第15話 勲章四大家・アレノダス公爵家の娘
花壇に咲いている、黄色やオレンジの綺麗で可愛い花々。
まだ満開の季節ではないだろうに、一つ奥の花壇では赤い薔薇が見事に花を風に揺らしていた。
――――王城の一角。
レクセイナは、庭園を1人で歩いていた。
庭を吹き抜ける穏やかな風に黒髪を揺らし、時折立ち止まっては美しい花を愛でるかのように、花弁に白く透き通った手を添える。
薄水色の透明感溢れるドレスを着たレクセイナは、王宮勤めの庭師によって丁寧に管理された花々に負けないほどの美しさを誇っていた。
だがレクセイナの気持ちは暗く、曇天の様にどんよりと沈んでいた。
「……」
少し離れた場所から、今も私のことを監視しているだろう、お父様とお母様が付けた護衛に気づかれないように、ため息をつく。
早く次の冒険に行きたいな……。
時間の流れが非常に遅く感じる。
綺麗に管理された庭なんて、私には何の楽しみもない。新しい発見だってない。つまらなかった。
自分の部屋から抜け出して外の世界を自由に散策していた時は、時間が光のような速さで過ぎていった。なのに、今は1秒1秒が止まっているかの様に感じる。
傍からは優雅に見えるように歩きながら、実のところは重い足取りでレクセイナは庭の小道を歩いていく。
見慣れてしまって価値を感じなくなってしまった花壇から視線を外して顔を上げる。
「あっ…………」
偶然、目に入った。
誰かの帽子が風に飛ばされていた。縁の大きくて造花のガラス飾りが付けられた白い帽子は、きっと同じく庭に訪れている貴族の女子の物だろう。
幸いにも、帽子はそこまで高い空の場所まで飛ばされてなかった。私なら、あの帽子を捕まえられる!
「【木魔法・ノースカロラ】」
ほとんど反射的に魔法を使用して、レクセイナは帽子に手を伸ばす。
フサリ、とレクセイナの手の中に白い帽子がおさまった。
誰の帽子なんだろう……? 可愛いピンクのリボンが付けられている感じからして、若い女の子の物なんだろうけど、きっとこの帽子を探しているはずだ。
両手に帽子を優しく握ったレクセイナは、周囲をキョロキョロと見回す。
周囲には誰の姿も見つけられなかった。
だが耳を少し澄ましてみると、木々に隠れた向こうの方から、女性のような高めの声が複声が風に流れて聞こえてきた。
***
ほんの少し前のこと。
3人の女子たちは、初めて訪れた王宮の有名な庭園を賑やかに鑑賞して楽しんでいた。
「凄いわ! こちらの薔薇なんて、希少種ではないの?!」
「ホントですわ!」
「やはり素晴らしいですわね。私の庭もこんなに綺麗だったら良かったのに……。実家の家は雑草だらけなのですよ」
3人は学園で知り合った学友だった。下級貴族の彼女たちは、貴族の中でも平民に等しいような生活をしている。
1人の自虐に、他の2人も同じように笑った。
「私の実家は、畑になってしまってるわ」
「同じく、庭は農作業の物置スペースですわ」
この有名な庭園に来るにも、下級貴族の彼女たちは多くの厳しい手続きをして、何ヶ月も許可を待った。
やっと来れた、王宮の豪華な庭園は素晴らしいものに見えた。
「きゃっ!」
急な強い風が突然、彼女たちの元を吹き抜ける。
風が止んだのと同時に、反射的に閉じていた目を開くと、日傘代わりに被っていた帽子が空高く吹き飛んでいったのが見えた。
「あっ、私の帽子が!」
ガラス飾りが付いた、リボン付きの白い帽子。
それは学園の入学お祝いに買ってもらった、思い出が沢山詰まっている大切な帽子だった。
必死に手を伸ばすが、届かない。慌ててふためいている間に、帽子はどっかへ飛んで行ってしまった。
「大切なものに……」
「大丈夫ですわ。帽子はまた買えばいいわ」
「そうですよ。ほら、私の日傘の中へお入りになって」
ショックで狼狽えている彼女に、2人が慰めるように声を掛ける。
だが入学祝いに買ってもらった帽子だから大事なのだ。あれの代わりなど、ありはしないのに……。
だけど頭ではどうしようもないことも分かっていて、慰めてくれた2人に感謝の言葉を伝えていると、控え目な声が投げかけられる。
「あのっ……。もしかして、この帽子、貴女のものだったりしませんか?」
レクセイナは、3人に声を掛ける。
「風で私の所まで飛んできていたので、捕まえておいたのです」
透き通るような美しい両手に、優しく握られていたのは、さっき風で飛ばされてしまった入学お祝いで貰った帽子だった。
「そうです! それ、私の帽子です!!」
慌てて駆け寄ると、礼を言ってホッとした表情を浮かべながら帽子を受け取る。大切な帽子だ。戻ってきて良かった……。
「すいません、お名前は何と言うんですの?」
薄水色のドレスを着ているその人は、芸術作品の様に端正に整った顔に、美しい黒髪と漆黒の黒い瞳をしていた。
下級貴族の私たち3人よりも、主張は控え目だったが職人の手が掛けられたドレスを着ていたし、髪飾りなんて金で出来ているように見える。
だが帽子を持ってきてくれた人が貴族位ならば、学園か舞踏会で顔を見たことがあるはずだが、記憶にはなかった。他の2人も無いようで、頭を傾げている。
レクセイナはその反応の意味に気がつくと、ふんわりと笑って流れるように見事なカーテシをした。
「勲章四大家・アレノダス公爵家の娘、レクセイナです。以後お見知りおきを」
「「「??!」」」
全員が衝撃の表情を浮かべる。
平民どころか、アレノダス公爵家なんて超高位貴族。
四大公爵家の中でも1位、2位を争っているような超名家だ。
慌てて3人はカーテシをして、それぞれ名前を名乗る。
「ノラハ男爵家、ティリリです」
「ロルカ準男爵家、ラナです」
「リピレノン子爵家、ダレアナです」
身分が低い者から本来は名乗るべきだったのに、それをしないどころか、雑な口調でアレノダス公爵家の方に話しかけてしまった。
本来は話し掛けることも許されないような、雲の上の御方だ。
3人は怒られるかもしれないと身構える。
アレノダス公爵家には、色んな噂が飛び交っている令嬢がいるのは知っていた。だが、知らないでは済まされないのが貴族の社会だ。
だがレクセイナは落ち着いた様子で、優しく笑った。
「いえっ。驚かせてしまってすいません。ビックリさせてしまいましたね」
きっと学園の友だち同士で訪れたのだろうなぁ……と、レクセイナは戦々恐々としている3人とは違って、呑気に心の中で考える。
私も学園に行くことが出来ていたら、このつまらない庭も楽しく鑑賞できたのだろうか……。
「では、私はこの辺で失礼。向こうの隅に、かの有名な黄金に見える薔薇が咲いてますよ。是非、見ていらっしゃって」
レクセイナは木々の向こう側を指差す。
自分にとっては独り見飽きた、ただの黄色い薔薇だ。
だけど自由な彼女たちには、きっと楽しいものなんだろうな……。羨ましかった。
やはり彼女たちも黄金の薔薇を知っていて、興味があるのだろう。緊張感がほぐれた様子で、笑って返してきてくれる。
「「ありがとう御座います!」」
帽子を風に飛ばされてしまっていた令嬢が、再度頭を下げてくる。
「レクセイナ様。この帽子、大切なものだったんです。本当にありがとう御座います」
「気にしないで。私が見つけられて良かったわ」
ポーッと熱を上げ始めている3人をその場に残して、レクセイナは優雅に見せながら足早に立ち去る。
話していたら、予想以上に時間が押してしまった。
複雑な道を進んでいくと、庭からは外れた秘密の場所に辿り着く。
レクセイナは、小さな温室の扉を開けた。
「ご機嫌うるわしゅう御座います」
慣れた様子でドレスの裾を持ち上げて、ゆっくりとお辞儀をする。
「――――国王様」




