと私を守っては下さらない。
私は……独りぼっちなのだ。
「レクセイナ」
普段の冒険者らしく奔放な感じではなく、落ち着いた、どこか重みを感じるような珍しい声。
薄緑の綺麗なオルデンの瞳が、弱気の私を写していた。
「なにか、隠し事をしているのは知っていたさ。誰にだって、隠し事の1つや2つぐらいあるからな」
縮こまっている私の背中を、オルデンはさすって続ける。
「隠す必要があるとしても、それだけやりたいことがあるっていうことだろ?」
ニヤッ、とオルデンが自由を満喫する冒険者らしい笑顔を見せる。
「だったら別にいいじゃないか。レクセイナは、レクセイナがやりたいようにすれば良いと、俺は思うぜ? 少なくとも、俺は俺がやりたいようにやってる。ベルには迷惑をかけているけどな」
建物の入り口付近の壁に、もたれかかっていたベルが片眉を上げる。
「私は、オルデンについていくと決めた時点で覚悟しています」
ベルの一片の迷いがない言葉に、オルデンが嬉しそうにニヤニヤと笑う。
それを見たベルは、物申すような不満げな表情をしてみせる。
「やっぱり、もう少し自制はして欲しいです。問題の後始末をするのは私ですよ?」
「ハイハイ、分かってるさ。ベル。ありがとな」
小言を易々とスルーしたオルデンは、レクセイナに視線を戻した。
「隠し事っつのは、共謀者と一緒にやるもんなんだぜ? 俺たちが手伝ってやるさ、独りで抱え込まなくて良いんだぞ……?」
「レクセイナさんを怪我させてしまったのは、私たちのミスもあるので。手伝いますよ」
素っ気なさそうな様子を崩さないギリギリの程度で、ベルもオルデンに追随するように言う。
「頼って良いのっ……?」
「嗚呼。俺たちに頼ればいいぞ」
「まずは、この状況をどうにかしないといけませんね……」
オルデンが躊躇うこともなく頷く。ベルが、考え込むように手を顎に当てる。
その時、建物の入り口に影が差した。
3人が視線を向けると、そこには最初に案内してくれた老人の村人と一緒に、ツリ目の若い短髪の女たちがやって来る。
光に反射して、短髪の髪が深紫色にサラリと透ける。
他にも数人の村人がやってきたが、その中で短髪の彼女だけは一線を引いた不思議な空気感がある。
レクセイナたちが言葉を発する前に、村人たちの前から一歩出た彼女が口を開く。
「初めまして」
感情を切り捨てて合理だけを突き詰めたような、レクセイナの方を向く。彼女の堅く冷たい声が響いた。
「冒険者さん」




