第21話 熱火山羊との戦い
「メェエエエエ゛……!!!」
殺意を滾らせた熱火山羊が、天を仰ぐように頭を宙に振ってから、長い角の先をレクセイナに向ける。
放たれる二度目の熱線。
溶岩の赤を凝縮したような火属性魔法が、ブゥーン……という空気を切り裂くような低音と共に照射された。
「ふっ……」
思わず笑みが零れる。
熱線が掠れば、無事ではいられない。
神経が限界まで張り詰める音が、身体の奥から聞こえてくるような気がする。緊張で心臓が高鳴っているのを感じる。
こんなことは、退屈な人生でこれまで一度も体験したことがなかった。
少しの失敗も許されない駆け引き。
熱火山羊が放った二度目の熱線を、レクセイナは半歩後ろに下がることで防御魔法を使わずに乗り切る。
超高温の熱線が、直ぐ足元を尋常じゃないスピードで通過していった。
ジュワァ……と紅く鮮明な線を、溶かされた灰色の岩石が地面に作る。
攻撃を躱された熱火山羊が苛立ったように蹄を地面に叩きつける前に、攻撃の機を待ち構えていたレクセイナが魔法を放った。
「【水魔法・フシナレン】!」
「メェ~ッ……!」
熱線攻撃を放った直後、一瞬の隙を狙った。
熱火山羊に、ナイフと化した高圧力の水が襲いかかる。
地面につくような白い毛皮を持つ熱火山羊の胴体部分に、水魔法の攻撃が当たる。少し的が外れたかなっ?
攻撃が命中する直前に熱火山羊が身体を捻ったからだろう。致命傷までは至らず、ほどほどの傷をつけるだけに初撃は終わった。
――――だが確実に、魔物の動きは鈍くなった。
レクセイナは次の魔法を繰り出す。火球を放って牽制しながら攻撃する一方で、熱火山羊も一歩も引いた様子はない。
両者の戦いは、激化していく。
それをオルデンとベルは、縄張りの外に広がっている森の茂みから見ていた。
「……いや、凄いな。まさかC級の魔物と同等に戦えるなんて思ってなかった。熱火山羊は結構強い魔物のはずなんだが」
「そうですね……」
オルデンは熱火山羊と戦っているレクセイナに、再び視線を向ける。
最初レクセイナが熱火山羊に仕掛けに行った際、もし危なそうだったら、乱入して守るつもりだった。だが、俺の助けは必要ないだろう。
F級ランク冒険者のレクセイナが、熱火山羊と互角に戦えている。
「それにレクセイナさんが、中級魔法の使い手だったとは……」
下級魔法なら、比較的誰でも時間をかけて鍛錬すれば扱うことができる。
しかし、中級魔法は違う。
下級魔法よりも数段威力が高い代わりに、簡単には扱えない。習得には多くの時間と、才能が必要になってくる。
それこそ、一般的に熟練と言われるC級冒険者でも中級魔法を1つも使えない者だっている。難易度が高い魔法。
それを、1つどころか複数個の中級魔法を自由自在に使っている。
水魔法の壁で熱線を防御しながら、熱火山羊に的確に攻撃をレクセイナが入れていく。
……強い。
シンプルに、そう思った。
レクセイナはゴブリンとの戦いが、人生で初めてだとオルデンに言っていた。
だが、実戦の経験はこれまで皆無だったとしても、魔法の発動にかけるまでの時間も、種類も、威力も卓越している。
F級冒険者相手に、熱火山羊が劣勢だった。
白い毛で覆われた胴体には傷だらけであり、熱線の威力まで弱まっている。その反面、レクセイナは怪我1つ負っていなかった。
「そろそろ、トドメが入るはずっ!」
レクセイナは十分に熱火山羊が弱っていると判断して、先ほどの戦闘までに使ってこなかった別の魔法を練り上げる。
攻撃が届くのに少しの時間を必要とするけど、その代わりに大きなダメージを入れることができる。
「【水魔法・ブレッド】!」
鋭利な水の弾丸が、動きが鈍い熱火山羊に一斉に襲いかかる。
「ブハッ……メェっっ」
攻撃を避けることができずに、致命傷を食らった熱火山羊が地面に倒れる。
胴体には深々とした傷が作られていた。最後に一鳴きした後、ピクリとも動く様子がない。
「やった!!」
グッと、レクセイナは拳を握って歓喜の声をあげる。
「レクセイナ、お疲れ! いやぁ、倒すとはなぁ……。こりゃあ、凄いや」
森の茂みから出て来たオルデンはベルと一緒に、熱火山羊の縄張りだった場所に立っているレクセイナの元までやってくる。
「ゴブリンよりも、ずーっと戦い甲斐があって楽しかった。やっぱり戦いは、こうじゃなくっちゃ!」
「次回からは俺も戦いに混ぜてくれ。見ているだけなのは、面白くないんだ」
オルデンがニヤッと好戦的な笑みを浮かべた。レクセイナが戦いの最中に浮かべていた表情と、同種のものだ。
「ちなみに俺が剣士だから、俺が前衛な。レクセイナは魔法使いなんだし、後衛だ」
「えっ??! 私も前衛が良いっ! そっちの方が楽しそう」
「いや、俺が前衛だ。魔法使いぐらい、守らせろって」
脇で見ていたベルは、ため息交じりの苦笑を浮かべながら戦闘狂の2人に口を挟む。
「次回は普通に、F級ランクの依頼ですよ。レクセイナさんのランクが上がるまで、ゴブリン討伐で満足して下さい」
「えーーっ!」
「マジかぁーっ!」
F級の依頼を受けるどころか、周辺で一番強い魔物を討伐するノリを次もやりそうな問題児がここに2人居るな、とベルは心の中で思った。
「ハイハイ。取り敢えず熱火山羊の素材を回収して、ギルドに帰りますよ。もちろん、F級の討伐完了報告をするために」
ベルに突っつかれて、熱火山羊の元までレクセイナとオルデンは行く。
ゴブリンの死体と違って、熱火山羊の毛皮や角は価値があるのだ。持って帰らなければ、もったいない。
オルデンがレクセイナに教えるために、魔物を捌くための短剣を腰から抜き出しながら言う。
「じゃあ、レクセイナは角の部分から、」
「メェエッ!!!!」
レクセイナの足元に倒れていた熱火山羊が、急に動いた。刃のように鋭利な角が、大きく一度振り回される。
「……うっ」
鮮やかな血が、呆然とするオルデンの前を散る。
「レクセイナっ!!!」




