第02話 親と監禁魔法
私が部屋から出られないのは、理由がある。
普段何気なく過ごしていたら、気づくことはないし、隠されているせいで視界に入ることもない。
だが、その魔法は確実に外へ抜け出そうとする私の邪魔をする。
窓から隣の部屋へ抜け出そうとした時。
廊下に行くためのドアを、ピンセットを使ってこじ開けようとした時。
壁を破壊しようと、魔法を演唱した時。
その他、いろいろ……。
脱走を試みた時にはいつも、“見えない壁”に塞がれてしまった。
――――監禁魔法。
私は部屋から抜け出せないように妨害してくる魔法を、心の中でそう呼んでいる。
監禁魔法があるせいで、私は外に抜け出せない。
どんなに工夫しても、駄目なのだ。
魔法に対しては相殺魔法で応戦され、ドアのピッキングに成功したかと思えば、見えない障壁に阻まれた。
目の前には、外へ繋がる廊下が広がっているというのに、私は部屋から一歩も抜け出せずに、空いたドアを眺めることしか出来なかった。……あとで、抜け出そうとしたことがバレて、とても怒られた。
家庭教師は、外の世界には“監獄”という場所があると言っていた。
とても、とても悪いことをした罪人が収容されているのだそう。
私は何も悪いことなんて、していないのにっ……!
物心ついた時から、ほとんど部屋の中に閉じ込められていたのだから、悪いことなんてしようがないのだ。
だけど、部屋は窓に見える格子が設置されているか、それとも魔法で見えない障壁が設置されているかの違いだけ。
私にとっては監獄と同じだ。
「どこかに抜け道があったら、もっと楽だったのに……」
これまで監禁魔法と繰り広げてきた、数え切れないほどの攻防を思い出して、思わずため息交じりの言葉が溢れた。
部屋の全体を隅々まで覆うように張られている監禁魔法がある限り、私が外の世界に抜け出すことはできない。
「だから、正面攻略。王道の方法で解除するっ……!」
監禁魔法を攻略しようとしていることが、他の人にバレないように、まずは防音の魔法を発動。
「【木魔法・ファッサル】【水属性・セナ】」
監禁魔法は、部屋の外に出ようとするための直接的な魔法なら妨害してくるが、それ以外の魔法には干渉してこない。
部屋の防音性が高まる。
監禁魔法は私の部屋を隙なく覆うように敷かれているため、部屋の中心が監禁魔法が書かれている魔法陣の中心だ。
「【火魔法・メレサイナ】」
簡易な初級魔法を放つ。上質な絨毯が敷かれた床に、火魔法の炎が広がった。
だが、それも一瞬。
絨毯に火が燃え広がるよりも速く、火魔法が消滅する。監禁魔法が書かれている魔法陣に対する直接的な攻撃だったので、相殺魔法で干渉されて火魔法は消滅したのだ。
立っている足元に、部屋を覆っている巨大な魔法陣が可視化される。
部屋の端から端まで広がる、円形の魔法陣。
火魔法で出現した後も、監禁魔法としての効果は持続しているからか、魔法の中心に書かれた一部の魔術文字が、規則正しく円を描いて動いている。
青色に微量の光を放ちながら、床から数センチほど浮き上がったまま、魔術文字が軌道を描き続けるのを、思わず憎たらしげにレクセイナは睨みつけた。
「絶対に破ってみせるっ」
時間が惜しい。
以前は気が向いた時に解読を進めていたものの、結婚させられたら、また新たな監禁魔法の部屋にブチ込まれ、一から解読し直すハメになる。
そうしたら、外の世界を見にいくなんて、遙か未来の話になってしまう。
呑気にやっていたら、永遠につかの間の自由を得ることは出来ない。
絨毯の上に浮かび上がったままの監禁魔法から1度視線を離し、机の引き出しの中から一冊のノートを取り出した。
他人に内容を見られないようにかけていたノートの解錠を素早く済ませる。
小さな字でビッシリと高い密度で書いているノートを床の絨毯に広げ、机に置いてあったインク瓶と羽ペンも持ってくる。
「【木魔法・レンファ】」
床に座ったレクセイナは、青く光っている監禁魔法の魔法陣に、直接攻撃を仕掛けて、魔法陣の様子を見ながら、解読を始めていく。
「ふむっ。うーん……」
どんなに強力な魔法陣であっても、仕組みによって動いているのだ。
複雑に絡まった糸を1本1本解いていくように、淡く光っている文字を分解していって、仕組みを理解していくという、地道な作業だ。
「やっぱり、中心に使われている魔法は水属性の上級魔法……? 感知の魔法ならば、水が最適」
羽ペンを片手に持ちながら、思考を整理するようにブツブツ呟く。
「だけど木属性の方が、他の属性と相性がいいし……」
監禁魔法は複数の魔法が組み合わされて作られている。でも、核となる魔法を解読できれば、魔法陣を解除するのに大きく近づく。
核に使われているのは、上級魔法だろう。
家庭教師の先生に教えてもらった情報によると、上級魔法は魔法使いでもほとんど使える人はいないらしい。
……そもそも、私が苦戦しているのだから、最低でも上級魔法ぐらいであって欲しいと思うのは我が儘だろうか?
私は複数の上級魔法を行使できるのに、下級魔法や中級魔法に苦戦しているのだったら、悔しすぎる。
下級魔法や上級魔法なら、もっと早く、私は監禁魔法の隙をついて外出に成功している。
この監禁魔法には、何かカラクリがあるのだ。
それは、きっと間違いではない。
「うわっ!」
思考にふけりながら魔法陣を刺激していたせいか、魔法の威力を間違えた。魔法陣が相殺だけではなく、反撃の魔法を撃ってくる。
白い煙でレクセイナの視界が封じられると同時に、煙の中から一塊の水が勢いをつけて反撃してくる。
冷たい水が、額に直撃した。
「痛ったぁ……」
額を抑えて思わず愚痴を溢す。冷たいじゃんっ……!
何度か魔法陣の反撃に遭いながら、しばらく解読を続けていたレクセイナだが、真剣に書き進めていた手を、ピタリとノートの上で止めた。
「……ん? あれっ? もしかして、見つけた……?」
監禁魔法の中心を支えている魔法を、とうとう見つける。これだ。これに違いない!
予想される魔法の効力、他の魔法に及ぼす影響。
この魔法を中心に監禁魔法が作用されていると考えて、間違いないだろう。
「やった! やっと、一歩前に進んだ!!」
水属性魔法の【レカロ・マフハンダ】という魔法だ。聞き慣れない魔法だから、一般的に広く知られているものではないと思う。
前後の魔法を支える詠唱文の長さからして、上級魔法。
食い入るように、前後の魔法をもう一度見直す。
この魔法を崩す事が出来れば、私は外の世界へ出掛けることができるのだ。自由が直ぐ目の前にまで訪れている感覚がある。
魔術文字を何度も魔法を当て、それで読み取った文字をノートに勢いよく書き殴っていく。
心の中に広がるのは、自由への期待と希望だった。
外の世界へ行ってみたい。
外には私の知らないどんな世界が広がっているのだろうか。
ふと、何かに気がついたようにレクセイナは顔を上げる。
そうだ。
私には、お父様とお母様が知らない魔法の存在を知っている。それならば、この監禁魔法も解けるかもしれない。
「書庫の魔法だ。あの魔法で、この監禁魔法を破る……!」




