第19話 初戦闘
到着した場所は、草原地帯の端に広がる木々の密集度が低い森だった。
ずっと向こう側を仰ぎ見れば、山々がそびえ立っているのが視界に入る。
だが、F級ランクの依頼で討伐するゴブリンは、標高が高い山々の深い森の中まで入っていく必要はない。
草原地帯の中央を通っている街道にゴブリンが出没するのを防ぐために、定期的にゴブリン討伐の依頼は出される。
他の地域でも重要な交通網になっている街道を守るために、大体どこでもゴブリン討伐の依頼はある。
Fランクでは定番の、戦闘依頼だ。
「じゃあ行くぞー。そのうちゴブリンに遭遇するはずだ」
心地よい風が吹き抜く草原のド真ん中を、先陣を切るように一番先頭を走っていたのはレクセイナだ。
だが、ここから先は経験者の俺が行くべきだろう。
オルデンは森の中に足を踏み入れる。
D級ランクのオルデンにとって、ゴブリン討伐は何度もこれまでにやってきた依頼だ。
そして、オルデンが冒険者を始める前から、冒険者をやっているベルは更に手慣れている。
「私たちがいるので、怖がる必要はありませんよ」
「レクセイナは気を抜いて良いぞ。安心して俺たちに任せると良い」
散歩に出掛けるみたいな気軽さが、2人の歩調にはあった。
「ありがとう御座いますっ! オルデン、ベル!!」
初めての戦闘依頼に、オルデンはレクセイナが緊張で怖がるかと思っていたが、そんなことはなかった。
木々の根や背の高い雑草によって足場の悪い森の中を、レクセイナは2人から遅れることなく後ろをついてくる。
俺たちがいるとは言え、いつ突然どこから出てくるか分からないゴブリン相手に怯えるどころか、むしろご機嫌そうだ。
オルデンの目からは、レクセイナが楽しそうに見えた。
しばらくの間、森の中を歩いて行く。
ゴブリンを見つけ出して討伐すると言っても、むやみやたらに探す必要はない。ゴブリンが好んで住処にする洞窟を目指してオルデンは進んでいた。
「【木魔法・ソレト】」
本来なら中級難易度の探索魔法を使いたかったが、自分の限りのある魔力を敵の索敵だけで使い切りたくない。
魔法を使用したオルデンが、動く周囲のものを大雑把に魔法で認識できるようにしていると、魔法の範囲ギリギリの部分に生き物が引っかかる。
そして同時に、カサッと動く草陰。
「おい、レクセイナ。あれがゴブ――――」
「――――【水魔法・コヒィナンシェ」】」
背後を振り返ったオルデンの横を、颯爽とポニーテールの黒髪を揺らしたレクセイナが通り過ぎ去る。そのまま詠唱。
冷静な淡々とした声が響く。
レクセイナが草陰に向けている指先からは刹那、一筋の水の糸が光った気がした。
予想もしなかったレクセイナの行動に、振り返っていたオルデンとベルの動きが一瞬止まる。
「グ、ギャッ!」
「キュっ」
「キッ……」
草陰から断末魔が聞こえる。ゴブリン特有の甲高く潰れたような声。
同時に、息絶えた生物のズッシリとした重さが地に沈む音が、オルデンたちの場所からは草で見えない所で轟いた。
オルデンもベルも、呆気にとられて声が出ない。
下級魔法を使っていたオルデンは、驚きの表情を隠せていなかった。唖然としているのが、自分でも分かる。
俺がゴブリンの気配を下級魔法で察知したのと、レクセイナが動いたのは、ほぼ同タイミングだった。
――――いや、違う。
運動に慣れていないレクセイナの反射神経は、決して良いものではないのを俺は知っている。
街を歩いていた前回なんて、周囲の建物を見るためにキョロキョロしていたレクセイナが、石畳に躓いていた。
何度も顔面からこけてしまいそうなレクセイナに、隣を歩いていながらハラハラしたことか。
下級魔法で俺がゴブリンの存在を察知するより、レクセイナは早く気がついた。
そして、一撃でゴブリンを全滅させた。
これが初めての冒険者依頼だとは思えないほど、レクセイナの戦闘には無駄が一切なかった。
戦闘経験がない欠点を補って余るほど、魔法の腕が素晴らしいのだろう。
「レクセイナ、ナイスだ。3体以上のゴブリンを討伐すれば良いから、依頼は達成だぞ。お疲れ様」
ゴブリンの死体を草陰の向こう側に回って確認したオルデンは、冷静沈着に魔法で攻撃したかと思いきや、その後は頭を傾げているレクセイナに告げる。
オルデンの言葉に、レクセイナが目をパチクリとさせた。
「えっ……? これで終わり??」
レクセイナがイメージする冒険とは、血塗れ&泥塗れになりながら全力を出す命がけの戦いだった。
ゴブリンらしき気配を感じたから、牽制を兼ねた先制攻撃を仕掛けただけ。
それなのに先制攻撃の程度で、ゴブリンが死んでしまった。
この後に、たくさん攻撃威力の高い魔法を準備していたのに拍子抜けだった。ゴブリンって、こんなに弱いの??
到底、物足りなかった。
ゴブリン弱過ぎる。
「……オルデン」
「なんだ呼んだか? 討伐証明にゴブリンの右耳を切り取って、帰るぞ」
ベルトに差してあった予備の短剣を抜き出して作業しながら応じてくるオルデンに、レクセイナはその場から一歩も動かずに続ける。
「この周囲で一番強い魔物が棲息している場所ってどこ?」
「は……っ?」
「え?」
オルデンたちが頭で理解できずに、感情が取り残されたような声を溢した。
「ちょっと私、その魔物倒してくる」




