第13話 ニンニク×牛串
レクセイナが一切値段を気にすることなく、最高級品のポーションを片っ端から好きなだけ買いまくった後。
トイレに行っていたベルが戻ってきたところで、3人は店を出た。
「たくさん買えました。これだけポーションがあれば、どんな事態にも対応できるはずです」
「……そうだな」
隣でレクセイナがポンポン買っていくのをオルデンは見ていたが、途中から店を丸ごと買った方が早いのではないか、というレベルだった。
マジックバックという、本当に入手困難で超高級品をレクセイナが持っていることが分かったから止めることはしなかった。
途中からレクセイナも店員も大雑把になってきて、値段や効能を大して気にしていない様に見えたが、果たしてどうなのだろうか?
「一体、ポーションにいくら使ったんです?」
「んーー? 2袋ぐらいでしょうか? いくら使ったのかは、分からないです」
ベルの言葉に、レクセイナが顎に指を当てて考えるような仕草をする。
屋敷に戻ったら金貨はその辺に転がっているし、大した金額じゃなかった。いくら使ったのかなんて、尋ねられて初めて考えた。
だが、レクセイナが興味なさそうに言った額は街で建物が数軒買えるレベルの、とんでもない大金だ。
レクセイナの反応に、言葉を失っているベルの表情を見たオルデンは思わず笑いながら、通りを歩く。
風に乗って、美味しそうな食べ物の匂いが漂ってきた。
ニンニクの濃厚タレを、大切りの牛肉にたっぷりと染み込んだ牛串が、屋台の店主によって、注文が入ってから焼き上げられていく。
ちょうど昼時ということもあって、屋台には沢山の客が並んでいた。
オルデンが見える範囲にも色々な屋台が通りに出店していたが、特段とニンニク香る牛串の店には繁盛している。
オルデンもベルも食べたことのある、この辺で有名な屋台だ。
「あれ、美味しいんだよな。特に、あの店の牛串は旨いぞ」
タレが大量にかかった牛串が、網の上に載せられてジュワーっと白い蒸気が立ち上がっている。
冒険から帰ってきた後に、宿に戻りながら出来たての牛串を食べるのが最高なのだ。
「牛串……? そんな食べ物があるのですか?」
初めて聞いた名前だった。
オルデンの視線の先にある屋台を見る。あそこでは、食べ物を売っているのだろうか?
屋敷の中で長年過ごしてきたのもあって、レクセイナは食べ歩きというものを知らなかった。
「ん? なんだ、レクセイナは知らないのか?」
「凄く美味しいですよ。私は一度に何本も食べてしまいます。やみつきになる旨さです」
レクセイナの隣に並んで歩くオルデンの後ろから、ベルも声をかけてくる。屋台で買って食べるものと言えば、やっぱり牛串が一番の定番なのだ。
「じゃあ、買って食べてみようぜ? 腹も減ってきたところだし、食べ歩きにはちょうどいい」
「歩きながら食べるのですか? 席に座って、食べるのではなくて?」
嫌味の気配もなく、至って純粋な瞳でレクセイナが聞き返してくる。
それは、どう考えても村人の発言じゃないだろ、とオルデンは思った。多分、ベルも同じことを思っている。雑設定過ぎる。もっと商人の家の子とか、マシな設定があっただろ。
「あの牛串は、歩きながら食べるのが一番旨いんだ。それに牛串を知らないなんて、人生損しているぞ。人生の半分以上、損していると言っても過言じゃない」
「牛串……」
「オルデン。人生の半分は言い過ぎだと思いますよ。人生の4分の1ぐらいです」
「ベルはその微妙なラインの突っ込みをやめろ。レクセイナが真に受ける」
2人のやり取りに、レクセイナは瞳を丸くする。
“牛串”というのは、そこまで美味しい食べ物なのだろうか? 私は外の世界をもっと知りたい。知らない世界を切り開いていきたい。
「牛串、食べますっ! 私は初めての食べ物に挑戦してみます!!」
まるで今から魔物との戦いに挑むような意気込みで、レクセイナは言った。
早速、牛串を注文した3人は、タオルを頭に巻いた気の良い店主から牛串を1人2本ずつ受け取る。
牛肉に、テカっとしたタレが落ちそうなぐらいにたっぷりとかかっている。お腹が減っていることに気づくような、魅力的な匂いがした。
「いただきます」
歩きながら食べるのが定番と2人が口を揃えて言うから、レクセイナは歩きながら恐る恐る最初の一口を食べてみる。
芳醇なニンニクの香りが口いっぱいに広がり、後から千切りにして甘ダレの中に混ぜ込まれた玉ねぎのサッパリとした味。
脂が乗った大切りの牛肉を噛めば噛むほどに、その美味しさが広がっていった。
「美味しいっ……!」
私の知らなかった外の世界に、こんなにも絶品な料理があったとは……。
普段は毒味がされた冷めた平たい味の料理ばかり食べているレクセイナは、熱々で野生味が溢れるワイルドな味の牛串が非常に新鮮だった。
瞬く間に牛串の虜にされたレクセイナは会話も忘れて、無我夢中で両手に握られた牛串にかぶりついた。
一心不乱に牛串を食べていたレクセイナが、正気を取り戻してオルデンとベルの会話に復帰したのは、完全に牛串を食べ終わった後だった。
見事なまでの食べっぷりを見せたレクセイナに、オルデンが満足そうに言った。
「美味しかっただろ?」
「はい、また次も食べたいです」
お腹も膨れて、心なしか通りを歩くスピードが遅くなっていった。
マジックバックから懐中時計を取り出すと、すでにかなりの時間が過ぎている。そろそろ帰らなければ。
この楽しい夢みたいな時間も、もう終わりだ。
あっという間だった。
「……結局、色んなポーションを買いましたが、瞬間移動できるポーションはありませんでした……」
お父様とお母様が出掛けている僅かな時間しか外に出れない私は、冒険者として遠くまで依頼を受けに行くことができない。
私も色々な魔法が使えるが、お父様とお母様の意志が介入しているのだろう。
自分の姿を他人から隠す魔法や、音を消す魔法など、屋敷から脱走するのに使えそうな魔法は一切、最後まで家庭教師から教えてもらえなかった。
やはり自分には冒険者はムリなんだろうと、レクセイナが表情を悲しそうに暗くする。
隣でオルデンは何かを考えるように、レクセイナの様子をジッと見ていた。
少し考えてから、オルデンが口を開く。
「俺とベルは、高速で走れる魔法を使える。次回は、冒険でも一緒に行くか? せっかく剣も調達したんだしな。付き合うぞ?」
「えっ……」
半分諦めかけていたレクセイナの心に、一筋の光がともる。それが本当なら、私も冒険へ行けるのだ。
深緑の瞳で優しくレクセイナを見つめながら、オルデンが言った。
「大冒険の始まりだな!」




